米国の巨大メディア・プラットフォーム(以下「PF」という。)は日々着実に集目性の高いコンテンツ、いわゆるヒット作を大量に蓄えている。
しかしヒット作は連発することは難しく、多額の制作費用を投じてもヒットしないなど、大きなリスクが伴う。PF側から見れば、大量の視聴者がいることで、新旧多様なコンテンツをまるでポートフォリオのように組んでリスクを分散させることができる。PFだからこそ生まれた、こうした数多くのコンテンツ群は、二次利用の裾野を徐々に広げている。
本レポートでは、メディア関連企業向けに、顧客課題及び社会課題を解決しながら、コンテンツへの接触を高めて新たな市場を狙うにはどうするかを考察する。
それにより、今後広がる新たなメディア市場の姿、広がりゆくメディア活動のユニバース(領域)を見ていく。
古代のマイダス王が触れるもの全てを黄金に変えたように、人間が触れるものは全てメディアになり得る。映画『マイノリティ・レポート』で街中に広告やメディアが流れていた場面(デジタル・サイネージ)は、その一例である。メディアは人間の五感を通じて伝達されるが、五感が接する場にはメディアが展開され、その垣根を超える可能性がある。しかし、メディアの持つ可能性は、デジタル・サイネージのように物理的に垣根を超えたものにとどまらない。むしろ、多様な顧客課題やニーズを超えることができることにこそ真価が発揮される。以下に事例を紹介するが、これらに共通するのは、メディアの持つ、人間の感情や理解に与える大きな影響力である。
医療現場において、患者のストレスが少しでも軽減されることの意義は大きい。ある医療機器メーカーは環境ソリューションを展開し、小児MRIの不安軽減を目的に、米国動画PF(SVoD)のD社と共同研究を開始し、D社のキャラクターを用いた「病院向けに特別制作された」アニメーションを組み込んだ。また、英国の小児病院での調査では、保護者の大半が「改装前より子どもの不安が少なかった」と回答しており、同ソリューションは世界で数千件規模の導入実績がある。
D社の視点で見れば、自社IPの閉鎖性(唯一無二のキャラクター群)を、従来のメディアが到達できなかった物理空間(病院の検査室)に可動性を高めて展開し、最も情緒的インパクトの大きい瞬間(医療不安)に集目性を発揮させることで、D社のエコシステム全体への情緒的な入口を構築している。また、まだ規模は小さいものの、成長著しいメディカルアニメーション市場への参入の布石にもなり得る。
英国のあるメディア企業は、教育格差とデジタルリテラシーの解消を目指し、子どもの学習段階や地域ごとのカリキュラムに合わせた無料のデジタル教材や復習・練習問題を幅広く提供している。同社の英国の教育カリキュラムに沿ったオンライン学習支援リソースには、学期中に週平均数百万のユニークブラウザーがアクセスし、全生徒の半数が試験対策に利用した。また、GCSE(General Certificate of Secondary Education)の生徒の間では、最も利用され、かつ最も有用と評価されたという報告もある。
2024年には、同サービスへの投資計画が発表されており、「デジタル教科書」から「パーソナライズ学習PF」への転換を進めている。開発中のAI機能には、知識ギャップを診断し、次に学ぶコンテンツを提案する適応学習や、対話型・個別対応の学習を提供するチャットボット等がある。
同サービスは、教育カリキュラムへの準拠という集積性を基点に、学校・家庭・試験という学習導線に可動性として組み込まれることで、全生徒の半数に利用されている。「周囲が使っているのに自分だけ使っていない」という心理的圧力を生む共有性としても機能し得る。一方、カタログの厚み(集積性)に対して発見性(パーソナライズや適応学習)が不足していた課題に対し、2024年にはAI機能への投資が発表されており、「信頼されるデジタル教科書」から「パーソナライズ学習PF」への転換を進め始めている。これは、優れたコンテンツ開発能力が組織能力の基盤にあるからこそ可能なサービスである。
英国のある報道メディア企業は、傘下のB2Bマーケティング会社を通じて、企画から発信までE2Eのマーケティング支援を展開している。クライアント企業が単独では作れない、業界全体を俯瞰するソートリーダーシップを、同社のリサーチ力・編集力・メディアブランドで構築する。
