最近すっかり定着してきている『Well-being』という言葉。しかし、ビジネスパーソンとしてプロフェッショナリズムを追求していく中、ともすると『Well-being』は、『成果』とは相反するブレーキをかけるものになるのではないか―――。
そんな疑問への答えの一つとして、現役プロレーシングドライバーの佐藤琢磨選手とデロイト トーマツ グループCOO 佐瀬真人氏が語るイベントが、デロイト トーマツ グループで行われました。
今回は、会場に集まった多くのプロフェッショナルたちの疑問に答える形で行われたそのセッションの様子をお届けします。
オープニングは、モデレーターを務めるPersonal Well-beingワーキンググループDeputyリーダーの石黒綾氏が「『Well-being』という言葉に、なんとなく緩い感じをよしとしなくてはならない感じを想像される方もいるのかな」と前置きしつつ、「デロイト トーマツ グループのPersonal Well-beingが促進しているのは、『プロフェッショナルとしてのWell-being』である、ということがまず大前提です」と口火を切ったことが象徴的でした。プロのレーシングドライバーである佐藤選手と、グループCOOの佐瀬氏と、肩書きも業界も異なる登壇者ふたりでしたが、それぞれのフィールドから紡がれた言葉は、結果にこだわる厳しさと、人が人として健全に働き続けるための術を、同じ『プロフェッショナル』としての視点で見せてくれたものとなりました。「プロに求められるのは結果を出すこと」という直球と、「ただ、その結果だけじゃなくて、そのプロセスが大事」という補助線。Professional Well-beingが目指すのは、その二つを同時に走らせるための『再現可能な型』であることが、序盤から明確に提示されたスタートです。
石黒氏より、プロフェッショナルとしての自身の整え方について問われると、佐藤選手と佐瀬氏は口をそろえて、「プロフェッショナルにとっての『整え』は、派手さのないルーティンに宿ること」を教えてくれました。佐藤選手の整えの時間となるのは、なんとドライブ。「とにかく好きなんですね。クルマが本当に好きで、ハンドルを握ってアクセルを踏む瞬間、その状況をコントロールしているってことで、レーシングドライバーとしてある自分を再確認できる」とあふれる笑顔で語ります。また、あわせて睡眠の重要さも力強く訴え、大きな大会前にも取り入れることもある「パワーナップ」で脳をリセットする習慣にも触れました。
佐瀬氏も「ウィークデーは必ず朝起きる時間もほぼ一緒」「起きた後の行動も……もし5日間動画を撮ったら、多分ほぼ同じ映像になるんじゃないか、っていうくらい全く同じ動きしかしてない」と笑いを誘いつつ述べ、同じ順序の朝が仕事へのオンに入るスイッチになっていると語ります。プロフェッショナルとして常に再現性のあるコンディションづくりとは、どの現場にも通じる基礎的な力だと感じられる内容でした。
その上で、「『プロフェッショナル』とは何か」の定義に踏み込みました。佐藤選手は「大前提として、やっぱりプロに求められるのは結果を出すこと」と明言しながら、「その結果だけじゃなくて、そのプロセスが大事」「この日、という期日までに結果を出す。そのための準備をどれだけできるかがプロ」と続けました。佐瀬氏も「結果にこだわる」という姿勢と「努力を続ける」という二軸を掲げ、「二つがないと結果は伴わないし、結果を追い続ける資格がない」と補強します。時間が無制限にあり、いつやってもよく、また結果が出なかったとしても誰にも何も言われない趣味とは違い、制約の中で勝ちに向かう設計と遂行こそが、プロフェッショナルである、と力強く語られました。
また、プロフェッショナルとしてのチームについて話題が移ると、印象的なフレーズが次々と投げ込まれました。「レーシングドライバーは、勝つための一つのパーツに過ぎない」。勝利はストラテジスト、エンジニア、ピットの総合芸術であり、各人が「自分のパートのベストを尽くす」から極限の判断が可能になるということ。そしてその土台となる「コミュニケーションは基本中の基本」だと佐藤選手は言います。多くの時間を共にし、言葉を尽くし、そして言葉を選ぶこと。「『旅行、どこ行ったの?』『娘さん、今何してる?』といった雑談の小さな往復を覚えておいて、次会った時に『そういえばこの間言ってたXXだけど』と話題に出すと、みんな笑顔になります」と、あたたかな笑顔で言う佐藤選手の具体的なお話しには、プロフェッショナルとして結果にこだわる張り詰めた議論の中でも、それを支える日常の手触りを伴って響きました。
