デロイト トーマツ サイバーの上原茂が広州汽車集団で研究開発を担う勝又正人氏を迎え、中国自動車産業の最前線を読み解きます。かつて「世界の工場」と呼ばれた中国は、NEV(新エネルギー車)と自動運転技術の「世界の実験場」へと変貌を遂げました。後編では、日本企業がこのような状況でいかに活路を見出すかを考えます。
広州汽車集団常勤顧問
名古屋大学客員教授
勝又 正人 氏
デロイト トーマツ サイバー合同会社
執行役員 自動車セクター担当
泊 輝幸
デロイト トーマツ サイバー合同会社
パートナー
林 浩史
<モデレーター>
デロイト トーマツ サイバー合同会社
シニアフェロー
上原 茂
長年、国内大手自動車メーカーに勤務。国内OEMで電子制御システム、車両内LANなどの開発設計および実験評価業務に従事したほか、近年は一般社団法人 J-Auto-ISACの立ち上げや内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)adus Cybersecurityの研究リーダーを務めるなど、日本の自動車業界におけるサイバーセキュリティ情報共有の枠組みを構築。欧州駐在経験もあり、欧州自動車業界の動向などへの理解が深い。
(以下、敬称略)
上原:後編で最初に取り上げたいのが、サイバーセキュリティです。
中国には「サイバー三法」と呼ばれるIT全般に関する法規があります。具体的には、サイバーセキュリティ法、データセキュリティ法、個人情報保護法の3つです。これらに加えて、自動運転やSDV(Software Defined Vehicle)に個別に対応したサイバー関連の法規制や、守るべきガイドライン・指針はどの程度整備されているのでしょうか。
勝又:私はサイバーセキュリティの専門家ではないので詳細まではお答えできませんが、大きく3つの項目が思い当たります。
1つ目が、自動車サイバーセキュリティ規格「GB 44495-2024」です。自動運転車両がサイバー攻撃などによって外部との通信ネットワークに深刻な問題が発生した場合のフェイルセーフ対応を定めたものです。強制国家標準に位置づけられており、2026年1月から義務化されています。
車両挙動としては、問題発生時に安全を確保しながら停車させる「MRM(Minimal Risk Maneuver)」が求められます。またOEMに対しては、車両の全ライフサイクルを通じたCSMS(サイバーセキュリティ管理システム)の実施や、サプライヤ管理、安全監視なども義務化されています。
2つ目が「自動運転データ安全管理規則」です。自動運転車両が収集したデータの一部は重要機密情報として認識されています。軍事施設や政府機関周辺の地理情報などがその代表例です。これらの漏洩・流出を防ぐため、国外への持ち出しには厳格な審査が求められます。
3つ目が「重要情報インフラ保護条例」です。自動運転車両は単なる「クルマ」ではなく、国の安全に関わる「重要情報インフラ(CII)」として位置づけられています。そのため、OEMやティア(Tier)1サプライヤは重要情報インフラの運営者として、一般企業よりもはるかに厳しいセキュリティ基準を求められています。
さらに付け加えると、サイバー三法の1つであるサイバーセキュリティ法は、2026年に改正されました。機密エリアの画像情報漏洩に対する罰則の強化や車載ECUの認証対応、人工知能(AI)の安全性評価の厳格な実施などが新たに義務づけられています。
上原:とかく後追いになりがちな法整備が、ここまで技術の進歩に追従しているのですね。
勝又:おっしゃる通りです。SDVをいち早く市場に投入して成功した中国は、グローバル市場での優位を維持するために、法令や規制に加えて技術標準についても他国に先んじて整備し、その足場固めを進めています。
もう一つ重要な観点があります。中国国内を走るSDVそのものが、新たなセキュリティホールになり得るという点です。車両が収集する地図情報や走行データなどが国外へ流出することのないよう、政府は戦略的に“穴を塞ぐ”取り組みを進めています。
上原:逆に言えば、中国製のSDVを自国に輸入して走らせる場合には、受け入れる側でも同様に「穴を塞ぐ取り組み」が前提になるということですね。それがなければ、機密情報流出のリスクを抱えることになると……。
勝又:そのとおりです。
広州汽車集団常勤顧問 名古屋大学客員教授 勝又 正人 氏
林:法規制や技術標準で、日本とは状況が異なると理解しました。そのうえでご質問したいことがあります。中国のモビリティ社会はデータ活用が大前提で、車が収集するデータをビジネスや社会インフラに積極的に活用する設計になっています。日本や欧米とはプライバシーに対する考え方自体が違うように見えますが、その点はいかがでしょうか。
勝又:おっしゃる通りなんですが、逆に伺いたいのは「データ収集の技術的な観点で、日本と中国に本質的な違いがあるのか」という点です。誤解を恐れずに申し上げると、私は大きな差はないと考えており、実際には日本でも相当なレベルでデータは取得されています。にもかかわらず、多くの人はプライバシーが侵害されていないと錯覚しているだけではないでしょうか。
典型的なのがカーナビです。いつ、どこを走ったかという履歴はすでに事業者に把握されていますし、位置情報サービスも同様です。それをプライバシーが侵害されているとして、大きな問題意識を持っている人は少ないのではないでしょうか?
