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会計不正、品質改竄、サイバー攻撃、など大小はあるものの、近年も種々の不正に関するニュースが連日報道されており、決して他人事とは言えないような状況となっています。本稿では、不正が自社で発覚した場合を想定し、事業継続という大きな目標に対して、企業が不正に対してどのような心構えで準備をし、対処していくべきか、不正対応の例を示しながら解説します。
I. イントロダクション
不正が発覚した際、大抵の企業では、「まさか当社が」「どうしてこんなことになってしまったのか」「これまで気が付かなかったのか」となかなか現実を受け入れることができず、責任の所在を明らかにすることに躍起になったり、また、何度も経験するものでもないため、次のアクションをどうしたら良いのかが分からないといった状況に陥ったり、企業活動が麻痺してしまうことも少なくない。しかし、不正は、発覚したその瞬間から戦いが始まっており、初動対応を誤ってしまうと、自社の事業継続性を脅かす事態に陥ってしまうことも否定できない。不正が発覚した際は、どうしても足元の対応に目が行きがちだが、不正対応の最終的な目的は、「再びこれまでと同様に周囲からの信頼を得て事業活動を行うことができる状態にすること」、すなわち、事業継続性にあり、長期的な視点に立って、一本筋の通った対応を根気強く続けていくことが求められる。
一般的に、経営企画、法務、総務、情報システム、人事、経理、広報等といった主要な管理部門から有事対応の対策チームが組成されることが多い。これは、調査には独立性・客観性の担保が求められる一方で、自社の危機においては様々な部署からなる対策チームが俯瞰的な視点を持ち、健全な事業継続という大きな目標に向かって、一貫した冷静な対応を行うことが必要となるからである。そこでは、企業内外の様々な事柄に日々触れながら業務をしている管理部門の視野と知見が生かされるといえよう。だからこそ、「当社で不正が起こるはずがない」といったような慢心は持たず、日常的な意識として、不正発覚時には自身が中心となるという当事者意識を管理部門の方々には備えていただきたい。
ここからは、有事対応の際に中心的な役割を果たされる管理部門の方々に、特に留意いただきたい点を紹介する。なお、不正対応には絶対の正解はなく、臨機応変に対応することが必要であり、ここに記載することが全てではない点に予め留意いただきたい。
II. 情報の収集体制と活用方針
多くの企業では不正事象の検知への一つの手段として内部通報制度の整備が進んでいるものと思われるが、大きく二つの点で自社の制度を振り返ってみて欲しい。
一つは、「制度の有効性」である。何といっても、事象を把握できないことには対応は始められず、不正行為が長きに亘れば亘るほど傷は深くなる。制度そのものの存在や制度の利用の仕方が社内へ適切に周知できているか、従業員が安心して通報できる工夫を行っているか、制度を導入するだけでなく、本当に有効に機能しているかシビアに検討を続けていただきたい。自社の内部通報制度が従業員から信頼されず、先にマスコミなどに情報をリークされてしまえば、レピュテーション毀損のリスクが高まるだけでなく、対応が後手に回って深手を負うこととなってしまう。また、近年増加傾向となっている海外子会社における不正事象にも備え、グローバルな視点で企業グループ全体の体制を整え、レポートラインを定めておくことが重要である。
もう一つは、特に本稿で強調したい部分でもあるが、「情報の活用方針」である。内部通報が有効に機能し、情報を得ることができたとしても、その受け取り方、活用方法を誤ってしまうと、事態を悪化させることになってしまう。いくつか具体例を挙げてみよう。
- 初動対応時のリスク評価をもとに、その重要性に応じて後続のアクションを整理していくこととなるため、些末な情報を大事として荒立てることも、重要な情報を矮小化することも、あってはならない。そのためには、多角的な判断ができるよう部署横断で対策チームが組成される仕組みを構築しておくこと、リスク評価の基準とリスクに応じた必要な後続アクションを予め整理しておくことが必要である。
- リスク評価の基準は、金額的な基準といった定量的なものも考えられるが、発覚初期には影響額を見積もることが困難であるなど金額的な基準を設けることが難しいことから、法的観点、公共・自社のレピュテーション、取引先への影響などの定性的な評価軸が主となる。例えば、会計不正を想定した場合であれば、調査スケジュールが適時開示や監査のスケジュールに与える影響、会計監査人の求める調査範囲や関与者の広がりなどをチェック項目として用意しておくことができるだろう。また、例えば広報などの部署であれば、昨今の報道状況などから公表した場合のいわゆる炎上の可能性、報道対応の困難さといった観点の評価軸を用意しておくことができるはずだ。
- 情報共有はスピーディーに行われるべきであるが、範囲を広げれば良いというものでもない。リスク評価のためには事実確認は避けて通れないが、調査を行っていることを当事者に知られてしまえば、証拠隠滅であったり、当事者の逃亡であったりといった、実態解明を困難にする事態が生じかねない。対策チームの組成の仕組みとともに、情報共有の方法および範囲といった要素も定めておく必要がある。
III. 説明責任への対応
ここまで述べてきたことと重複する部分もあるが、次に情報開示をテーマとして論じる。情報を「誰に」「いつ」「どこまで」開示するかは常日頃から経営企画や広報が中心となって検討しているが、不正発覚時にはその難易度が上昇するからだ。
