早稲田大学 宮島英昭教授他とデロイト トーマツは、「役員報酬サーベイ」のデータを用いて、近年の日本企業のCEO報酬の実態とサクセッション・プラン導入企業の特性・効果を分析しました。
経営者報酬は極めて重要なコーポレートガバナンスメカニズムの一つと認識されてきたが、日本では1億円以上の報酬を得ていない限り経営者の報酬額を開示する必要がないため、これまでその実態は明らかではなかった。本研究は、デロイト トーマツが三井住友信託銀行と共同実施している役員報酬サーベイのデータを利用することにより、1億円以下の報酬を得るCEOをも含むすべての層を対象に、近年の日本企業のCEO報酬の実態の解明を目指した。分析の結果、2015年の企業統治改革以降、CEO報酬が水準、業績感応度の両面で大きく変化したこと、しかし、この変化は企業規模によって大きく異なることが明らかとなった。大企業では、譲渡制限付き株に代表される株式報酬が増加し、報酬額が大きく増加していたのに対して、中小型株ではそのような動きは見られなかった。また、取締役会や株主構成もCEO報酬の決定に影響を与えていた。米国では社外取締役などのモニタリングが強くなるほど、経営者報酬は低下する傾向がみられるが、日本では逆に報酬が増加するという明確な傾向が見られた。
2015年のコーポレートガバナンス・コード(以下、CGコード)導入以降、株式報酬の活用は浸透したものの、役員報酬の開示義務は1億円以上に限られ、その実態は不透明であった。本研究は、当社が蓄積してきたサーベイデータを活用し、これまで困難であったこの領域で、初めて大量サンプルに基づく実証的な分析を試みた点に意義がある。
本研究は、第1に、CGコードの導入とその後の改訂が報酬制度の段階的な変化をもたらしたことを明らかにした。CGコードの効果としては社外取締役の選任や政策保有株売却の促進が指摘されてきたが、同様に報酬制度(報酬の水準と業績感応度)にも大きなインパクトを与えた。しかし、CEO報酬の変化は、上場企業の間で均等に発生したわけではない。第2に、報酬制度が企業規模により二極化している実態を発見した。大企業では株式報酬の導入が進み報酬総額も増加している一方、中小型企業ではその動きが限定的であった。第3に、こうした報酬制度の変化には、企業規模のみならず、ガバナンス構造やグローバル化の度合いといった要素が、複雑に影響していることを示した。社外取締役の比率が高い企業ほどCEO報酬が増加する結果は、報酬抑制に繋がる米国とは逆の傾向である。日本のコーポレートガバナンス改革が、監視強化だけでなく、適切なリスクテイクを促すインセンティブ設計を後押ししている可能性を示唆している。
これらの結果から言えるのは、今後の報酬格差拡大と経営人材獲得競争の激化である。企業が競争力を維持するには、報酬水準の客観的な見直しが不可欠だ。特に、比較対象となるピアグループの再定義と検証が鍵となる。「同業だから」といった慣習に捉われず、「本当に人材を取り合う競合は誰か」という本質的な問いに基づき、自社の報酬水準を設計すべきである。
加えて、業績連動や非財務指標の導入など、報酬制度に求められる要素は変化し続けている。個別の要素を追うだけでなく、「どのような経営者に、何を期待し、どう報いるか」という一貫した報酬戦略ストーリーを描くことが極めて重要である。このストーリーに基づき設計されて初めて、報酬制度は企業価値創造を牽引する戦略的な仕組みとなるのである。
今回の研究が、多くの日本企業にとって自社の報酬のあり方を再点検し、持続的な成長に向けた次の一歩を踏み出すきっかけとなることを期待する。
合同会社デロイト トーマツ パートナー 今野 靖秀
合同会社デロイト トーマツ マネジャー 辻 一真
本研究の詳細については、RIETI(独立行政法人経済産業研究所)ホームページをご参照ください。
RIETI - 日本企業のCEO報酬決定:個別データを用いた実証研究
執筆者:宮島 英昭(ファカルティフェロー)/齋藤 卓爾(慶應義塾大学)/今野 靖秀(デロイト トーマツ)/辻 一真(デロイト トーマツ)
