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N=1の「深層」をコピーする──AI Garden labが変える意思決定のかたち

・従来のリサーチでは到達できなかった「個人の深層」を構造化し、N=1インタビューを何度でも実施できるクローンを作成可能になった。

・施策検討からクリエイティブ生成、反応検証まで、高速でPDCAを回せる事前シミュレーションが実現し、意思決定の質と速度が大きく向上する。

・AI Garden labは、単なるクローン生成ツールではなく、「なぜクローンを作るのか」「どう活用するのか」といった上流設計から、目的に応じたクローン生成、実行・検証まで一貫して支援する。ターゲット定義から活用まで伴走し、クライアントワークの質を高める、デロイトらしさが発揮されるアセットである。

企業が顧客を理解しようとするとき、最初に行うのはマーケティングリサーチである。定性調査、定量調査、オープンデータの活用、覆面調査。教科書的には、この四つの手法を組み合わせることで「顧客像」を描けるとされてきた。

しかし現場では、得られるのは「表層の理解」に留まっているのではないかという疑念が残る。たとえば新商品の開発時、調査では好意的な反応が得られても、実際に市場投入すると売上が伸びない。こうしたギャップは、従来のリサーチ手法では本音や深層心理に届きにくい構造が原因ではないかと、AI Garden labの開発をリードするデロイト トーマツの山名一史は語る。

AI Garden labは、人の個性・深層心理を再現したAIエージェント集団の構築により、顧客やユーザーの反応予測を可能にするサービスだ。これまでの構造的なリサーチ手法を補完するために設計された。技術的には「AIクローン」と呼ばれるが、単に口調や話し方を模倣するものではない。対象個人の人生経験や価値観、判断の癖まで再現し、何度でも対話できる「N=1の思考モデル」を構築することが狙いである。

なぜ「AIクローン」なのか──山名が見ていた現場の限界

定性調査は個々の声を深く掘り下げられるが、対象者数に限界がある。グループインタビューでは一部の発言者に議論が偏りがちで、定量調査は「なぜそう答えたのか」という理由までは明らかにできない。さらに、海外市場の調査では、現地調査会社を介することで、質問のニュアンスが伝わりにくいという課題もある。

何より、人は自分の無意識や深層心理をうまく言語化できない。設問には一応の答えを返すが、その背後には本人も自覚していない前提や動機が潜んでいる。

従来のリサーチ手法には、時間的制約・言語的制約・心理的バイアスという三つの壁があり、表層のインサイトしか得られない。こうした限界を乗り越えるためにAI Garden labが生まれた、と山名は語る。

山名 一史 合同会社デロイト トーマツ シニアスペシャリストリード

AI Garden lab の設計思想──「口調」ではなく「中身」を再現する

世の中には、「AI社長」や「AI◯◯さん」といった、人物の口調や語尾を真似てそれらしく会話するサービスが増えている。エンターテインメントとしては魅力があるものの、山名はそこに強い限界を感じていた。

「AIが“それっぽく”話すこと自体には、そこまで価値はありません。意思決定や仮説検証の文脈で重要なのは、その人が何を前提に考え、どういった理由で答えにたどり着くのか、という部分にあります」と山名は言う。

AI Garden lab のAIクローンは、人格の模倣ではなく、認知と価値観の構造の再現を目指して設計されている。この思想を具現化するため、構造化インタビューやエキスパートリフレクション(専門家による解釈の工程)が導入されている。

構造化インタビュー──「その人」を形づくる背景や価値観を深掘りする

AI Garden lab でAIクローンを構築する際は、まず対象となる実在の個人に対して構造化インタビューを実施する。先行研究で使われる手法を参考に設計されている。

インタビューでは、子ども時代の経験、家族や価値観に影響を与えた人物、学生時代や社会人になってからの転機や挫折、現在の生活状況、健康や将来の不安、政治観・社会観・日常生活で重視していることなど、幅広い領域を掘り下げる。

