デロイト トーマツ グループのリーダーたちに「Professionalism」について聞く「Leaders’ “My Professionalism” Talk」。今回は、グループCEOの長川 知太郎氏が登場。若手時代の厳しい問いや、1,000枚の報告書の失敗、反抗期といった生々しい葛藤を振り返ります。諦めないフィードバックを糧にたどり着いた、「最短距離」で価値を届ける真のあり方、その実践哲学に迫ります。
※デロイト トーマツ グループ CEO (Chief Executive Officer)/合同会社デロイト トーマツ 代表執行役 長川 知太郎
私にとってのプロフェッショナリズムは、とてもシンプルです。常に相手の期待を超えること。これに尽きると思っています。期待を超えるというと、少し大きな言葉に聞こえるかもしれません。でも、日々の仕事の中では、とても具体的な場面に表れます。
たとえば、誰かから「いついつまでに、こういうものを仕上げてください」と頼まれたとき。
身内であれ、クライアントであれ、私はまず、その人を喜ばせたい、少し驚かせたいと思います。もちろん、約束したものをきちんと仕上げることは大前提です。でも、それだけではなく、「この依頼の本当の目的は何だろう」「相手はこの成果物を使って、何を実現したいのだろう」と考えたときに、頼まれたものに加えて、もう一歩先の提案や材料を添えられないかを考える。
短い期間で仕上げることも一つの価値ですし、期待されている目的に照らして「こんなことも考えてみました」「こういう使い方もできると思います」とプラスアルファを出すことも価値です。その積み重ねが、私にとってのプロフェッショナリズムの一つの姿です。
もう一つ、違う意味での「期待の超え方」もあります。
誰が聞いても「それは無理でしょう」というお題を、上司や仲間やクライアントから受けることがあります。そのときに、「すみません、それはできません」と言って終わってしまったら、私はプロではないと思っています。もちろん、何でも引き受ければいいという意味ではありません。できないものはできない。でも、そこで止まるのではなく、「このやり方ならできます」「本来の目的に照らすと、むしろこちらの代替案の方が良いと思います」と返せるかどうか。
言われた内容をそのまま実現するのではなく、相手が本当に達成したいことを見極めて、場合によっては依頼そのものよりも良い選択肢を提示する。それもまた、期待を超えるということだと思っています。
オムロンの創業者の方が「できませんと言わない」とおっしゃっていたと聞いたことがありますが、私もその精神に近いものを大切にしています。ただ断らないのではなく、目的に向かって、よりよい道筋を考え続ける。その徹底こそがプロフェッショナルなのだと思います。
そう考えるようになったのは、最初からではありません。
コンサルタント一年目、プロフェッショナル一年目のときに、後に大企業の社長になられる方に仕える機会をいただきました。その方は、外資戦略系コンサルティング会社を含め、さまざまなコンサルティングファームを使ってこられた方でした。そんな方の期待に応えたい、できれば超えたいと、現場に常駐していた私はずっと考えていました。しかも、現地にいるのは私一人。大阪のクライアント先で、定例会議のときにはパートナーやマネジャーが来てくれることもありましたが、会議が終わると皆さん帰ってしまう。日々の現場では、私が一人で考え、一人で向き合わなければならない状況でした。今振り返ると、それは本当に幸運だったと思います。競合他社に負けないプロフェッショナルとして、フィーを払っていただくためには、自分はどうあるべきなのか。その問いを、嫌でも毎日考える環境に置かれたからです。
※入社直後の写真(社内報ENVOY紙面を写した写真。一部を加工し個人情報を削除しています)
その方には大変よく見ていただきました。折に触れて声をかけていただいたことが、私にとっては大きかった。ある日、私は夜の10時、11時まで残業していました。正直に言うと、その方が会議室から出てこられるのを待っていたところもありました。「おお、遅くまでよくやっているな」と言ってもらえるのではないか、そんな甘い期待もあったのだと思います。ところが、出てこられたその方にかけられた言葉は、まったく違いました。「お前、単価いくらや」。お恥ずかしい話ですが、私は答えられませんでした。自分の単価を知らなかったし、なぜそれを問われているのかも、その場ではまったく分かりませんでした。