SDVになれば、収集されるデータの質も量も桁違いに増えますが、この感覚は大きくは変わらないでしょう。日本でもすでに多くのデータを差し出しているにもかかわらず、それを十分に認識していない。その「認識の差」が中国との違いなのだと思います。
林:中国には中国版GDPRもあり、個人情報保護がかなり徹底されていますよね。違反に対する罰則も欧州並みに厳しいと理解しています。一方で、どこかで「これは個人情報ではなく社会のための情報だ」「これは個人情報として保護すべきだ」といった線引きが行われ、その前提のもとでデータ活用が進められているようにも感じます。
自動運転になると、この線引きはさらに切実になります。安全・安心な自動運転を実現しようとすれば、車がどこを走り、誰を乗せ、何を見たかというデータを収集・活用せざるを得ません。日本ではプライバシーへの配慮がデータ活用の議論を難しくしていますが、中国ではその個人情報保護とデータ収集・活用をどのようにバランスさせているのでしょうか?
勝又:そもそも中国では、「データを活用することが社会の安全や発展につながる」という共通認識が先にあり、その前提のもとで個人情報保護とデータ収集・活用の枠組みが設計されています。日本とは議論の出発点が異なるのです。
私自身も走行記録が残ることに抵抗はありません。ただ、日本ではそう考えない人も多い。その感覚の違いが、制度設計の違いとして表れているのだと思います。
林:その「出発点の違い」が、制度設計に如実に表れているのですね。自動運転の安全・安心を突き詰めていくと、事故が起きた際の責任の所在を判断するためにも、おのずとデータの収集と活用が前提になります。日本の場合、プライバシーという言葉が先行しすぎて、安全のためのデータ活用の議論が進みにくい。その結果、制度設計の遅れが産業競争力の遅れに直結するという構造が生まれているように思います。
デロイト トーマツ サイバー合同会社 パートナー 林 浩史
上原:次に中国車の品質について率直に伺います。QDR、すなわちQuality(品質)、Durability(耐久性)、Reliability(信頼性)の観点から見て、中国車は日本車と比べてどのように評価していますか。
勝又:まず「品質が良い・悪いという基準は何か」から整理させてください。たとえば自宅から会社まで30キロを毎日通勤するとします。ある朝エンジンがかからない、となれば当然文句を言いますよね。でも今どきそういうことはどのメーカーの車でも起きません。そのクライテリアであれば、中国車もまったく問題ありません。私自身、自家用車として弊社の車を三車種乗り継いでいます。最初がガソリン車、次がPHEVのミニバン、今はセダンのBEVです。一度も故障はなく、ロングドライブも問題ありません。
上原:ただ、QDRのD(耐久性)とR(信頼性)という観点では、15年から20年、20万から25万kmは走ってほしいというのが日本人の感覚です。そのレベルが中国車で担保されているのかという点は気になります。
勝又:おっしゃる通り、ご心配はごもっともです。それゆえ、「品質が良い・悪いという基準は何か」から整理したかったのです。つまり、「世界の多くのユーザーが、過酷ではない環境下で、日常用途に10万km程度走行する時にQDRは十分か?」という問いに対しては、中国車はすでに「十分」なレベルと言えます。
一方、20年・25万kmとか、極寒地、灼熱の砂漠、24時間タクシー利用などの、ややエクストリームな条件下でQDRは十分か?という問いが残ります。そのようなエクストリームな条件下でのQDRという意味では、中国車か日本車かという切口ではなく、ブランド別・車種別に丁寧な議論が必要だと思います。
極論を言うと、軍用車やタクシー専用車など、設計・評価基準自体が異なる。また、どの国であってもブランドごとに評価法や基準、考え方が異なり、一概に、中国車対日本車という議論は危険で、世界の多くのユーザーが満足できるQDRという意味では、グローバル市場での経験不足の部分を除くと、現在の中国車は基本的に合格レベルにあると考えています。
これを上回るQDR性能は、お客様に不必要なコストを転嫁しているという意味で、「過剰品質」ではないかと思われます。
上原:反論するようですが、10万km以上走ることになると予想する中古車も含めた品質の高さがあるからこそ、日本メーカーは信頼を得ているのではないでしょうか。
