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退職時の内部不正リスクにどう備えるか

管理職以上の退職リスクを見据えた、デジタルフォレンジックと生成AIによるチェックの高度化

従業員の退職は、人事イベントである一方、内部不正リスクが高まりやすい局面でもあります。特に管理職以上では、情報漏えいに限らない複合リスクへの備えが重要です。本稿では、退職時チェックをリスクベースで見直す視点と、デジタルフォレンジック・生成AIの活用を紹介します。

1. 退職時は、内部不正リスクが高まりやすい

退職の意思表示を受けた後の対応は企業によって異なるが、引継ぎや顧客対応、案件継続の観点から、退職日まで一定範囲で通常業務を継続するケースは少なくない。一方で、業種、職種、役職、機密性、懲戒性の有無によっては、即日で権限停止や出社停止とする場合もある。いずれの運用であっても、退職までの一定期間はシステムやデータへのアクセス権が残る、あるいは停止までに猶予が生じる可能性がある。

近年は、データの保存先やコミュニケーション手段が多様化し、業務上のやり取りもメール、チャット、SaaS(インターネット経由で使うソフトウェアサービス)などに分散している。他方、従来の退職時チェックは、最終出社日の貸与端末回収や、その後のアクセス権限の停止、ログ確認、外部送信メールのチェックなど、事後対応に偏りやすい。そのため、退職の意思表示から最終出社日までの間の情報の持ち出しや不適切行為が、退職後になって発見される場合がある。加えて、退職のタイミングでは、評価や処遇への不満、転職先や独立後の業務への備え、「自分が作成した資料は持ち出してよい」といった誤認が重なりやすくなる。動機、機会、正当化が揃い易い点が、この場面の難しさである。

2. 一般職にもリスクはあるが、管理職以上はより慎重な確認が必要である

一般職の退職時の不正リスクとしては、顧客情報や営業資料を、個人メールへの転送、私用クラウドへの保存などによる持ち出しがまず想起されやすい。しかし、実際にはそれにととまらず、担当顧客への不適切な接触、同僚への転職勧誘、関連データの削除など、他の不正行為が生じる可能性もある。そのため、一般職であっても、退職時には基本的な確認を行う必要がある。

そのうえで、管理職以上の退職時リスクとしては、部門横断資料、人事情報、予算情報、重要案件、主要顧客との交渉経緯など、機微性の高い情報の持ち出しや利用が想起されやすい。しかし、実際にはそれにとどまらず、承認権限、部下への指示権限、対外的な影響力を有していることから、人財、取引、支出判断などに関わる問題が生じる可能性もある。さらに、承認権限、部下への指示権限、対外的な影響力を有しているため、金銭面の問題も生じ得る。たとえば、退職前の不自然な承認、部下やキーパーソンへの引き抜きの働きかけ、顧客や取引先への事前連絡などは、管理職以上であればより実行しやすく、組織への影響も大きくなりやすい。そのため、管理職以上については、一般職よりも慎重な確認が必要である。

3. 退職時に確認すべき対象は、情報漏えいだけではない

退職時には、情報漏えい対策として貸与端末・貸与記録媒体の回収、アカウント停止日時の設定、メール転送設定や外部共有設定の解除、私用クラウド利用の有無の確認、アクセス権限の棚卸し、重要データの持ち出しや削除の痕跡確認、必要ログの保全までを確実に実施すべきである。しかし、退職時に確認すべき対象は、こうした情報管理上の措置だけでは不十分である。

確認対象として検討すべきものには、重要ファイルの削除や改ざん、監査ログや履歴の消去、不適切な権限設定、退職後アクセスの準備といった情報面のリスクに加え、社内外関係者に対するハラスメント、同僚や部下への引き抜き勧誘、顧客や取引先への不適切な働きかけ、不適切な経費精算、架空請求、発注・支払・売上処理への不正関与といった人的・金銭的リスクがある。これらを一律に確認することは現実的でない場合もあるため、役職、権限、職務内容、退職事情などを踏まえ、優先順位を付けて確認対象を設定することが重要である。

とりわけ役員クラスの退任では、経営会議資料、未公表の業績情報、M&Aや投資案件、重要人事、主要取引先との交渉情報などに加え、利益相反取引や関連当事者取引、退任前後の不自然な意思決定や支出も確認対象となる。一般職と同じ退職手続だけで扱うべきではない理由は、ここにある。

