AIを活用したパワーハラスメント検知システムは、早期発見と迅速な対応を可能にし、職場環境の改善に寄与します。
「パワーハラスメント」という言葉が日本で使用されるようになってから20年以上が経過し、法整備も順次進んできている。2020年施行の労働施策総合推進法でも、大企業を対象に職場におけるパワーハラスメント対策が義務化され、2022年には中小企業も対象となった。当社が2024年10月に発行した『企業の不正リスク調査白書 Japan Fraud Survey 2024-2026』においても、コンプライアンスリスクが高い領域として、「ハラスメント」という回答が最多となっており、社会的にも企業の認識としても、「ハラスメント」へのより積極的な対策が求められていることがわかる。
ハラスメントは深刻な問題であり、その影響は被害者となった従業員の精神的・身体的健康だけでなく、周囲の従業員のモチベーションの低下や、それに起因した休職・離職による生産性の低下につながる。また、企業内の「ハラスメント」がニュースやSNSによって伝わることで、企業のレピュテーションへ影響を与えることもある。
ハラスメントが発生する背景には、組織の文化や管理職の態度も大きく影響しており、上司からの圧力や同僚間の無視など見えにくい形でのハラスメントは見逃されやすくなる。このような実態を踏まえ、企業は積極的にハラスメント対策を講じる必要がある。
ハラスメントの種類の中で最も件数が多いのが「パワーハラスメント」である。企業のパワーハラスメント対策としては、「経営層からのメッセージの発信」「社員への教育」などの予防的な措置を実施しつつ、パワーハラスメントを検知した場合には、迅速かつ適切な対応が求められる。では、企業がパワーハラスメントを検知するきっかけにはどのようなものがあるだろうか。基本的には以下の様に被害者や周囲からの相談、アンケートへの回答で検知することになる。
これらの方法には、一定の効果があるものの、以下のような問題点がある。
これらの問題に対応するために、以下のような仕組みをどのようにして構築するかが課題となる。
そして、これらの課題を解決する方法のひとつに、AI(機械学習)を利用したパワーハラスメントの検知システムがある。これは、あらかじめ用意したパワーハラスメントに該当する電子メール等のコミュニケーションデータをAIに学習させ、実際の職場内のコミュニケーションデータから、特定のキーワードやフレーズだけでなく、文全体の類似性でパワーハラスメントに該当するかをスコアリングする手法である。AIを利用して高速な調査・分析が可能となるため、加害者と被害者のコミュニケーションだけではなく、周囲のメンバーとのコミュニケーションも調査範囲とすることが可能となる。
AIを利用したパワーハラスメント検知システムの最大のメリットは、表面化しにくいパワーハラスメントの早期発見と迅速な対応が可能になる点である。具体的には平時からメールやチャットなどをモニタリングすることで、従業員からの通報を待つのではなく、システムがパワーハラスメントの疑いのあるコミュニケーションを検知する仕組みである。特に、休職や離職が多いなど従業員の精神的・身体的健康に何かしらの問題があると懸念される組織を対象に分析を行うことで、潜在的なパワーハラスメントを効果的に検知できることが期待される。さらに、AIに学習させるデータを組織に合わせてカスタマイズすることで、より高い精度での検知も見込める。
主な効果としては、以下の点が挙げられる。
パワーハラスメント対策は、企業の健全な運営と従業員の満足度向上に不可欠であり、AIを利用したパワーハラスメント検知システムは、その実現に向けた有力なツールである。AIを利用することで、高速な調査・分析が可能となり、従来の方法では見逃されがちな潜在的ケースを検出し、早期に対応することで、問題の深刻化リスクを大幅に低減することが期待できる。従来型のアンケートやコンプライアンス・ホットラインに加えて、新しい選択肢の一つとして取り入れることを検討されたい。
※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。
執筆者
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
フォレンジック&クライシスマネジメントサービス
新谷 和久 (マネジャー)
(2024.12.11)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。