グローバルでのバーゼルPVG規制適用のばらつきを踏まえ、日本の金融機関にとってハードルとなりやすい「独立価格検証(IPV)」と「健全な評価調整(PVA)」に関する国内規制向け対応のレベル感について議論する。
Prudent Valuation Guidance(以下「PVG規制」)は、公正価値評価ポジションに対し、規制上「健全(慎重)な評価」を求めるバーゼル規制の枠組みである。2004年に導入され、バーゼルⅢのCAP50として2019年に発効した。約20年前の金融危機などで、会計上の公正価値が市場の流動性枯渇やモデル不確実性を十分に反映できず、自己資本が過大に見える問題が顕在化したことに起因したものであり、公正価値に内在する不確実性やエクジット・コストを規制資本に保守的に反映し、自己資本の健全性と比較可能性を高めることが目的となっている。
本規制は、トレーディング勘定・銀行勘定を問わず、公正価値評価されるポジション全体に適用される。主な要件は、(1)システムと統制、(2)評価手法、(3)独立価格検証(IPV)、(4)健全な評価調整(PVA)の整備である。特にPVAについては、流動性の低いポジションを中心に、規制上の調整要否判定と調整額算定手続を整備する必要がある。PVAは会計上の損益には影響しないが、規制上の報告対象となり、普通株Tier1(CET1)から控除される。
本邦当局は、国際的な規制整合性の観点から本規制の導入を進める立場にあると考えられる。EUではCAP50に忠実な導入がなされた一方で、米国ではPVAが制度的に存在しないなど、現地規制には少なからぬばらつきがあり、日本国内の制度に関する強度・実装水準も明らかにされていない。国内規制の基礎となるCAP50はプリンシパルレベルであり、実装水準の目安とはなりづらい。このため本邦金融機関は、制度確定前の先行投資によるコスト固定化リスクと、制度確定後の対応遅れによる資本影響・当局対応負荷のリスクの間で判断を迫られていると見られる。こうした状況を踏まえ、以下では、日本の金融機関にとって特にハードルとなりやすいIPVとPVAに焦点を当てることにする。
PVG規制はIPVを重視し、日次マークとは別に、独立部門による定期的な価格検証を求めている。図1は、欧米大手金融機関における公正価値評価体制の一例である。この中でIPVは、日次マークを行うフロントオフィスとは別の命令系統にある独立部門(実務上はCFO/財務・経理ラインに置かれることが多い)で実施されること、また「別の情報」と「別の手続き」によって価格検証と差異分析を行うことが、独立性を担保する中核的な要素となる。
図1:IPV体制のベストプラクティス例
一般的にIPV担当部門は、会計上の評価調整(VA)の算定・提案に関与しており、同時にPVA算定にも関与することはあり得る。その場合でも、日次マークからの独立性と、PVAの承認・例外判断に関するガバナンスを確保し、セルフチェックを避ける必要がある点は同様である。
ただし、日本の銀行では、フロントよりも2線(リスク部門等)が評価の中心を担う運用が比較的多い。このため、図1のような組織形態をそのまま導入することが唯一の解ではなく、むしろ重要なのは、現行の2線中心の運用を、IPVとして説明可能な水準まで高めることとなるだろう。具体的には、日次評価とは別プロセスの独立チームによって、市場価格やモデル入力を少なくとも月次で検証し、必要なPVAを付す運用を新しく備えるのである。
IPV整備にあたっては、まず以下の統制・検証サイクルを確保することが重要である。
PVAは、会計上の調整済み時価に対して、規制資本目的でさらに追加的な調整を入れるものである。このため、実装にあたっては、既存の時価算定の枠組みを土台とするのが合理的である。日本の時価算定基準はIFRS13とほぼ同等であり、秩序ある取引、出口価格、市場参加者目線、観察可能インプット優先といった基本構造を備えている。取引量が著しく低下した局面の取扱いや第三者価格の検証手続も示されており、PVG規制が求める価格の妥当性・信頼性の検証や、不確実性の意識的な取扱いと大きく矛盾しない。
したがって、現実的な対応は、PVG規制の順守にかかるプロセスを、説明可能性を満たす最小限で現状業務に追加することである。具体的には、「何を根拠に、どの程度保守化するか」「会計上の調整と規制上の追加調整の境界をどう整理するか」を明確にする必要がある。新規の調整を追加するのは比較的容易である一方で、会計上のVAとPVAの間の重複や、PVA項目間の重複など、無用なダブルカウントを回避する整理には、一定の手間がかかると見られる(図2)。
図2:会計上のVA/リザーブとPVAの関係
