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宇宙への進出が始まった量子技術

宇宙領域における量子技術の応用 シリーズ第1回

急拡大する宇宙関連事業と量子技術との融合について、現状や今後の可能性を解説する(全3回)

小型衛星が牽引する宇宙事業

小型衛星打上げ数の急速な拡大

商用の小型衛星の打上げ数が、ここ数年で急速に拡大している。
10年ほど前の2014年には、「115基」が打ち上げられたが、2023年には「2,629基」まで増加した。2022年以降は、1,500基を超える規模が継続1しているが、このトレンドを支えているのが米国のSpaceX社や英国のOneWeb社である1

小型衛星を利用したサービス

小型衛星は、主に「LEO(Low Earth Orbit)」と呼ばれる、低軌道での使用が想定されている。重量は、「一般的には1,200Kg以下、平均的には200~300Kg程度」で、このサイズの衛星に様々な機能が搭載されている。

小型衛星を利用した代表的な商用サービスの1つが、SpaceX社が推進する「Starlink」だ。これは、法人・個人向け高速インターネットサービスであり、ご存じの方も多いだろう。

小型衛星が活躍するLEOの宇宙事業は多岐に渡るが、主な事業領域・目的として、以下が挙げられる。

  • リモートセンシング(地球観測における時間分解能の向上など)
  • 地球測位(GPS機能の精度向上など)
  •  衛星通信(地上のみでは実現できない、通信サービスの更なる安定化など)

小型衛星を複数利用する「衛星コンステレーション」により、目的を比較的低コストで実現できるようになってきたことが、昨今の宇宙事業の大きな特徴である。
(このような背景もあり、小型衛星は、「質より量」という考え方の下、5年程度の短期で更新される。)

また、本格的な実用化には多くの時間を要すると思われるが、「宇宙太陽光発電」のような、社会的課題の解決手段となり得る事業についても、構想の具体化や実証が進められている。

宇宙と量子技術の接点

宇宙事業が急速に拡大する中、数年前までは次世代技術と考えられていた量子技術の宇宙進出が、早くも始まっている。

25年6月には、オーストリアのウィーン大学のチームが、宇宙ミッションの過酷な環境条件に耐えられる光量子コンピュータを開発し、世界で初めて衛星に組み込んだ。同衛星は、打上げ後、約550kmの高度で地球を周回している2

この取り組みの主な目的は、「宇宙ミッションにおけるタスク支援や現行技術の改良に向けて、量子技術が有するポテンシャルを探ること」にある。このような、「量子コンピューティングによる宇宙ミッションへの貢献」を目的とした取り組みは、宇宙事業拡大に伴い、今後更に増えていくだろう。

一方で2010年代から継続して研究開発が行われてきたのが、「衛星を利用した量子通信」だ。

宇宙空間における量子通信

衛星を利用した量子通信は、大きく2つに大別される。

  1. 衛星を利用した量子セキュリティ技術である「量子鍵配送」
    (QKD:Quantum Key Distribution)
  2. 「量子インターネット」と呼ばれる、グローバル規模の量子通信ネットワーク
    (Quantum Internet)

いずれも、まずは地上での適用が進められている技術であるが、以下のアドバンテージを有する。

① ユースケースの観点
盗聴などに対して極めて安全なセキュリティを実現できる量子通信は、金融取引やゲノム情報などの秘匿情報の保持はもちろん、経済安全保障の観点からも不可欠な技術となる可能性が高い
(各技術領域におけるユースケースの相違点については後述)

② 技術開発の観点
量子情報の担い手としての「光」は、地上と同様に宇宙空間でも有効であり、既存の量子技術を展開可能なため、比較的スムーズに宇宙向け技術を開発できる

図:地上・宇宙空間における量子通信のイメージ(NASA)(1)

上図では、LEO/MEO/GEO注1の各軌道における衛星や地上、航空機などが連携する壮大なイメージが描かれているが、特に量子インターネットに関しては、原理上、(使用が許可されれば)通信主体や位置等を問わず、長距離での量子情報の共有が可能となる。

それに対して、量子鍵配送(QKD:Quantum Key Distribution)は、「情報の送り手と受け手が共有したい秘匿情報」を見るための、“安全な鍵”を提供する仕組み注2である。通信対象の情報の特性や具体的なユースケースが異なる点は留意されたい。

 

以上、まずは宇宙と量子技術の接点を中心にとりまとめたが、次回以降、衛星を利用した量子通信の基本的な原理やメリット、課題等についてご説明したいと考えている。

(参考)

1: Smallsats by the Numbers 2024
2: Successful launch of the first space-proof quantum Computer

(引用)

(1) NASA Quantum Communication 101

(脚注)

1: LEO:Low Earth Orbit(低軌道)/MEO:Middle Earth Orbit(中軌道)/GEO:Geostationary Earth Orbit(静止軌道)
2: 厳密には、QKDにおいて複数の方式が存在する

執筆者

扇 孝一郎/Ogi Koichiro
合同会社デロイト トーマツ
コンサルティング / 量子技術研究リード

外資系大手IT企業等を経て現職。量子技術の調査・活用戦略の策定からスタートアップへの投資検討支援まで、広範なコンサルティングサービスを提供。国内量子産業の拡大や経済安全保障の観点から、量子サプライチェーンの構築にも取り組んでいる。