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ブランド開示時代に問われる「市場認識」の経営

なぜ変革している企業ほど、市場に正しく伝わらないのか

企業が変革しても、市場から旧来の企業像で見られ続ければ、顧客の相談、人材の応募、投資家の成長期待にはつながりにくい。いま企業に求められているのは、ブランドを単なる認知や表現の問題ではなく、市場認識を形成し、経営戦略の実現を支える経営資産として捉えることである。

第1部 企業変革と市場認識のギャップ

1.なぜ今、ブランド開示が問われるのか

2026年8月3日、「価値創造を加速する知財・無形資産投資・活用のガイダンス」1が公表された。同ガイダンスでは、知財・無形資産を企業価値向上の源泉と位置付け、その創出・取得・強化・保護・収益化に戦略的に取り組むとともに、投資家等へ説明することが要請されている。

企業には、ブランド、知的財産、人的資本、データ、顧客基盤、組織能力といった無形資産が、どのように競争優位を形成し、将来の事業成果や企業価値につながるのかを、投資家や社会に対して説明することが、これまで以上に求められることになる。

ここで重要なのは、同ガイダンスを単なる無形資産投資額の開示要請として理解しないことである。単に支出額を示すだけでなく、その支出や取り組みがどのような競争優位の形成に資するのか、誰のどのような行動変容を通じて財務成果や企業価値向上に結びつくと考えているのかを、ストーリーとして説明することの重要性が高まると考えられる。

本稿では合同会社デロイト トーマツのブランドストラテジーチームとして「ブランド資産」に焦点を当てる。特にブランドは、従来は広告や広報の文脈で扱われがちだったが、今後はより経営アジェンダの一つとしての説明を求められる可能性が高い。

しかも、この論点は開示実務にとどまらない。ブランド戦略は、顧客・従業員・求職者・投資家・地域社会等のマルチステークホルダーの認識・行動変容を通じて、経営戦略の実現性に影響しうる重要なテーマの一つである。

多くの企業は、AI、データ活用、人的資本、新規事業などへの投資を通じて変革を進めている。しかし、企業の実態が変化しても、市場からの認識が同じ速度で変わるとは限らない。変革を進めているにもかかわらず、市場からは依然として旧来の事業カテゴリーや企業像で捉えられているケースも少なくない。こうした、企業が新しい競争軸で勝とうとしている一方で、市場が従来の競争軸で理解し、評価し続けている状態を、本稿では「市場認識ギャップ」と呼ぶ。

経営戦略は、社内で立案しただけでは実現しない。従業員が理解して実行し、顧客が新たな課題の解決相手として選び、求職者が挑戦の場として評価し、投資家が成長ストーリーを理解して初めて、戦略は市場で機能しはじめる。市場認識ギャップを埋めることは、単なる情報発信の課題ではなく、経営戦略の実現速度を左右する経営課題である。

2.ブランドが見えない資産では済まされなくなった

ブランド開示がいま改めて問われているのは、ブランドの重要性が最近になって突然高まったからではない。むしろ、以前から企業価値にとって重要であると認識されてきたにもかかわらず、財務・IR・経営管理の言葉で十分に説明されてこなかった領域が、ようやく資本市場との対話の俎上に載り始めた、という方が実態に近い。

企業価値の源泉は有形資産だけでは捉えきれなくなっており、ブランドをはじめとする無形資産が将来キャッシュフローの創出力を左右するという認識は広く共有されている。一方でブランドへの投資は、実際には将来の企業価値を高める目的を持ちながら、会計上は費用として計上されるため、短期的には利益を押し下げるように見えてしまう。また自社で形成してきたブランドは資産計上されず、効果という点でも財務諸表に十分に表れにくい。その結果、企業の実態としては重要であっても、資本市場に対しては十分に構造化された形では語られにくく、経営上の位置づけも曖昧になりやすかった。

しかし近年は、この曖昧さを放置しにくくなっている。背景にあるのは、資本市場が企業に対して、売上や利益の結果だけではなく、その結果を支える競争優位や再現性、持続性まで含めてより詳細に説明することを求めるようになってきたことだ。PBR、ROIC、資本コスト等を意識した経営への関心が高まるなかで、投資家は「何がこの企業の超過収益を支えているのか」「その優位性はどこまで持続可能なのか」をより厳しく見るようになっている。ブランドを経営資産として位置づけるのであれば、それは単なる認知度ではなく、顧客獲得効率、価格受容性、継続率、新市場での受容性などにどう現れているのかを説明することが望ましい。