その後、二日くらいずっと考えました。そして、シャワーを浴びているときに、ようやく気づいたんです。あれは「無駄な残業をして、無駄なチャージをするなよ」というメッセージだったのだと。プロとしてフィーをいただいている以上、ただ長く働くことが価値ではない。相手の時間とお金を預かっている自覚を持ち、最短で本質的な価値を出さなければならない。そのことを、彼は遠回しではなく、ものすごく鋭い問いで教えてくださったのだと思います。後日、私はその方に謝りに行きました。「残業してすみません。無駄な残業はしていないつもりですが、すみませんでした」と。するとその方は、ニヤッと笑って「おお、わかったか」と言ってくださいました。あのやり取りは、今でも忘れられません。叱責というより、プロとして期待されていることを示していただいた機会でした。
もちろん、期待を超えるどころか、まったく期待にミートできなかったことも、たくさんあります。特に忘れられないのは、マネジャーになりたての頃の案件です。ある投資信託会社のマーケティング戦略を作っていました。当時の私は、今思えば本質的に分かっていなかったのだと思います。物量で勝負しがちでした。当時の業界には、寝ずに頑張ります、資料は厚さで勝負します、という空気もありましたし、私自身もそこに乗っていました。三カ月のプロジェクトで、最終報告書は1000枚を超えました。私は「どうだ」と言わんばかりに、分厚い報告書を差し出したわけです。報告書が立つぐらいの厚さで、こちらとしてはやり切ったつもりでした。
ところが、クライアントの役員の方は、その報告書を辞書のようにぱらぱらーっとめくって、「わあ、すごいねえ」と言っただけで、中身をほとんど読んでくれませんでした。そして、「他社さんなんかは一枚で勝負しに来るんだけど、御社はこうなんだね」と言われたんです。その瞬間、「やっちまった」と思いました。恥ずかしさもありましたが、それ以上に、期待と違う時間の使い方をしてしまったという痛みがありました。メンバーにもたくさん走ってもらった。夜も削って、ものすごい量の作業をしてもらった。でも、それは本当に相手の期待に向かった努力だったのか。相手が必要としていたのは、1000枚の証拠ではなく、意思決定に足る一枚だったのではないか。そう考えたとき、申し訳なさと情けなさでいっぱいになりました。
そこから、私は「最短距離で走る」ことを強く意識するようになりました。何をやったかではなく、本当に何が必要かを考えなければ、期待は超えられない。頑張った量や資料の厚さは、こちら側の論理にすぎないことがあります。相手が本当に必要としているものを見極め、そこに向かって一番鋭く、一番短く届ける。そのためには、ときに一枚で勝負しなければならない。私が今でも、やたらと最短距離を走りたがるように見えるとしたら、その原点はこの失敗にあります。失敗したからこそ、努力の方向を間違える怖さを知りました。そして、プロフェッショナルとしての価値は、量ではなく、相手の目的にどこまで迫れたかで決まるのだと痛感しました。
もう一つ、社内の方々に対して、期待を裏切ってしまったと感じていることがあります。マネジャーになって何年かした頃、私は正直、天狗になっていました。早く昇進させていただいたことを、自分自身の実力だと勘違いしていたのだと思います。本当は、周囲の方々が「こいつなら、チームも含めて大きなインパクトをクライアントや世の中に向けて作ってくれるはずだ」と期待してくださったからこそ、機会をいただいていたはずです。にもかかわらず、私は「自分一人でできる」「パートナーもシニアマネジャーもいらない」というような、独善的な振る舞いをしていました。そんな振る舞いをしていますから、誰ともチームを組めない。「俺にやらせろ」「俺だけでやらせろ」、という感じだった。本当に扱いづらかったと思います。
