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中性原子方式量子コンピュータによる量子計算(前編)

”動作原理と部素材”から紐解く量子コンピュータ シリーズ第6回

直近2回のブログでは、中性原子方式量子コンピュータのハードウェア特性や、大規模化に向けた開発方向性について解説した。

「コンピュータ」である以上、何らかの計算を実行できるわけだが、レーザーによって原子を精緻に制御する中性原子方式量子コンピュータでは、何をどのように計算できるのだろうか。今回はこの点について、直感的に理解いただくことを念頭に解説したい。(今回、次回の計2回を予定)

(注)参考論文(オーストリア インスブルック大学等の論文(1))は、フェルミ粒子シミュレーションにおける中性原子方式のアドバンテージや課題等に関するものであり、それゆえ「Fermionic」という用語が記載されている。つまり、中性原子方式の汎用的な解説ではないものの、論文内の下図が、「中性原子方式による量子計算の全体像」を明快に示しているため引用している。

【中性原子方式による量子計算の実行イメージ】

「原子の状態や位置等を変化させた結果」が量子計算の解となる

下図は、量子計算の1つである「量子シミュレーション」を対象として、中性原子方式量子コンピュータによる計算実行のイメージを図示したものである。

図:フェルミ粒子シミュレーションを実行するプロセッサの全体イメージ
(オーストリア インスブルック大学、米国 ハーバード大学等による論文) (1)

A. Fermionic hardware:

(1) これまでのブログで言及してきた「レーザー等による原子の制御領域」に対応している。図中の青やオレンジの波線が、原子に対するレーザー照射を表している。
(2) 例えば図Aの右側「Interaction gate」は、「量子ビット間の相互作用を利用した量子ゲート」を指しており、一般的には「2量子ビットゲート」が該当する。
(「量子ゲート」とは、量子コンピュータにおける基本演算要素のこと1
(3) 2量子ビットゲートでは、2個の量子ビットの間に量子もつれを発生させる1。上記(2)の相互作用(Interaction)が、この量子もつれに相当する。

B. Fermionic circuits:

(1) 量子ゲートを組み込んだ回路のこと。具体的には、Pythonなどのプログラミング言語やグラフィカルツールで作成する。
(注:前述の通り、フェルミ粒子シミュレーションに関する論文であるため、図上では、Fermionic circuits(フェルミオニック回路)という表記になっている。)

C. Quantum simulation:

(1) VQE(Variational Quantum Eigensolver)などの量子アルゴリズムを利用して、目的に応じた量子計算を実行する。量子アルゴリズムは、上記の量子回路上で実装される。

すなわち、中性原子方式量子コンピュータでは、量子回路に即してレーザー等によって原子の状態や位置等を変化させることで、所望の解を得る。

留意すべきなのは、「量子計算の結果(解)は、決定論的ではなく確率的」という点であるが、詳細については次回解説したい。

【量子計算に適用する量子アルゴリズム】

最後に「C. Quantum simulation」の詳細を示す。下記3つの要素については、基本的には量子コンピュータ方式を問わない汎用的な内容である。

「VQE2」「(Variational Quantum Eigensolver)」「QPE2 (Quantum Phase Estimation)」の3つの要素

Quantum simulationの領域においては、

  1. 系の種類や計算目的、求める精度等により、適用すべきアルゴリズムが決まる
  2. これを実装した量子回路に基づいて、量子化学計算等の量子シミュレーションが実行される
  3. 上表の例でいえば、誤り訂正を実装した汎用量子コンピュータの活用に向けて、量子化学計算の実証を行いたい場合は、QPEの適用を検討することになる

以上、今回はハードウェアの動作に適宜言及しつつ、量子計算の実行イメージを説明した。次回は、量子計算結果が確率的である理由や、それを受けて、どのような活用方法が想定されるかを説明したい。

執筆者

扇 孝一郎/Ogi Koichiro
合同会社デロイト トーマツ
コンサルティング / 量子技術研究リード
外資系大手IT企業等を経て現職。量子技術の調査・活用戦略の策定からスタートアップへの投資検討支援まで、広範なコンサルティングサービスを提供。国内量子産業の拡大や経済安全保障の観点から、量子サプライチェーンの構築にも取り組んでいる。

太田 伸彦/Ota Nobuhiko
合同会社デロイト トーマツ
コンサルティング / シニアコンサルタント
国内大手素材メーカーでの研究、製造技術開発職を経て現職。化学系の製造業を中心に調査・戦略策定、オペレーション改革・DXプロジェクトに従事。量子技術領域では、ハードウェアサプライチェーン調査やユースケース調査に従事。

監修

杉崎 研司/Sugisaki Kenji
合同会社デロイト トーマツ
量子サイエンティスト
2011年に、量子コンピュータの化学応用・量子化学計算量子アルゴリズムの研究を開始。慶應義塾大学量子コンピューティングセンター特任准教授等を経て現職。主な著書「量子コンピュータによる量子化学計算入門(KS化学専門書)」(講談社)。

多知 裕平/Tachi Yuhei
合同会社デロイト トーマツ
量子サイエンティスト
計算化学やデータサイエンスを活用した創薬・材料開発を専門とし、過去にケンブリッジ大学での研究留学や分子科学研究所の研究員として従事。現在は、誤り訂正量子コンピュータを活用した創薬研究や実証・開発プロジェクトをリード。

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