これらのテーマは一見「遠回り」に思えるが、意思決定の前提となる要素が集約されている。たとえば、健康状態や家族の状況によって、サービスへの期待や消費行動が大きく異なる。政治や経済への見方も「何にリスクを感じるか」に影響する。

AI Garden labは、インタビューを通じて個々人の判断や価値観の背景となる要素を丁寧に抽出する。さらに、クライアントが知りたい目的や活用分野に応じて、自動車、保険、食品など、関連する領域ごとの質問も追加で聞くことで、より精度の高いAIクローンを生成している。

エキスパートリフレクション──生データをもとに「思考モデル」を明らかにする

AI Garden labでは、生データを一度、専門家の役割を与えられたAI(専門家AI)が解釈し直す「エキスパートリフレクション」という工程を挟んでいる。

ここでは、心理学、経済学、組織行動論、消費者行動論など、複数の専門家AIが、対象者の発言を多角的に読み解き、そこに現れている価値観や性格、判断基準をメタ情報として付与する。どのような専門家構成でリフレクションを行うかは、クライアントが直面する課題や業界特性に応じて設計されている。

たとえば、子ども時代の経験が「対人リスクを避ける傾向」や「困難に対する耐性」につながっているのか、金銭感覚やキャリア観がどの程度「安定志向」なのか、といった解釈を加える。

近年のAI研究や実務の現場では、生データのみをRAG等で参照させるだけでは、クローンが個人の思考形式や価値観を十分に再現できない可能性が指摘されている。専門家AIによるリフレクションを挟むことで、クローンが単なる発言の模倣ではなく、個人の認知や価値観の構造を反映した応答を生成できるようにする――これがAI Garden labの設計思想である。

AI Garden labのAIクローンは、構造化インタビューのテキストと、エキスパートリフレクションによるメタ情報の両方をもとに、「この質問に対して、この人ならどう答える可能性が高いか」を推定する。その際に重視されるのは、表面的な発言ではなく、「その人の思考や価値観の構造」である。

「なぜその答えになるのか」まで語るAIクローン

AI Garden labのデモでは、健康に関する質問に対してAIクローンが回答する様子が見られる。「AIや最新技術で自分専用の健康アドバイスが受けられるとしたら、何を相談したいか」という問いに、AIクローンはそれぞれ長文で応じる。

たとえば、慢性的な頭痛や体力低下、ホルモンバランスの変化など、個々の関心や課題に基づいた具体的な相談内容が挙げられる。

興味深いのは、AIクローンが回答とともに「なぜその答えになったのか」という理由まであわせて言語化する点である。過去の病歴やストレス体験、自身の合理性志向など、複数の要素を組み合わせて、回答の背景を自ら説明する。

同じ問いを人間に投げかけても、ここまで明確に理由を説明できるとは限らない。「なんとなく」「そういう性格だから」といった曖昧な言葉で終わることも多い。AI Garden labのAIクローンは、インタビューとリフレクションにもとづき、「その人の思考過程」を再構成し、それを回答として返す。

従来のリサーチでは、こうした深層部分にはほとんどアクセスできていなかった。AI Garden labは、「本人では言語化しづらい部分まで説明するAIクローン」という、一見逆説的な存在を生み出そうとしている。

“一度きりの調査”から“反復できるシミュレーション”へ

AI Garden labの導入により、最初に変革がもたらされるのはマーケティングの検証プロセスである。

従来、企業は新しい施策案を考えてクリエイティブを制作し、テストマーケティングや調査を実施していた。その結果を踏まえて修正を加え、必要に応じて追加の調査を行う。しかし現実的に、このサイクルを何度も回すことは難しかった。

AI Garden labでは、この一連のプロセスを“ほぼ自動で”何十回、何百回と繰り返すことができる。生成AIによって多数のクリエイティブ案を作成し、それらをターゲットとなるAIクローンに提示し、その反応を評価し、施策案を修正する。こうしたPDCAサイクルを、物理的な調査の手配なしに高頻度で回すことが可能となる。