本研究では、デロイト トーマツの役員報酬サーベイ2023を用いて、サクセッション・プラン導入企業の特性と導入による効果を分析した。執行役員制を採用し、社外取締役割合が高く、任意の指名委員会を設置するなど、経営の執行と監督の分離が進んでいる企業ほどサクセッション・プランを導入する傾向にある。またサクセッション・プラン導入後は、取締役経験が短く、常務・専務取締役の地位に就いたことのない経営者が選任される確率が高くなっている。これらの結果は、執行と監督の分離によって取締役会が経営者候補の能力を直接観察する機会が減少した場合にサクセッション・プランが必要になるという仮説と整合的である。先行研究と同様、規模の大きい企業ほどサクセッション・プランを導入する傾向にある。この結果は、高度なスキルを必要とする企業がサクセッション・プランを通じてトレーニングを実施するという考え方と整合的である。もっとも、多角化度、M&A件数、機関投資家持株比率、外国人持株比率とサクセッション・プラン導入の間には、有意かつ一貫した関係は観察されなかった。また、サクセッション・プランの公開後は、経営者交代の発表時に正の株価反応が観察され、市場がサクセッション・プランをポジティブに受け止めていることが明らかとなった。
コーポレートガバナンスの高度化が求められる中で、CEOサクセッション・プランは企業の持続的成長を左右する重要なテーマである。その重要性は広く認識されつつある一方、日本企業における導入実態やその効果に関する学術的な研究は、資料的制約のためにこれまで限られていた。本研究は、デロイト トーマツが三井住友信託銀行と共同実施している、CEOを含む役員報酬サーベイのデータを利用することにより、この制約を突破し、コーポレートガバナンス研究に新たな地平を切り開いた意義深い試みである。
本稿の分析によって、執行役員制度の導入や任意の指名委員会の設置など、経営の執行と監督の分離を進める企業ほどサクセッション・プランの導入に積極的であるという傾向が確認された。サクセッション・プランが一連の企業統治改革の一つの到達点であるという結果は、我々のコンサルティング現場における感覚とも一致する。制度設計を通じてガバナンス強化を企図する、意識の高い企業群が先行してこのテーマに取り組んでいる実態が、データによってシステマティックに裏付けられたと言える。
一方、サクセッション・プラン導入の「効果」については、限定的な示唆に留まった。プラン公開後の株価の正の反応など評価すべき結果はあるものの、業績への影響といった核心部分については、本推計では有意な結果は得られなかった。これは、サンプル数の制約に加えて、プランの導入から役職者の交代、そして新体制による成果発現までには相当の時間を要するという、サクセッション・プラン固有の特徴を反映していると言える。
しかし、実務の視点に立てば、短期的な定量効果がすぐに観測されなくとも、サクセッション・プランが自社内において多岐にわたるポジティブな効果を生み出すことは明確である。例えば、戦略的な経営人材育成の推進や、新陳代謝による若手の登用機会の増加・モチベーションの向上といったメリットが存在する。加えて、サクセッション・プランの策定・運用プロセスを通じて、取締役会・指名(諮問)委員会が「自社の将来にどのような経営陣が必要か」を真剣に議論する、またとない機会を提供する。その議論自体が、経営の方向性を問い直し、取締役会の実効性を高めるのである。さらには、策定したプランの開示は、投資家に対して経営の継続性やガバナンスの透明性を示す強力なメッセージとなり、対話の質を格段に向上させる。
本研究は、日本企業におけるサクセッション・プラン研究の重要な第一歩である。今後、データの蓄積が進むことで、プランの有無だけでなく、その「質」(候補者の選定基準や育成方法、組織文化の改善など)が企業パフォーマンスに与える影響といった、より本質的な分析へと繋がることを期待する。
合同会社デロイト トーマツ パートナー 淺井 優
合同会社デロイト トーマツ マネジャー 大森 光
本研究の詳細については、RIETI(独立行政法人経済産業研究所)ホームページをご参照ください。
執筆者:宮島 英昭(ファカルティフェロー)/内田 交謹(早稲田大学)/淺井 優(デロイト トーマツ)/大森 光(デロイト トーマツ)
デロイト トーマツが2002年より実施する、報酬・指名・ガバナンスを網羅したサーベイです(2017年より三井住友信託銀行と共同実施)。詳細については、以下ホームページをご参照ください。
「役員報酬サーベイ2026」のご案内 | デロイト トーマツ グループ