例えば、バイオ医薬品製造支援企業には、コロナ禍で各社のワクチン開発が加速し、製造設備・資材の需要が高まる中、業界のソートリーダーとして認知され、製薬企業に選ばれたいという課題があった。そのため、世界の千人以上ものバイオ・製薬エグゼクティブや専門家へのインタビューを通じて業界レポートを作成・配信した結果、数万ページビューを超え、ブランド認知と検討意向に貢献した。
また、エネルギーリスク管理事業者への支援事例では、10年以上続けてきた石油・ガス業界レポートを「エネルギー転換」に再定義した。リード獲得を狙う課題に対し、業界の千人以上への調査を基にレポートをリリースし、数万ダウンロードの達成とともに商談化に貢献した。支援先は、これらの企業に加え、多数のグローバル企業・団体に及ぶ。
同サービスは、過去の報道実績(集積性)で培ったメディアとしての信頼や顧客プールをフックに、クライアント企業のマーケティング支援に転用している。その際、同社のブランドという他社が模倣できない信頼資産を生かし、クライアントに対し、同社記事の読者への発見性を提供する仕組みを構築している。
これらの事例を見ても、ウェブサイトを超えた媒体においても、メディアとしての本質は変わらない。他方で、戦い方には技術と法律が大きく関わっていることも、メディアPFの展開において重要である。
技術面では、AIによって速度、質及びコストの両立が進み、Discoverabilityも高まっている。また、法律は、医療が典型例であるが、どの業界にも必ず法規制があり、又は今後規定されようとしている。それらを順守すること自体がノックアウトファクターとなるし、もちろん企業としてのコンプライアンスにも関わる。他方で、ルールは参入障壁として味方にすることもできる。自社がルールの内側にいれば、低価格・低品質の他社は市場に参入することができない。こうしたルールの扱い、又は自ら形成しにいく動き自体が、事業戦略の手段としてより求められ、より一般化していくであろう。
ウェブサイト上のPFと、こうしたウェブサイト外のPFとの異なる点は、メディア事業者側にとって、顧客価値が何かが明白ではないことにある。従来のメディアでは、ヒット作を生み出すために数十年にわたって試行錯誤し、現場に赴き、結果を残し続けてきた蓄積がある。しかし、メディアの垣根を超えた異なる市場では、何が求められているのか、自社の関わるコンテンツと場に何ができるのかから見つけなければならない。世の中に顧客課題と呼ばれるものは数多くあるが、その中から自分たちに解決できるものを選ぶのは至難である。そのためには、自社PFの外側(異業種・異業界)を見ながら、同時に内側(自社の戦略ストーリーや従来の経営資源)も見るという困難な営みが求められる。他方で、こうした自社ならではの新たな戦略ストーリーを見つける過程は、刺激的でもある。PFの6つの条件と、レバーとなる技術とルール、そして市場の顧客課題をワンストップで練り上げて実行に移すことができれば、新たな収益の柱を築くことができるであろう。
三室 彩亜 / Saia MIMURO パートナー
合同会社デロイト トーマツ|Monitor Deloitte
メガトレンドを起点としたビジョンや中長期戦略の策定、事業計画、新規事業等の立案、リスクマネジメント等を担う。メディアの社会的な価値や、情報の届け方、それを支える制度研究にも長年携わっている。
本井 中庸 / Nakanobu MOTOI シニアマネージャー
合同会社デロイト トーマツ|Monitor Deloitte
メガトレンドやシナリオを起点としたビジョン策定や、長期の全社/事業戦略、事業ポートフォリオ策定、事業戦略視点のルール形成、組織実行、ガバナンスの支援を実施。
濱岡 晃雄 / Akio HAMAOKA マネージャー
合同会社デロイト トーマツ|Monitor Deloitte
メディア・食品/飲料業界の大手企業を中心に、中長期戦略・事業ポートフォリオ変革、政策/規制対応、経営計画策定等、外部環境分析から戦略・構想策定、経営意思決定支援まで幅広いプロジェクトに従事
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。