勝又:それは私の商売的な立場から言うと、50%は「YES」で50%が「NO」です。実は耐久性に対する設計思想は、日本メーカーと欧米・中国メーカーでは根本的に異なります。欧米や中国のメーカーは、一定期間ごとに部品を交換することを前提に設計されています。3年、5年、10年乗ったらゴム部品などはすべて交換する。交換によって初期性能を維持し続けるという考え方です。
一方、日本メーカーは同じ部品のまま乗り続けることを前提にしています。ただし、性能が担保されているかというとそうではありません。ゴム部品が劣化すればNVH(Noise、Vibration、Harshness)も運動性能も低下しますが、「性能は落ちても壊れないからよい」という考え方です。業界では広く知られた設計思想の違いで、どちらが正しいという話ではありません。品質が一定の水準に達すると、それ以上高めてもユーザーにとっての価値としては大きくは認識されず、あまり意味がないという現実があります。
泊:安全の観点ではいかがでしょうか。私は家族と一緒に乗ることが多いので、ADAS(先進運転支援システム)がしっかりサポートしてくれるという安心感が品質の重要な軸になっています。
勝又:ADASという観点では、中国車は日本車に比べて学習量がそもそも違います。バーチャル環境で膨大な走行データを積み上げていますし、公道での膨大なリアルデータがクラウドに蓄積されています。いわば受験勉強の量が根本的に違うのです。ADASの品質をデータの学習量で測るのであれば、中国のOEMははるかに多くの参考書を読破しています。
林:品質の定義そのものが変わりつつあるということですね。従来のQDR、つまり「壊れない」「長持ちする」という定義から、「どれだけ学習し」「どれだけ安全に走れるか」へと定義の軸足が移行している。その転換に日本がどう対応するかが、今後の競争力を左右するのだと思います。
デロイト トーマツ サイバー合同会社 執行役員 自動車セクター担当 泊 輝幸
上原:ここからは後編の核心である「日本のOEMとサプライヤの中国での生き残り」について伺います。日本の自動車メーカーやサプライヤは、長年の系列関係の中で品質を磨いてきました。その強みであるQDRこそが、中国市場でビジネスを続けるうえでも最終的な決め手になるのではないかという見方もあります。勝又さんはどうお考えですか。
勝又:残念ながら、QDRだけでは差別化にはなりません。中国は市場規模・プレイヤー数ともに、日本の10倍と考えてください。日本の大手OEMがそれぞれ10社、大手サプライヤも10社以上が常にしのぎを削っている超過酷な競争環境にあると想像してみてください。そもそも品質で勝負する以前に、日系サプライヤの多くは土俵に上がれていないというのが私の認識です。
上原:その「土俵に上がれていない」状況は、なぜ生まれているのでしょうか。「スピード」や「コスト」が要因ですか。
勝又:もちろんスピードも問題です。中国のOEMは365日動いているのに、毎週土日は休みで、日本の本社に確認しなければ意思決定できないようなサプライヤとは『意思決定のスピード』という観点から、ビジネス自体が成立しません。
一方で、最近注目しているのが、「上から目線」と、「技術(中国OEMが求めている)力不足」という点です。
かつて、日本の自動車産業が、アメリカや欧州に追いつこうと必死だったころ、日系サプライヤは何度門前払いを受けても必死に飛び込み営業をして教えを請うてきました。あのマインドが今の日系サプライヤからは感じられません。
それどころか、『なぜうちの部品を使ってくれないのですか、技術では負けていないと思いますが…』、中国OEMのアジャイル・高速開発に必要な要件を理解せず、『お言葉ですが、我々の長い経験上、こうした方が良いと思いますが(あなたの言ってることは間違ってますよ)』、という、まさに上から目線で話をされるケースを見受けます。中国OEMからすれば『もうお付き合いしたくない』というのが本音です。
上原:かつて日系サプライヤが、アメリカや欧州のOEMに必死に入り込もうとした時のような本気度が足りていない。結果として、技術以前にビジネスの入り口でつまずいているということですね。では、中国でうまくいっている海外サプライヤのモデルはあるのでしょうか。
