メインコンテンツに移動する

デロイト トーマツ サイバー 上原 茂が訊く Vol.15 変わる自動車産業の構図——中国NEV最前線を読み解く 【前編】

市場・技術・競争で見る中国自動車産業の現実

デロイト トーマツ サイバーの上原茂が広州汽車集団で研究開発を担う勝又正人氏を迎え、中国自動車産業の最前線を読み解きます。かつて「世界の工場」と呼ばれた中国は、NEV(新エネルギー車)と自動運転技術の「世界の実験場」へと変貌を遂げました。前編では市場・技術・競争の観点から、中国自動車産業の現実を伺います。

『自動車×サイバーセキュリティ』をテーマに、デロイト トーマツ サイバー合同会社シニアフェローの上原茂が、自動運転社会の実現に携わる有識者を招いてお話を伺う本シリーズ。今回は広州汽車集団で研究開発を担う勝又正人氏を迎え、中国自動車産業の最前線を読み解きます。

本稿が中国自動車市場のスケールと中国企業の実力値を正しく理解し、日本の自動車OEM・サプライヤーの適応戦略・競争戦略を考える一助となれば幸いです。

今、自動車産業の勢力図は激変しています。かつて「世界の工場」と呼ばれた中国は、NEV(新エネルギー車)と自動運転技術の「世界の実験場」へと変貌を遂げました。2024年の中国NEV販売台数は1,286万台に達し、新車販売全体の4割を占めています。この巨大市場を牽引する一翼を担うのが、日系自動車メーカーの合弁相手としても知られる広州汽車集団(広汽集団)です。

一方、日本のNEVや自動運転車の開発は、中国から大きく立ち遅れているとも言われます。このような状況は、なぜ生まれたのでしょうか。前編では市場・技術・競争の観点から、中国自動車産業の現実を伺います。

【登場者】

広州汽車集団常勤顧問
名古屋大学客員教授
勝又 正人 氏

デロイト トーマツ サイバー合同会社
執行役員 自動車セクター担当
泊 輝幸

デロイト トーマツ サイバー合同会社
パートナー
林 浩史

<モデレーター>
デロイト トーマツ サイバー合同会社
シニアフェロー
上原 茂
長年、国内大手自動車メーカーに勤務。国内OEMで電子制御システム、車両内LANなどの開発設計および実験評価業務に従事したほか、近年は一般社団法人 J-Auto-ISACの立ち上げや内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)adus Cybersecurityの研究リーダーを務めるなど、日本の自動車業界におけるサイバーセキュリティ情報共有の枠組みを構築。欧州駐在経験もあり、欧州自動車業界の動向などへの理解が深い。

(以下、敬称略)

中国自動車産業を牽引する広汽集団の実像

上原:最初に私から勝又さんをご紹介します。1987年にトヨタ自動車(以下、トヨタ)に入社され、シャシー系設計者としてご活躍された後、トヨタの車両開発の要である製品企画部に異動されました。そこでCE(チーフエンジニア)として、トヨタの北米ビジネスの屋台骨であるカムリ、アバロン、シエナといった重要モデルの開発を主導されています。また、2009年から4年間は欧州トヨタのテクニカルセンターのトップとしても活躍されました。私とのお付き合いはそのころから、もう足掛け18年になります。それだけに、2021年に広汽研究院の首席技術管理総師に就任されたと聞いたときは、正直驚きました。(笑)

:広汽研究院は、広州汽車集団の研究開発部門ですか。

勝又:はい。広州汽車集団は広州に本拠を置く中国の大手国有自動車メーカーで、年間販売台数は合弁ブランドを含めると約250万台規模です。日本ではあまり知られていませんが、実はトヨタと本田技研工業の両方と合弁会社を持っています。

ご存じのとおり、中国では長い間、外資メーカーが単独で車両を生産することが認められていませんでした。そのため広州汽車集団のような国有企業が外国メーカーと合弁会社を設立し、生産や開発のノウハウを取り込みながら技術力を高めてきたのです。

上原:広州汽車集団は近年、合弁ブランドから単独ブランド主体へと大きく舵を切っていますね。特に2018年に立ち上げたEVブランド「AION(埃安)」は、東南アジアを皮切りに、既に世界約100か国地域で販売しており、会社としては現時点で世界15カ国・地域に拠点を持ち、4,300人以上の研究開発人材を擁していると聞いています。海外経験の豊富な勝又さんが、昨年から、広州汽車集団のグローバル販売生産会社である『広汽国際』のCTOを兼務されているというも、その一環ですか?

