日本経済は「失われた30年」と言われ、将来の悲観論も根強い。しかし、デロイト トーマツ グループ コンサルテイティブ ビジネスリーダーの長川 知太郎と、合同会社デロイト トーマツ 代表執行役の神山 友佑は、今こそ日本が「課題“解決”先進国」として名乗りを挙げ、世界の潮流をリードする最大の好機であると断言する。日本の産業が秘める膨大な潜在能力をいかに新たな価値へと変え、停滞を打破するのか。日経BP 常務執行役員(経営メディア担当)の杉本 昭彦氏が、その真意と、新たな成長戦略の核心に迫った。
※所属・役職は2026年5月末時点の情報です。
杉本:日本の将来に対する悲観論の根源には、人口減少というあらがえない構造的要因があります。この大きな課題をいかに解決し、プラスへと転換していくべきか、まずはお二人の現状認識をうかがいたいと思います。その上で、地政学リスクなども踏まえ、あえて『2026年』という今このタイミングでなければならない理由、その必然性についても併せてお聞かせください。
長川:過去にも日本が世界に対して名乗りを挙げるチャンスやタイミングはありました。しかし、結局「名乗りを挙げきれない、立ち上がりきれない日本」という状況がこれまで続いてきました。その背景には長引くデフレの中で生じた停滞感があったと考えます。
一方で、昨年までの動きで金利のある世界が定着し、実質賃金もプラスへと転換、期待インフレ率の上昇などが進み、2026年はいかにして稼ぐかという、停滞マインドからの転換点を迎えたと言えます。まさに、今こそが課題先進国を強みとして、チャンスを生かすタイミングだと捉えています。
デロイト トーマツ グループ コンサルテイティブ ビジネスリーダー(当時)長川 知太郎
神山:私も、ようやく「機が熟した」という感覚が強いです。1990年代前半の バブル崩壊まで続いた護送船団方式、90年代から2010年代半ばまでの新自由主義経済による北米や中国の成長を経て、現在は「政府積極関与、 官民連携」のレジーム、つまり官が需要をつくり出し 、民間が新しい市場をつくっていくという「第3のレジーム」に世界的な潮流が変化しました。日本の特性として、政府と民間が強いリーダーシップと絆を持って動くことは、この潮流に非常に向いています。これが「機が熟した」と言える一つの理由です。
もう一つは、否定のしようがないほど危機感が醸成されたことです。10年前は「日本は世界トップの立ち位置ではない」という現実を示し、危機感を共有することが必要な状況にありました。しかし今は、地政学リスクが積み重なる中で、そんなことを言うまでもなく危機感が行き渡っています。「今」こそ、立ち上がる絶好のタイミングなのです。
合同会社デロイト トーマツ 代表執行役(当時) 神山友佑
杉本:国際競争環境が変化する中で、日本ならではの戦い方があると思います。人口減少という状況下で、どのような可能性があるとお考えですか。
長川:そもそも「人口が少ないことは成長の否定要素になるのか」という問いかけをしたいですね。これまでは量的成長や人口ボーナスに依存した成長シナリオが主流でしたが、それは本当に正しいのかと改めて問いたいです。
私は過去にオランダで働いていましたが、国土も人口も極小でありながら、一時期は世界を席巻する勢いで産業を拡大していました。現在のシンガポールも大きな存在感があります。 人口ボーナスから脱却したところで、市場をどう再定義し、日本発の技術や産業で勝負していくか。そういう問いを立てるべきだと考えています。
杉本:その「再定義」について、何か具体策や考えはありますか。
長川:まず、価値再定義の真ん中には「課題“解決”先進国でありたい」という姿勢を置くべきです。
分かりやすい例は「予防医療」です。人口減少と高齢化で、「税収が減るから国民皆保険を諦める」といった縮小均衡型ではなく、発想を変えて 「健康であり続けられる環境をつくる 」と考えます。その上で、日本が持つ膨大な医療データや生活データを活用し、病気にならない、あるいは未病の段階でアプローチし、医療費を抑え込む。そのようなプラットフォームや技術を日本発でつくるのです。
神山:過疎地域のように、人口減少とともにマーケットが失われる場所がある一方で、訪日観光客が過去最多になったり、特定のコンテンツに莫大な需要が生まれたりしています。つまり、人口減少とはリニアに連動しない日本の資本 があるのです。そのギャップを埋めることで、イノベーションが起きます。人口減少は成長に影響を与える要素の一つにすぎず、他の要素を日本発で提案すれば、勝ち筋は必ずあります。
杉本:デロイト トーマツでは、日本の力についての新たな構造モデルを考案したそうですが、どんなものですか。
神山:私たちは「昇りゆく日本を実現する力」を数式化しました。最終的に高めたい目標である「W(Worth:日本の力)」を導き出すものです。まず私たちが持つ「C(Capital:資本)」から、放置すれば日本の力の低下につながる構造的課題への対処を強みへと転換「T(Turn:転換)」し、そこに「G(Gain:新価値)」を加えます。そして、その合計に対して、1人当たりの「P(Productivity:生産性)」と、価値の「R(Rotation:循環速度)」を掛け合わせることで算出します 。この数式を最大化することが、日本の力を高める道筋です。
長川:その中でも「C(Capital:資本)」と「G(Gain:新価値)」がとくに大事だと思っています。日本人は「失われた30年」と言って自信を失いすぎだと感じています。先達から受け継いできた「資本」は間違いなく存在するからです。
資本を測る物差しは、お金の多寡だけではありません。訪日観光客が日本での「おもてなし」に魅力を感じてリピートしてくれるように、これも立派な資本であり、そこから新価値が生まれます。自分たちの強みを再認識し、金額だけでない方法で測れるようにして言語化する。その上で生産性向上に取り組むべきなのです。
