創薬力強化だけでは、日本の医薬品の未来は支えきれない。本連載第1回では、経済安全保障の観点から、原薬・製造・流通・調剤を含む基盤事業の機能再編の必要性を考える。
日本の医薬品産業は二階層の構造に分かれ、それぞれ取り組むべき課題を抱えている。第一はジェネリック医薬品の安定供給、原薬安定調達、製造の効率化、医薬品卸や調剤薬局を始めとする地域医療への接点といった一連のバリューチェーンの円滑化である。第二は創薬、バイオテクノロジー、再生医療等の次世代モダリティによる成長事業による国際競争力強化、ドラッグラグ・ロスの解消が主要論点である。後者は新たな価値の創出の文脈で注目を集めやすいが、前者の基盤事業は止まった時に初めて重要性が可視化される、電気や水道のようなインフラ的な役割が強い。特に、医薬品は「代替困難・需給の即時性・人命直結」という3点で他産業と異なるうえ、在庫調整だけでは吸収できない構造的特性を有する。そこでいま、日本の医薬品経済安全保障を語る上では成長事業の議論の積み重ねだけではなく、基盤事業の将来展望、すなわち基盤事業の再編を社会インフラ政策として向き合うことが必要である。
図1 医薬品産業の二層構造
新型コロナウイルス感染拡大時、そして2020年頃から立て続けに起こってしまったジェネリック医薬品業界におけるGMP(医薬品及び医薬部外品の製造管理及び品質管理の基準)違反に伴う行政処分の影響から、医薬品の経済安全保障、国内安定供給の必要性が近年明確に示されてきている。実際に、従来の薬事三役(統括製造販売責任者、品質保証責任者、安全管理責任者)に「安定供給体制管理責任者」を加えた四役が義務化されている。
安定確保医薬品等の重要性が高い医薬品に関して、どこか1社の出荷停止、出荷制限が起きると、他のメーカーは増産や代替生産を調整し、医薬品卸は限られた在庫の管理、地域配分に追われ、調剤薬局は処方変更や患者説明の最前線に立たされる。表面上は1品目の欠品に見えても、実態は原薬調達から製造、品質保証、物流、調剤・処方といった連鎖するバリューチェーン全体の問題に波及する。つまり、有事だけではなく平時から供給体制全体を面で設計しておくべき社会インフラである。
足元では、円安、ウクライナとロシア、米国とイランのような紛争にも助長される原材料や包装資材の欠品・高騰、エネルギーコスト増大が低薬価品を中心に収益性を圧迫している。これは単なる企業収益の問題ではない。収益力の低下は、設備投資の先送り、品質保証・品質管理人材の不足、在庫余力の低下を招く懸念があり、ひいては安定供給を揺るがすことにもなりうる。経済安全保障は有事の備蓄や調達先安定化だけではない。平時のコスト上昇に耐えられる供給体制を持つことが重要である。いま、日本の医薬品自給率は25%(金額ベース)にとどまるとも言われており、経済安全保障の観点では、「個々の医薬品の状況に応じて、完全国産化も視野に品目統合・協業等による業界再編、原材料供給国の多角化、同志国との連携の可能性など政府として具体的戦略を早急に講ずる必要がある」とされている。特に、原薬の中国依存度が高く、有事の際の経済安全保障リスクの低減が必要な状況にある。
この視点に立つと、医薬品を取り巻くバリューチェーンはいま再構築、再設計の局面に入っている。論点は、「誰が生き残るか」という単なる淘汰論ではない。重要なのは、「どの機能を残し、どの機能を集約し、どの機能を共通基盤化するか」である。例えば、ジェネリック医薬品産業では、実態として少量多品目の製造、供給となっているが、安定供給を絶対とすると少量品、低採算品を抱え続ける構造には限界がある。社会的に不可欠な品目については、品目ポートフォリオの見直し・集約、製造体制の最適化が必要である。また、品目統合という点では、各社が薬価削除したい品目や集約したい品目を掲載したプラットフォームという共通基盤を整備することも有効である。
この再構築の論点は、まず機能軸で整理するとわかりやすい。図2は、製造・物流・調剤という機能軸で見た再配置の方向性を示したものである。
図2 基盤事業における機能再配置の方向性
ここで重要となるのが、M&Aや事業再編も活用した産業構造の変革である。すでに、大手ジェネリック医薬品メーカーが中心となり、部分的にでも最適化を図るべく戦略的協業や再編が進んでおり、今後も継続して進むと考えられる。ただし、今後の再編は、単純な企業統合だけではなく、以下が必要である。
図3は、図2の機能再配置論を主要プレイヤー別に引き直し、現在機能・課題・再定義論点を整理したものである。
図3 基盤事業バリューチェーンの主要プレイヤーと機能再定義の論点
すなわち、単なる企業の統合による「企業数を減らす再編」ではなく、「機能の再定義・最適化を進める再編」が必要である。
具体的には、基礎的医薬品のような重要性が高い反面、採算性確保が難しい品目においては、複数企業が薄く分散して供給するよりも、一定の品質能力を有する中核拠点に製造を集約し、バックアップ体制としてCMOを組み込むほうが合理的なケースがある。また、医薬品卸に関しても、地域密接で考えると、一次卸だけではなく二次卸も含めた機能再編を行い、流通在庫適正化や地域需要予測精緻化が必要なケースもあり、DX活用が前提となる中変化が求められている。医薬品の物流においては、メーカー倉庫から医薬品卸物流センター、デポへの流れにおいて、物流効率化、共同配送網の整備が必要である。調剤薬局の領域では、近年は廃棄ロスの課題が大きく、在庫管理負担の増加とともに収益の悪化も懸念されるが、医薬品卸と連携しての地域単位での在庫管理・配分が進みつつある。
これまで、ジェネリック医薬品を中心に機能再編の必要性を述べてきた。こうした基盤事業の再編は、企業努力だけで完結するものではない。政策面でも、すでに製造・流通の機能再編を後押しする制度設計が進みつつある。具体的には、後発医薬品製造基盤整備基金が創設され、時限措置とはいえ5年間(施行後3年を目途に本基金の在り方は検討)という複数年で設計されているところは政府が重要な位置づけと考えている根拠といえる。すなわち、品質を確保した製品の安定供給の維持発展のため、2030年を1つの区切りとして、製造機能の再構築が進む、より具体的には製造拠点の統廃合、再配置が進むと考える。
また、医薬品卸においても、政府が「医薬品卸による安定供給の維持、強靭化に向けた取り組みに対する支援」として、補助金が設計されていることも、流通改革の点で意義深い。
将来シナリオは、成り行きの現状維持であれば、供給不安定による欠品対応や在庫調整など現場の高負荷が続く。この状況から脱却し、経済安全保障の確保、社会インフラとしての医薬品を持続可能とするには、基盤事業を機能単位で再編し、原材料調達、製造、流通、調剤薬局を含む全体最適に転換するシナリオである。創薬やバイオの成長ももちろん重要であるが、社会インフラとしての医薬品の基盤を盤石なものに再構築していく再編が必要な局面に来ている。第1回で共有したいのは、その直面している現実である。
合同会社デロイト トーマツ ライフサイエンス・ヘルスケア
パートナー ウィリアム レオン
ディレクター 浦川 慶史
マネジャー 小谷 浩生
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。