最近、松下 芳生さんにそのことを謝る機会がありました。松下さんは、私が若い頃から見てくださっていた大先輩で、デロイトのレジェンドパートナーだった方です。ちょうど、私のグループCEO就任のお祝いのメッセージをいただいたタイミングで、ようやくお伝えできました。「当時の私は天狗になっていて、扱いづらかったと思います。自分自身だけの実力だと思い込み、独善的な振る舞いをしてしまいました。本当に申し訳ありませんでした」と。すると松下さんは、「若い時から苦労をかけて、本当に申し訳なかった。自分にも至らないところがあって、反面教師としての学びをたくさん与えてしまった自覚がある」と返してくださいました。そして、具体的なクライアント名を挙げながら、「あの仕事やこの仕事は、一緒に成果物を作って楽しかったね」と言ってくださった。もう、愛しか感じませんでした。至らないところがたくさんある人間に手を差し伸べ、食べやすいような草を用意して、前へ導いてくださる。そういう先輩方に囲まれていたことは、私にとって本当に幸運でしかありません。
私が少しずつ変われたのは、諦めずにフィードバックをくれた人たちがいたからです。オランダにいたときのパートナーの方々、松下さん、当時のメンバー、そしてクライアントの方々。良いフィードバックも、耳の痛いフィードバックも、まっすぐにぶつけてくれました。特に海外のパートナーから受けたフィードバックは、今の自分に大きく影響しています。私は当時、遅れてきた反抗期のような状態で、「君はここが足りない」と言われると、耳が閉じてしまっていました。
オランダにいた当時の私は、まったく使い物になっていなかったはずなんです。あの当時からヨーロッパでは、クライアントとワークショップを重ねて意見を交わし合い最終形を目指すスタイルでした。一方、日本から来た私はそのスタイルに慣れていない。もっと言うと、自分自身がクライアントとそのキャッチボールをする自信がなかったんです。
※長川知太郎のオランダ駐在時代
それでも、海外のパートナーは、私の強みに光を当ててくれた。「あの時に出したあの仮説は鋭かった」「このミーティングのファシリテーションのここはすごく良かった」と、良かった部分を具体的にハイライトしてくれる。そうすると、反抗期の私でも、そこは次もまたがんばって繰り返せるようにしようかな、と思える。自分の強みを起点に、少しずつ行動を変えていくことができました。
デロイト トーマツ グループの素晴らしさは、そういうフィードバックを、良いものも悪いものも、諦めずにまっすぐ届けてくれる人たちがいるところだと思っています。流浪の民のように、いろいろな場所で修行をさせてもらった中で、私を見切らずに関わり続けてくれた方々がたくさんいました。「こういうところが良さだから、信じて頑張り続けたらいい」と言ってくれる人もいれば、「今の長川さんにはついていけません。長川さんのこういうところが辛いです」と正直に言ってくれるメンバーもいました。そうした言葉があったから、自分のスタイルを調整し続けることができました。それはマネジャー、シニアマネジャーの道のりだけでなく、パートナーになってからも続いています。そして、だからこそ私は、デロイト トーマツ グループが好きだと、臆面もなくまっすぐに言えるのだと思います。
今、私が大切にしたいのは、自分が受け取ってきたものを、次の誰かにも渡していくことです。かつての私のように、至らなさや勘違いを抱えながらも前に進もうとしている人に対して、ただ否定するのではなく、その人の強みを見つけ、必要なフィードバックを届け、いつか「立派になったね」と一緒に喜べる存在でありたい。期待を超えるということは、成果物やスピードだけの話ではありません。人に対しても、相手の可能性を信じ、少し先の未来に向けて背中を押すことなのだと思います。
私自身、たくさん失敗しました。1000枚の報告書で外したことも、天狗になってたくさんの人の心が離れていったこともあります。それでも、諦めずに向き合ってくれた人たちがいたから、今の自分があります。だからこそ、これからは私も、誰かにとってそういう存在でありたい。期待を超えてきてもらうために、私はその相手の可能性に期待し続けたいのです。そうあり続けることが、私にとってのプロフェッショナリズムです。