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AI時代の経営戦略~AIセントリックアプローチと人事戦略で変革~

人材×AI座談会

生成AIの進展を受け、企業のAI導入は急速に進んでいる。しかしその多くがPoC段階で停滞し、収益インパクトや組織変革に結びついていないのが実情だ。ここではデロイト トーマツが提唱する「AIセントリックアプローチ」に注目する。このアプローチは、AI活用と人材戦略を統合し、企業の構造改革を実現するものだ。経営層が避けて通れない「テクノロジーと人の再定義」をどのように実行に移すのか、その具体像に迫る。

Executive Summary

  • 多くの企業がAI導入を進めているものの、PoC(概念実証)段階で停滞し、経営インパクトにつながっていないケースが多い。
  • 成果を出すカギは、AI導入と人事戦略を切り離さず、同時に再設計する組織横断のアプローチにある。
  • テクノロジー活用と人材配置の最適化を一体で捉えることが、AI時代の企業競争力を左右する。

デロイト トーマツでは、急激に進化する生成AI / AI時代の人材をテーマにプロフェッショナルが討議する人材×AI座談会をシリーズで展開。第3回となる本稿は、AI導入をPoCに終わらせず、PLインパクトに繋げるために必要な「AIセントリックアプローチ」、そしてAI導入と両輪をなす人事戦略について、様々な企業の課題を解決してきたプロフェッショナル2人がその要諦を語った。

座談会の動画はこちら(約30分)
AIセントリックアプローチで考える業務再構築とPLインパクト~人材×AI座談会~

「AI導入で終わらせない」経営に求められる構造転換の視座

「正直、AIにできることとできないことの境界は、もう以前のようにははっきりしていません」

デロイト トーマツ コンサルティングでAI戦略・導入をリードする下川憲一は、そう口火を切った。生成AIの登場以降、企業経営の前提は大きく変わりつつある。昨年までのように「AIに何ができるか」を模索する段階から、今や「AIを前提とした経営」への移行が始まっている。企業は、AIを導入すれば即座に効率化が進み、成果が出るという幻想と決別しなければならない。

デロイト トーマツ コンサルティング
執行役員 AI & Data Unit Leader
下川 憲一 

「『AIを導入してみたけれど、何がどう変わったのか言語化できない』という声が、経営層から多く聞こえてきます。これは、私たちにとっても正念場だと感じています」

下川のこの言葉には、現場の切実な思いと向き合ってきた実感がにじむ。

実際、AI導入プロジェクトがPoCの段階で止まってしまうケースは後を絶たない。背景には、目的の明確化や導入後の変革戦略が不足し、現場任せで進められている実情がある。さらに、技術面よりもむしろ、人事や経営の構造的な非連動性が障壁となり、PoCの先へ進めない要因となっている。

「単なるAI導入ではダメなのです。私たちが目指しているのは、AI導入とともに行う組織の再構築そのものです」

そう語るのは、デロイト トーマツ コンサルティングで人材組織戦略を統括する古澤哲也だ。

多くの企業が業務効率化のためにAIを導入しようとするものの、部分的な自動化にとどまり、投資に見合うリターンを得られず失望に終わる場合も少なくない。

デロイト トーマツ コンサルティング 執行役員
Human Capital Offering Deputy Leader
古澤 哲也

下川は古澤の言葉にうなずき「既存業務プロセスのまま、部分的にAIを導入するという業務改善にとどまっていては、AIの本来の価値を引き出せません。真に必要なのは“AIを前提とした業務再設計”、すなわちAIセントリックなアプローチです」と強調する。 

AI導入の「局所最適化」から「全体最適化」へ

AI導入後にAIセントリックに業務を再設計し、結果として業務効率が向上しても、余剰となったリソースをどこへ再配置するかについて明確な計画を持たない企業は少なくない。これは人材配置の柔軟性の欠如や、業務部門と人事部門が分断された組織構造の課題でもある。

属人的な人材管理や不明瞭なスキル把握も、AI活用の範囲を狭める要因だ。人材データが部門ごとにバラバラに管理されているため、現場任せの断片的な再配置では業務の空洞化や非効率な重複が生じかねない。

古澤は「日本では“誰が何をできるのか”が整理されておらず、人の異動や育成が非常に難しい」と指摘する。「仕事(Work)、職務(Job)、タスク(Task)、スキル(Skill)――これらが有機的につながっていないため、人材活用が属人的になり、結果として変革の足かせとなっています」

さらに古澤は「AIを導入した結果、どのような成果が出るのか。その問いに対して“PL(損益計算書)にどう反映されるか”という視点が欠けているケースも多い。最終的には、人の再配置や場合によっては組織の再構築を伴う覚悟が求められます」と続けた。

