前回は、量子計算の1つである「量子シミュレーション」を対象として、中性原子方式量子コンピュータによる計算イメージを説明した。今回は、量子計算の本質に迫るべく、最重要アルゴリズムの1つである「QPE((Quantum Phase Estimation)以下、量子位相推定)」を題材として、量子計算が確率的であることを平易に解説する。
なお今回の内容は、中性原子方式に限らない量子コンピュータ方式共通のものが大半であるが、中性原子方式との関係性については、当ブログの最後に筆者の見解をお伝えしたい。
前回も言及したオーストリア インスブルック大学等による事例(図1)では、「量子位相推定(図上はQPE)」の量子シミュレーションへの適用が想定されているが、量子位相推定は、これに限らず、様々な量子計算において適用される。
量子位相推定が適用されるアプリケーションないしアルゴリズムの例1
QPEにより、従来の計算手法に対して、指数関数的な処理速度の向上が可能とされているが、適用にあたっては極めて高い処理精度が要求される。そのため、本格的な実用に向けては、エラー訂正機能を実装した次世代ハードウェアの登場を待つ必要がある。
図1:フェルミ粒子シミュレーションを実行するプロセッサの全体イメージ
(オーストリア インスブルック大学、米国 ハーバード大学等による論文) (1)
量子化学計算に適用する場合、図2上部のような量子回路を使って、量子系のエネルギーの計算に必要な「位相」を求める。なぜ位相が分かるとエネルギーを求めることができるのだろうか。まずは、この点について説明したい。
図2:量子系の波動関数と位相の関係((2), (3)より一部引用・追記)
図2中央の等式は、「量子系の波動関数と位相の関係」を示している。
(注:出所(2)は位相を「Θ」、出所(3)は「Φ」で示しているが、実質的には同じ内容である。)
時間の経過に伴う波動関数の変化(量子系のエネルギーの変化)は、これに対応した位相シフト(位相の変化のこと)で表すことができる。
すなわち、「量子位相推定」というアルゴリズムを使って「位相」を推定できれば、これを利用して、量子系のエネルギーを求めることができる、ということだ。
量子系のエネルギーと位相との関係を紐解いたところで、改めて、量子位相推定アルゴリズムを実行するための量子回路について見てみよう。
図3:量子位相推定における量子ビットやサブルーチン処理の概要(2),1,2
図3 ①~④にあるように、量子位相推定を実行するための量子回路は大きく4つのブロックから構成される。一口に「量子位相推定」といっても、位相を推定するために、複数の要素を組み合わせていることが、図から読み取れよう。
(ただし現状では、量子位相推定は、全てが確定した完成形のアルゴリズムではなく、性能向上に向けて様々なアプローチ・改良が検討されている点について補足しておく。)
量子位相推定では、「逆量子フーリエ変換」が、正しい解(=位相)を高い確率で導くためのメカニズムを有しており、「量子計算が確率的であること」の代表例である。
図4:時間発展シミュレーションおよび逆量子フーリエ変換のイメージ(2),(3),2,3
上図「時間発展シミュレーション」のアウトプット(位相)は本質的に連続量であるが、これを「逆量子フーリエ変換(緑の枠内)」において離散的な値に変換している。その上で、波の干渉を使って、「真の位相に対応する測定確率」を最大化している。
このようなメカニズムにより、複数の解候補(位相の候補)から、最も有力な解を高い精度で推定できるようにしている。まさに、量子位相推定は、極めて確率的な計算と言えよう。
なお、図4のケースでは、「3つの補助量子ビット(制御量子ビット)」を想定している点に留意されたい。補助量子ビットが3つの場合、位相を表す離散的な値は、「補助量子ビット数に対応した3桁 / 8種類(2の3乗)」となる。つまり補助量子ビットの数が多いほど、桁数を増やして、より多くの離散的な値を想定することができ、この中から確率的に高い値を抽出することになる。
量子位相推定は、非常に汎用性の高いアルゴリズムであり、特定の量子コンピュータ方式に限定されるものではない。
しかし下記理由により、忠実度の高い中性原子方式は、有力なハードウェア方式の1つになり得ると考える。
以上、4回にわたって中性原子方式量子コンピュータのハードウェア特性や、量子計算の実行イメージなどを解説してきた。当ブログが、多少なりとも中性原子方式に関する理解の一助となれば幸いである。
次回より、主要各国で開発が加速している「光量子コンピュータ」について、ハードウェア開発のアプローチや動作原理などを解説する。
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