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第一回:日本発IPの躍進と「メディアミックス×ファンダム」が生んだ新潮流

シリーズ:「メディアミックス×ファンダム」

日本発のIP(知的財産)やコンテンツは、近年、世界でかつてない存在感を示している。特に、アニメやゲームは文化の壁を超え、グローバルなエンターテインメント産業の中心領域として再定義されつつある。その成功の背景には、単なる作品力の向上だけでは説明できない構造変化があると考える。本シリーズでは、その要因を「メディアミックス」と「ファンダム」という2つの視点から捉え、全3回にわたり「メディアミックス×ファンダム」がもたらすエンターテインメントの変化と課題について読み解いていく。第1回では、ファンダムを中心に市場構造・市場規模・企業動向の三層を読み解きながら、「メディアミックス×ファンダム」がもたらす新たな可能性について考察する。

2025年は、日本発のIPやコンテンツが、世界中でかつてない存在感を示した年である。

その象徴的な事例が、アニメ映画『劇場版「鬼滅の刃」無限城編 第一章 猗窩座再来』だ。

同作は北米で公開後初の週末興行収入が推定7000万ドル(約103億円)を記録し、1999年に北米で公開された『劇場版ポケットモンスター ミュウツーの逆襲』を抜き、日本発のアニメ映画として歴代首位を記録したiとされる。

これは、従来は特定のファン層のみに支持されるニッチなものであった日本のアニメ作品が、前作で作品にはじめて触れたファンを取り込んだだけでなく、その他の観客にとっても、魅力的なコンテンツであると認識された結果といえるだろう。

振り返れば、アニメや漫画はサブカルチャーとして位置づけられ、いわゆるオタクという一部の層向けの存在であった。

だが、ここ数年で状況は劇的に変化し、アニメは文化的な壁を超えて、グローバルなエンターテインメント産業の中心領域として再定義される存在となった。

では、この変化を支えた要因は何か。

我々はその核に、「メディアミックスii」と「ファンダムiii」という2つの潮流があると考えている。 

メディアミックス×ファンダムによる市場構造変化「共創型IPエコノミー」

まず注目すべきは、「メディアミックス」と「ファンダム」により、作品とファンの関係性そのものが変質した点である。

かつて、情報はマスメディアから発信されるものを受け手が受信するという一方向の構造であった。

熱心なファンが集う「オタクコミュニティー」の中で、興味関心や高い熱量が共有されても、その情報循環は友人間の会話、オフ会、イベント会場などのリアルな場を中心とした限られた範囲に閉じていた。上記コミュニティー外の一般のファンやマス層においては、テレビや雑誌といったオールドメディアによって編集された情報を受け取るにとどまっていた。

しかし、2010年代よりiv、SNSやライブ配信といった双方向メディアの普及と、それらを含めた多様なメディアを横断するメディアミックス展開の進化が相まって、状況は劇的に変化した。

具体的には、こうした環境変化を背景に、作品に対する感想や考察、二次創作などのファンの反応が、特定のコミュニティーにとどまらず、SNSなどを通してリアルタイムで共有・拡散されるようになった。また、作品に触れる手段も多様化したことで、従来は限られたファン層だけに閉じていた情報や話題が、マス層にも届く環境が整ったのだ。

このような環境下、SNS等の双方向メディアを積極的に活用する「コアファン」が中心的な役割を担う存在として浮かび上がってきた。彼らはSNSを通じて作品を語り合い、二次創作を生み、リアルイベントに集い、自らコミュニティーすなわち「ファンダム」を形成していく。このファンダムを介して、作品レビューや考察記事、ファンアートの共有、ハッシュタグによる話題化、視聴会の呼びかけ等、多様な形で作品は拡張・露出され、結果としてマス層に対しても大きな影響を及ぼしている。

マス層へのアプローチは、必ずしもコアファンによる発信に限られるものではない。一般のファンによる日常的な発信もまた、重要な役割を果たしている。例えば、「推しの魅力をまとめた切り抜き動画」が予想外に「バズり」、それをきっかけに新たなファンが生まれることもある。まさにファンがファンを呼ぶ時代が到来したのである。

企業の視点で考えると、ファン自らが作品に関与し、語り、発信できる環境へと移行したことで、ファンは単なる「受動的な視聴者」から、「能動的な共創者(意図しない場合もある)」へと変化したといえる。

このようなファンダムを中心としたファンの動きこそが、メディアミックスの拡張を支え、作品価値を継続的に循環させる原動力となっている。

いま私たちが見ているのは、まさにその結果として立ち上がりつつある「共創型IPエコノミー」という新たな市場構造なのである。

ファンダム経済圏の拡大とその原動力

双方向メディアの普及とメディアミックス展開の進化は、ファンが「受動的な視聴者」から「能動的な共創者」へと変化する契機となったが、この構造変化は産業全体にどのような経済的インパクトをもたらしたのだろうか。

次に、「ファンダム経済圏」という視点で、近年の市場動向と企業戦略の変化を整理していく。

前述したように、ファンダムは、ファンコミュニティが自発的に消費・拡散・共創を行い、IPを持続的に支えるエコシステムであるといえる。

日本では、そのファンダムの動きを象徴する現象の1つとして「推し活」が定着しており、今や「推し活」は単なる趣味の一部ではなく、確立した経済圏として認識されつつある。

