令和7(2025)年3月11日に、下請代金支払遅延等防止法(下請法)の改正案が公表されました。中小企業や個人(フリーランス)をサプライヤーとする調達取引に関連し、競争法分野において、法律の制定・改正や、当局による執行など、新しい動きが相次いでいます。本ニュースレターでは、その概要をご説明するとともに、各企業において必要となる対応の例をご紹介します。
中小企業や個人(フリーランス)をサプライヤーとする調達取引に関連し、競争法分野において、法律の制定・改正や、当局による執行など、新しい動きが相次いでいます。
本ニュースレターでは、それらの動きの中から、以下の3点についてご説明するとともに、各企業において必要となる対応の例をご紹介します。
令和7(2025)年3月11日に、下請代金支払遅延等防止法(下請法)および下請中小企業振興法の改正案が閣議決定され、公表されました1。公布後1年以内に施行することとされていますので、早ければ今国会で成立し、来年(令和8(2026)年)から施行されることになります。
近年の物価上昇を受け、政府は、「パートナーシップによる価値創造のための転嫁円滑化施策パッケージ」(令和3(2021)年12月27日内閣官房・消費者庁・厚生労働省・経済産業省・国土交通省・公正取引委員会)2や「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」(令和5(2023)年11月29日内閣官房・公正取引委員会)3の策定など、価格転嫁が行われる取引環境の整備に取り組んできました。
また、公取委は、これらの施策・指針に関連する具体的な取組として、令和4(2022)年1月26日には「下請代金支払遅延等防止法に関する運用基準」を改正し4、労務費、原材料費、エネルギーコストの上昇を取引価格に反映しない取引が下請法上の「買いたたき」に該当するおそれがあることを明確化したほか、令和6(2024)年3月および令和7(2025)年3月にはそれぞれ、個別調査に基づき、相当数の取引先について協議を経ない取引価格の据置き等が確認された事業者について事業者名を公表しました5。
公取委と中企庁は、こうした取組を背景に、適切な価格転嫁を新たな商慣習としてサプライチェーン全体で定着させていくための取引環境を整備する観点から、下請法を中心に優越的地位の濫用規制の在り方について検討を行う「企業取引研究会」を開催し、昨年末(令和6(2024)年12月)には「企業取引研究会報告書」を公表6しました。
同報告書における提言およびそれに対するパブリックコメントの結果7を受けて作成されたのが、本改正案となります。
本改正案の趣旨としては、
がうたわれています。
1) 「下請」等の用語の見直し
「下請」という用語が、発注者と受注者が対等な関係ではないという語感を与える、といった指摘を踏まえ、用語について、「親事業者」が「委託事業者」、「下請事業者」が「中小受託事業者」、「下請代金」が「製造委託等代金」に改正されます。
併せて、法律の題名も、「下請代金支払遅延等防止法」から「製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律」に改正されます。
おそらく今後は、一般的に利用されてきた「下請法」という略称も変わっていくものと思われます8。
もっとも、改正前と変わらず、規制の対象となる取引は原則として、事業者が業として提供する目的物の製造等を委託する、いわゆる下請取引に限定されます。この点は後掲のフリーランス法とは異なります。
なお、「下請中小企業振興法」についても、題名が「受託中小企業振興法」に変更され、用語についても同様の改正がなされます。
2) 協議を適切に行わない代金額の決定の禁止(下請法新5条2項4号)
従来の「買いたたき」(下請法現4条1項5号(新5条1項5号))は、対価に着目した規制であり、「通常支払われる対価」すなわち市価の認定が必要でした。このため、コストが上昇する局面において、価格を据置きする行為については、違反を問いにくい状況がありました。
これに対し、本改正案では新たに、対等な価格交渉を確保する観点から、交渉プロセスに着目し、中小受託事業者から価格協議の求めがあったにもかかわらず、協議に応じなかったり、委託事業者が必要な説明を行わなかったりするなど、一方的に代金を決定して、中小受託事業者の利益を不当に害する行為を禁止する規定が新設されます。これにより、上記のような価格を据置きする行為に対しても適切な交渉が行われ、価格転嫁が進むことが期待されています。
