AIやDX推進で業務構造が急速に変化する今、企業は「導入済み」だけでは生き残れません。今回は、経済産業省の報告が示すデジタル人材像と、デロイト トーマツが発表した「生成AI活用調査」から見えてきた課題、そして実際に文化として定着させている好事例をご紹介します。
デジタル化に本気な企業を見極め、その視点をどのように個人のキャリアに生かすことができるのか、改めて考えてみたいと思います。
2025年5月、経済産業省は「『Society5.0時代のデジタル人材育成に関する検討会』報告書:スキルベースの人材育成を目指して」(METI/経済産業省)を公表しました。ここで示されたのは、単なるIT技術の保有者ではない「スキルベースのデジタル人材」という新たな人材像です。これは、急速に変化する社会・産業構造に柔軟に対応し、課題解決や新たな価値創出を担える人材を意味します。
背景には、AIやDX(デジタルトランスフォーメーション)の進展に伴う業務構造の変化があります。従来の職務や業務フローが急速にデジタルに置き換わっていく中、企業はそれらに対応できるスキルを持つ人材を求めています。しかし、報告書によれば、日本企業の人材投資(OJT以外)は先進国の中でも極めて低い水準にとどまっており、さらに個人においても社外学習や自己啓発を行わない人の割合が諸外国と比べて突出して高いという厳しい現状が示されています。つまり日本は「企業は人に投資せず、個人も学ばない」という二重の課題を抱えている状態であるとされているのです。
こうした状況を打開するため、報告書では「個人が継続的に学び、スキルを可視化しながらキャリアを設計していく」ことの重要性を強調しています。スキルの可視化とは、資格や研修履歴、プロジェクト経験などを明確に記録し、社内外で共有できる状態にすることです。これにより、企業は適切な人材配置や育成計画を立てやすくなり、個人は自身の市場価値を把握し、キャリア選択の幅を広げることができます。
このように、企業側も変化への対応を迫られています。求められるのは単なるITスキル保持者ではなく、課題解決力や新規事業創出力、異分野連携力など、変革を推進できる総合的な能力を備えた人材です。報告書は、企業がこうした人材育成への投資を本格化させる必要性を訴えています。
そして、同年8月にデロイト トーマツが発表した「プライム上場企業における生成AI活用調査」(デロイト トーマツ、プライム上場企業における生成AI活用調査発表~生産性向上実現や収益増を見込む企業が増加、4割が人員の配置転換を実施)では、プライム上場企業の約9割が生成AIを導入済みと回答しています。しかし、導入状況の裏側には大きなギャップが存在します。
実際に社員が日常業務で生成AIを活用している割合はわずか18.5%にとどまり、現場への浸透はまだ十分とは言えません。つまり、「導入済み」という言葉は必ずしも業務改革や成果創出を意味せず、実際にはツールが使われずに眠っているケースも少なくないとのこと。
AIをはじめとするデジタルツールが各企業で存在しても使われない背景には、技術理解やスキル不足、業務プロセスとの不適合など複数の要因があります。経営層が導入を決定しても、現場が活用しやすい環境や文化が整わなければ、効果は限定的になってしまいます。
このことから、企業の「導入済み」という表面的な情報ではなく、実際の活用度や成果、社内文化の成熟度を見極める必要があると考えられます。個々人のキャリア価値を高めるためにもデジタルに対応できるスキルの向上が必要と考えられる今、これは、キャリアを検討する際の企業選びだけでなく、今自分が所属している企業がデジタル技術を本当に活用できる環境を整えられているかなど、その方向性を見直す視点にもつながるのではないでしょうか。
そんな中、デロイト トーマツ グループは、生成AIをはじめとするデジタル活用を「導入」だけで終わらせず、全社的な文化として根付かせるための研修制度や啓発活動を積極的に展開しています。特徴的なのは、職位・勤続年数・所属部門に関係なく、「すべての社職員が日常業務に“自由に”AIやデジタル化を組み込むこと」を推奨している点です。
研修が定期的に行われるだけでなく、各自の実業務に直結したアプリ開発や業務の自動化(Power Automation)を通じて効率化を図り、その成果を部門や法人の枠を越えて共有できる仕組みが整っています。IT経験の有無は関係なく、どんな小さな改善でも「挑戦したこと」自体が価値として認められます。
さらに、どんなに些細なことでも気軽にチャット形式で投稿できるコミュニケーションの場が用意されており、開発途中で壁にぶつかった際には、専門担当者からタイムリーに助言を返してもらえる環境が整っています。こうした垣根のない交流が、単なる操作研修にとどまらず、業務設計や意思決定の質向上にまでつながっているのです。
結果としてこの取り組みは「導入済み」ではなく「自発的に活用できる文化」として根付き、企業力や競争優位性の向上を支えています。
このように、企業の本気度は「デジタル技術を導入しているか」だけでなく、「それらを活用できる支援体制を整えているか」という環境整備や人材育成への姿勢に表れるのではないでしょうか。それを見極める視点を持つことが、キャリア設計の質を大きく左右する可能性もあるかと思います。
今、企業と個人は共に学び合い、変化に強い人材を育てる方向へ舵を切りはじめています。これからの社会で活躍するためには、学びを止めず、変化を恐れず挑戦しつづける姿勢が不可欠であると、さまざまなデータが物語っています。
もし所属先のデジタル化への取り組みが「導入済み」止まりで活用支援が不十分と感じるなら、個人として学び続ける習慣を作る、社内で提案してみる、あるいは外部の学びを取り入れるなど、自ら環境を変える行動も選択肢にしてみてはいかがでしょうか。
表面的な言葉にとどまらず、実際に活用されている事例や社内文化をよく調べ、真に成長できる職場を選ぶこと、そして自分が属する組織を成長させる視点を持つことこそ、長期的なキャリア設計の成功への近道ではないでしょうか。