近年、スポーツの持続可能な価値やビジネスとしての経済的価値が重視され、スポーツ観戦のデジタル化・グローバル化とともに、プロスポーツクラブへの投資が世界的に増加しています。本稿では、スポーツビジネスの価値評価のポイントやベストプラクティス、日本のスポーツビジネス市場の今後について解説します。
スポーツは人々の健康とコミュニティの紐帯を支える重要な社会的要素である。近年、スポーツの持続可能な価値やビジネスとしての経済的価値が重視され、スポーツ観戦のデジタル化・グローバル化とともに、プロスポーツクラブへの投資が世界的に増加している。投資家がスポーツビジネスの価値評価を求める際には、その価値が「内在的な価値創造」(事業そのものが生み出す収益)によるものなのか、あるいは「トロフィー価値」(クラブを所有すること自体の象徴的な価値)や「希少性」によるものなのかを見極める必要がある。本稿では、価値評価のポイントやベストプラクティス、日本のスポーツビジネス市場の今後について解説する。
過去30年間で米国を中心とする主要プロスポーツリーグは商業収益を拡大し、クラブの取引価格も大幅に上昇した。買い手は富裕層個人からPEファンド・年金基金へと多様化し、地域経済やメディア放送における機会獲得がM&Aの動機となっている。
世界的に見て、商業収益が大きいプロスポーツリーグ・大会は以下の通り:
データソース:Sports Value. 「The Sports Competitions with the Highest Revenues in the World」https://www.sportsvalue.com.br/en/the-sports-competitions-with-the-highest-revenues-in-the-world/、各社開示情報(Jリーグの年間売上高は2024年度クラブ経営情報開示資料(先行発表)における1,649億円、Bリーグは2023-2024シーズンの決算発表における552億円をベースにしている)
取引件数自体はさほど多くはないものの、過去30年間で米国の主要なプロスポーツクラブの取引価格は大幅に上昇しており、2025年8月にはNBAのBoston Celticsがプロスポーツ史上最高額となる61億ドルにて投資家グループに買収されている(なお、同クラブが2002年に起業家グループに買収された際の取引価額は3.6億ドルであった)。近年の米国プロスポーツクラブM&Aの特徴としては、市場の大きさを背景に都市部の強豪クラブほど高い価値がつき、取引も集中している点が挙げられる。
欧州では上場クラブも存在するが、自由に取引される株式の割合が低いことから、市場価値と実際の取引価値にはギャップが生まれることがある。取引件数自体が少なく、公開情報も限られるため、価値評価は難易度が高い。非商業的要因や所有による名声などが取引価格に影響しやすい点も評価をより複雑なものとしている。
日本のスポーツ文化は伝統的に教育的側面が強く、プロクラブも従業員の心身育成を目的に設立された経緯を持つところが少なくない。戦後、野球が娯楽として普及し、スポーツのプロ化・商業化が進んだものの、クラブは企業の広告塔としての役割しか見出されておらず、結果赤字運営が常態化していた。それが2000年前後以降、収益を生み出すビジネスとして見直されてきている。商業化が加速した主なきっかけは以下の4点である。
これらの変化を背景に、サッカー・バスケットボールを中心に取引件数が増加している。とはいえ、取引価値は欧米トップリーグに比べて低い。これは商業化の歴史の短さが影響しているとみられるが、我が国の経済や人口規模を踏まえると、今後の成長余地が示唆される。
プロスポーツクラブの価値評価には主に3つの方法が用いられる。
実務ではこれらを組み合わせ、過去取引倍率がインカムアプローチを上回る場合も多い。これは所有価値や希少性、将来の成長期待が織り込まれるためである。
日本のクラブは伝統的に企業所有が多かったが、近年はファンや地域社会の期待、株主からの要請から売却されるケースが増加している。住友金属サッカー部としてスタートし、現在はメルカリの傘下にある鹿島アントラーズはその代表例である。公共性や地域社会に対する理解が必要なため国内取引が主流だが、海外資本が本邦のパートナーやアドバイザーを活用して参入する事例も見られる。レッドブル(大宮アルディージャを買収)やシティ・フットボール・グループ(横浜F・マリノスへ資本参加)などマルチクラブオーナーシップモデルをグローバルで展開する海外資本が日本のクラブに出資し、クラブポートフォリオに組み入れるケースも現れており、グローバル規模でのシナジーも期待される。今後、日本市場への海外からの投資は増加が見込まれ、海外投資家への訴求もまた本邦スポーツビジネス業界の重要論点となろう。
スポーツは人々に熱狂や喜び、繋がりをもたらす特別な存在である。商業化が進みステークホルダーが多様化する中、経済的・非経済的要因が複雑に絡み合い、価値評価は容易ではない。デロイト トーマツグループでは、国内外プロスポーツクラブの価値評価を数多く手がけてきた実績を有しており、検討に悩むことがあれば、相談いただければ幸甚である。
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
スポーツビジネス
パートナー サイモン メイザー
シニアマネジャー 太田 和彦
(2025.10.10)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。