調査の要点
生成AIの一般化とともに、金融機関のAI活用は実証実験(PoC)の反復から、本番導入と運用定着を見据えた局面へ移りつつある。問われ始めているのは「どのモデルを選ぶか」だけではない。どの業務で価値を出し、品質と統制を保ったまま運用を続けられるかである。
こうした転換を顧客側からも捉えるため、デロイト トーマツは金融機関の顧客を対象に消費者AI行動調査を実施し、『金融機関のAI活用に対する顧客の意識と期待に関する調査報告』として取りまとめた。金融機関顧客の57%がAI技術を体験し、金融機関でのAI導入への関心は約43%に達する。AIツール選定では「技術の品質(サービス品質)への影響を考慮してほしい」が約82%と突出した。
レポート公表を機に、金融サービス領域を統括する守屋孝文(パートナー/FSI Leader)、金融×AIのソートリーダーシップを担う藤田通紀(パートナー/Growth & Innovation unit/Japan FSI AI Leader)、現場で顧客接点の設計に向き合う李伶慧(シニアコンサルタント/Growth & Innovation unit)が鼎談した。
PoCから本番への移行が意味するもの、顧客が求める「信頼」の中身、AIアドバイザー設計、そしてAX(AIトランスフォーメーション)が突きつける組織論点を整理する。
まず守屋は昨今、相談の“質”が変化していると述べた。銀行・保険・証券に加え、企画・営業・コンプライアンス・ITなど部門横断で議論が増えたという。
「『AIで生産性をどう高めるか』『どの領域で付加価値を創出できるか』という具体的なご相談が増えています。以前はPoC段階の問い合わせが中心でしたが、最近は本番導入や運用定着までを見据えた相談が多くあります。」
合同会社デロイト トーマツ パートナー 守屋 孝文
金融機関を中心に業務変革、IT戦略立案、システム化構想策定からシステム導入の推進、ITガバナンス強化など豊富なコンサルティング経験を有する。近年では基幹システム刷新などの大規模プロジェクトのマネジメントやデジタルトランスフォーメーションに関する案件を多く手掛けている。
相談は「とにかく実証実験して使えるかどうかを評価しましょう」から、「これを使って業務を効率化する、価値を高めていく」へ移り、スコープも「個別部門の取り組み」から「全社のトランスフォーメーション」へ広がった。
現場視点で李も「生成AI、予測モデル、対話型エージェントなどテーマは多岐にわたり、フロントからバックオフィスまで『どこから着手するのが最も効果的か』という優先順位付けの議論が増えた印象です」と受け止める。
合同会社デロイト トーマツ 李 伶慧
国内メガバンクのシステム刷新案件の構想策定からシステム開発の経験を有する。近年では、国内金融機関のIT構想策定を担当し、AIや自動化による業務効率化を推進してきた
ただし、本番の壁はモデル性能だけではない。藤田は一般論として「AIの導入は95%が失敗していると言われています」と切り出し、「実運用に移行する時にハードルになるのは、金融的な側面や人の側面など、AIの機能そのものではないところです」と続けた。技術検証(PoC)の次に必要になるのは、事業として成立し、回し続けられるかを問うPoB(Proof of Business)であるという問題提起だ。
一方で、現場には成功体験も積み上がりつつある。守屋は「成功体験が積み上がってきて、PoCをやらなくていい部分も増えてきた。効果が見えている部分は、いきなり導入に進む流れもある」と語る。
藤田は、技術進化が速すぎて「一つのところに手を付けている間に新しいものに抜かれてしまう」状況を挙げ、「バックキャストは、自分で動きながら動的に立ち位置を動かしながらやっていく形になる」と表現した。計画通りに積み上げるより、運用しながら設計を更新する力が問われる局面である。
合同会社デロイト トーマツ パートナー 藤田 通紀