3) 手形払等の禁止(下請法新5条1項2号)
支払手段として手形等を用いることにより、発注者が受注者に資金繰りに係る負担を求める商慣習が続いていることを踏まえ、従来の下請法では認められていた、手形による支払が禁止されます。
また、電子記録債権やファクタリングについても、支払期日までに代金に相当する金銭(手数料等を含む満額)を得ることが困難であるものについては禁止されます。
これに伴い、割引困難な手形による支払を禁止する規定(下請法現4条2項2号)が廃止されます。
今後おそらく、手形払の存在を前提とした規則、運用基準等についても順次改正・廃止されていくものと思われます。
4) 対象取引への、運送委託の追加(下請法新2条5項、6項)
従来の下請法では、「元請運送事業者から下請運送事業者に対する物品の運送の再委託」は規制対象(役務提供委託(下請法2条4項))でしたが、「発荷主から元請運送事業者に対する物品の運送の委託」は規制対象外でした(独占禁止法の物流特殊指定で対応)。
しかし、立場の弱い物流事業者が、荷役や荷待ちを無償で行わされているなど、荷主・物流事業者間の問題(荷役・荷待ち)が顕在化していることから、発荷主が運送事業者に対して物品の運送を委託する取引が、下請法の対象となる新たな類型(特定運送委託)として追加されました。
なお、ここでいう発荷主とは、メーカー、卸売業者等の事業者が、自らの商品等を取引相手に対して運送する場合に、運送事業者に対して当該運送をアウトソースする場合をいいます。
5) 親事業者・下請事業者の該当性判断における、従業員数基準の追加(下請法新2条8項、9項)
従来の下請法では、親事業者・下請事業者の該当性は、資本金の額によってのみ判断されていました。しかしながら、実質的には事業規模は大きいものの当初の資本金が少額である事業者や、減資をすることによって、本法の対象とならない事業者が存在したり、下請法の適用を逃れるために受注者に増資を求める発注者が存在していました。
そこで、本改正案では、従来の資本金の額による該当性判断基準に加え、従業員数による該当性判断基準が設けられました。
すなわち、従来の資本金基準によって親事業者/下請事業者とされていたものはそのまま親事業者(委託事業者)/下請事業者(中小受託事業者)となります。一方、従来は資本金基準により親事業者/下請事業者に該当しなかったもののうち、従業員基準を満たすものが新たに親事業者(委託事業者)/下請事業者(中小受託事業者)とされることになります。
具体的には、製造委託等においては、従業員300人超の事業者が従業員300人以下の事業者に発注する場合、それぞれは親事業者(委託事業者)・下請事業者(中小受託事業者)となります。
また、情報成果物作成委託・役務提供委託においては、従業員100人超の事業者が従業員100人以下の事業者に発注する場合、それぞれは親事業者(委託事業者)・下請事業者(中小受託事業者)となります。
6) 面的執行の強化(下請法新5条1項7号、8条、13条)
従来の下請法では、事業所管省庁には調査権限のみが与えられているものの、指導・助言権限はありませんでした。また、下請事業者が事業所管省庁(「トラック・物流Gメン」など)に通報した場合、下請法の「報復措置の禁止」の対象となっていませんでした。
本改正案では、事業所管省庁の主務大臣に指導・助言権限が付与され、また、中小受託事業者が申告しやすい環境を確保すべく、「報復措置の禁止」の申告先として、現行の公取委および中企庁長官に加え、事業所管省庁の主務大臣が追加されました。
これにより、公取委、中企庁、事業所管省庁の連携した執行をより拡充していくことが期待されています。
7) 下請中小企業振興法の改正
本改正案では、下請法とあわせて、下請中小企業振興法も改正されることとなります。主な改正点は以下のとおりです。
近年、製造委託等に関連し、発注者が、下請法対象事業者(下請事業者)に対し、製品の発注を長期間行わないにもかかわらず金型等を無償で長期間保管させることが下請法違反(不当な経済上の利益の提供要請の禁止(下請法4条2項3号(新5条2項2号)))とされた事例が相次いでいます。
