生成AIの急速な普及により企業における人材要件が大きく変化する中、単なる技術導入を超えて、それを真に活用できる人材の育成と組織体制の構築こそが、企業の競争優位性を決定する重要な要素になっています。
そこで、2025年7月、一般社団法人AICX協会主催のオンラインカンファレンスAI Agent Day 2025 summerにおいて、デロイト トーマツのコンサルタントが「AI時代に必要な人材像と効果的な育成戦略」について基調講演を行いました。
本稿ではその講演内容を基に、AI時代に必要とされる人材像と、企業がとるべき人材育成・組織戦略アプローチについて紹介します。
デロイト トーマツでは約3年前から社内での生成AI活用推進に取り組んでおり、現在ではグループ全社で約2万人のうち1万人以上がアクティブに生成AIを活用しています。
この高い活用率を実現している背景には、独自の推進体制があります。全社横断の生成AIタスクフォースの下に、新技術の研究・検証・デモ開発を担う技術開発チーム、社内でのAI活用促進を図る社内推進チーム、そして顧客向けサービス提供を行うクライアントサービスチームを配置。この「技術開発チーム→社内推進チーム→クライアントサービスチーム」のパス回しにより、社内で検証した価値ある技術をクライアントに提供しています。
AI・データを専門とする宍倉は「社内での実践なくして、クライアントに価値ある提案はできません。私たち自身がAI活用の最前線に立ち続けることで、真に実効性のあるソリューションを提供できるのです」と語りました。
宍倉 剛
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 執行役員 AI & Data
データサイエンス出身で、現在は生成AIアプリケーションの開発や基盤構築を担当
講演で注目を集めたのが、デロイト トーマツが提唱する「パープルピープル」という人材概念です。これは、ビジネス知見(青)とテクノロジー知見(赤)の両方を兼ね備えた人材を指しています。
従来のAI活用では、データサイエンティストが高度な予測モデルを構築することが重視されていました。しかし、生成AI時代では状況が大きく変わっています。生成AIの汎用性向上により様々な業務への活用が可能になった一方で、業務との密接な関係からビジネス理解が不可欠となり、価値創出の複雑化により技術単体では成果が出にくくなっています。
パープルピープルに求められるスキル要素として、ビジネス側では戦略立案、インサイト創出、顧客体験デザイン、プロジェクトマネジメントが挙げられます。テクノロジー側では、AIエンジニアリング、アーキテクチャー構想、セキュリティマネジメント、プロンプトエンジニアリングが必要です。
組織・人材を専門とする田中は「技術的な知識だけでは、AIの真の価値を引き出すことはできません。ビジネスの文脈を理解し、現場の課題を技術で解決できる人材こそが、AI時代の競争優位を生み出すのです」と強調しました。
田中 公康
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 執行役員 Human Capital
AIやDXをテーマとした組織変革の専門家として、数多くの企業の人材戦略策定を支援
デロイト トーマツでは、AI人材を3つのカテゴリーに分類して育成戦略を立案しています。
田中は「多くの企業がAIネイティブ人材の確保に注力していますが、実際に最も重要なのはBridge / Hub人材です。この層を厚くすることが、AI活用による変革を推進する鍵となります」と指摘しました。
効果的なAI人材育成には、体系的なアプローチが必要です。当社が推奨する4ステップのフレームワークをご紹介します。
Step1:業界インパクトの評価として、生成AIが自社のビジネスにどの程度の影響を与えるかを分析します。
Step2:必要人材像の逆算として、インパクト評価を基に必要な人材要件を明確化します。
Step3:現状とのギャップ分析で既存人材と必要人材のギャップを定量的に把握します。
Step4:育成計画の策定で具体的な育成プログラムを設計します。
宍倉は「多くの企業が人材育成を始める際、流行りのスキルを網羅的に教えようとします。しかし、自社のビジネスに本当に必要なスキルを特定してから育成を始めることが、投資対効果の高い人材育成につながります」と語りました。
AI人材育成を成功させるためには、明確な目的意識の共有が不可欠です。「なぜAI人材育成が必要なのか」という明確な目標設定、AI活用による具体的な成果を示すビジネス価値の可視化、そして目指すべき人材ポートフォリオを明示する将来像の共有が重要です。
同時に、実践的モニタリングの仕組みも必要です。各部門での推進担当者となるチェンジエージェントの配置、実務に即したスキル向上を図る現場レベルでの取り組み、そしてPDCAサイクルを確立する継続的な進捗管理が求められます。
田中は「研修を実施しただけで満足している企業が多いのが現状です。しかし、現場での実践を通じてスキルが定着し、初めて組織の変革につながります」と現場での実践の重要性を強調しました。
従来の縦割り組織から横断的な協働体制への転換も重要なテーマです。人事部門とビジネス部門の連携強化には、ビジネス成果に直結する人材育成という共通目標の設定、実務に即した取り組みを重視する現場目線での推進、そして定期的な進捗共有と調整を行う継続的なコミュニケーションがポイントです。
田中は「AI人材育成は人事部門だけでは完結しません。ビジネス部門、IT部門、そして経営層が一体となって取り組むことで、初めて組織全体の変革を実現できます」と述べました。
講演では、近い将来に到来するAIエージェント時代に向けた新たなスキルについても言及しました。
求められる能力として、AIエージェントに明確な指示を与えるゴール設定力、適切なコンテキストでタスクを実行させる文脈設計力、AIから価値ある回答を引き出す質問力、そして経験知をデータ化する暗黙知の形式化能力が挙げられました。
しかし、単なる業務効率化を超えて、人間とAIの協働による新しい価値創造が重要になります。AI活用の方向性を決定する戦略的思考、AIでは生み出せない発想やアイデアを生む創造性、AI出力の妥当性を評価する判断力、そしてステークホルダーとの調整を行うコミュニケーション能力は、依然として人間にしかできない重要な能力です。
宍倉は「AIが進歩すればするほど、人間にしかできない能力の価値が高まります。AI人材育成においても、この点を見失ってはいけません」と語りました。
デロイト トーマツの調査*では、AI活用により70%以上の従業員がポジティブな効果を実感している一方で、54%の従業員が「成果の帰属が曖昧」と感じているという結果が出ています。
AI活用による「ゆとり」創出の重要性として、新しいチャレンジへの時間確保、創造的業務への集中、スキルアップ機会の増加、そしてイノベーション創出の基盤づくりが挙げられました。
田中は「AI活用の目的は単純な業務効率化ではなく組織に『ゆとり』を生み出すことです」それに続いて、宍倉は「より創造的で価値の高い仕事にリソースを集中させることが真の価値です」と語りました。
*出所:https://www.deloitte.com/jp/ja/services/consulting/about/human-capital-trends.html
AI活用の最終目標は、意思決定の高度化とビジネス変革の実現です。
現在多くの企業が取り組んでいる個人タスクの効率化から始まり、AIエージェントによる業務プロセスの自動化を経て、最終的には人間とAIの協働による意思決定の高度化へと段階的に進化していきます。
宍倉は「AI活用は手段であって目的ではありません。最終的な目標は、より良い意思決定を通じてビジネス価値を創出することです」それに続いて、田中は「そのための人材育成と組織変革を、私たちは支援し続けます」と力強く語りました。
AI時代に成功する企業は、技術導入だけでなく人材戦略と組織戦略の統合を実現しています。
今回の講演から得られた重要なポイント
AI技術の進歩に合わせて、組織と人材の両面からの変革を継続的に推進することが、持続的な競争優位性の確立につながります。
左から、AICX協会 小澤健祐氏、デロイト トーマツ宍倉剛、田中公康