PLインパクトを創出するためのAIセントリックアプローチと人事施策の実装法

では、どのようにしてAIと人材戦略を融合させ、組織変革を実現すればよいのか。

デロイト トーマツが掲げるAIセントリックアプローチの中核は、「AIを中心として業務を最適化・再構築した上で、人の役割を再定義する」ことにある。これまでのように人に合わせて局所的にAIを適用するのではなく、まずAIを基準に業務プロセスを設計し、その結果として人材の配置やスキル開発の方向性を導き出すのだ。

「AIができることを起点に、業務全体を見直す。そうしなければ、いつまでも人の代替でしか活用されません」と下川は語る。

このアプローチを推進するうえで不可欠なのが、全社横断での業務の可視化である。どの業務がAIで代替可能か、どこに人の介在価値が残るのか。ここで重要になるのが、“業務領域”ではなく“アクション”を基点に業務を分解する視点だ。

生成AIの汎用性を最大限に活かすためには、従来の職種や部門といった枠組みにとらわれず、業務を構成する一つひとつのアクションに分解し、それぞれに最適な自動化や支援策を講じる必要がある。

こうした粒度の細かい業務再設計により、効率化の効果や人材再配置の余地が可視化され、PLと直接結びついた判断が可能になる。言い換えれば、AI導入のインパクトをアクション単位で測定し、PLに落とし込むことができるのだ。これが、PoC止まりの状態から脱却するための一つの突破口となる。

下川は、AIセントリックアプローチによる変革の影響範囲が業務プロセスの枠を超え、組織設計や評価制度にまで及ぶことを強調する。AIによって「何を減らすか」ではなく「何を生み出すか」に視点を置くことで、業務の再設計は企業の未来戦略と結びついていくのだ。

古澤は「リストラではなく、リデプロイメント(再配置)という選択肢を取ること。それが従業員のエンゲージメントにも跳ね返ってきます。人の“再配置”は、単に空いた席を埋める作業ではありません。人の力をどこで最大化できるかを、経営レベルで設計する必要があります」と話す。

AI導入の成果は、PLに現れる前に、組織文化やマネジメントスタイルの変化として先行して表れる。その兆しを見逃さず、継続的に変革をマネージしていく仕組みが、これからの経営には欠かせない。

下川は「PoCで止まる企業が多いのは、最初の成功体験を“終わり”と捉えてしまうから。でも、本当はそこが始まりなのです」と話す。

技術導入をゴールとするのではなく、組織の変化を継続的に引き出す原動力とする──。この視座の転換こそが、AIを“戦略”として使いこなす企業と、そうでない企業とを分ける境界線になるのだ。

変革の意志と構造をいかに持続可能にするか

AIセントリックアプローチは、経営戦略と人材戦略を一体化する次世代の変革モデルといえるかもしれない。

下川は「私たちが本当に目指しているのは、企業がAIを“使いこなす”という状態です。AIに業務を委ねながら、同時に人の役割と価値を再設計していく。それが、これからの企業の生存戦略になります」と語る。テクノロジーが先行して人事が追いつかず現場が疲弊する。逆に、人事施策だけ先行しても成果につながる文脈が見えない。両者を同時に動かし、連動させてこそ、使いこなしといえるだろう。

AIが業務に組み込まれるということは、単にタスクが減るという意味ではない。むしろ、これまで人が担ってきた価値創造のあり方が変わることを意味する。AIの能力を前提に業務と組織を設計することは、企業が今後直面する不確実な環境に柔軟に適応するための“構造の再構築”に他ならない。

「未来を見据えたとき、避けて通れない問いがあります。“この仕事、本当に人がやるべきか?”と。そこから逃げずに向き合うことが、AI導入の本質だと考えています」

古澤のこの言葉が象徴するように、AIを前提とする組織変革には痛みも伴う。だが、その痛みを恐れていては、AIの可能性を真に引き出すことはできない。

もちろん、これは簡単な道ではない。部門横断の連携やデータ整備、経営層の強いコミットメントなど、多くの条件が必要となる。しかし、あえてその困難に踏み込むからこそ他社との差別化が可能となり、真に持続可能な経営基盤を築くことができるのだ。

「私たちは、他社が避けたがる部分にこそ価値があると考えています。泥臭い部分にも踏み込んでいきます。現場のリアルに寄り添いながら、経営変革まで伴走する。それがデロイト トーマツのスタイルです」と両氏は強調した。

AIを“導入するか否か”という議論を超えて、「どう使いこなし、どう組織を変えるか」という本質的な問いに経営層が向き合う時代が到来している。だからこそ、まさに今このタイミングで経営層が本気にならなければならないのだ。

「私たちは“できるかどうか”ではなく、“やるかどうか”を問いたい。AIの進化に追いつくには、技術導入以上に“決断”が必要です」

古澤はそう締めくくった。

技術と人間が共存する次の時代に向けて、いま最も求められているのは、未来を構想し、そこへと舵を切るリーダーシップなのかもしれない。AIセントリックアプローチは、企業の本気度を映し出す鏡でもあるのだ。

本稿の座談会動画(34分) 

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