令和5(2023)年3月16日の勧告を皮切りに、令和4(2022)年度に1件、令和5(2023)年度には3件、令和6(2024)年度には9件と、勧告事例の件数は年々増加しています。
これらのうち、いくつかの事例では、下請事業者に対し、当該金型等の棚卸等をさせていたことも併せて適示されています。
令和元(2019)年12月に型取引の適正化推進協議会(事務局:中企庁・経産省製造産業局等)が公表した報告書9では、型に関する取引の類型化と、各類型において事業者が行うべき取組や覚書例が記載されました。
上記の勧告事例において問題とされた行為の実施期間はいずれも令和3(2021)年以降であり、同報告書の公表から一定程度の期間が経過したことから、事業者においてその間に対策が可能であったとして、現在の摘発ラッシュにつながっているではないかと思われます。
なお、昨年末(令和6(2024)年12月)に公表された「企業取引研究会報告書」でもこの問題は取り上げられており、下請法運用基準の見直しにより、金型の所有権の所在にかかわらず型の無償保管要請が下請法上の問題となり得る旨整理し、どのような場合に下請法上問題となるのか、発注者や受注者にとって分かりやすい基準を明記すべき、との提言がなされました。
下請法2条1項には、金型の製造に限定した、いわゆる「金型製造委託」の類型が規定されていますが、本件は当該類型とは関係ありません。あくまでも下請事業者に提供が要請された「不当な経済上の利益」の内容として、「金型等の無償保管」が問題視されたものです。したがって、「金型」以外の木型、砂型、型紙などの「型」や、工具、治具等も対象となります。実際に、令和7(2025)年2月20日の勧告事例では、親事業者が下請事業者に貸与していた「木型、金型、治具、工具等」を無償で保管させたことが違反とされました。また、理論的には型や工具等に限られるものではなく、例えば、ある特定の製品にしか使えない生産機械や生産ラインをいつまでも無償で動態保存させるようなことに対しても、同種の下請法違反は成立し得るものと存じます。
上記のように金型等をサプライヤーに保管させる行為については、下請法対象事業者以外との取引についても、独禁法違反(優越的地位濫用)となる可能性があることについても注意が必要です10。
特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律(いわゆる「フリーランス法」)が、令和6(2024)年11月1日に施行されました。
フリーランス法は、一人の「個人」として業務を受託するいわゆる「フリーランス」と、発注事業者との交渉力などの格差に鑑み、両者間の業務委託取引の適正化を図るとともに、フリーランスの就業環境の整備も図るものです。
フリーランス法では、フリーランスに対して業務を委託する発注事業者に対し、下請法に類似した義務が課せられます。それに加え、以下の点にも注意が必要です。
フリーランス法の詳細については、DT弁護士法人 Legal Newsletter 2024年9月26日号「令和6年(2024年)11月1日施行「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」(いわゆるフリーランス法)について」をご覧ください。
フリーランス法については、現在までのところ公表された違反事例はありませんが、公取委は、インターネット広告やYouTubeでのオリジナル動画配信などを展開し、周知啓蒙活動に大々的に力を入れており、執行に向けた今後の動きを注視する必要があります。
上記のような法律の制定・改正や当局による執行に鑑み、中小企業やフリーランスをサプライヤーとして起用する各企業においては、全社的に以下のような類型を洗い出し、個々のサプライヤー取引において適法性が担保できるか、確認する必要があります。
さらに、下請法改正案においては、手形支払の禁止や、協議を適切に行わない代金額の決定の禁止など、従来の下請法から規制が強化されていますので、サプライヤーへの発注、検収、支払い等に関するルーティン、システム、社内規程、マニュアル、雛型等の見直しを進めることが必要になるものと思われます。
併せて、自社役職員向けの研修を速やかに実施し、関係者の意識をアップデートしていくことも重要と思われます。
(DT弁護士法人 菅 尋史、吉田 哲)
本ニュースレターは、執筆時点(2025年3月15日)の情報に基づきます。