4. デジタルフォレンジックでログや履歴から実態を把握

こうした確認に有効なのがデジタルフォレンジックである。端末、メール、クラウド、共有ストレージなどに残る記録を保全・分析し、実際にどのような行動が行われたのかを事実に即して把握する手法である。

具体的には、取得・保全されているログや端末に残る痕跡をもとに、USB接続、外部クラウドへのアップロード、個人メールへの送信、深夜アクセス、通常と異なる閲覧範囲、削除の痕跡などを確認することで、要確認の挙動を可視化できる。管理職以上については、これに加えて承認履歴、契約処理、支出記録、対外コミュニケーションも確認対象として検討すべきである。

また、こうした確認を実効性あるものにするには、退職時だけでなく、平時から必要なログを取得・保全できる体制を整えておくことが前提となる。あわせて、どのログを、どの範囲で、どの程度の期間保存するのかをあらかじめ定めておくことが重要である。

5. 生成AIは、要確認事項の抽出と優先順位付けを支援する

従来の確認方法としては、キーワード検索による絞り込みが中心であった。しかし、言い換えや略語、婉曲表現、文脈依存のやり取りには十分対応できず、大量のメールやチャットを人手で確認する負荷も大きくなる。特に管理職以上の確認では、社内外とのコミュニケーション範囲が広いため、従来型の手法だけでは見落としや確認漏れが生じやすくなる。

そこで有効なのが生成AIの活用である。生成AIは、不正を自動で断定するものではないが、メールやチャットの内容をもとに、要確認事項の抽出・要約・優先順位付けを支援できる。 たとえば、引き抜き勧誘や顧客移管を疑わせるやり取り、退職前後の不自然な相談、不適切な働きかけをうかがわせる表現などを、意味や文脈に基づいて整理しやすくする。人手だけでは埋もれやすいシグナルを浮かび上がらせ、確認対象を絞り込みやすくする点に、生成AI活用の意義がある。

6. 退職時チェックは、役職・権限に応じたリスクベースで設計すべきである

重要なのは、退職時の不正チェックは全社員一律で行うのではなく、役職と権限、さらに業種・業態に応じたリスクベースで設計することである。一般職は基本確認、管理職は拡張確認、役員クラスは特別確認というように確認深度を変えるべきであるが、それだけでは十分ではない。たとえば、製造業であれば技術情報や製造条件、金融業であれば顧客資産情報や取引記録、IT・SaaS企業であればソースコードや管理者権限など、業種・業態によって重点的に確認すべき対象を検討する必要がある。

また、同じ役職でも、営業色の強い組織では顧客移管や従業員引き抜きのリスクが高く、研究開発部門を中核とする組織では営業秘密やノウハウの持ち出しリスクが高く、承認権限や裁量が一部の役職者に集中している組織では不適切な承認や支出関与のリスクが相対的に高くなる。したがって、退職時チェックは、役職や権限だけでなく、対象者がどの組織・業務領域で、どの情報・取引・意思決定に関与していたかを踏まえて設計する必要がある。

その前提として、人事、情報システム、法務・コンプライアンス部門、現場部門が連携し、退職申告時点で重点確認対象を判断し、必要なログや記録を保全できる体制を整えておく必要がある。退職時対応を単なる機器の返却確認やアカウント停止で終わらせず、自社の事業特性と組織構造に応じた統制上の重要ポイントとして再設計することが肝要である。

7. おわりに

退職時リスクは一般職にもあるが、企業として特に注意すべきは、権限や裁量が大きい管理職以上の退職である。リスクは情報漏えいに限られず、人材流出や業務執行上の不適切行為にも及び得る。すべての退職者を一律に詳細確認することが難しい以上、企業としては、リスクに応じて確認対象を見極めつつ、ログや端末の保全・分析にデジタルフォレンジックを、膨大なデータや記録の確認に生成AIを積極的に取り入れるべきである。これにより、確認の精度・網羅性・効率性を高めることができる。この体制は、退職時だけでなく、異動、休職、懲戒調査、内部通報対応にも活用できる。退職時対応を個別の問題として終わらせず、不正予防と統制強化の観点から、今こそ体制整備を進める必要がある。

執筆者

合同会社デロイト トーマツ
フォレンジック & クライシスマネジメントサービス 
シニアマネジャー 村上 尚矢
(2026.7.7)
※社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。

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