3.ブランドの本来的な意味とは

ブランドという言葉は、しばしばロゴ、スローガン、広告表現といった発信物と同一視される。しかし、本来的な意味でのブランドはそれらに留まらない。ブランドとは、企業との接点や経験を通じて、顧客・生活者・従業員・求職者・投資家・取引先・地域社会などのステークホルダーの中に形成される連想・期待・信頼・態度の総体である。言い換えれば、企業がどのような存在として記憶され、期待され、選ばれるかを形づくる認識基盤と捉えることができる。

この理解に立つと、ブランドは単なる認知の問題ではなく、市場がその企業を何者として理解しているか、どの競争カテゴリーに属する会社だと見ているか、どのような課題を解決できる存在として想起しているか、将来にどのような期待を抱いているかといった、ステークホルダーの認識そのものがブランド価値の中核の一つになる。

したがって、ブランドを強化するとは、自社がどの市場でどのような価値を提供できる企業として認識されるべきかを定義し、その認識を事業実体・組織行動・顧客体験・情報発信等を通じて形成していくことにほかならない。

ここで重要なのは、企業として一貫して保つべき認識の核(コア)と、市場ごとに翻訳して伝えるべき要素(エッジ)を分けて考える視点である。コアとは企業として長期的にぶらしてはならない認識の核であり、何者として社会から認識されるべきかを示すものである。一方エッジとは、その核を顧客市場・人材市場・資本市場、さらに国や地域ごとにどう翻訳し、どのように伝えるかである。コアだけを語れば抽象論になり、エッジだけを増やせば個別最適の発信に陥る。したがって、ブランドを本来的に捉えるなら、共通の核を持ちながら、対象ごとに適切に翻訳された市場認識を設計する必要がある。

また、その際には企業ブランド、事業ブランド、製品・サービスブランドの役割分担と関係性、すなわちブランドアーキテクチャを明確にすることが前提となる。どのレイヤーの議論をしているのかが曖昧なままでは開示内容も不明確になりやすい。

 

図1.マルチステークホルダーの認識・行動と企業価値の接続

ブランド強化により顧客・従業員・投資家などの信頼を高め、収益力向上とリスク低減を通じて企業価値を高める仕組み。

4.求められるブランドと企業価値の接続

資本市場との対話で重要になりやすいのは、ブランドがどのような経路で事業KPIや企業価値、さらには市場評価に影響しうるのか、つまり「ブランドの効き方」である。

企業が保有する技術、ブランド、人的資本、データ等の無形資産が、市場における期待や信頼、選好として蓄積された価値を、私たちは「認識資本(Perception Capital)」と呼んでいる。企業価値を左右するのは、無形資産を保有しているという事実だけではない。その価値が市場にどのように認識され、ステークホルダーの行動に結び付いているかが重要である。

この接続を考えるうえで、基本的な連鎖は次のように整理できる。ブランド関連施策や投資が、事業実体・組織行動・顧客体験・情報発信等を通じてマルチステークホルダーの認識を形成し、その認識変化が顧客の購買意向や検討可能性の上昇、従業員のエンゲージメント向上、求職者の応募意向の上昇、投資や協業の促進といった行動変化につながりうる。さらにそれが売上や利益率などの事業KPIに反映され、結果としてROIC・資本コストへの間接的な影響を及ぼしうる、という流れである。もっとも、PBRやMVAといった資本市場での評価を反映した指標は、成長期待・資本政策・ガバナンス・市場センチメントなど複数要因の影響を受けるため、ブランドとの接続はあくまで間接的なものとして捉えるべきである。

