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AI導入が「自分ごと」になる瞬間——体験がもたらす業務変革の設計論

大和証券とデロイト トーマツが語る、AI Experience Centerが実装の起点

大和証券では、フロントオフィスのデジタル活用は比較的進んでいた。だが、同社の佐藤淳也氏(以下、佐藤氏)が別の構造課題として捉えていたのは、ミドル・バックオフィスだった。生成AIをここに効かせられないか。相談を受けたデロイト トーマツで金融業界を専門とする早竹裕士(以下、早竹)が紹介したのが、共創型AI体験施設Deloitte Tohmatsu AI Experience Center(AEC)である。AI・データ領域をリードする下川憲一(以下、下川)が体験設計を担い、大和証券の実務をテーマにした2日間のワークショップが動き出した。3人は、その体験がなぜAI導入の議論をツール選定から業務・組織の再設計へ押し上げたのかを語った。
 

登壇者

佐藤 淳也 株式会社大和証券グループ本社 執行役員 IT・オペレーション担当
早竹 裕士 デロイト トーマツ パートナー
下川 憲一 デロイト トーマツ パートナー

——なぜ、生成AI活用がフロントオフィスの次にバックオフィスだったのでしょうか。

佐藤氏:生成AI活用は全社テーマですが、もともとはフロントオフィスから進めてきました。トップライン向上や営業員の時間創出に直結するからです。ただ、私がそれとは別に構造的な課題だと感じていたのはバックオフィスでした。事務フローの中にどう生成AIを活用できるのか。そこを早竹さんに相談したのが今回の出発点です。証券業界のバックオフィスでは、ベテラン人材が多くを担っている状況にあります。今後10年、20年先を見据えると、人材確保が一層難しくなる可能性も踏まえ、限られた人員でも持続的に運営できる業務体制への見直しが必要です。

ベテランは多いのですが、先端技術を前提に要件定義や業務再設計ができる人材は限られています。だから、単にツールを入れる話では終わらないと思っていました。

佐藤 淳也 株式会社大和証券グループ本社 執行役員 IT・オペレーション担当

佐藤 淳也 株式会社大和証券グループ本社 執行役員 IT・オペレーション担当
1998年大和証券入社。2008年より経営企画部にて戦略企画・組織運営を長年にわたり経験した後、IT部門にて基幹系システムを担当。2026年よりIT・オペレーション担当として、大和証券グループのデジタル戦略および業務変革を推進している。

早竹:フロントオフィスは「何に使えばよいか」のイメージを持ちやすい領域です。一方で、バックオフィスは業務知識が厚い反面、ビジネスプロセス全体を見渡して、デジタルの力でどう変えるかという議論が起きにくい構造があります。佐藤さんの問題意識は、まさにそこだったと思います。私自身、2018年頃から大和証券様と継続的に向き合ってきました。その中で今回のご相談を受けたとき、必要なのはAIの一般論ではなく、現場の方々が自分たちの未来の仕事として受け止められる体験だと感じました。そこでAECをご紹介し、下川につないだのが起点でした。

——なぜ、最初の答えがAECだったでしょうか。

下川:課題がバックオフィスにあるときほど、効率化がテーマになりがちです。その状態では、資料を一方的に見せるだけでは現場の方々の心は動きません。自分の業務がどう変わるのかを、自分の言葉で語れる状態まで持っていく必要があります。AECが向いていると考えたのは、そのためです。

早竹:新しい技術は、ともすると現場から「仕事を奪うもの」「負担を増やすもの」に見えます。だからこそ、AIは自分たちの未来を明るくする道具だと実感していただく必要がありました。体験型が必要だと考えた理由はそこにあります。

早竹 裕士 合同会社デロイト トーマツ パートナー

早竹 裕士 合同会社デロイト トーマツ パートナー
金融系システムベンダー、大手監査法人の金融アドバイザリー部門を経て2018年より現職。銀行・証券・保険・カード会社等に対する中長期戦略立案、新商品・新サービス開発、デジタル施策立案・遂行、経営管理、財務/非財務リスク管理、データマネジメント等の支援業務に従事。

