金融庁の金融審議会ワーキング・グループの報告を踏まえ、サステナビリティ基準委員会(SSBJ)基準による制度開示と第三者保証が、時価総額に応じて段階的に義務化されます。任意開示の延長とは本質的に異なる、法的責任を伴う「サステナビリティ関連財務開示」を前に、いま経営は何を問われているのか──。有限責任監査法人トーマツでサステナビリティ保証を統括する飯塚智、後藤知弘の2人に、制度対応を経営変革と企業価値向上の契機に転じるための論点を聞きます。
サステナビリティ情報の制度開示を前に、すでに「準備フェーズ」を抜けつつある企業が増えています。2025年12月にデロイト トーマツ グループが公表した「ESGデータの収集・開示に係るサーベイ2025」によれば、すでに具体的な対応に着手している企業は43%と、1年前の25%から大幅に増え、実行フェーズに移りつつあることがうかがえます。
対応の内容としては、「SSBJやISSB(国際サステナビリティ基準審議会)の開示要求事項と自社の現状とのギャップ分析」と回答する企業が多くなっています。SSBJ基準による2027年3月期の初年度開示は気候関連開示のみという経過措置が適用されるため、「温室効果ガスに関する算定等にフォーカスしている企業が多いようです」と、デロイトトーマツグループ Sustainability & Climate Virtual Business Unitのリーダーの1人である飯塚智は語ります。
ただし、43%という数字を「順調」と読み解くのは早計です。残る半数以上の企業がまだスタートを切れていないうえに、動き出した企業ですら、自分たちが何を問われているのかの解像度はまちまちだからです。
ここで肝心なのが、任意開示と制度開示の質的な違いです。任意開示では、開示する媒体も基準も粒度も企業の裁量に委ねられてきました。それが有価証券報告書という法定開示書類に組み込まれ、SSBJ基準という共通の物差しに一本化されます。「開示のタイミングも、これまでは企業によってばらばらでしたが、有価証券報告書に記載することになるので、決算期が同じ企業なら同じタイミングで開示され、その点でも簡単に比較できます」と、トーマツ サステナビリティ保証推進部長の後藤知弘は指摘します。
比較可能性が一気に上がるということは、自社の開示が他社のそれと並べて読まれるということです。機関投資家は、投資判断・エンゲージメント・議決権行使のインプットとして、それを使い始めます。そして制度開示には、金融商品取引法上の虚偽記載責任が伴います。
飯塚は、制度開示の正式名称が「サステナビリティ関連財務開示」であることを強調します。「求められるのはサステナビリティ関連の重要なリスクと機会に係る財務的影響を経営戦略と連動させた開示であり、端的に言えば経営戦略の中の重要な要素であるサステナビリティ関連事項の開示なのです」。任意開示時代の延長で、“自由演技”のごとく「自ら開示したい情報を開示する」発想では、到底通用しません。問われているのは、自社の経営戦略そのものを語る覚悟です。
では、義務化はいつから始まるのか。金融庁の開示府令改正案で示された段階適用は、東証プライム市場の時価総額3兆円以上が2027年3月期、1兆円以上3兆円未満が2028年3月期、5,000億円以上1兆円未満が2029年3月期と、規模に応じて1年ずつずれていく構造になっています(時価総額5,000億円未満は時期未定)。
最も早く動き出す時価総額3兆円以上の企業群では、すでに2028年3月期からの保証取得を含めて対応が進んでいます。「保証人である我々は、制度開示初年度である27年3月期の情報を見ながら保証業務を実施することになりますので、開示初年度と2年目で何らかの齟齬が生じないよう、企業側としては、あらかじめ留意する必要があります」と、後藤は説明します。
さらに注意しておきたいのは、「自社の成長戦略が実現したとき、時価総額5,000億円以上に達する可能性のある企業は、サステナビリティ情報の開示・保証を成長戦略の中に組み込んでおく必要がある」と、後藤が指摘している点です。義務化対象に「いずれ入る」企業まで含めて、開示・保証を企業価値創造の文脈で位置づけ直す視座が求められているわけです。
保証水準は、当面、限定的保証から始まります。当初2年間は、保証範囲もガバナンス、リスク管理及び温室効果ガスのScope1・2に限定される見通しです。財務諸表に例えるなら、限定的保証は四半期レビューに、合理的保証は年度決算の会計監査に相当します。
ただし、限定的保証だから軽い、とは限りません。「内部統制の仕組みの整備やシステム導入はこれからという企業も多く、そうした企業にとっては限定的保証といえども実施手続きにかかる工数は少なくありません」と、後藤は注意を促します。
Scope3排出量については社内手続が適切に説明されていれば虚偽記載責任の対象外とする「セーフハーバー・ルール」が適用される見込みで、適用初年度とその翌年度はサステナビリティ関連記載を後発的に訂正報告書で補完できる「二段階開示」も予定されています。とはいえ、これらは整備すべきものを整備しない言い訳にはなりません。バリューチェーンが長い企業ほど、また連結対象の子会社が多い企業ほど、準備にかかる時間は膨らみます。逆算すれば、予算措置や組織設計の実質的なスタートラインはすでに過ぎていると捉えたほうがよさそうです。
では、その準備をどう進めるか。後藤が真っ先に挙げるのは「全社横断プロジェクト化」です。サステナビリティ推進部門だけで保証取得対応を進めるのは難しく、全社的なプロジェクトとして推進することが最も重要だ、というのが後藤が繰り返し述べる認識です。