これは、施策の事前シミュレーション環境を企業内に持つことに近い。実際の顧客に施策を提示する前に、想定ターゲットのAIクローンで徹底的に壁打ちを行うことができる。しかも、そのAIクローンは「平均的な属性」ではなく、深層まで掘り下げたN=1の思考モデルである。

AI Garden labが目指すのは、「時間や回数の制約を受けず、自由に検証や質問を繰り返せる場」を社内に常設することだ。担当者は、仮説や着眼点を何度でも試行できるため、リサーチ力や学習意欲の向上にもつながる。

富裕層・役員・専門家──統計から漏れがちな層をどう扱うか

AI Garden labが持つ可能性の中でも、特に注目されるのが、従来の調査ではアクセスが困難だった層へのアプローチである。

統計学的に、所得上位1パーセントの富裕層は国勢調査などのデータから漏れやすいとされている。彼らはアンケートや調査に協力しないことが多く、にもかかわらず消費や投資への影響は非常に大きい。AI Garden labでは、富裕層と関係の深い業界と連携し、インタビューとクローン構築によってこの層への理解を深める可能性を模索している。

同じ構図は、社内の役員や専門家にも当てはまる。多忙な役員に何度も時間を割いてもらうのは難しいが、その判断の癖や着眼点といった暗黙知は、経営にとって極めて重要な資産である。量子コンピューティングやコンサルティング手法など、高度な専門領域の知識も、調査やヒアリングによる深掘りが難しいという点で同様の課題を抱えている。

AI Garden labでは、こうした人物への構造化インタビューと既存のレポートなどの形式知を組み合わせることで、「専門家クローン」や「役員クローン」を構築する取り組みを開始している。これにより、限られた時間しか確保できない人物の“判断能力”を社内で共有し、再利用可能にすることを目指している。

デロイト トーマツが担う「上流」の役割──どのN=1をつくるのか

AI Garden labの導入において最も重要なのは、「どのN=1をクローン化するか」というターゲット定義である。

まずマス向けリサーチで大まかなセグメントを設定し、その中から代表となる人物を選んでAIクローンを作成する。しかし、この時点での判断が曖昧だと、どれほどシミュレーションを繰り返しても「平均的だが退屈な答え」しか得られない。

山名は、「このリサーチ設計はツールベンダーの仕事ではなく、業界や事業構造への深い知見を持つコンサルティングファームが担うべき役割」と位置づける。デロイト トーマツでは、「コンシューマー」や「金融サービス」などのインダストリーチーム、「人事」、「マーケティング」、「経営企画」などのオファリングチーム、そしてAI開発チームが連携した混成チームでプロジェクトを推進している。

意思決定は「試してから」ではなく、「試す前に」変えられるか

AI Garden labが目指すのは、単なるマーケティングの高度化にとどまらない。

商品やサービスの企画、IR戦略、社内制度の設計など、企業のあらゆる意思決定の場面で「仮説や経験則だけに頼らないための基盤」を構築することにある。AIクローンを活用することで、ターゲットの深層心理や価値観を把握し、各種施策を事前にシミュレーションできる。その上で、最終的な意思決定は人間が担う。

山名は、「AI Garden labの登場によって、人間の仕事の重心はより上流工程へとシフトしていきます」と語る。どのセグメントを狙うのか、どのN=1を選定するのか、クローンから得られるインサイトをどう戦略に生かすのか──こうした判断はAIではなく、人間が担うべき領域だ。

企業の意思決定は、どこまで事前にシミュレーション可能なのか。AI Garden labは、その問いに対する一つの答えとして、すでに実装が始まっている。「顧客の声を聞く」という行為自体の意味が、今まさに書き換えられつつある。

インタビュー

山名 一史
合同会社デロイト トーマツ シニアスペシャリストリード

※このページの内容は2026年2月時点のものです。