下川:Webにも資料にも、生成AIの情報はもう十分にあります。ただ、それだけだと「分かったつもり」で止まってしまいます。紙芝居と、実際に動く画面を見て、自社のプロセスに当てはめる体験では、理解の深さがまったく違います。AECは、こちらが一方的に説明する場ではありません。お客様の課題に合わせて体験内容を徹底的に作り込みます。今回も大和証券様の業務をテーマにしたからこそ、「AIで何ができるか」ではなく「自社では何を変えるべきか」という議論に進めました。

佐藤氏:実際、最初はここまで具体的な体験になるとは思っていませんでした。ただ、一般論を聞くだけでは社内も動きません。自分たちの業務に置き換わった状態で見られることに価値があると、途中からはっきり感じました。

——その体験を成立させるために、何を準備したのでしょうか。

佐藤氏:正直に言うと、最初からここまで情報を出す前提ではありませんでした。ただ、やるなら本気でやらないと意味がありません。現場に協力してもらうには、トップの発信だけでは足りず、部長・課長クラスにまず意義を腹落ちしてもらう必要がありました。今回はリテール側とホールセール側のオペレーション部門が関わりましたが、両部門では抱えている課題や業務の前提が異なっていました。そのため、共通のテーマを一律に当てはめるのではなく、部門ごとに異なる課題を正しく理解したうえで、最適なアプローチを検討しなければいけませんでした。各部門が別々の視点やテーマを持つ中でも、それぞれを独立して進めるのではなく、全体として整合の取れた取り組みとするために、社内調整はかなり重要でした。

下川:事前準備では、業務の棚卸し、プロセスの可視化、帳票サンプルの共有、判断の流れの確認まで、本当に多くの情報を提供してくださいました。そこまで協力いただけると、当日に持ち帰れるものがまったく変わります。一般論のデモではなく、自社の次の一歩になるからです。情報を開示していただくほど、体験の精度は上がります。精度が上がれば、その後に実装や運用へ進む段階でもブレが小さくなります。AECの価値は当日の演出ではなく、その後の動きやすさまで含めて設計できる点にあります。

下川 憲一 合同会社デロイト トーマツ パートナー

下川 憲一 合同会社デロイト トーマツ パートナー
総合商社、サービス業、メディア業、通信業等など幅広い業界に対して15年以上の支援を行っている。中期経営戦略、事業戦略、新規事業開発などの戦略立案プロジェクト、業務改革、組織構造変革と連動したコスト低減、自動化推進プロジェクトを数多く手がけている。また、近年は生成AIとデジタルツールを組み合わせた業務の効率化に取り組んでいる。戦略・計画立案だけでなく、実行サポートの経験も豊富。

早竹:複数部門に跨る場合、間に立って取りまとめてくださる方の存在は極めて重要です。今回は佐藤さんが整理してくださったから、一つのストーリーとして体験を設計できました。そこがなければ、Day1もDay2も部門ごとに別々の議論になっていたはずです。

——Day1とDay2はどのように行われたのですか。

下川:Day1では、AIツールの全体像をお見せしたうえで、活用の方向性を議論しました。その中では、費用対効果を考えてRPAをおすすめした場面もあります。AIを業務に導入さえすれば、課題は解決できる、という期待を一度ほどくことが必要でした。

早竹:現場には、「システム部門に頼むと待ち時間が長い。それならAIで今すぐ何とかしたい」という切実さがあります。その感覚自体は自然です。ただ、AIとRPAではコストも向き不向きも違います。そこを正しく理解することが、むしろ実装への近道でした。

佐藤氏:実際に業務を洗い出してみると、定型処理はRPAの方が速く、安く、確実なものも多いと分かりました。Day1で期待値が現実に近づいたこと自体が、大きな収穫だったと思います。

下川:そのうえでDay2では、大和証券様の実際のプロセスに合わせたモックアップをお見せしました。すると反応はまったく変わりました。「なるほど、こう使うのか」という納得感が一気に高まりました。

佐藤氏:そこは本当に大きかったです。一般論ではなく、自分たちの業務に沿った画面として見られたので、何ができて何が難しいのかが腹落ちしました。現場にとっては、そこで初めて「AIをどう業務に入れるか」を具体的に考えられるようになったと思います。

