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Legal Newsletter:2025年8月20日号
令和7(2025)年3月31日に、営業秘密管理指針が改訂されました。本指針は、不正競争防止法により「営業秘密」として法的保護を受けるために必要となる「最低限の水準の対策」を示すものです。本ニュースレターでは、改定された内容の概要をご説明するとともに、各企業において必要となる対応例をご紹介します。
Executive Summary
- 令和7(2025)年3月31日に、営業秘密管理指針が改訂されました。
- 営業秘密管理指針は、不正競争防止法により「営業秘密」として法的保護を受けるために必要となる「最低限の水準の対策」を示すものです。
- 今回の改訂では、以下の修正点が含まれます。
- 「限定提供データ」を含む、「営業秘密」以外の情報の保護に関する整理
- 営業秘密と民事上の措置・刑事罰との関係の明確化
- 指針の対象となる「事業者」の範囲を明確化
- 秘密管理措置の程度について、措置の対象者や事業者の類型ごとに分別して記載
- 技術革新に伴う新たな管理方法・侵害について営業秘密の要件の考え方を追記
- 各社においては、たとえば以下のようなアクションをとることが必要となります。
- 部門ごとの営業秘密の存否や管理状況などについての社内デューデリジェンス(現状把握・棚卸し)の実施(技術情報が含まれる場合は、あわせて社内知財デューデリジェンスを実施)
- 営業秘密を共有する可能性のある取引先等との秘密保持契約の条項の見直し
- 業務上AIの活用が想定される場合にはAIに提供できる情報の範囲を明確にし、AIが生成・出力した情報について社外提供を厳格に管理するなど、営業秘密管理指針および社内の実態に合わせた社内規則の見直し
- 社内研修の実施を通じた、従業員等営業秘密に接し得る関係者の意識のアップデート
1. はじめに
昨今、営業秘密の漏洩事件が相次ぎ、情報管理の重要性が再認識されるに至っています。そのような中で、経済産業省知的財産政策室は令和7年3月31日付けで営業秘密管理指針を改訂しました1。
本ニュースレターでは、改訂された内容の概要についてご説明いたします。
2. 営業秘密の概要
不正競争防止法(以下「不競法」)で保護される営業秘密に対し、不正に取得、使用、開示することは、不正競争行為に該当し得ます。不正競争行為を行った者は、営業秘密保有者から当該行為の差止めや損害賠償等の民事上の請求を受ける可能性があるほか、刑事罰を受ける可能性があります。
「営業秘密」の定義として、不競法2条6項は、「秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上または営業上の情報であって、公然と知られていないものをいう。」としています。すなわち、以下の3要件を全て満たす情報が営業秘密として保護されます2。
- 秘密管理性
秘密として管理されていること
秘密管理性の判断基準としては、一般的に以下の要素を満たす必要があります。
Ⓐ当該情報へのアクセスが制限されていること(アクセス制限)
Ⓑ当該情報にアクセスした者に当該情報が営業情報であることが認識できるようにされていること(客観的認識可能性)
- 有用性
有用な営業上または技術上の情報であること
- 非公知性
公然と知られていないこと
3. 営業秘密管理指針の性質および主な改訂の経緯
(1) 営業秘密管理指針の性質
営業秘密管理指針は、イノベーションの推進、勤務・労働形態の変化、海外の動向や国内外の裁判例等を踏まえ、経済産業省が一つの考え方を示すものとして平成15年に策定しました。同指針は、平成27年に全面的に改訂され、以降営業秘密として法的な保護を受けるために必要な「最低限の水準の対策」を示すものとされています。他方、秘密情報全般について、望ましい管理水準を示すものとしては「秘密情報の保護ハンドブック」があります3。
営業秘密管理指針は、行政庁が企業実務において最低限の営業秘密管理の在り方を示したガイドラインにすぎず、直ちに裁判規範となるものではありません。しかし、実務上、法解釈において参考にされる重要な指針であるといえます。
(2) 改訂の背景・趣旨4
営業秘密管理指針の今回の改訂では、新たな裁判例の出現に加え、以下のような社会の変化に対応する動きがみられます。
- 営業秘密をとりまく「環境の変化」に伴う修正
- 働く環境の変化(テレワークの普及、雇用の流動化)を踏まえた記載内容の整理・拡充(対従業員管理・対取引先管理の明記など)
- 情報管理方法の変化(クラウド利用の普及)に伴う記載内容の整理・拡充
- 技術動向を踏まえた営業秘密管理に関する記載の整理・追加(生成AIとの関係、リバースエンジニアリング、ダークウェブ)
- 関連する法制度の見直し、裁判の動向等を踏まえた修正
- 前回改訂以降の不正競争防止法改正の動向(平成30年の限定提供データ制度の導入、 令和5年改正での営業秘密との関係の整理)、営業秘密に関連する裁判の動向を踏まえた記載の整理・拡充
- 大学・研究機関も営業秘密の保有者になることの明示
4. 主な改訂内容5