世界に通用する「資本」が、日本には眠っている。デロイト トーマツ グループはその資本を掘り起こし、新たな価値を加えて日本の力にする支援を行っている
杉本:金融資本は誰でも測れますが、自治体などはそれ以外の資本を認識できていない可能性がありますね。外部の目が入ることで、分かることもあります。
神山:おっしゃる通りです。例えば、過疎化が進む地域に資本がないかというと、決してそうではありません。デロイト トーマツは北海道のニセコ町とまちづくりに関する包括連携協定を結んでいますが、そこに日本の資本があると考え、発掘し、産業化することを目指しています。
また、当社の支援には量子コンピューティングによる創薬のように、形になる前の段階でリエゾン(橋渡し)として投資し続ける領域もあります。政府や自治体は実需産業をつくって価値を増したいと考えていますが、実効性のある内容やフィードバックの手応えが不足しがちです。そこで我々が民間と一緒に何が必要かを組み立て、リエゾンとして提言し、フィードバックしていくのです。
株式会社日経BP 常務執行役員 経営メディア担当 杉本 昭彦氏
1991年日経BP入社。インターネット業界を長年取材し「日経デジタルマーケティング」「日経ビッグデータ」編集長を歴任。日経クロストレンド発行人を経て2025年より現職。
杉本:自らが持つ資本さえ発見できない段階で、企業、自治体、官庁、国が一緒になって新しい場をつくることで前に進める。デロイト トーマツがその仕組みをつくっているイメージですね。具体的にはどんな取り組みをしていますか。
長川:北海道では、人口減少で地域経済を支える地場企業が減りつつある中で、自治体、地銀、地元のインフラ企業と座組みをして、新しい産業を立ち上げるための拠点「SAPPORO Social Innovation Hub」を開設しました。拠点は札幌ですが、目線は北海道全体です。北海道の方々と接して驚いたのは、新進気鋭で先取の気質が人的資本として存在していることでした。
神山:他にも具体的な取り組みとして、愛媛県今治市は、しまなみ海道という観光資源や世界有数の造船企業も存在する地域ですが、FC今治というサッカーチームへの支援を中心にした活動を10年以上行っています。単なるスポンサーではなく、スタジアムをハブとしたコミュニティづくりにも参加し、まちづくりにもフィードバックをしています。 スタジアムが試合をするためだけの場であってはもったいない。地域の特徴とつなぎ合わせて価値を生むことが重要です。
長川:これからのコンサルティングは、成長戦略を机の上で唱えているだけでは生き残れないでしょう。時には共に無駄走りもして、一緒に汗をかく。先が見えないリスクの多い世の中だからこそ、私たちデロイト トーマツが大事にしたい姿勢です。
杉本:デロイト トーマツでは「日本が誇る幅広い産業分野の潜在的な力を引き出していく」と掲げていますが、その理由もお聞かせください。
神山:産業分野を整理した この図(下記参照)を見ると、日本には古いものが失われずに着実に新しい産業に広がっていること、そしてPL(損益計算書)ではなくBS(貸借対照表)の観点として資産が残っていることが分かります。ともすれば足元の利益に表れていないこの“成長のタネ”を、競争力に変えていくべきです。
例えば、先日来日された仏マクロン大統領が日本発のアニメの象徴的な作品のポーズを披露していましたが、あれは何十年も前に生まれたコンテンツがいまだに世界を惹きつける力を持っている証拠です。一方で現代においても世界的に評価される新たな名作が次々と誕生しています。他国では代替できないものが、資産として積み重なっているのです。
長川:この産業分野を見て分かるのは、一つひとつの産業の完成度が高いことです。これは「人的資本」の価値が非常に高いという意味を成しています。世界で勝負できる技術やコンテンツを育てるベースには、日本の教育水準の高さと「勤勉さ」が間違いなく貢献しているからです。
加えて、これからの時代は人や組織がつながり、学び、共感することが求められています。具体的には、1人当たりの生産性を高めるためのリスキリング投資や、ジョブ型雇用の浸透による人材の流動性向上など、一人ひとりが価値創造活動に挑み、没頭できる環境を整えることが「人的資本」の価値を高めていく上で急務です。
日本には体系化された様々な産業が根付いている。各分野の技術、人、ノウハウの蓄積を組み合わせ、活性化させることで、新たな産業を創造することができる
杉本:今日のお話で、日本の成長は一社の課題解決ではなく、産業課題・社会課題の解決のために官学民を「汗をかいて結びつける」ことが大事だと分かりました。そしてデロイト トーマツは、日本に秘められた力を解き放つことに着目し、企業、地域とともに力を尽くしていることが理解できました。
最後にうかがいたいのですが、デロイト トーマツが日本の成長にここまでコミットし、社会課題解決に向けて「日本の力」を高めることに注力する覚悟を持ったのには、どのような背景があるのでしょうか。
神山:当社は約60年前、経済で日本を再興させようという強い使命感から、監査法人として誕生しました。また、社員数が100名ほどの時代から、少ないお金を出し合って社員を海外に送り、学ぶことで、日本経済を強くしなければいけないと思ってやってきました。その精神が今も、我々の文化と信頼の中核にはあります。
長川:次世代に誇れる社会と経済を残したいという気持ちです。「これだけのものをつくったのだから、あなたたちの未来は明るいよ」と、送り手も受け手も感じられるようにしたい。我々は「変革推進者」を自認していますから、その立ち位置を生かしつつ、先代から継がれた「変えてはいけないもの」も大切にし、責任感を持って日本の鼓動を響かせていくようなプロフェッショナルファームであり続けたいですね。