下川:座学だと「ふーん」で終わりますが、自分の業務になると質問の精度が上がります。追加ケースではどうするのか、ルールを変えたいときはどうするのか、実装を前提にした会話へ変わっていきます。そこが体験の強さです。

——AIの本当の出番は、どこにあったのでしょうか。

佐藤氏:今回いちばん手応えがあったのは、紙の入り口です。バックオフィスには、帳票、手書きコメント、修正指示などがまだ多く残っています。昔のOCRは枠指定が前提でしたが、今のAI-OCRは文脈を踏まえてかなり読めるようになっていると感じました。

下川:読み込めないと、その先のデジタル処理に進めません。だから入り口をデジタル化できる意味は大きいです。構造化されたシステムデータより、その前段の紙、PDF、メモ、コメントのような非構造化データを滑らかにつなげられるのが、いまのAIの強みです。

佐藤氏:ただ、今回よく分かったのは、AIに何をさせるかから入ると難しいということです。バックオフィスは正確性要求が高く、業務の分岐や判断も複雑です。どこを標準化し、どこをAIやRPA、既存システムで担うのかを、業務課題から考えないといけません。

早竹:一見すると非効率に見える工程でも、現場では確実性の担保として残っている場合があります。だから、部分最適でAIを差し込むだけでは足りません。プロセス全体を見ないと、AIが効く箇所と別技術で支えるべき箇所は判断できません。

——AI導入はベンダー選定だけでは済まないのでしょうか。

佐藤氏:私は今回、AI単体の導入というより、業務プロセス全体をどう分類し、どこに生成AIを使い、どこにRPAや既存システムを使うのかを再設計する必要があると強く感じました。BPRを含めて伴走していただく領域が、まさに必要だと思っています。実際、今回の体験では、業務整理の仕方や業務の断捨離の仕方そのものにも学びがありました。こういうフレームで整理すればよいのか、こういう順番で論点を出せばよいのか、という進め方のイメージを持てたことも大きかったです。

早竹:単体のベンダーは、自社プロダクトの導入には強みがあります。ただ、業務再設計、人材育成、組織の役割分担、リスクやガバナンスまでを横断して見るとなると、どうしても射程が限られます。AI導入が難しいのは、ツールの問題である以上に、経営と現場の接続の問題だからです。

下川:デロイト トーマツの場合、AIのチームだけではなく、複数チームがコラボレーションすることで「オペレーション、業界知見、エコシステム、実装支援」までをまたいで設計できます。AECは入口ですが、入口で終わりません。課題が明確であればあるほど、その先の設計、実装、トランジションまで一気通貫で支援できます。今回は主に効率化の文脈でしたが、テーマが顧客接点や提案高度化の側に広がれば、金融業界の知見やリスク・ガバナンスの論点はさらに重くなります。サービスの知見とインダストリーの知見をまたいで体制を組むことが、実際のAI導入では効果を発揮します。

早竹:特に金融・証券では、顧客情報をどこまで扱えるのか、法人関係情報や機微情報を含む会話データをどう守るのか、AIが誤った判断をしたときに責任をどう置くのか、といった論点があります。そこは技術の話だけでは済みません。業界特有のリスクとガバナンスを理解したうえで進める必要があります。

——AIを前提にすると、組織はどこまで変わるのでしょうか。

佐藤氏:弊社では以前から「デジタルITマスター」という形で、各部から人材を募って育成する取り組みを進めてきました。ただ、フロントオフィスに比べると、バックオフィスの人材育成はまだ十分ではありません。今回の体験で、そこが本当の課題だと改めて見えました。AIを体験して分かったのは、AIありきで業務を探すのではなく、AIがある前提で人とシステムの役割を組み替える必要があるということです。どこを人が担い、どこをAIが担い、どこを既存システムで支えるのか。そこまで考えないと、組織は変わりません。

下川:たとえばAIが受付、読解、分類、一次整理までを担うなら、人は例外判断や最終確認に集中できます。そうなると、変わるのは作業量だけではなく、役割の置き方です。評価、責任、教育の設計まで含めて見直す必要があります。