さらに石黒氏が紹介した岡田元監督の言葉、「『一体感があるチームを作ろう』ではなくて、『勝ったチームに一体感ができる』」、が合図となり、勝ち負けの共有が絆を太くするという実感も共有されました。「連帯責任」を全員が引き受ける時、一体感ははじめて実体を持つというのです。佐瀬氏の「勝ちに偶然あり、負けに偶然なし」という一言も、負けの理由を直視し次につなげる視点として、会場の頷きを誘いました。
それぞれ異なる才能の交差がもたらす跳躍については、デロイト トーマツ グループが実践するMDM(マルチディシプリナリーモデル)が具体例となりました。佐瀬氏は「同じケーススタディでも違うビジネスのメンバーで議論すると、明らかにパフォーマンスが違ってくる」と述べ、「強み弱みを補完」することで、提案力が上がるだけでなく「自分らしく力を発揮しきることができた」という実感も増えるのだ、と言います。佐藤選手も頷き、束ねるリーダーには「ビジョンは明確に、細かくなりすぎない」姿勢と「信頼して任せる」胆力が求められることが必要であると強調します。「『やりたいんですけど』と言いに来てくれたところに、『じゃあ、ぜひそれでやってみろ』」と背中を押すことが大事で、立場や状況をわかってくれている人がチームにいると、そこで連帯感や一体感が生まれる、ということを実感を伴って語ってくれました。
チームで取り組むプロフェッショナルとしての高いパフォーマンスの裏側には、数々の乗り越えてきた失敗と痛みもあります。佐藤選手は「レース直前の合同テストで大クラッシュし、マシンを粉々にしてしまった」時のことを語ってくれました。限られた予算、レース直前。そのタイミングでのクラッシュで、ここまでマシンを仕上げてきたチーム全員の仕事が文字通り粉々に砕け散ったのです。それにもかかわらず、チームクルーの第一声は、「タクマ、まず体が大丈夫か。体が大丈夫だったらマシンは俺らが直せる」というものだったそう。予算も時間もなく、中古パーツで組むしかないという現実の中、なんとチームオーナーは「3時間以内に新車を買う」という驚くべき決断をします。メカニックたちをはじめとしたチームメンバーは、普段は3ヶ月かかる工程をわずか3週間に圧縮。結果、予選はフロントロー、自己ベストの2位へと結びつきました。責任の押し付け合いではなく、「なぜスピンしたのかを一緒に徹底的に考える」というチーム全員の姿勢が、チームの推進力に変わった瞬間でした。
しかし、レースは非情な結果をもたらすこともあります。インディ500という世界最高峰の舞台で、ピットでの「1.5m」オーバーシュートにより佐藤選手のチームは優勝を逃します。必要だったのはたった「0.07秒」早いブレーキです。うなだれる佐藤選手の背中に、エンジニアは「自分を責めるな。その0.1秒未満の攻めにお前の価値がある」と言ってくれたとのこと。「守りに入っていたら、おそらくお前はここではもうレースしてない」。反省はする、しかし佐藤選手の矢印は前へ向きます。「くよくよしている暇はない」。スポンサーとの交渉にも自ら向かう姿勢、そうした次戦に賭ける行動も含めて、プロフェッショナルとしての復元力は「行動の再開」そのものだと示されました。「No Attack、No Chance」、挑戦しなければ機会はない。この信念のもとにこそあらわれる行動が、まさにプロフェッショナルとしてのレジリエンスと言えるでしょう。
こうした「攻め続ける」姿勢のための燃料は「楽しさ」だ、とふたりは語ります。佐藤選手の「楽しさってすごく大事」という一言に佐瀬氏は深く頷き、「『楽しい仕事』っていうものはない。仕事を『楽しめるかどうか』だけ」という言葉を重ねます。ルーティンで心身を整え、好きでい続ける気持ちを保つこと。プロフェッショナルのレジリエンスは、闘志だけでなく「楽しめる仕組み」として実装されているようです。
