「メタまーつ」は、松戸市の地図をベースに、避難所、文化財、子どもの居場所などの行政・地域情報へアクセスできる松戸市版メタバースだ。狙いは話題づくりではない。令和3年度からオンライン申請やオンライン相談を整えた先で、点在する窓口機能をどう再定義し、民間サービスのようにスマートフォンで完結したいという住民期待にどう応えるかが問われていた。「メタまーつ」は、その延長線上で構想された新しい行政の入口だ。
人口減少や高齢化が進み、住民接点の再設計が課題になるなか、本稿が示すのは単なるメタバース導入事例ではない。住民接点の課題整理から庁内合意形成、実装、運用までをどう切れ目なく進めるかという、他自治体にも通じる実装論である。松戸市総務部DX推進課長の黒澤聡史氏(以下、黒澤氏)、同課課長補佐の鈴木伸和氏(以下、鈴木氏)と、合同会社デロイト トーマツ ディレクターの永田剛(以下、永田)、シニアマネジャーの甲斐田晃史(以下、甲斐田)、シニアコンサルタントの加藤知(以下、加藤)が、その背景と実装の要点を語った。
前列左から、松戸市 総務部 DX推進課長 黒澤聡史氏、課長補佐 鈴木伸和氏。後列左から、合同会社デロイト トーマツ ディレクター 永田剛、シニアコンサルタント 加藤知、シニアマネジャー 甲斐田晃史
松戸市が向き合っていたのは、メタバースという新技術そのものではない。手続きのオンライン化を進めた先で残った、「市民がどこから行政情報に入り、取得すればよいのか」という課題である。「メタまーつ」は、新たな入口として構想された。
――まず、「メタまーつ」はどのようなサービスとして位置づけられているのですか。
黒澤氏:松戸市では令和3年度に「行政デジタル化ビジョン」を策定し、「市民サービス」、「行政運営」、「社会基盤」の3つの視点で、デジタル化を進めてきました。まずはオンライン申請やオンライン相談、総合案内AIチャットボットなど、庁舎に来なくても受けられるサービスを整えることを優先して進め、次の段階として位置づけたのがメタバースでした。
右から、松戸市 総務部 DX推進課長 黒澤聡史氏、課長補佐 鈴木伸和氏
鈴木氏:「メタまーつ」は、地図を起点に松戸市の情報へアクセスできる入口です。最初にそこへ入り、気になった情報をさらに詳しい媒体で見ていける。そうしたポータルのような役割を目指しています。現在は、避難所、文化財、子どもの居場所などをテーマに、行政情報や業務固有の情報にアクセスできるようにしています。
子どもの居場所としてある雑談スペース(松戸市提供)
加藤:自治体DXというと、どうしても申請や手続きの効率化が中心に見えます。ただ、市民から見ると「まず何を見ればいいのか」「どこから入ればいいのか」という入口の設計も同じくらい重要です。今回は、その入口自体を作り直す取り組みとして整理しています。
松戸市はまず、地図との相性がよく、行政として価値の分かりやすい、 市民が利用場面を想像しやすいテーマから実装している。ここで鍵になるのは、網羅性よりも「最初の導線」として機能することだ。災害時に避難所を調べる、休日に文化財を知る、子どもの居場所を創る。そうした具体的な利用場面から入れることで、「メタまーつ」は単なる仮想空間ではなく、日常の行政サービスの接点として機能し始めている。
松戸市が繰り返したのは、メタバースありきではない、という点である。オンライン化の次に必要だったのは、新しい技術そのものではなく、市民との接点の再設計だった。
――なぜWebサイト改善だけではなく、地図やバーチャル空間を使う発想になったのですか?