早竹:AIを使って成果が出たときに、使った人、AIモデルを作った人の他に、効果的な学習元情報を作った人をどのように評価すればよいのかという論点もあります。逆に、AIを導入したことでミスが起きたとき、責任の所在をどう考えるのかという問題も出てきます。AI導入は、業務改革であると同時に、組織設計のテーマでもあります。

佐藤氏:バックオフィスはこれまで、決められたプロセスをいかに正確に回すかが主眼でした。自分たちで開発し、自分たちで業務を変えるというカルチャーは、まだこれからです。だからこそ、体験を通じて具体像を持つことが必要でした。すぐに市民開発で自走できるかというと、そこまで単純ではありません。外部の知見を借りながら具体的な業務イメージを持ち、そのうえで社内人材を育てていく。この順番が現実的だと思っています。

質問に答える佐藤氏と佐藤氏を見つめる早竹と下川。

——AIは守りか、攻めか。

佐藤氏:バックオフィスから見ると、まずは守りの意味があります。人材構成や働き方が変化していくなかで10年後、20年後の業務継続を支えるためです。ただ、それだけではありません。効率化によって生まれた余力を、より付加価値の高い領域へ振り向けることもできます。たとえばバックオフィスの効率化が進めば、そこから生まれた力をフロントオフィスの提案力強化に回すことができます。最終的に重要なのは、お客様へのコンサルティングの質をどう上げるかです。そこにつながるなら、AIは単なるコスト削減策ではありません。

早竹:金融の世界では、資産形成層の拡大とニーズの多様化が一気に進んでいます。人だけで対応し切ることは難しくなっていますし、他の金融機関や非金融プレイヤーもAIを使った提案力の強化に動いています。人とデジタルのベストミックスで差別化できるかどうかは、明らかに攻めのテーマです。

下川:その意味で、AIは守りと攻めの両方です。守りだけで語ると、人を減らすための議論に閉じてしまいますが、それでは経営テーマとしては弱い。AIを使って何を伸ばすのか、どんな価値をつくるのか攻めの議論まで広がって、本当の導入になります。

——コストか、投資か。そしてAECは何を起点にするのでしょうか。

佐藤氏:AIやITは、日本ではどうしてもコストとして見られがちです。ただ、私たちが目指しているのは中期経営計画で掲げているお客様の資産価値最大化です。そのために、お客様一人ひとりのニーズに沿った形でAIを使いこなし、より質の高い提案につなげられるなら、それは収益機会創出にもつながる投資として捉えるべきだと思っています。もちろん効率化は重要です。ただ、効率化そのものが目的ではありません。人だけでは対応し切れない広がりと複雑さがあるから、テクノロジーを活用する。そこで生まれた余力をどうお客様価値に変えるかまで含めて考える必要があります。

下川:AECは、何かのパッケージを売るための場ではありません。体験を通じて、お客様の思考のレベルを一段、二段押し上げる場です。自社の文脈で「何を変えるべきか」が見えれば、その先の実装や運用の議論が現実味を持ちます。今回、AECでは特定のツールを固定で押し込む考え方は取りませんでした。大和証券様が社内で使っている環境に持ち帰れる形を考えることが重要だからです。既存環境も含めて最適な組み合わせを考えられることが、体験を実装につなぐうえでは大きいと思います。

早竹:AI導入は、もはやベンダー選定だけでは済みません。業務、組織、リスク、業界特性まで含めて、何をどう変えるかを描く必要があります。その意味で、AECは単なるショーケースではなく、実装の起点です。デロイト トーマツの強みは、その起点を、業務改革と組織変革の実行にまでつなげられることにあると思います。

佐藤氏:まずは、AIに何をさせるかではなく、どんな業務課題を解きたいのかを明確にすることだと思います。そのうえで、七割でもよいので一度体験してみる。体験して初めて、何を変えるべきかが見えてきます。

体験の価値は、AIの機能を知ることにとどまらない。自社の業務をテーマに、守りと攻めをどう両立させるか、コストではなく投資として何を変えるべきかを具体化できる点にある。そして、その議論はツール選定では完結しない。業務、組織、人材、ガバナンスまでを一体で見直し、体験から実装へつなげるところまで伴走できることに、AECを起点とするデロイト トーマツの強みがある。

リラックスした様子で話す佐藤氏、早竹、下川の3人。

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