勝又:そうですね。2024年に、2027年までに自主ブランド比率を販売台数の60%以上に高め、200万台体制を目指す3カ年計画「パンユー(番禺)・アクション」を発表しました。

広州汽車集団常勤顧問 名古屋大学客員教授 勝又 正人 氏

ガソリン車は少数派に――数字で見る中国NEVの現在

上原:次に中国のNEVの現状について伺います。電気自動車やプラグインハイブリッドなどを含むNEVの販売は急速に拡大しており、EV開発の観点から見ると、この10年で中国は世界の自動車産業地図を塗り替えたと言えます。

2024年の中国の新車総販売台数は3,143万台で、そのうちNEVは1,286万台、前年比35.5%増で、新車全体に占める割合は40.9%。年末には月次ベースで5割を超える水準まで伸びています。勝又さんは現地でこの変化をどう感じていますか。

勝又:現地にいると、すでにガソリン車を買う人のほうが少数派になってきている感覚があります。特に都市部ではその傾向が強まっています。

上原:日本と比べると、その規模感がよくわかります。2024年の日本の乗用車販売は約372万台です。つまり中国のNEV販売だけで日本の乗用車市場全体の約3.4倍に相当します。

:自動車産業を基幹産業とする日本の市場全体と比べても、それだけの差があることに危機感を抱きます。この差は単なる市場規模の違いではなく、政策や制度の後押しも大きいのでしょうか。

勝又:おっしゃるとおりです。この背景には、国家の強力なバックアップがあります。

たとえば買い替え補助制度です。2024年には旧車を下取りに出してNEVに乗り換えると、最大2万元(約40万円)の補助金が支給されます。中国商務部によると、2025年5月時点で申請総数は1,000万件を突破しており、このうち323万件が2025年分です。単純計算すると、2024年だけでも600万件台後半の申請があったことになります。また、NEVの車両取得税免除も2027年まで延長されています。

上原:中国充電連盟(China Electric Vehicle Charging Infrastructure Promotion Alliance)によると、2024年時点で中国国内の公共用充電器は約350万基に達しています。世界の普通充電器全体の55%、急速充電器全体の約80%が中国国内に集中しています。

また、中国では現在、NEVが4,397万台走行しており、それに対して充電設備は2,010万基が整備されています。約2.2台に1基の充電設備がある状況です。

:インフラが先に整備されて、それが普及を牽引するという構造ですね。日本とは逆の順番です。価格面での競争力はどうでしょうか。中国EVがここまで普及した背景には、コスト面での優位性もありますか。

勝又:NEVではバッテリーも重要ですが、強固なサプライチェーンも下支えしています。EVコストの3割から4割を占める車載電池では、CATL(寧徳時代)が世界シェア首位、BYDが2位です。世界の車載電池メーカー上位10社のうち6社が中国企業で、この競争環境による継続的なコストダウンが、中国EVの価格競争力に直結しています。

デロイト トーマツ サイバー合同会社 執行役員 自動車セクター担当 泊 輝幸

「走る」から「考える」へ、リーズニングAIが変える自動車の本質

上原:ここからは中国の車両開発の考え方について伺います。あらためて言うまでもありませんが、自動車業界全体としてソフトウェアが車を定義する「SDV(Software Defined Vehicle)」という概念が大きなテーマになっています。勝又さんから最初に「AI SDV」という言葉を聞いた時は、車両のメカ設計やシステム設計をAIエージェントに丸投げすると勝手に設計してくれるとか、またはAIエージェントが設計者の心強い相棒としてフルサポートしてくれるイメージを想像しました。つまり、「その線は間違っているぞ! そのシステム仕様はこうした方がいいぞ!」といったレベルで、設計実務に介入してくる。中国では既にそういう世界に入っているのかと驚きました(笑)。