- 不祥事の実際では、社内の人間が認識していなかったものの実は法令違反であったと事後的に判明するものも存在する。法令に基づく報告義務があるかなどの情報を適切に収集しないと、さらに二次的に違反を重ねるなどのリスクも発生する。前述のとおり様々な部署の人材から構成される対策チームを組成し、リスクやステークホルダーの拾い漏れがないように考慮する必要がある。
- 時流のアップデートも怠ってはならない。不正発生時の対応に対する市場の捉え方も変化してきており、近時における不正の報道件数の増加に伴って、不正の発覚公表や報告期限の延長自体にマイナスの印象を持つ投資家は少なくなり、むしろ、適時適切に公表を行う、不正に対して真摯に対応するといった企業姿勢を評価するようになってきている。「類似事象を以前は報告・公表しなかったのだから、今回も公表しない」などといった対応をするのではなく、最新の傾向を理解し、最適な対応を選択することが望まれる。
- 公表の仕方も重要である。特に記者会見の対応やタイミングを誤り、批判を浴びてしまうケースは少なくない。これも事象のリスク評価に応じて、対応人物の優先順位を設定しておくなどのガイドラインを用意したうえで、記者会見トレーニングなどを通じて、マスコミや世間の重視する勘所を学んでおくといった準備をしておくことが望ましい。
- 情報の公表は、外部向けのみならず、内部向けにも真摯に対応することが必要となる。例えば、不正事案が公表され報道された場合に、報道関係者が詰めかけ、一般社員にインタビューを行っているのを目にしたことがあるだろう。自社で不正が発覚したことに憤りを覚えた社員が不確定情報まで含め、口にしてしまうことも十分にあり得る。その回避のためには、従業員に対しても経営層などから、適時適切な説明を行い、公式見解を伝え、開示を控えるべき事項などを統一的に整理する必要がある。
- リスクの高い事象が期末間際に発覚したようなケースであれば、それが有価証券報告書に影響する場合は提出期限延長に係る協議を所管の財務局や会計監査人等と進める必要が出てくる。あるいは、株主総会の日程にも影響するかもしれず、その場合は、招集通知の校正期限など、株主総会の運営を担う経営企画や総務などの部署とも連携をする必要がある。こうした時間軸に関する事項も所管とともにリストアップし、必要な情報を適時に連携する準備をしておくことが期待される。
IV. 対策方針の策定
冒頭、不正対応の最終的な目的を「再びこれまでと同様に周囲からの信頼を得て事業活動を行うことができる状態にすること」と述べた。緊急事態に際して招集された有事対応対策チームは、ともすれば近視眼的に今目の前にある緊急事態をどうにか収めることに注力しがちである。しかし、この最終的な目的を頭に入れておくことで、視野を広く持ち、事象に応じた適切な方針を策定する一助となるだろう。例えば、次のような場合である。
- 前セクションで述べたような説明責任は非常に重要であるが、いかなる時も最優先されるものだろうか。回答としては否である。品質問題や個人情報の漏洩など、人の健康や財産が侵害されるおそれがあるような緊急性を要する場合には、説明責任よりも、応急対策を先にすべきケースがある。食品衛生の問題や、自動車の大型リコールにつながる事案がイメージしやすい。このようなケースでは、まず応急対策の意思決定を優先させ、この応急対策の速やかな実行自体が説明責任の一部を構成するという認識の下で、説明可能な一本筋の通った対応方針を貫くよう心がける必要がある。
- とある主要な工場で何かしらの不正が起こったとする。その場合、さらなる影響拡大を防止するため、工場のラインを全て止めるのが最適解だろうか。これも必ずしもそうではない。想定されるリスクの質やリスクの高低で採るべき判断は変わってくる。生じた不正が品質偽装であれば該当製品のラインは止めざるを得ないだろうが、他のラインに明らかに影響がない場合は即座に止める必要はないし、影響が不明な場合でも一時的に検査を強化することで対応できないか検討すべきだ。逆に、基幹部品における品質偽装や工場全体の衛生にかかわる場合は、全ラインを止めざるを得ないかもしれない。安易に止めると、納期遅れにより重大な損害金が発生してしまうようなこともあり得るし、サプライチェーンから外され本業が立ち行かなくなってしまうこともあり得るため、説明責任と衡量しながら総合的な判断が求められる。
V. おわりに
ここまで、不正発覚に備えた心構えと題して、できるだけ事例に基づきながらポイントとなり得る要素について述べてきた。最初にも述べた通り、不正・不祥事は千差万別で必ずしも確固たる正解があるわけではない。俯瞰的かつ多角的に事象・影響を捉え、最適な選択肢を検討することが重要だ。そして、その最適な選択の判断根拠は、「再びこれまでと同様に周囲からの信頼を得て事業活動を行うことができる状態にすること」に繋がっているかどうかである。本稿が、皆様がいざというときに適切な行動を取るための一助となれば幸いである。
※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。
執筆者
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
フォレンジック&クライシスマネジメントサービス
山田 史 (シニアマネジャー)
(2024.12.11)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。
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