なお、PVG規制は、EU規制のように特定の信頼水準等の一律の定量基準を明示しておらず、判断基準や具体的な調整水準は、実態に応じた各行の方法論に委ねられる部分が残る。ゆえに、横並びの正解を求めようとするよりも、自行における調整要否と調整幅の判断基準を明示し一貫させ、例外時のガバナンスを確保することの方が重要だと考えられる。
PVA算定における具体的な進め方は次のとおりである。
そもそもIPVは、公正価値評価の信頼性を担保する内部統制として発展してきたものであり、必ずしも規制資本計算目的で導入されたものではない。加えて日本の銀行では、評価実務の多くを(フロント部門ではなく)2線が担っているのも珍しくなく、もともと評価がフロントから独立していたことから、IPV、VAのいずれについても欧州大手と同水準の実務が一律に整備されているわけではない。
PVG規制が特に問題視するのは、市場価格や観察可能なインプットが乏しく、流動性も低いポジションで、評価がストレス時の実現可能性(エグジット可能性)から乖離し得る点である。こうしたポジションについては、時価の慎重な評価と、PVAの要否判断と算定手続の整備が特に必要となるⅰ。したがって、当事者の身の丈にあった規制要件適用や対応強度が合理的とする「プロポーショナリティ」の観点は、PVAだけでなくIPVの整備範囲を考えるうえでも同様に重要であると考えられる。
このような状況を踏まえると、PVG規制対応としてまず重要なのは、公正価値ポジション全体に一律の完成形を求めることではなく、リスクが集中しやすい商品群、すなわち即時の流動化が困難かつモデルの不確実性の高いポジションを特定し、損益や規制資本への影響を踏まえて優先順位を付けたうえで、IPV・PVAの整備を段階的に進めることである。
さらに言えば、CAP50に対応した開示規制(DIS30 PV1テンプレート)に示されるPVAの9要素ⅱのうち、特に重要なのは、市場価格の不確実性、クローズアウト・コスト、モデルリスクの3要素であると考えられる。加えて、日本の金融機関に特有の、政策保有株式や純投資に見られる集中リスクに配慮し、まずはこれらの要素における影響が大きいポジションに絞って、独立検証の枠組みと調整値算定プロセスを整備することが合理的であろう。
金融危機後の教訓を踏まえPVG規制が国際合意されてから、相応の時間が経過した。この間に金融規制環境も大きく変化し、欧州では詳細な技術基準に基づくルールベース運用が進む一方、米国では自国の制度や市場構造に即したアプローチが重視されている。国際規制の完全な同型化はもはや難しくなっており、各法域の政策優先度や金融システム構造に応じた差異が生じやすくなっている。こうした状況を踏まえると、日本における規制導入においても、規制の一貫性を尊重しつつも、金融システムの健全性維持に加えて、成長戦略や経済安全保障上重要な領域への資金供給、地域の金融仲介機能の持続など、我が国の他の重要政策に配慮した、丁寧な制度設計と運用が期待される。
PVG規制が求める健全な評価は、資本の信頼性を高め、市場規律と金融システムの安定を支える基盤である。他方で、日本の金融機関の規模、ビジネスモデル、市場取引の性格は多様であり、実装にはプロポーショナリティの考え方が不可欠であろう。導入にあたっては、一律にフルスペックの態勢整備を目指すのではなく、現行実務を土台に進めることが現実的である。まずポジション区分を整理し、対応が必要な領域を特定したうえで、先行事例の調査も踏まえながら、ギャップ分析と影響試算を先行させるべきである。そのうえで、必要なIPVの統制要素を最小構成で整備し、既存の評価プロセスとの役割分担や独立性を明確にしながら段階的に高度化を図り、当局方針の具体化に応じて深度と対象範囲を拡張していくことが望ましい。
このような段階設計により、金融機関の健全性と比較可能性という政策目的を維持しつつ、日本の実情に即した実効的かつ必要十分な実装につなげることができると考えられる。
ⅰさらに、一部の複雑な商品 については、「誤り得る評価手法」と「観測不能(かつ誤り得る)キャリブレーション・パラメータ」という2種類のモデルリスクを明示的に評価調整へ反映することを求めている。
ⅱMid-market value, Closeout cost, Concentration, Early termination, Model risk, Operational risk, Investing and funding costs, Unearned credit spreads, Future administrative costs の9種類