第一回では、メディアミックスとファンダムがIP市場に与える影響を概観し、そのなかでファンの熱量をいかに可視化し、いかに価値へと転換するかが重要な論点であることを述べた。
近年、国内外でファンダムは拡大・成熟が進み、ファンのロイヤルティの深化と参加層の広がりが加速している。ファンダムは、発信・創作・購買・交流を通じてIPの価値形成に関与する生態系として存在感を強め、IPホルダーに新たな機会と課題をもたらしている。
本稿ではファンダムに焦点を当て、ファン活動の深化とファンダム参加の多様化という二つの潮流を確認し、その実態と変化、そこから生じる価値拡大の可能性と、向き合うべき論点を整理する。
足元で起きている大きな変化の一つは、ファン活動そのものの深化である。
従来から、ファンは受け手にとどまらず、継続的な発信や、交流、ときに創作を通じて、IPとの関係性を深めてきた。近年こうした動きは加速し、IPホルダーがファンとともにIPを育成することで、IPの長寿化を図る段階に移りつつある。
韓国のエンターテインメント企業HYBEが運営する「Weverse」は、アーティストのファンダムを中核に据えたハイブリッド型プラットフォームの象徴的な事例であるi。コミュニティでの価値共創によってファンのロイヤルティを育み、ECで収益化が可能だ。
また、人気投票でファンの熱量が可視化されることでブランドが継続的に育まれてきた事例や、ファン創作のために制作・投稿環境を無償で提供することでキャラクターの拡散が進んだ事例もある。これは、ファンの発信や創作物がIPと消費者の接点拡大に重要な役割を担い始めていることを示す。
もう一つの潮流は、ファンダム参加の多様化である。
近年は玩具への関心が高い大人を指す「キダルト」市場や、親子での推し活の需要が注目されている。
それと並行して関わり方も多様化している。デジタル視聴、フィジカル商品の収集、イベント参加など、同じIPでも楽しみ方は枠にとらわれることなく広がっている。
こうした変化は市場にも表れており、少子化が進むなかでも玩具市場は、カードゲームやトレーディングカードなどに牽引される形で、成長を続けているii。
また、IPとその消費者の関係も、かつてのような一義的なものでなく、ひとつのIPが子どもから親世代、さらに海外ファンまで多様な層に支持されることも珍しくない。
こうしたファン層の広がりは、IP・コンテンツとの接点を持続的に生み出し、世代や地域を超えて長く愛されるエバーグリーンIP・コンテンツを育む土台にもなっている。
このように、ファンダム参加の多様化は、IPとの関わり方を複線化し、従来よりも幅広い層がそれぞれの熱量で参加できる構造を生み出している。
前述したようなファン活動とファン層の変化は、IPのライフサイクルの拡張や収益機会に大きな変化を与えているのではないだろうか。
まずは、ライフサイクルの観点からその変化を確認したい。
かつては、連載や放送、映画公開などのメディア露出が終わると、IPとの接点は弱まる傾向にあった。しかし近年では、メディア露出のピーク後も、熱量の高いファンがSNSやコミュニティで発信を続け、話題を維持する。その結果、既存ファンとの接点が継続するだけでなく、新しいファンの流入や再評価が促されている。
つまり、ファン活動の深化はIPとファンの関係を継続的に活性化させる好循環の基盤となっている。
次に顧客層と収益機会の変化に焦点を当てる。
ファンによる創作や発信は、IPホルダーによる公式施策では届きにくい層への接点を生み、ときに公式を上回る拡散力を発揮する。
また、IPが幅広い層に支持されることで、単発のヒットではなく、継続的に収益機会を創出する資産へと育ちやすい。
第一回iiiで触れたように推し活はすでに一定の経済圏を形成している。消費面でポイントになるのは、ひとつのIPに対して、高額でも手に入れたいロイヤルティの高いファン、手軽に関わりたいライト層、さらに子ども層まで、異なる受け手が共存する点である。その結果、企業側には、価格帯や提供形態を分けながら、各層に最適化した商品・サービスを展開する余地が生まれる。
ファンダムの変化は、単に顧客数を増やすだけでなく、IPの収益構造そのものを多層化し、高度化させ得る。
一方で、こうした共創の広がりは、IPホルダーに新たな運用上の課題も突きつけている。
熱量の高いファンとその創作活動は、IPの育成に寄与する一方で、IPホルダーやブランドにとっては、公式/非公式の境界が曖昧になり、収益機会の逸失や権利保護上のリスクを伴う。
例えば、二次創作コンテンツの人気は間接的に作品の拡散に寄与するが、本来公式が得るべき収益機会がファン側に流れているともいえる。つまり、ファン創作は認知拡大に資する反面、マネタイズや権利処理の課題を伴う。
さらに難しいのは、ファン主導領域に公式がどこまで関与するかである。例えば、ゲーム動画の配信では、公式がファン活動の実態を踏まえない収益化ルールや、コミュニティへの配慮の欠けた告知表現によって、深刻な反発を招いた事例もある。重要なのは統制強化ではなく、ファンの期待を損なわない範囲で境界を定めることである。
また、二次創作の受け止め方は、国・地域で大きく異なる。IPホルダーが海外展開を進める際には、現地の規制、法制度、業界慣習、ファンコミュニティ規範の違いを理解し、公式の関与方針を設計する必要がある。ファンとの共創を支える鍵は、ファン活動と向き合うルールと距離感である。
ファンダムの裾野拡大は市場成長をもたらす一方、過熱と相まって、値上がり・転売益を目的とした売買も目立つ。
こうした動きは、IPホルダーに従来のビジネスモデルの限界を浮き彫りにし、価格戦略や流通設計の見直しを迫っている。
第一に、価格設計とファン・エクスペリエンスの両立である。
ファンの支払意思額と、公式価格が乖離すれば二次流通市場での高額取引を招き、IPホルダーが本来得られたはずの収益機会の逸失につながる。同時に、ファンは適正価格で入手できず、不公平感からブランドが棄損されるリスクも高まるため、多様な需要に基づく価格戦略と商品設計が重要となる。