実務上、特に重要なのは次の6つの接続である。もっとも、これらの寄与の現れ方や重要度は、業種・事業モデル・成長段階等によって異なる。

  • 第一に、顧客獲得への寄与である。顧客市場における認識が適切に形成されていれば、顧客は課題が生じたときにその企業を候補として想起しやすくなる。BtoBでは問い合わせ数・商談化率等に、BtoCでは指名検索数・初回購入率等に影響しうる。
  • 第二に、継続率・リピート率への寄与である。ブランドは新規獲得だけでなく、継続利用や解約抑制にも作用する。特にサブスクリプションや会員制ビジネスのようなモデルでは、解約率・契約更新率・LTVなどに影響しうる。
  • 第三に、価格維持力への寄与である。ブランドが一定程度機能している企業は、値引き依存を抑え、価格改定後の販売維持率やプレミアム商品の構成比、粗利率の安定といった形で価格決定力を示せる場合がある。
  • 第四に、収益性・資本効率への寄与である。顧客獲得効率の改善、継続率の向上、価格維持力の強化が組み合わされば、結果として営業利益率やROICの改善につながると考えられる。説得力ある説明のためには、この水準まで接続できることが望ましい。
  • 第五に、新事業・新市場展開への寄与である。新しい成長領域で勝とうとする企業にとって、市場における認識は参入速度そのものに関わる。市場から旧来のカテゴリーでしか見られていなければ、新事業での候補入りは遅れる。一方で、適切な認識が形成されていれば、企業は新しい競争軸で評価されやすくなる。
  • 第六に、採用力・組織力への寄与である。人材市場において自社がどのような挑戦機会を提供する企業として認識されているかは、応募者の質と量・採用単価・定着率・エンゲージメント等に影響する。

要するに、投資家との対話において重要になりやすいのは、顧客・人材・資本・協業先等のどの市場でどのような認識を獲得したいのか、その認識変化がどのような行動変容を通じて、どの事業KPIに接続すると考えているのかという、具体的な因果仮説である。加えて、投資家との対話においては、単年度の水準だけでなく時系列での変化や、重点市場・重点事業における改善傾向を示すことが重要である。

第2部 市場認識を企業価値へつなぐブランド開示

5.ブランド開示で見落としやすいこと

ブランド開示が難しいのは、ブランドが従来、経営・財務・広報・人事など複数領域にまたがって扱われてきたためでもある。実務上は、特に次のような点に留意する必要がある。

  • 第一に、知名度の説明にとどまらないことである。認知率や広告到達人数は一定の参考情報にはなるものの、それだけでは企業価値との関係は見えにくい。開示としては、それらがどのような事業成果や競争優位につながると想定しているのかまで示すことが望ましい。
  • 第二に、コミュニケーション活動の紹介だけで終わらせないことである。大規模なキャンペーン等の実績/計画を説明することにも意味はあるが、それ以上に重要なのは、それらがどの市場認識に働きかけ、どの事業成果につながるのかを示すことである。そこが見えなければ、投資家向け情報としての説得力は限定的になりやすい。
  • 第三に、KPIを財務や事業成果と接続して示すことである。NPSや好意度を開示する場合でも、それが継続率・単価・粗利率・LTV等にどうつながるのかが明確でなければ、経営上の意味合いは伝わりにくい。加えて、純粋想起・カテゴリー想起・連想の質・検討意向といった中間指標の設計が十分でないと、ブランド形成のプロセスそのものも見えにくくなる。
  • 第四に、冒頭で述べた市場認識ギャップを、市場別に把握することである。企業自身は変革を進めていても、顧客市場、採用市場、資本市場では、それぞれ異なる企業像が形成されている可能性がある。したがって、単に「知られているか」を測るのではなく、「どの競争カテゴリーに属する企業として理解されているか」「どの課題を解決できる企業として想起されているか」を把握することが重要となる。
  • 第五に、ブランドを他の経営基盤と切り離して語らないことである。ブランドは、人的資本・知財・品質管理・顧客体験・サステナビリティ等とも密接につながっている。広告接触だけで形成されるものではなく、企業活動全体の結果として形成されるものであるため、これらとの接続が見えないと、開示が表層的な内容に留まりやすい。
  • 第六に、リスク面もあわせて示すことである。品質問題・情報漏えい・炎上などは、レピュテーションリスク・オペレーショナルリスク・コンプライアンスリスクとしてブランドを毀損しうる。したがって、ブランドの価値向上に関する説明だけでなく、それを守るための仕組みや統制についても示すことが重要である。