黒澤氏:松戸市のことを知ってもらう時に、人から入る方法と、地図から入る方法があると思っています。地図では統合型GISを用いて何があるかを示すことはできます。ただ、そこから先の情報とのつながりは断絶されてしまいがちです。地図を使うなら、今後は、場所と情報がデジタルで一体化し、さらに楽しく体験できれば、より理解できるのではないでしょうか。
鈴木氏:バーチャル松戸市という大きな構想の中で考えた時に、オンライン手続きだけでは足りない部分が見えてきました。それが体験です。体験が入ることで、初めて「使ってみよう」という気持ちにつながる。メタバースは、そのための手段でした。
永田:私たちも、最初から「メタバースを導入しましょう」と提案していたわけではありません。松戸市の「デジタル化ビジョン」を一緒に整理していく中で、オンライン化の次に必要なのはフロントエンドの接点だという議論になり、その結果として今回の形にたどり着きました。
地図上に文化財を表示し情報も閲覧できる仕組みになっている(松戸市提供)
つまり、「メタまーつ」は技術の新規性で成立しているのではない。地図、場所、情報、行動をひと続きの体験にまとめることで、住民が行政情報に自然に入っていける状態をつくろうとしているのである。
他自治体では既存のメタバース基盤を使う例もある。では、松戸市とデロイト トーマツは、なぜそうしなかったのか。実装を担当した甲斐田は語る。
――既存のメタバースプラットフォームをそのまま使わなかったのは、なぜですか。
甲斐田:行政サービスである以上、一部の人しか使えない形では意味がありません。既存のサービスだと、特殊なVR機器が必要だったり、高性能なスマートフォンやPCが前提になったりすることがあります。まずは誰でも使えることを出発点に置きました。もう一つの理由は、カスタマイズ性の問題です。既存プラットフォームは、足し算よりも引き算が難しいことがあります。コストも時間もかかりますし、できないことも出てくる。そこで今回は、必要なものを必要なだけ入れる考え方で、ゲームエンジンのUnityを活用し、基本機能をベースに組み立てました。
左から、合同会社デロイト トーマツ ディレクター 永田剛、シニアマネジャー 甲斐田晃史、シニアコンサルタント 加藤知
黒澤氏:自治体のサービスですから、「この人しか使えない」という状態にはできません。市民の年齢やデジタルリテラシー、使っている端末が違っても、まず触れられることが大前提でした。見た目の派手さよりも、軽くて分かりやすく、使いやすいことが重要でした。
加藤:今回は作って終わりではありません。地図情報も、載せる情報も、今後どんどん更新されていきます。その時に、自治体だけで完結するのではなく、運用や拡張まで見据えて連携しやすい構造にしておく必要がありました。そこは最初から意識して設計しています。
メタバースという言葉だけを見ると、難しさは技術にあるように見える。だが、実際にボトルネックになったのは、庁内や議会を含む合意形成の方だった。
――実装のプロセスで、最も難しかったことは何でしたか。
黒澤氏:新しいテクノロジーですから、庁内でも議会でも、なぜ今これをやるのかをきちんと説明する必要がありました。ただ、松戸市にはもともと「はなれていても つながる スマート市役所」を目指すビジョンがあります。そこにしっかり沿った取り組みとして説明できたのは大きかったです。
市役所のロビーがスタート地点になる(松戸市提供)
甲斐田:最初のハードルは、題材を決めることと、関係する担当課に納得していただくことでした。新しい技術は、価値が伝わるまで時間がかかります。だからこそ、何ができるかではなく、どの行政課題に効くのかを一緒に言語化する必要がありました。
永田:やはり自治体ごとに事情が違うので、進め方は一つひとつオーダーメイドになります。誰を巻き込むか、どこに論点があるか、どう合意形成していくかを一緒に考えながら、愚直に進めていくしかありません。魔法のやり方があるわけではないんです。
黒澤氏:我々はビジョンを作ることはできます。ただ、それをどう戦略にして、どう進めるかは、自治体だけでは弱い部分があります。人口減少や高齢化など、課題は山ほどありますし、内部だけで考えるとどうしても視野が狭くなる。さまざまな知見や経験を持つ外部の視点が入ることは、やはり重要です。
