日本の物流業界は、近年大きな変革期を迎えている。その背景には、物流の「2024年問題」といった業界固有の課題だけでなく、金融市場におけるアクティビスト(物言う株主)の活発化も大きく影響している。
近年、日本の金融市場ではアクティビスト・ファンド(以下、アクティビスト)の活動が非常に活発になっている。2015年には10前後であった参入数は、現在では70を超えるともいわれ、アクティビストが上場企業の株式を取得し株主提案を行うことが、日本においても一般的な光景となっている。
この背景には、経済産業省や東京証券取引所による一連の改革や指針により、日本の上場企業が株主重視、資本効率性重視の経営へと方向転換したことがある。特に2023年には、東京証券取引所による「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」の要請において「PBR1倍割れ企業に対する改善要請」が注目を集めたことや、経済産業省が策定した「企業買収における行動指針」の中で「同意なき買収」に対しても真摯な検討が求められるとされたことで、この流れが加速した。
こうした環境変化を背景に、アクティビストは日本株投資を拡大。2024年にはアクティビストによる日本株への投資額が9.7兆円に達し、プライム市場の時価総額の約1%を占めるに至っている。
アクティビストの動きが活発化する中、日本の物流業界は、アクティビストの投資対象となりやすい業界構造を抱えている。
第一に、業界全体として資本効率性が低く、PBRが低い傾向にある。特にトラック物流や倉庫業では、多くの固定資産(物流拠点や車両等)を保有する一方、国内市場の縮小や2024年問題の影響で成長性・収益性が伸び悩む企業が多い。一方、フォワーディングやノンアセット型の3PL(サードパーティ・ロジスティクス)などアセットライトな事業モデルの企業は、相対的にPBRが高い傾向にある。欧米の物流企業では、不動産などの物流資産の売却によりアセットライトな事業モデルへの転換を図っているケースも多い。
第二に、社歴の長い物流企業ほど、保有する物流不動産に多額の含み益を有している場合があり、潜在的価値を考慮すると株価が割安と評価されるケースが見られる。こうした場合、セール・アンド・リースバック(資産売却後に賃借する手法)によって含み益を実現できる可能性がある。例えば、KKRによるロジスティード(旧・日立物流)の買収では、買収後に同社が保有する物流不動産を一括売却し、成長資金として活用するスキームが採られた。
第三に、先述の2024年問題などを背景に、足下で業界再編が加速している。上場物流企業同士の買収や統合に加え、企業の物流子会社の売却などが相次ぎ、過去にない勢いで再編が進んでいる。ひとたび再編が起きれば、再編対象となる企業の株価は一般的に大きく上昇するため、将来の再編が予想される業界や企業は、アクティビストにとって魅力的な投資対象となる。
上記の背景から、近年、アクティビストが物流企業の株式を取得する事例が増加している。以下は主な事例である。
2025年1月、米ファラロン・キャピタル・マネジメント(以下、ファラロン)がニッコンホールディングスの株式を5.05%保有していることが判明。その後、同ファンドは株式の買い増しを進め、2025年3月時点で19.72%を保有するに至った。同社はファラロンとの間で協議を重ね、一定比率以上の株式保有の制限や議決権行使の制限で合意したと発表。一方で、同社のガバナンス体制強化に繋がるとして、ファラロンが推薦した社外取締役候補を取締役会に加えることも発表している。
なお、ニッコンホールディングス株式については、2008年より英シルチェスター・インターナショナル・インベスターズも保有していた。一時20.4%まで買い増したが、表立った株主提案は行わず段階的に持分を減らし、最終的に5%未満まで保有比率が低下している。
2025年5月、米ダルトン・インベストメンツ(以下、ダルトングループ)がセンコーグループホールディングス株式5.01%を取得し、第5位株主となったことが判明。ダルトングループは「発行者(センコーグループホールディングス)の株価が過小評価されており魅力的な投資機会である」とコメントし、状況に応じて独立取締役の選任や配当方針の変更、自社株買いなどの重要な株主提案を行う可能性も示していた。しかし、現在までに表立った提案は行われていない。
その後、同年11月にダルトングループは同社株式を6.10%まで買い増している。
昨今、資本コストや株価を意識した経営が強く求められ、同意なき買収のリスクも増加する中、そうした「有形・無形の上場コストの増大」を背景に、企業が非公開化を選択する事例が増えている。このトレンドに呼応する形で、アクティビストが投資先企業に非公開化を提案するケースも増加している。
アクティビストにとって非公開化は、それに伴う公開買付のプロセスにおいて、市場株価に一定のプレミアムが付与された価格で保有株式を売却できる貴重な機会となりうる。一方、企業側は「上場コストの増大」による負担を排除するため非公開化を進めるか、提案を受け入れずに経営戦略の見直しや資本政策の見直しを通じて株価上昇を目指していくかの、二つの選択肢を検討することになる。
物流業界においても、アクティビストの活発な動きを受け、非公開化を選択するケースが見られるようになってきた。後述のトランコムの事例はその典型である。直接的にアクティビストが関係していない非公開化であっても、水面下でアクティビストから接触を受けたことが契機となった事例や、同業他社がアクティビストの圧力を受けていることから非公開化を検討し始めた事例など、間接的な影響も大きい。
2024年、トランコムはベインキャピタルと組み、MBO(マネジメント・バイアウト、経営陣が参加する買収)による株式非公開化に踏み切った。同社は荷主とトラック事業者の仲介を主な事業としており、2024年問題によりトラック事業者への運賃支払いが増大する一方、荷主への価格転嫁が進まず、利益率が圧迫される状況にあった。抜本的な経営改革を実行するためには、迅速な意思決定と経営の自由度を確保すべく、非公開化を行うことが最適と判断したということである。
トランコム株式については、ダルトングループが2012年より保有を開始し、2024年時点では18.09%を保有していた。なお、本MBO後も、ダルトングループはトランコム株を間接的に継続保有している。
日本の市場改革は現在、過渡期にある。株主重視や資本効率性重視の考えが浸透する一方、ルールや運用はまだ成熟途上であり、アクティビストにとって活動しやすい環境といえる。この動きに過度に振り回されないためには、アクティビストが割安な株式に投資し利益を追求する存在であるという原則を理解し、株価向上が最善の予防策・対抗策であるという基本に立ち返ることが重要だ。
物流DXの推進による業務効率化と収益性の改善、アセットライト化による資本効率の向上など、物流業界が既に取り組んでいる施策を着実に推し進めることが、最も基本的かつ効果的な対応である。ただし、株価を上げるには、利益や資本効率性を高めることはもちろん、それに向けた施策を市場や株主に理解してもらうための適切なコミュニケーションが欠かせない。
当社は、非公開化を含むM&A(企業買収・売却)の実行に関する各種支援のみならず、投資家コミュニケーションや株価向上策の支援まで、資本市場における幅広い領域において豊富な経験を有している。こうした知見を活用し、変革期にある物流業界のご支援ができれば幸いである。
合同会社デロイト トーマツ
ファイナンシャルアドバイザリー
コーポレート ファイナンシャルアドバイザリー統括
航空運輸・ホスピタリティ・サービス リード
パートナー 池澤 友一
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。