地域金融機関は、地域金融力強化と資本市場の要請を両立させるため、PBR低迷の背景にあるフランチャイズ価値への不信を直視し、ROEが資本コストを上回る収益力の回復に着手することが不可避です。資本を「希少で高コストな資源」と捉え、規制効率の追求を目的化せず、経営シナリオに基づくリスク・リターン分析で資本配賦と事業ポートフォリオを見直す。あわせて、成長と選択・集中を一貫したストーリーとして投資家に示すことで、自らの再評価につなげられる可能性があります。
東京証券取引所は「資本コストや株価を意識した経営」を求め、市場区分見直しのフォローアップを継続している。これは資本効率の高い経営を促し、企業価値・株主価値の向上を通じて国内外から成長投資を呼び込もうとする、資本市場からのアプローチである。これに対し金融庁は「地域金融力強化プラン」を掲げ、地域金融機関の金融仲介機能を強化・安定化させることで地域企業の成長、ひいては地域経済の持続的な発展を目指す取り組みを進めている。両者はいずれも、日本全体の生産性と成長力を底上げする根源的施策である。
こうした環境の下で、地域経済の安定への寄与が第一、株主価値を過度に意識する必要はない、といった考えは過去のものとなりつつあり、地域金融機関は経営の前提そのものを見直す局面にある。国内景気の回復や金利上昇による利ざや改善を背景に、一部の地方銀行では、PBR(株価純資産倍率)が1倍を上回る例も出てきた。一方、多くは依然1倍を下回り、市場からは「事業継続より解散の方が株主価値が高い」、すなわち十分な価値創造ができていないとの、市場からの厳しい評価を受け続けるという、2極化が進んでいる(図1)。地域金融機関が市場と投資家の信認を得つつ、地域経済を支える金融機能を持続的に果たすには、何が必要だろうか。
図1:地方銀行・第2地方銀行のPBR分布(東証プライム、スタンダード上場)ⅰ
銀行のコア事業では、預金などの負債調達が、収益獲得プロセス(貸出・運用)と不可分である。このため、その企業価値評価においても、非金融事業会社のような運転資本や設備投資を起点としたフリーキャッシュフロー(FCFF)は、安定的に定義しにくい。結果として、しばしば用いられる二つの価値評価モデルと、対応するPBR式を挙げる。
ここでKeは株主資本コスト、b は内部留保率、g は配当成長率、ROEは自己資本利益率であるⅱ。クリーン・サープラス関係ⅲ他、標準的仮定ⅳの下では g=ROE×b によりDDM式(1)とRIM式(2)は同値となるが、金利上昇局面で債券含み損が大きい場合はAOCIⅴが変動し同関係が崩れ得る点、実際の資本政策が、配当や成長の仮定と長期に整合していくのかという点など、適用の際にはそれぞれ吟味が必要であるⅵ。
RIM式では、 gは内部留保による純資産の成長率(サステナブル成長率)を表し、会計数値との対応が明確で実務的に使いやすいものとされている。「会計上の純資産価値(概ね1)」と「将来の超過収益(残余利益)が生むフランチャイズ価値」に分けて捉えられ、PBRが1を下回ることは、市場がフランチャイズ価値をマイナス評価している可能性を示唆している。
このRIM式からの含意は、主に三点である。
要するに、PBRが1を下回る状況では規模拡大のみによる価値創造は困難で、事業再構築を通じた資本効率(エクイティ・スプレッド)改善が必須ということである。さらに、バーゼルⅢ最終化は、低収益銀行に対し「資本を積み増すほどPBRが下がる」構造を強め得る。これに抗い高利回り・高リスク資産へ傾斜すると、規制自己資本比率の維持のため内部留保で資本積み増しが必要となり、株主還元されないまま負の残余利益が蓄積し、さらにPBRが低迷する悪循環にもなり得る。
このような悪循環の回避のため、まずは規制資本の運用効率を上げよう、という発想もあり得るだろう。ゼロ金利期の日本の銀行では第一の資本制約は規制自己資本比率で、管理会計インフラの事情もあり地方銀行の資本配賦が経済資本ベースで行われることは多くなかった。代わりにRORA(リスクアセット利益率)などの指標が用いられ、コンプライアンスを保ちながら収益最大化を図る現実的手段となってきた。
しかしながら、RORAの分母となるリスクアセット(RWA)は規制自己資本算定のための指標で、負債に対して無差別であり、また簡便計算でもあることから、それだけでは実務的に意識される金融リスクの少なからぬ部分が対象外となってしまう。例えば以下である。
また、バーゼルⅢ最終化のSAフロアⅶにより、RWAは「精緻なリスク量」より「比較可能性重視の規制指標」としての性格を強め、網羅性や感応度が不足している可能性もある。これらのことから、RORAは株主資本コストや市場ストレス時の下方リスクを直接反映するとは言えず、RORAを通してエクイティ・スプレッド改善を論じるには、このような不足する要素の補完が欠かせない。