6.説得力のあるブランド開示に必要なこと

では、企業は何をどう示せばよいのか。実務上、特に重要になりやすいポイントとして、少なくとも次の六つが挙げられる。

  • 第一に、ブランドの定義を明確にすること。コーポレートブランド、事業ブランド、製品・サービスブランド、採用ブランド等をどのように整理して捉えているのかをはっきりさせる必要がある。レイヤーが違えば、期待される役割もKPIも責任主体も異なる。
  • 第二に、事業戦略との接続を示すこと。ブランドは独立した概念ではなく、どの成長戦略・競争軸・市場攻略に効くのかを説明しなければならない。特に変革を進める企業ほど「現在の市場認識」と「今後勝ちたい競争軸」のズレを特定することが重要になる。
  • 第三に、投資仮説を示すこと。どのブランド関連施策や支出が、どの市場認識を変え、その認識変化がどの行動と事業KPIに波及すると考えているのか。この連鎖をストーリーとして整理できるかが重要である。
  • 第四に、KPIと進捗を示すこと。認知率や金銭価値だけでなく、純粋想起・カテゴリー想起・ブランド連想・検討意向・問い合わせ化率・継続率・採用応募率・投資家理解度など、自社の戦略に合った指標を複層的に設定し、その定義・選定理由・継続性を示す必要がある。とりわけ投資家との対話では、単発の数値ではなく時系列の変化として示すことが望ましい。
  • 第五に、支える基盤との接続を示すこと。人的資本・知財・研究開発・品質管理・顧客体験・サステナビリティといった領域の関係を明らかにすることで、ブランドが表面的な広告概念ではないことがより伝わる。
  • 第六に、ガバナンスと運用体制を示すこと。ブランド関連のテーマは広報やマーケティング部門だけの話ではない。経営・IR・事業部・人事・法務・知財などが同じ前提で議論できる管理基盤が必要である。その際、全社横断の議論を行うだけでなく、施策責任・KPI管理責任・経営会議や取締役会への報告責任等の所在を明確に設計することが重要である。

もっとも、すべての企業が一足飛びに高度なブランド開示体制を構築できるわけではない。まずは自社の価値創造において重要性の高いブランドレイヤーと市場・KPIから着手し、段階的に管理範囲を広げるアプローチが現実的である。

7.ブランド開示における残された論点

もっとも、ブランド開示にはなおいくつかの論点が残る。

  • 第一に、測定の限界である。ブランドの効果を他の要因から完全に分離して測定することは容易ではない。価格・商品力・営業力・チャネル・競合動向・景気環境など、多くの要素が同時に作用するためである。
  • 第二に、比較可能性の問題である。ブランド関連KPIは企業ごとに設計が異なりやすく、外部比較が難しい。したがって、まずは自社の戦略に適ったKPIを設定し、その妥当性を一貫して説明する方が現実的である。
  • 第三に、マテリアリティの差である。ブランドの重要性は業種や事業モデルによって異なる。消費財・小売・サービス業と、重厚長大型BtoB企業では、ブランドの効き方も説明の深さも同じではない。
  • 第四に、開示と運用の距離である。開示資料だけ整えても、経営の実態としてブランドが管理されていなければ意味がない。ブランド開示は、開示対応で完結させるのではなく、戦略実行を加速させるための運用システムへ落とし込まれる必要がある。
  • 第五に、対象市場ごとの認識をどこまで分解して扱うかという論点である。顧客市場・人材市場・資本市場では認識形成のロジックもKPIも異なるため、それぞれを同じ言葉で一括して論じすぎると、実務上の焦点がぼやけやすい。
  • 第六に、競争上機微な情報の扱いに注意が必要である。投資家にとって有用な説明を確保しつつも、競合に戦略の詳細や重点施策、評価指標の運用実態まで過度に明かさないよう、開示の粒度は慎重に設計する必要がある。

8.ブランド開示の本質とは何か

ブランド開示の本質は、企業の「選ばれる理由」を資本市場に通じる言葉へ翻訳することにある。いま問われているのは、ブランドを認知率や広告表現の問題として語ることではない。どの市場で、どのような認識を獲得し、その認識が顧客・人材・投資家等マルチステークホルダーの行動をどう変え、どの事業KPIと企業価値、そして市場評価につながりうるのかをストーリーとして説明することである。

無形資産が注目される時代、ブランドを十分に説明しきれていない企業では、自社の競争優位性の一部が資本市場に伝わり切っていない可能性がある。一方で、ブランドを企業価値管理の文脈で捉え、投資仮説・KPI・ガバナンス等との接続まで含めて示せる企業は、短期業績だけでは見えにくい強みを市場に伝えやすくなる。経営戦略は市場に適切に認識されてこそ加速しやすくなる。その前提を整えることこそ、これからのブランド開示に求められる役割であると考える。

重要なのは、ブランド価値を単一の金額や指標で示すことだけではない。ブランドを含む無形資産が、どの市場でどのような認識変化を生み、その変化がどのような行動を通じて事業KPIや企業価値に接続すると考えているのかを可視化することである。そのためには、経営戦略、無形資産、市場認識、行動変容、事業成果を一体で捉え、継続的に検証・更新するマネジメントの仕組みが求められる。

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