令和7年3月の営業秘密管理指針の主な改訂内容は以下のとおりです。
(1) 総説
- 営業秘密と民事上の措置・刑事罰との関係
営業秘密侵害行為は、民事上の請求および刑事罰の対象となりますが、以前は民事および刑事における営業秘密該当性の判断基準が同一であるかが明確ではありませんでした。本改訂では、営業秘密の3要件の解釈について、民事上の要件と刑事上の要件は同一であることを明示しました。これにより、営業秘密の保護を巡る議論が統一的に整理されたといえます。
- 営業秘密に該当しない情報の保護について
営業秘密に該当しない情報であっても、限定提供データ(不正競争防止法2条7項)による保護や契約やその他の法令による法的保護の可能性があることが明示されました6。
また私人間の契約で情報の取扱いについて特別の定めを置いた場合には、契約に基づく請求も考えられます。本改訂は、私人間の契約条項に基づく請求においては、不正競争防止法上の営業秘密該当性は基本的に契約上の請求の成否には関係がない旨明らかにしています。
- 民間企業以外の組織における情報管理
大学・研究機関の研究結果も秘密としての価値を有するのに対し、従前の指針は「企業」「従業員」等、民間企業を念頭に置いた記載がされていました。本改訂では裁判例を踏まえ、民間企業のみならず、大学・研究機関における営業秘密の管理・保護についても指針が妥当する旨が追記されました。
(2) 秘密管理性
- 秘密管理性の趣旨
秘密管理性要件の趣旨は、「事業者が秘密として管理使用等する対象(秘密の範囲)が従業員や役員、取引相手先など(以下「従業員等」)に対して明確化されることによって、従業員等の予見可能性、ひいては、経済活動の安定性を確保することにある。」とされています。
本改訂では、この従業員等に派遣労働者が含まれることを明示し、派遣労働者との関係でも使用者の秘密管理意思(特定の情報を秘密として管理しようとする意思)を認識できるよう管理すべきことを示しました。
- 秘密管理措置の対象者
秘密管理措置の対象者は、当該情報に合法的に、かつ現実的に接することができる従業員等です。秘密管理性のうち、2._①_Ⓑ客観的認識可能性は、上記従業員らの認識が基準になると考えられます。
本改訂ではこの点に関する裁判例を踏まえ、秘密管理性の要件は、従業員全体の認識可能性も含めて客観的観点から定められるべきものであり、個々の従業員の認識に左右されない旨明らかにしました。
- 秘密管理措置の程度について
秘密管理措置の対象者には従業員のみならず取引先も含まれるところ、対従業員と対取引先とでは、おのずから秘密管理措置の内容も異なります。本改訂では、対従業員、対取引先に区分して、必要な秘密管理措置の程度を記載しています。
ア. 従業員等に向けた措置の程度
従業員との関係で秘密管理措置を検討する際は、「従業員にとって、『当該情報が秘密であり、他の情報と異なる取り扱いをすべき』という規範意識が生じるか」がポイントです。措置の内容としては、営業秘密と他の情報の分別管理、就業規則等の規定における守秘義務の明示、従業員への研修・啓発等が想定されます。
必要な措置の内容・程度は、業務形態や情報の性質等の事情によって異なります。例えば、管理される情報の重要性が高い場合は、規範的な管理措置で足りる場合もあるとされています。重要な情報であれば、従業員が秘密として管理すべきことを認識できるからです。
また今回の改訂では、複数の部署で広く共有されていた場合でも、業務上の必要性に基づき共有されていた場合であれば、アクセス制限の要素を欠くことにならない旨示しています。
秘密管理措置を講じる際には、どの程度の重要性を有する情報なのか、業務上どの範囲の従業員にアクセスを許可すべき情報なのかなどの具体的な事情に鑑み、秘密管理意思を従業員に認識させる程度の措置を講じる必要があるといえます。
イ. 取引先に向けた措置
取引先に提供する場合は、従業員に向けた秘密管理措置に加え、取引先と秘密保持契約を締結した上で情報を提供していることが必要になります。
- 秘密管理措置の具体例
紙媒体で保管する場合は、当該文書に「マル秘」など秘密であることを表示する、施錠可能なキャビネットで保管する等の措置が考えられます。一方で、電子媒体の場合、フォルダ名に秘密であることを表示する方法のほか、閲覧に要するパスワードを設定する方法があり得ます。最近主流の外部のクラウドを用いた保管の場合、階層制限に基づくアクセス制御等の措置が考えられます。
上述のように、いずれの方法による場合も、情報の内容・性質に応じた程度の措置がなされていれば問題ありません。
- 営業秘密を企業内外で共有する場合
最近では生成AIを積極的に活用している企業も見られます。本改訂では、生成AI との関係における秘密管理性の考え方が明らかになりました。
前提として、秘密管理性の有無は、法人全体で判断されるわけではなく、営業秘密たる情報を管理する単位ごとに判断されます。