第二に、販売チャネルとデリバリーモデルの再設計である。二次流通対応が比較的進むチケット市場では、本人認証の厳格化、公式リセール、発券時期調整、チケット保険などが導入されている。これらを参考に、IPや商品特性に応じて、販売チャネルや手法、再流通の仕組みを個別最適化する必要がある。
では、IPホルダーはこうした機会と課題にどう向き合うべきなのか。
重要なのは、ファンダムを一律に統制するのではなく、共創の余地と境界を明確にし、ファンダムとの関係を場当たりでなく、共創のルールとして設計することである。
大阪・関西万博の公式キャラクター「ミャクミャク」のように、初期段階から二次創作ガイドラインを明示する事例もあるiv。IPホルダーは、機会とリスクを見極め、ファン創作を容認・奨励/一定範囲に限定/禁止する方針を明確にし、マネタイズの可否とその許容範囲も含む共存モデルを構想し、設計する必要がある。
また、ファン間で流通する創作物や関連アイテムには、公式によるプラットフォーム整備が有効である。例えば、PCゲームプラットフォームのSteamは、ファン制作アイテムの公開の場(Steam Workshop)と公式市場(Steam Community Market)を設け、取引手数料を通じて、創作物から生まれる価値の一部をIPホルダーへ還元するv。これにより、無秩序な拡散や機会損失を抑え、ファン活動の活性化と価値回収の両立が図れる。
そのうえで、ファンの熱量を価値転換するには、IPホルダーが拠って立つ基本原則を明確にしておく必要があるvi。
第一に、意思決定の原則を一貫して説明できることだ。これが創作や提携、ファン施策の判断基準となり、世界観の一貫性を担保する。ここが曖昧だと、ファンダムとの摩擦や不信を招く。
第二に、ファンダムを定量・定性の両面から深く理解し、ファンの熱量を可視化することだ。ファン数・購買額・SNS上の反応などの定量指標に加え、ファンの感情や価値認識、不満や摩擦などの定性情報、すなわちファンの解釈や共鳴ポイントの把握が重要である。ファンダムを一枚岩とせず、ファン層ごとの違いを見極めなければならない。
第三に、IPを取り巻く環境を評価し、活性化や収益化の機会を見立てることである。
ファン理解を価値創出につなげるには、そのIPの状況を多面的に把握する必要がある。たとえば、ソーシャルエンゲージメントや、文化的関連性、コンテンツの豊富さ、オーディエンス特性などを考慮することで、グッズ、ライブイベント、新たなパートナーシップやライセンス展開といった施策の可能性を模索しやすくなる。複数のIPを抱える場合は、IPポートフォリオ全体での各IPの状況を見極め、全体の中で長期的な価値形成をどう設計するかを考える視点も重要となる。
ファンの熱量は、可視化し、理解し、適切に受け止めてこそ価値へと転換される。重要なのは、単にファンダムの盛り上がりを利用することではなく、IPの世界観の一貫性とファンの参加機会を両立させながら、共創の余地を設計する視点である。
森本 芹奈/Serina Morimoto
合同会社デロイト トーマツ
マーケティング企業にてIP関連ビジネスを中心にマーケティング支援に従事し現職。テクノロジー・メディア・テレコム業界のクライアントを中心に、事業戦略策定支援、新規事業構想支援、市場調査など、幅広いコンサルティングプロジェクトに従事する。
今村 美都紀/Mitsuki Imamura
合同会社デロイト トーマツ
シニアマネジャー
メディア・エンタメ領域を中心に、成長戦略立案や事業立案、事業戦略策定、業務改革等のコンサルティングサービスに従事。近年は数々のグローバルコンサルティングプロジェクトに従事し、英語圏(アメリカ・イギリス等)だけでなく、フランス、ドイツなどの他言語圏においての調査実績も豊富。
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。
i 山本 晶, 菅野 佐織. 顧客のファン深化に向けたブランド・プラットフォーム戦略― Weverseの事例から ―. マーケティングジャーナル 2025 年 45 巻 1 号 p. 64-72, 2025:
https://www.jstage.jst.go.jp/article/marketing/45/1/45_2025.009/_html/-char/ja
ii 2024年度の日本の玩具市場規模は前年度比107.9%の1兆992億円で過去最高を更新, 一般社団法人日本玩具協会, 2025/6/25:
https://www.toys.or.jp/toukei_siryou_data.html
iii 第一回:日本発IPの躍進と「メディアミックス×ファンダム」が生んだ新潮流, デロイト トーマツ グループ, 2026/2/25
https://www.deloitte.com/jp/ja/Industries/tmt/blogs/mediamix-fandom-01.html
iv EXPO 2025 大阪・関西万博公式Webサイト, 公式キャラクターについて, 2026/05/08アクセス:
https://www.expo2025.or.jp/overview/character/
v Steam コミュニティ, 2026/5/22アクセス:
https://steamcommunity.com/
vi Deloitte US, 「Impact of Connecting Your Brand with Fandom Communities」, 2026/05/08アクセス
https://www.deloitte.com/us/en/Industries/tmt/articles/fandom-marketing-overview-brand-engagement-impact.html