勝又:「AISDV」や「AIDV(AI Defined Vehicle)」は、SDVの次の段階を示す言葉です。単に「ソフトウェアが車を定義する」というSDVからさらに一歩進み、車の開発や運用も含めてエコシステム全体がAIとデジタルを前提に動くようになる。そうした変化を表す概念ですね。

とはいえ、上原さんがイメージされたように、AIがメカ設計やシステム仕様検討に直接介入するという段階ではありません。設計の現場では依然として泥臭い作業をしています。ただし、それはあくまでデジタル活用が前提の泥臭さです。

:AIが実際の開発現場で、どの工程にどう活用されているのでしょうか。私は、AIは「過去に人間が作ったデータの中から、確率の高い答えを引き出すロジック」だと理解しています。そうすると、これまで存在していないような独創的な発想を生み出すことは難しいのではないかとも思うのですが……。

勝又:文字ベースの認識を行う世代のAIについては、おっしゃるとおりです。ただし、現在のAIは次の段階に移行しています。それが「リーズニング(推論)ができるAI」です。データが欠落している部分や、これまで遭遇したことのない状況でも、自ら補完できるようになっています。

自動運転の文脈では「エッジケース」という言葉がありますよね。交差点で逆走してきた車と衝突するような、通常ではなかなか発生しない状況のことです。従来型のAIにエッジケースを学習させるには、実際に衝突事故に近い状況を何度も再現し学習させる必要がありました。

一方、人間はどうでしょう。「この先は崖だから落ちる危険があるよ」と言われれば、特にその途中に用事が無いかぎり、そこには走っていきませんよね。ところが従来型のAIは、道が続いていれば危険な状況が目の前に現れるまで、そのまま走行してしまいます。すべての状況を明示的に教えなければ対応できないのです。しかしリーズニングベースのAIであれば、推論によって物理現象や、人間の感覚でいう“常識”を理解できるのです。

:なるほど、今は「AIが常識を持つ」段階なのですね。デジタルツインによるシミュレーション環境を構築し、ここでテスト走行を繰り返すというアプローチが増えている背景は、このようなリーズニングAIの特性を考えれば理解できます。実際、広汽集団ではどのような規模で取り組んでいるのでしょうか。

勝又:2025年の夏ごろまでは運転支援システムを鍛えるために、バーチャル環境で約7億キロ走行させていました。ソースプログラムも2億行近くに達しています。つまり、考えられる全ての状況を再現し学習させる手法を取っていましたが、問題は解決しません。

それに対し、最近は少し状況が変わってきています。AIがリーズニング、つまり推論で補完できるようになってきたため、「1万キロ程度走れれば十分ではないか」と言い始めているベンダーも出てきました。AIも人間の学習プロセスと同様に、最初は下手でも、一定の経験を積めば、あとは常識で補完できるようになるという考え方です。

実際、現在の日本ではリーズニングAIを使ったシステム開発どころか、バーチャル環境で7億キロ走らせ、2億行のソースプログラムを扱うような開発をしているメーカーがほとんどありません。

:7億キロから1万キロへ。実に700分の1です。そのような変化が起きている一方で、日本ではまだそのフェーズに至っていないと思われます。

勝又:先ほど泊さんが「危機感を抱いた」とおっしゃっていましたが、日本のメーカーもやらなければならないことはわかっています。しかし、豪雪地帯の高校野球チームと同じで、グラウンドがないのです。冬の間は練習できませんし、土のグラウンドでゴロがどう飛んでくるかはビデオでしか見たことがない。データを積む環境そのものが、根本的に違うのです。

一方、広州汽車集団は広東省広州市が所有する国営企業ですので、実環境での試験走行に対しても、政府が国策として強力にバックアップをしてくれています。日本と比べて、国土が広いということもありますが、こうした恵まれた開発環境が、近年の急速な運転支援技術発展に大いに貢献していると言えます。

デロイト トーマツ サイバー合同会社 パートナー 林 浩史

社会実装で先行する中国、自動運転が「当たり前」の光景

上原:実際、中国ではすでに自動運転タクシーが街中を走っています。百度が運営する無人タクシーサービス「蘿蔔快跑(Apollo Go)」は2024年3月に24時間営業を開始し、現在は北京・上海・広州・深圳・武漢など12の大都市に展開しています。乗客はスマートフォンで配車し、そのまま無人の車両に乗り込みます。運転席には誰もいません。サービス開始からの累計乗車回数は700万回を超えたと報じられていますね。