質疑応答は、会場の温度が一段上がる時間になりました。入社2年目だという会場の参加者から「失敗してしまったという状況を迎えた時に、どういったマインドセットで乗り越えるか」と問われると、佐藤選手は「うまくいかなかった時に、『なぜ』を見極める」と静かに切り出します。「自分がここをこうするべきだった、ということは割と簡単に答えが出てくる。でも、そうではない時、『うまくいかない、辛い』、を自分で抱え込まないこと」「その苦しさ自体をシェアして、全員で考えること、ダメな時にこそいろんな人の力で助けてもらうこと」と続けました。そうすることでこそ、一つのチームが出来上がるのだと力強く語り、「進む方向が決まったら一目散にやる。落ち込んでいる時間なんかない」と背中を押しました。立ち尽くすのではなく、手を動かすところから風が起きる、という力強いメッセージが、会場全体に静かに、しかししっかりと広がっていきました。
佐瀬氏からは、質問者と同じ入社2年目のころの「ERPのカットオーバー(新システムの最終移行)直前にバグが見つかり、大迷惑をかけた」という失敗の経験が打ち明けられました。「その時、もう俺は限界だ、これ以上できないから、みんな手伝ってほしい、と言えた。そうしたら誰も責めず、みんな一緒にリカバリーしてくれた」と振り返り、「学んだことは二つ。仲間に助けてもらうしかない状況で、それを言えるかどうか。もう一つは自分の限界を知ること」と明快に伝えました。独力で背負いすぎることが、かえって迷惑になる局面があるという現実が、挑戦を支えるチームの価値を照らします。石黒氏からの、「プロフェッショナルだからこそ、人に弱みを見せてはいけない、みたいなブレーキがある人もいると思うのですが、弱みを見せることについてはどう思われますか」という問いには、佐藤選手が優しい笑みで「いいんじゃないですか。弱いですよ、普通は」「オールマイティな人なんかいない。ありのままでいい」と応じ、「強がっていてもいいことはない、弱みを見せた方が応援してもらえる」と背中を押しました。プロフェッショナルだから隠すのではなく、プロフェッショナルだからこそ共有する——そんな風通しの良さが、挑戦の密度を上げていくことが伝わります。
また、「周りの評価が気になった時、どう集中するか」という問いについては、佐藤選手が「自信は結果でしか積み上がらない。まずは結果を作ること」と現実的な視座を提示しました。「今できていることは目標にならない」「できるかできないかギリギリのところで一つ一つステップを踏む」と、目標設定の質を問います。そして評価は数字だけではなく、「どう取り組み、何を目指し、どう動かしていったか」にこそ人の気持ちは動くのだ、ということ。「信念をもって頑張り続けることで、最終的には胸を張れる結果がだせるところまでいける。誰も見ていないところで一人で勝っても嬉しくない。チームのメンバーで勝ち取った栄光は、何物にも代えられない喜び」との佐藤選手の言葉が、会場に静かな熱を残しました。
本イベントが示したProfessional Well-beingは、結果にこだわり抜く執念と、プロセスを整える術の「両輪」でした。「基本中の基本」であるコミュニケーションを大事に、日々のルーティンで心身をチューニングし、「連帯責任」を引き受けて挑む。目指すのは仲良しの輪ではなく、「勝ったことでチームに一体感ができる」状態です。レジリエンスの核は、前を向く行動。どんな仕事も楽しむ姿勢と徹底した準備が、攻め続ける燃料になります。
プロフェッショナルとしてのWell-beingとは、そうした「結果にこだわる仕事とチームへの姿勢」と「そのために必要な心身の整え」、そして何より「仕事に楽しんで取り組むこと」―これが、「プロフェッショナルとしてのワークの質の向上や、満たされた状態」をもたらすということなのでしょう。
佐藤選手と佐瀬氏の現場感のある力強い言葉の数々が飛び交ったセッション。すぐにでもプロフェッショナルとしてWell-beingな状態としていくために取り入れることができる、そんな実践的なヒントに満ちた濃密な時間でした。
このセッションが、プロフェッショナルなビジネスパーソンとして、皆さんが満たされた状態を自分のものにするためのヒントとなることを願っています。