勝又:欧米の多くの大手サプライヤが、世界初の技術を、中国で中国OEMのために開発する体制・設備を整えています。
中国自動車産業が黎明期であった頃、中国の一流大学を卒業した中国人エンジニアは、活躍の場を探して、欧米のサプライヤに入社しました。現地本社で活躍をした優秀な彼らが、中国に戻ってきてR&Dのトップに就き、本社とのネットワークも活用しながら、中国での開発を主導しています。
上原:欧米の本社から独立しているということではないのですよね。
勝又:独立はしていません。それが強さなのです。本社とは明確に役割分担を行い、必要な裁量はすべて現地に委ねられています。
欧米流は、情報をすべて開示したうえで自由に任せるという考え方です。彼らの中国事業体はトップが自らの責任で意思決定を行い、仮に失敗すればその責任も自ら負います。本社に逐一確認する必要はありません。先生と生徒の関係ではなく、のれん分けした会社のトップとして扱うのです。
上原:なるほど。まず、日本の企業が中国で成功するためには、中国の開発プロセスや技術を学び、中国のスピードで開発し、中国のコストで製造することが求められているということですね。
とりわけ厳しい状況にある日本のサプライヤが中国市場で生き残るためには、まず中国企業になりきることが大前提であることも理解しました。スピードやコストを中国サプライヤと同等に引き上げても、なお不利な状況は変わらない。そこからさらに、これまで培ってきた品質・安全性・信頼性確保のノウハウで中国サプライヤを一歩上回れれば、横一線。さらにもう一歩、まったく新しい技術で中国サプライヤにはない魅力を出すことができて競争力で勝る。非常に厳しい道ですね。
ただし、生き残る余地がないわけではない。それは高い技術開発力を持つサプライヤに限られます。既存技術の延長ではなく、新規研究開発からまったく新しい技術を製品化する——。それこそ日本企業が本来得意とするところだと思います。そしてもう一つ、欧州サプライヤの「のれん分けモデル」を参考に、これまでの自社のやり方にこだわらないことも重要ですね。
デロイト トーマツ サイバー合同会社 シニアフェロー 上原 茂
上原:最後に逆の視点から伺います。中国メーカーが日本市場に本格参入してきたとき、日本メーカーに勝ち目はあるのでしょうか。
勝又:現時点では、勝敗は五分五分だと見ています。パソコンやスマートフォンであれば、部品が韓国製であったり、ブランドが中国であったとしても、多くの人はあまり気にしません。しかし、自動車はそれとは少し性質が異なります。
日本は世界的に見ても閉鎖性の高い市場です。そのため、日本で中国メーカーがどこまで受け入れられるかは、まだ見通せない部分が多いのが実情です。ただし、この前提が崩れる可能性は常にあります。楽観せず、慎重に見ていく必要があります。
泊:日本市場の閉鎖性に甘えていると、気づいたときには手遅れになっているかもしれません。私たちは現実を直視すべき時期に来ているのですね。ただしそれは、中国国内市場、あるいは「BEVを中心としたモビリティ社会」というフィールドでの話です。
一方で、グローバルに目を向ければ、インドやグローバルサウスといった別のフィールドも存在します。とりわけ日本市場においては、挽回の余地は十分にあると私も考えています。日系OEMやサプライヤには、「China to Global」を含め、中国市場でどう戦うかという視点と、日本市場に迫り来る中国メーカーとの競争にどう備えるかという視点の両方が求められています。
「Where to play, How to win(どこで戦い、どう勝つのか)」という問いに、本気で向き合う時が来ています。自動車業界全体、さらには国を巻き込んだ大きな競争の中で、日本がどのように立ち向かうのか。その本気度が問われています。私たちデロイト トーマツ グループとしても、この取り組みに少しでも貢献できるよう、サービスの高度化に努めていきたいと考えています。
上原:日本のOEMやサプライヤにとっては、厳しい現実を突きつけられたかもしれない座談会になりました。ただ、あきらめる必要はありません。条件は厳しいものの、挽回の活路はグローバル規模で残されている。その点も確認できたのではないかと思います。
勝又さん、泊さん、林さん、前編・後編を通じて中国の自動車産業の現実を率直に語っていただき、ありがとうございました。