国内の推し活市場は2024年時点で約3.5兆円に達し、一人あたり平均年間消費額は約25万円にのぼると推計されているv。ファン自身が主体的、積極的に行動する「ファン主導の消費」が、エンタメ市場拡大の原動力になっているといえるだろう。

このようなファンが「応援」にとどまらず自発的な「投資」「共創」として行動する構図は、IPビジネスの価値構造を根底から変えつつある。

コンテンツはもはや企業だけが発信するものではなく、ファンとともに育てていく「共体験型のブランド」として進化しているのだ。

企業動向と「共創」を軸とした戦略変化

こうした潮流を受け、主要なIPホルダー各社は、中期経営計画や施策の中で「ファンとの共創」を中核方針の1つとして掲げ、経営上の重要成功要因(KSF)に位置づけ始めている。

近年では、複数の企業や、クリエイターとファンの関係性を可視化・深化させるプラットフォームの開発を進める企業、さらには作品の公式アカウントとファンが協働できる創作コミュニティーを立ち上げる企業なども出てきておりその具体化の形は多様だ。

共通しているのは、①ファンデータの資産化(熱量の可視化)、②体験接点の拡張(メタバース/ライブ/ゲーム等)、③共創の仕組化(UGC/コミュニティマネジメント)という3つの方向性である。

こうした取り組みを通じて、従来の「消費者への一方向の作品発信」型から、「共鳴、共創から循環」の持続型エコシステムへと転換が進んでいる。

今や、ファンダムはマーケティングの一手段ではなく、ビジネスモデルそのものの基盤になりつつあるといえるだろう。

まとめ:ファンダム経済圏の次なる焦点

ファンダムは、IPの成長を推進する効果的な手段の1つである一方、その熱量は諸刃の剣でもある。

社会現象のような爆発的な盛り上がりが起きても、その勢いがすぐに落ち着いてしまうことは珍しくない。また、ファンによる非公式な活動と公式の関わり方には慎重さが求められ、公式側が踏み込みすぎると逆に熱が冷めるという場合もあり、一律の正解が存在しない。

ファンダムを「管理対象」とするのではなく、「変化する生態系」として捉え、対話を重ねながら共創の方向性を更新し続ける姿勢が重要といえるだろう。

そのうえで「ファンダムの次なる焦点」はどこにあるのか。

それは、「ファンの熱量をいかに可視化し、いかに価値へと転換するか」ではないだろうか。

例えば、購買データやSNSエンゲージメントといった従来の指標にとどまらず、創作活動・イベント参加・推奨行動といった「能動的な関与行動の深度」を測定する新たな指標、いわば「ファンダムKPI」の確立が重要と考える。

重要なのは、可視化そのものではなく、その熱量を次の行動へとつなげ、継続的な参加や共創を生み出す仕組みづくりである。

ファンが「応援する」から「一緒につくる」へと自然に移行できる仕組みこそ、真の価値転換を実現する鍵となるだろう。

IPは企業が一方的に発信する作品ではない。むしろ、ファンが関わり、新しい価値を編み出すための“余白”を含んだ存在であるべきと考える。

企業は、完成された作品を提供することではなく、ファンが自由に関わり、語り継げる“余白”をいかに設計できるか。その“余白”こそが、次世代IPビジネスにおける最大の競争力であり、ファンダム経済圏を持続的に成長させる原動力となるのではないだろうか。

執筆者

道向 潤/Jun Michimuko
合同会社デロイト トーマツ
コンサルタント
大手SIerを経て現職。テクノロジー・メディア・テレコム業界のクライアントを中心に、調査・戦略検討、IT推進支援など、幅広い領域でのプロジェクト経験を有する。

監修

今村 美都紀/Mitsuki Imamura
合同会社デロイト トーマツ
シニアマネジャー
メディア・エンタメ領域を中心に、成長戦略立案や事業立案、事業戦略策定、業務改革等のコンサルティングサービスに従事。近年は数々のグローバルコンサルティングプロジェクトに従事し、英語圏(アメリカ・イギリス等)だけでなく、フランス、ドイツなどの他言語圏においての調査実績も豊富。

 

※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。

i.「映画「鬼滅の刃」、北米の初週末収入100億円超 日本アニメで歴代首位」, 日本経済新聞, 2025/9/15:https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN150K00V10C25A9000000/?msockid=10bad13fd4cb641e3842c49bd53565ca

ii.メディアミックスとは、1つのコンテンツを複数の媒体(メディア)で展開し、相互に認知や価値を高める手法を指す

iii.ファンダムとは、特定の作品/キャラクターに形成されるファンの集合やその文化圏を指す

iv.Synapse編集部が行く!日本アニメの現状 Vol.5 「アニメの楽しみ方の変遷」,VR Digest plus byビデオリサーチ, 2020/6/1:https://www.videor.co.jp/digestplus/article/2020anime05.html

v.【推し活人口1400万人・市場規模3兆5千億円】大規模アンケートで分かった!拡がり続ける推し活市場,推し活総研, 2025/1/30:https://note.com/oshikatsusoken/n/n3c4895c4e4bc