勝又:今は複数の企業がしのぎを削っています。「小馬智行(Pony.ai)」はトヨタの出資を受け、4都市で300台のロボタクシーを運用中で、2026年までにさらに1,000台を追加する計画です。「AutoX」も同様に複数都市で展開しています。

:日本ではまだ限定エリアの実証実験の段階ですから、商用サービスとして複数都市で展開しているというのは、日本とはかなり状況が違いますね。こうした動きはロボタクシーにとどまらず、一般の乗用車にも広がっているのでしょうか。

勝又:そうですね。一般乗用車のADAS(先進運転支援システム)も急速に高度化しています。例えば「華為(Huawei)」は自動運転システム「ADS2.0」を開発し、都市部の整備された環境において90%以上の走行操作を車に委ねられるレベルに達しています。2024年の春節には、同社幹部が深圳から安徽省まで400kmをハンドル操作なしで走行したことをSNSに投稿し、中国で大きな話題になりました。既に2年前にこのような状況です。

華為は2024年4月にスマートカーブランド「乾崑(Qiankun)」を発表し、BYD・奇瑞・セレスなど複数のOEMに自動運転/ADASシステムとビークルOSを供給しています。車載事業の売上高は2023年に前年比2.3倍の約1,000億円規模に達しました。

一方、小鵬汽車は高精度3DマップやLiDARに頼らず、カメラなどのセンサー情報をAIが直接処理して走行判断を行うE2E(End-to-End)自動運転システムを自社開発し、さらに専用半導体まで手掛けています。各社がまったく異なるアプローチで競争しているのです。

そうした激しい競争の結果、システム開発は大きく進展しました。中国のNEV市場では、ユーザー同士の会話が「どのOEMの自動運転/ADASシステムが優れているか」ではなく、「どのメーカーの運転スタイルが自分の好みに合うか」という話題に変わっています。「積極的に車線変更するタイプか」「割り込まれても穏やかに安全優先で譲るタイプか」といった具合です。

つまり、機能として「できる」「できない」を比較する段階ではなく、AIがどのように判断して走るか、自分好みの「運転スタイル」や「個性」を選ぶ段階に入っているのです。

上原:なるほど、自動運転/ADASシステムの顧客への浸透度合いが良く分かりました。とは言え、一般の消費者が購入できる車両は、まだ自動運転レベル3には達していないと聞いていますが如何ですか?

勝又:公式にはレベル3とは位置づけていません。レベル3は今のところ、北京で2社、華南エリアでは弊社を含めて2社が認可されているだけで、中国でも自由に使える段階にはまだありません。そのためレベル3とは呼ばず、「レベル2++」といった表現が使われています。レベル3(条件付き自動運転)に近づいてきたが一歩及ばない、レベル2++(高度運転支援)ということで、あくまで“運転支援”です。

日本で言えば、現行のレクサスもレベル2+までで、高速道路でのNDA(ナビ連動ドライブアシスト)は使えますが、市街地でのNDAはまだ実用的とは言い難い。実は「レベル2++」としてトヨタが世界で初めて採用したのが、広州汽車集団の車です。

:一方で、事故が起きたケースもありましたよね。2024年3月に、自動運転/ADASシステムを搭載した車両が高速道路でトラックに追突する事故があり、中国のSNSでも大きな議論になったのを覚えています。こうした事故は、中国の自動運転開発にどのような影響を与えたのでしょうか。

勝又:悲しい事故が発生してしまい、大変残念です。もちろん、中国でも相当議論になりました。特に、『AIと人間の協調』、つまり、今までは、『ドライバー+クルマ(ハード)の安全性能+インフラ』を中心に、交通事故ゼロを目指して社会全体で改善を積み上げてきましたが、そこに、新たに『AIによる運転支援』という要素が加わり、これらをいかに協調させて事故ゼロを実現するのか、という点で活発な議論がなされました。中国だけでなく、まさにこの『AIと人間をいかに協調させ、事故ゼロを実現するか』という研究・開発が、運転支援技術進化の根幹だと思います。

デロイト トーマツ サイバー合同会社 シニアフェロー 上原 茂