加藤:松戸市は「来庁不要の市役所」というゴールイメージが非常に明確でした。こうしたいという意思がはっきりしていたおかげで、構想を具体化し実装する支援をスムーズに進められたと感じています。
この伴走は、「メタまーつ」単体の話ではない。デロイト トーマツは松戸市と2021年からDXのパートナーとして、事業企画や推進、デジタル人材の育成など、さまざまな取組を支援してきた。バーチャル「松戸市」の構築でも、分かりやすい情報提供や手続きのあり方を含め、企画構想と実行の両面で伴走してきた。自治体DXは、既存ツールを導入すれば終わる話ではない。課題整理、関係者調整、設計、実装、運用までをひと続きに捉える必要がある。そこに、伴走型支援の価値がある。
松戸市の事例が示すのは、技術選定より先に、住民とのどの接点を変えたいのかを定義する必要があるということだ。とりわけ、住民数が多く、窓口や情報が分散しやすい自治体ほど、「住民がどこから見ればよいか分からない」という課題を抱えやすい。松戸市の事例は、そうした自治体にも通じる示唆を含んでいる。
――この記事を読む他自治体が、自分たちの課題に置き換えて考えるなら、どこから始めるべきでしょうか。
永田:最初から「メタバースを入れるかどうか」で考えない方がいいと思います。まずは、その自治体が何に困っているのか、住民とのどの接点を変えたいのかを整理することです。その結果としてメタバースが適切なら採用すればいいし、別の手段がいいならそちらを選ぶべきです。
加藤:例えば、住民がどこで迷っているのか、どこで離脱しているのか、どの領域なら行政として価値を出しやすいのかを見極めることが重要です。防災、子育て、文化財、観光のように、市民への価値が伝わりやすいテーマから小さく始めるやり方は現実的だと思います。
甲斐田:構想だけでも、PoCだけでも足りません。利用導線の設計、サービス要件整理、庁内合意形成、実装、運用までを一連で考える必要があります。技術的に何ができるかだけではなく、どうすれば行政サービスとして機能するかまで見ないと、結局は続きません。
永田:私たちは構想策定から要件整理、開発、運用まで、一連で伴走できます。今回の取り組みで得た知見は松戸市だけに閉じるものではありません。どういうユースケースが有効なのか、どう進めると前に進みやすいのかを整理しながら、他自治体にも還元していきたいと考えています。
最後に問うべきは、アクセス数でも、話題性でもない。行政サービスとして、どのような状態を成功とみなすのかである。
――最後に、「メタまーつ」の成功指標と、これからの展望については?
黒澤氏:毎日何万人がアクセスすれば成功、という考え方ではありません。市役所に行かなくてもメタまーつで解決できた人が少しずつ増えて、いくつかある最初の選択肢として自然に選ばれるフレームのひとつとなり、最終的には本市の松戸 隆政市長が目指す「スマートフォンひとつで申請・相談が完結できる市役所にし、徹底したデジタル改革を進め、住民にも職員にも優しい市役所」のためのフロントヤードにしたいと思っています。
鈴木氏:楽しく行政情報が取得できる、というのは大きいと思っています。イベントでも親子連れに楽しんでもらえていますし、特に子どもでも使いやすいという評価をいただいています。市内の小中学校にも案内をし、認知は少しずつ広がってきました。今後は、地図上の目印になるものをもっと増やしたいですし、一回使って終わりではなく、もう一回来てもらえるような新しい情報の更新も必要です。ユーザーから情報投稿ができるような機能もあると面白いと思っています。
「メタまーつ」説明会の様子(松戸市提供)
加藤:行政サービスは、公開した瞬間が完成ではありません。再訪の動機やコミュニティの機能まで含めて設計し、使われ続ける状態をどうつくるかが次の論点だと思います。
松戸市の「メタまーつ」は、メタバース導入の成功事例というより、自治体DXを住民向け導線の再設計として捉え直した実装事例だ。課題を定義し、導線を設計し、使える形で実装し、育てていく。その全体像を組み立てに悩む自治体にとって、松戸市とデロイト トーマツの実践は、構想から運用までをどう前に進めるかを考えるうえで、実務的なヒントになるはずだ。