外資系金融、グローバルコンサルティングファーム及び外資テクノロジー企業等を経てデロイト トーマツ コンサルティングに参画。デジタルを活用したトランスフォーメーションや人財組織のチェンジマネジメントにかかるアイディエーション、デザインから導入・実装までの国内外プロジェクト経験を有する。近年は、AIを活用した人間中心のビジネスデザインやイノベーションをテーマに新しい会社や組織の在り方、また働き方などについての提言を行っている。また、Thought Leaderとして、講演や執筆、また学会や社外勉強会での講師として「Future of Work/Life(新しい価値観やスタイル)」について、多様な観点でインサイトを提供している。
今回の調査で象徴的なのが、57%というAI体験率だ。藤田はこの数値を「上限」ではなく「下限に近い」と見る。
日常でのAI体験あり
金融機関におけるAI活用への関心
「生活に染み込んで当たり前になってきていて、気づかないうちにAIを使っている層も含めると57%以上になる。だからこそ、技術主語で始めるプロダクトアウトだけでは足りない。顧客の声を起点に、どう体現するかというマーケットインが要になります」接点設計でも“顧客の現実”が優先される。李は、作り手の都合で「既存システム起点」になりがちな点に触れつつ、「ユーザーとしてはモバイルが中心です。アプリや通知など、現実の接点から逆算してAIを溶け込ませるのが効果的です」と語った。
実際、調査でも今後期待する提供媒体はスマートフォンが71.5%で最多であり、パソコン45.2%、金融機関の窓口32.4%が続く。AIに触れる機会としても「スマートフォンの音声アシスタント」が55.2%で最も多く、生活側の主戦場がスマホであることが裏づけられた。デジタルが主導権を握りつつ、窓口も一定の期待が残る点は、AIが進むほど説明や相談といった局面で人の役割が濃く残ることを示唆する。
スマートフォンの音声アシスタント
オンラインショッピングのパーソナライズ提案
仕事やビジネスで利用するツール
ここで効いてくるのが、関心43%という数字である。藤田は「4割を超える人が『金融機関でAIをどう使っているのか』に関心を持つのであれば、取り組みを適切にメッセージ化すればブランド価値にもなり得ます」と述べる。AI活用は“社内の効率化”に閉じず、対外コミュニケーションの論点にもなった。
一方で、AIが差別化要因になり続けるとは限らない。調査では、AIを積極的に顧客サービスへ活用する金融機関との付き合い方について、「現在と同程度に利用する」が55.0%で最多であった。藤田はこの結果を引き「AIがある前提で、人の生活はこれから変化していく」と語る。AIは「導入したから選ばれる」ものから、「あって当然の基本サービス」へ近づいている。
藤田はスマートフォンの普及を引き合いに「昔は『使えること自体が技術で革新だ』と言われていましたが、今は誰も言わない。AIも同じで、AIがある前提の中で生活が動くようになれば、今みたいな議論はなくなっていく」と語った。
顧客が金融機関のAI活用に何を求めるのか。調査は順番をはっきり示した。重視点の上位は、データプライバシー56.6%、AIによるリスク管理・詐欺防止45.4%、AIのセキュリティと信頼性45.0%である。
データプライバシー
リスク管理・詐欺防止
セキュリティと信頼性
守屋は「足元の期待は『安全・安心に資するAI』です。セキュリティ、詐欺検知、誤り低減、個人情報保護など、安心を高める用途がまず求められている」と話す。
品質に対する要求も高い。AIを選定する際に「技術の品質(サービス品質)への影響を考慮してほしい」は合計82%に達した。金融は誤りが損失や不利益に直結しやすく、品質は“あれば良い”ではなく“前提条件”になりやすい。言い換えれば、品質担保の設計と説明責任の設計が、そのまま顧客体験の設計になる。
ただし、信頼は守りだけでは終わらない。守屋は将来像として「身近なファイナンシャルプランナー(FP)的役割」への期待を挙げ、「貯蓄・投資・保険・与信を横断して、個々人に寄り添う助言を日常的に提供する像への期待が高い」と語った。守りの信頼を積み、そのうえで伴走価値を広げる――この順番が現実的だという認識である。
顧客の期待が「汎用的に正しい答え」から「自分に寄り添う助言」へ移るなら、設計の粒度を上げる必要がある。調査ではAIロボアドバイザーに「期待している」が49.5%と半数近い。一方で期待しない層も同程度おり、評価が割れうる領域でもある。