「中長期的な成長戦略や財務報告と密接に関わる点では経営企画部門や財務・経理部門、データの収集・集計・一元管理の基盤整備という点ではIT部門、ステークホルダーへの情報開示という点からはIR部門といったように、さまざまな部門が連携してプロジェクトを推進することが大事です」(後藤)。
そして、全社横断連携の要は経営層にあります。後藤はこう続けます。「全社横断の組織連携の要となるのは、経営層です。内部統制や財務・経理を司るCFO、戦略を司るCSO、そしてIR担当役員が連携し、その上に立つCEOが経営マターとしてプロジェクトを動かすことが必要です」。トップマネジメントが「サステナビリティ開示は経営マターである」と社内に発信している企業ほど、各拠点での意識づけが進み、非財務情報の収集がスムーズに進む傾向があるといいます。
実務の最前線では、財務・経理部門との連携が成否を左右します。会計監査とサステナビリティ保証は、リスクアプローチを採用する点、企業の内外環境や内部統制を理解する点で深く重なります。財務・経理部門が長年蓄積してきたデータ収集・集計、内部統制、制度開示、投資家対話のノウハウは、そのままサステナビリティ開示・保証にも転用できる経営資産です。
一方で、会計監査とサステナビリティ保証には違いもあります。飯塚は、保証実務の難所をこう表現します。「会社が識別したサステナビリティ関連の重要なリスクと機会を検討するには、サステナビリティ戦略、経営戦略をより十分に理解する必要があります。そこは、会計監査と差が出てきます」。
また、会計監査の対象である財務諸表は、取引ベースの定量情報が中心です。これに対しサステナビリティ情報は、定性的・記述的な情報や、中長期的な将来予測的な数値が混在します。たとえばScope3排出量は推計の幅が大きく、企業側にとっても算定しづらく、保証側にとっても判断の難所となります。だからこそ、合理的で適切なプロセスを踏んでいれば、事後の数値変動や誤りの判明があっても虚偽記載責任の対象外とする「セーフハーバー・ルール」が制度設計に組み込まれているわけです。
押さえておくべきは、社内手続きの適切性が前提条件であるという点です。当面の限定的保証の段階から、合理的保証を射程に入れながら内部統制を設計しておくこと。それが、後の二度手間と駆け込み対応を防ぐためにも効果的と言えるでしょう。
第三者保証の実務者である保証人を、企業はどういう視点で選べばいいのでしょうか。飯塚がその要点としてアドバイスするのは、「財務情報とサステナビリティ情報のコネクティビティ(密接なつながり)」です。
「財務諸表監査人がサステナビリティ保証業務を担うことで、効率的かつ効果的に業務を実施することができます」と、飯塚は述べます。トーマツでも、同一クライアントの財務諸表監査チームが保証を担うことを基本スタンスに据え、「グローバル×グループ総合力×インダストリー」の3軸で、助言から保証までの一気通貫の体制を組んでいます。
デロイト トーマツのグループ横断組織「Sustainability & Climate Virtual Business Unit」には500人以上の専門家が集まり、戦略から開示までをワンストップで支援します。そこには、インダストリーごとのドメイン知識が豊富なメンバーも加わっています。そして、各国で異なる規制には、海外のデロイトの専門家たちと連携して対応します。
人財開発の面での備えも進んでいます。すべての監査業務従事者にサステナビリティ保証の知見と経験を持たせる人財育成を最優先事項として推進し、日本公認会計士協会(JICPA)の「JICPAサステナビリティ専門プログラム」と連動させたトレーニングを実施しています。また、サステナビリティ領域の中核人財を全国横断でプーリングし、実践型の育成を支える人財プラットフォームも構築しています。会計士の人財像そのものが、アップデートされつつあるのです。
ここまで見てきたように、制度開示と第三者保証は、技術論や実務論にとどまる話ではありません。経営戦略そのものを問い直す契機なのです。
飯塚は、「サステナビリティ関連財務開示」の核心を、財務、製造、知的、人的、社会・関係、自然の6つの資本に置きます。「6つの経営資本を具体的にどう使っていくのか、これを財務的影響の文脈で捉えていくことにより、中長期視点での企業価値向上のストーリーが明確になります」。
裏を返せば、制度準拠の体裁だけを整えても6つの資本の動きを語れない開示は、投資家との深い対話を生みせん。一方、自社の経営資本を企業価値に転換する一貫したストーリーを語れる開示は、投資家とのエンゲージメントを深め、取引先からの選好にも効いてきます。
飯塚は、実務責任者に向けてこう語ります。「サステナビリティ情報は、経営判断として利用される重要な情報であるため、年1回の外部発信のためだけではなく、月次や四半期等で経営情報として利用するための仕組み、情報収集プロセスの高度化を目指していただきたいと思います」。開示のためにデータを集める発想から、データを起点としたサステナビリティ経営へ。制度対応はその変革のための規律として機能します。
そして経営層に向けては、「この制度開示をトリガーに、サステナビリティ経営の実装や磨き上げの契機としていただくことを期待します」と飯塚は呼びかけます。
後藤の見解も、これに重なります。「日頃、いろいろな企業と接する中で、企業価値向上に向けたサステナビリティ経営の重要性を認識する例が増えており、変革の予兆は感じられます。だからこそ、サステナビリティ開示と保証取得を単なる制度対応に終わらせず、変革に向けて組織全体を動かすチャンスと捉え、動き始めてほしいと思います」。
義務化直前の今、経営が問われているのは、新しい開示書類を作成する能力ではなく、サステナビリティを経営の中心に据える構えと、そこに至る意思決定および行動の変革です。動き出すべき時期は、もう来ています。
※ 本記事の内容や出演者の所属は公開時点(2026年6月)のものです。