特定の規制効率を第一に事業再構築を進めると、価値創造の判断軸やインセンティブにバイアスがかかり得る点も留意が必要である。例えばRWAを抑え金利リスクで収益を確保できても、損失経路によっては株主の下方リスクは高まり得る。また、非金融事業会社と違い、銀行では負債調達がビジネスモデルの一部となっており、資本構成が事業構造と表裏一体のため、RORAを「事業要因」と「財務レバレッジ要因」に分解するような分析の解釈も難しい。
株主の関心が、資本コスト振れ幅対比の収益や資本毀損の蓋然性にあるならば、より確実なのは、規制効率に傾斜しすぎず、株主資本を左右し得るリスクを網羅的に把握し、対応するリターンをそれと比較することだろう。このためには人口動態や金利変動を定量的・フォワードルッキングに捉え、想定シナリオ下でバランスシートや各ビジネスへの影響を検証できる分析体制の整備が、有力な選択肢となる。経営者の想定するシナリオに基づき、個別事業毎のリスクと収益の見合いを見据えたうえでの資本配賦を行い、これを説明できれば、経営としてのエクイティ・スプレッド改善のストーリーが、より直接的にステークホルダーへ届くに違いない。
サステナブルな価値創造には、資本を「希少で高コストな資源」と捉え、エクイティ・スプレッドがマイナスの事業は縮小、プラスの事業は拡大する資本配賦の規律を根づかせることが要諦である。ただし地域金融機関の選択肢は限られ、その実行は容易ではない。代表的な施策は次のとおりである。
これからも地域経済への貢献という使命をサステナブルに果たし続けるためには、地域金融機関は、資本市場から正当に評価される、強靭な存在であることが前提とされていくだろう。「資本コストや株価を意識した経営」を「地域金融力強化」と両立していくべく、規制効率の追求を目的化せず、本来の市場の評価軸であるエクイティ・スプレッドを起点に、資本配賦と事業ポートフォリオを組み替えることが不可欠である。
まずは資本を経済的な希少資源として扱う規律を徹底する必要がある。RWAでは捉えきれないダウンサイド・リスクを、経営の意思の通ったフォワードルッキングなシナリオ分析を活用して、収益の見合いとして示す。こうして、「どの事業で、どれだけのリスクを取り、どの程度の超過収益を、どのくらいの確度で稼ぐのか」についての議論を客観的に行うことができる。つまりは、経営の規律づけのために、市場の厳しい目線を活用するのである。
経営戦略に沿う形で、知的財産、顧客基盤、人的資本等の地域に根差したフランチャイズの蓄積が将来の安定した超過利益に結び付くことを示し、成長(広域連携、成長投資、フィービジネス化等)と選択と集中(ポートフォリオ見直し、DX、過剰資本返上等)を単一の価値創造ストーリーとして統合する。最後に、これらの実行計画と見通しを可視化し、一貫した形で投資家に説明する。このようにすれば、地域金融機関が、価値破壊のスパイラルを断ち、地域経済の基盤であり続けながらもステークホルダーの信認を得る、一つの道筋とできるのではないだろうか。
ⅰ 2026年2月27日終値ベース。データソースは、各行2026年3月期第3四半期決算短信、S&P Capital IQ。なお、本PBR分析では連結純資産を用いており、優先株式(いわゆる公的資金等)は控除していない。
ⅱ ROEは一般に分子にOCIを含めず分母にAOCIを含むため、含み損拡大でROEが(定義次第で)上振れし得る点に留意し、適切な調整を加える等、分析上の扱いを慎重に確認すべき。
ⅲ 純資産の変動が「純利益-配当」のみで決まり、資本取引やAOCI 変動がない。
ⅳ 定常成長、収束条件、割引率(資本コスト)一定など。
ⅴ AOCI:その他の包括利益累計額(OCIの累積残高)。純資産に計上され、有価証券評価差額金、為替換算調整勘定、繰延ヘッジ損益等を含む。
ⅵ 一部で見かける近似式「PBR≈ROE/(Ke-g)」は、DDMの定常式において b=0(内部留保なし=配当性向100%)を置いたものと解釈できる。もっとも、同時にサステナブル成長(g>0)を想定するのであれば、クリーン・サープラス関係等の標準的仮定の下では成長率は g=ROE×bとなるため、b=0とは整合しない。すなわち、利益を全額配当として支払いながら成長を続けるには、外部資本調達(増資等)を前提とする含意になり得る。
ⅶ SAフロア(Standardized Approach floor):内部モデルで算出したRWAが標準的手法(SA)によるRWAの一定割合を下回れないとする下限の仕組み。
ⅷ BPO(Business Process Outsourcing):定型事務を外部業者に委託し、コスト削減や業務効率化、品質の平準化を図る取り組み。