レポートは、AIロボアドバイザーの設計軸を「知識(専門性)」「時間」「予測力」「データ活用」「追加機能」「品質担保」の6要素で整理した。藤田は「特性ごとに、どういうAIアドバイザーの機能を持たせるのかを設計していく。データなら『どこから取ってくるか』、品質なら『顧客向けにどういう精度で提供するか』、そういう設計です」と説明する。
重要なのは、特性の選択がそのまま運用要件に落ちる点だ。24時間稼働を目指せば体制とコストが要る。予測力を上げれば説明責任が重くなる。データ活用を広げれば同意と制約設計が難しくなる。品質担保を掲げれば継続的な評価と改善が不可欠になる。だからこそ、いきなり“万能”を目指さず、役割別に組み合わせる発想が現実解になる。
顧客接点で特に難しいのは、提案の“受け取られ方”だ。李は「ユーザーの過去の行動履歴に基づいた提案が重要です。過去の行動には経緯があるので、それを踏まえることで押し付けにならない提案ができます」と語る。金融商品は誤解や不信が生まれやすい。正しさだけでなく、納得の設計が要るという指摘である。
また、包括的なアドバイスを単独の金融機関だけで完結させるのは難しい。守屋は「単体の金融機関がやると、アドバイスできることも局所的になる」と述べ、「金融機関のエコシステムをどう形成していくか、どういうプラットフォームの知識を持たせるのか。そこの設計が本当に大事になっている」と続けた。利害が交錯しやすいテーマだからこそ、当事者の視点だけでなく、全体像をデザインする視点が求められる。
議論の後半はDXからAX(AIトランスフォーメーション)へ移った。藤田は「DXは、いかに作業を楽にするか、機械に置き換えるかが中心だった。AXは、人の役割のリデザインに変わってきている」と述べ、「AIと人の役割をどう再設計していくかが大事で、会社全体の再定義につながる」と続けた。守屋も、戦略やITに加えて、組織設計、人材育成、評価制度、リスク管理までを巻き込むPeople Transformationが避けて通れないと語る。
現場の役割分担も変わり始めている。李は「AIは今まではアシスタント的な役割がメインでしたが、担当者レベルまで上がってきている」と話し、「AIが出してきたものを検証したりレビューしたり、妥当性を判断して顧客に展開していく動きに変わってきている」と続けた。さらに「AIにやってもらう作業としては情報収集、情報の構造化、分析。人間の仕事は妥当性の判断、それを顧客に提供していく関係構築が重要になる」と整理する。
だが、役割再定義は現場努力だけでは進まない。藤田が挙げたのが「成果の帰属」である。藤田は「自分が使ったAIが利益を叩き出したら、この利益って誰が出したものか。評価モデルを作り込んでいかないと、浸透は難しい。最終的に抵抗感が出てしまう」と話す。AIが成果を出すほど、評価と統治の仕組みが追いつかないと摩擦が生まれる。
顧客側の分断も同時に解かなければならない。李は、デジタルに不慣れな層に向けて「使ってもらいやすいUIを提供していく。それでも難しい場合は、人間の手を介するしかない。ハイブリッドで分担する」と語った。
組織設計、人材、リスク、データ、顧客体験――論点がこれだけ広がる以上、AXは「AIツールを入れて終わり」では起きにくい。金融の業務知見に加え、AI・データ基盤、セキュリティ、ガバナンス、チェンジマネジメントを横断して設計し、実装と運用まで落とし込む体制が必要になる。複数領域の専門性を束ね、構想と現場実装を往復させられるかどうかが、ツール導入を変革に変える分水嶺である。
デロイト トーマツは金融サービス領域の知見に加え、AI・データ、リスク、組織変革の専門家が連携し、構想から実装、運用定着までを支援している。AXが求めるのは技術の導入ではなく、運用と組織の設計であるという前提に立てば、こうした“横断の設計力”が現実的な差になる。
結局、金融機関のAI活用で差がつくのはモデルの選択ではない。顧客が求める安全性と品質を満たしながら、役割別にAIを設計し、評価とガバナンスまで含めて運用できるかどうかである。PoCの次にあるのは、運用の技術であり、変革の技術である。
本記事で紹介している『金融機関のAI活用に対する顧客の意識と期待に関する調査報告レポート』のダウンロードはこちら