今回の改訂では、管理単位Aが営業秘密αを学習用データとして利用し、そのデータを入力した結果、実装された生成AIから営業秘密αが生成・出力される場合でも、管理単位Aにおいて適切に秘密管理されているときは、秘密管理性は否定されないと考えられる旨明記しました。製造部の情報が生成AIを通し営業部に提供される場合のように、出力先が管理単位Aではなく、企業内の他の管理単位であっても結論に変わりありません。ただし、企業外の第三者が使用できる生成AIを用いるなど、企業外の第三者に情報が提供される場合は、秘密管理性が否定されることがあり得ます。
(3) 有用性
従前、有用性の要件の趣旨については、「秘密として法律上保護されるべき利益が乏しい情報を営業秘密の範囲から除外した上で、広い意味で商業的価値が認められる情報を保護すること」とのみ記載されていました。
本改訂ではこれを踏まえ、「当該情報が、営業秘密を保有する事業者の事業活動に使用・利用されているのであれば、基本的に営業秘密としての保護の必要性を肯定でき、当該情報が公序良俗に反するなど保護の相当性を欠くような場合でない限り有用性の要件は充足されるものと考えられる」と明示しました。
また有用性要件の判断に関する裁判例を踏まえ、有用性は情報を取得した者が当該情報を有効に活用できるかに左右されないと明示しました。
これらの改訂は、事業者の事業活動に利用される情報は広く保護されるべきとの考えを強調するものといえます。
(4) 非公知性
技術革新や情報化社会の発展に伴い、これまでにはみられなかった営業秘密の漏洩が想定されます。本改訂ではそのような事態に対する考え方を示しました。基本的には「容易に知ることができるか」という従来の考え方を踏襲するものとなっています。
- 公知情報の組み合わせ
本改訂では、公知情報の組み合わせであっても、①組み合わせが知られていなかったり容易に知り得ないため、財産的価値が失われていない場合、②組み合わせが知られていたり容易であるとしても、取得に要する時間や資金的コストがかかるため財産的価値がある場合には、非公知といい得ると明示しました。
②は公知情報を組み合わせて作成したAI技術の学習用データなどが想定されます。AIの性能に直結する学習用データは価値ある情報であるところ、これまではどのように保護されるか不透明な状況でした。本改訂は営業秘密としての保護の可能性を示すものであり、学習用データも手厚く保護しようとする姿勢がうかがえます。
- ダークウェブに公表された場合
ダークウェブとは、一般的な方法ではアクセスできず、また検索エンジンで見つけることも不可能なウェブサイトのことをいいます。本改訂では、ダークウェブに公表されたことで直ちに情報の非公知性を喪失するわけではないとの条項を新設しました。
- リバースエンジニアリング
リバースエンジニアリングとは、製品を解析、評価することによって、構造・材質・成分・製法等その製品に化体している情報を抽出したり、抽出した情報を使用したりする行為のことです。本改訂では、リバースエンジニアリングによって営業秘密を抽出できる場合、抽出可能性の難易度によって非公知性の判断が分かれる旨の条項を新設しました。
誰でもごく簡単に製品を解析することによって営業秘密を取得できるような場合には、当該製品を市販することは営業秘密自体を公開することに等しく、非公知性を喪失します。他方、特殊な技術や相当な期間が必要であるなど、容易に当該営業秘密を知ることができない場合には、非公知性を喪失することとはならないといえます。
5. 営業秘密管理についての注意点
今回の営業秘密管理指針の改訂は、技術革新に伴う新しい情報管理の在り方を考えるにあたっての示唆を与えるものといえます。上記のような改訂に鑑み、営業秘密の保護に向けた具体的な管理等の施策を再確認し、体制の見直し・改善を進めることが必要です。例えば、以下のようなアクションをとることが考えられます。
- 部門ごとの営業秘密の存否や管理状況などについての社内デューデリジェンス(現状把握・棚卸し)の実施(技術情報が含まれる場合は、あわせて社内知財デューデリジェンスを実施)
- 営業秘密を共有する可能性のある取引先等との秘密保持契約の条項の見直し
- 業務上AIの活用が想定される場合にはAIに提供できる情報の範囲を明確にし、AIが生成・出力した情報について社外提供を厳格に管理するなど、営業秘密管理指針および社内の実態に合わせた社内規則の見直し
- 社内研修の実施を通じた、従業員等営業秘密に接しうる関係者の意識のアップデート
(DT弁護士法人 菅 尋史、吉田 哲、稲田 瑞穂)
凡例
- 「不競法」: 「不正競争防止法」(令和七年法律第二十六号)
当該記事の意見にわたる部分は筆者の私見であり、所属する法人の公式見解ではありません。
本ニュースレターは、執筆時点(2025年8月20日)の情報に基づきます。
脚注
- 「2025年3月改訂 営業秘密管理指針」(経済産業省ウェブサイト「不正競争防止法 (METI/経済産業省)」ページ内、PDF)
- 「不正競争防止法逐条解説」57頁(経済産業省ウェブサイト、PDF)
- 「秘密情報の保護ハンドブック」(経済産業省ウェブサイト、PDF)
- 「営業秘密保護・活用に関する最近の動き」3頁(経済産業省ウェブサイト、PDF)
- 「営業秘密管理指針」の主な改訂内容一覧」(経済産業省ウェブサイト、PDF)
- 限定提供データについては「限定提供データに関する指針」(経済産業省ウェブサイト、PDF)
ご協力ありがとうございました。