令和5年(2023年)4月28日に、「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」(フリーランス・事業者間取引適正化等法)(以下「フリーランス法」または単に「法」)が可決成立し、同年5月12日に公布されました。本法は、令和6年(2024年)11月1日に施行されます。
本ニュースレターでは、施行日の迫るフリーランス法について、その概要をご説明するとともに、特に注意すべきケースや、各企業において必要となる対応の例をご紹介します。
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近年、働き方の選択肢の一つとして、フリーランス、特に、デジタル社会の進展に伴う新しい働き方(いわゆるギグワーカー、クラウドワーカー等)が普及してきました。フリーランスを選択する背景は人によって様々であり、個々人がそれぞれのニーズに応じた働き方を柔軟に選択できる環境を整備することが重要となっています。
一方で、フリーランスが、発注事業者との関係で、一方的な発注取消、報酬の支払遅延、ハラスメントなど、様々な取引上のトラブルに直面しているという実態がみられ、これらトラブルの背景には、一人の「個人」として業務委託を受けるフリーランスと、「組織」として業務委託を行う発注事業者との間に、交渉力やその前提となる情報収集力の格差が生じやすいことがあると考えられています。
こういった背景から、今般、フリーランス法により、①発注事業者・フリーランス間の取引の適正化、および、②フリーランスの就業環境の整備が図られることとなりました。
フリーランス法は、「個人」として業務委託を受けるフリーランスと、従業員を使用して「組織」として業務委託を行う発注事業者との交渉力などの格差を是正することを目的としていますので、適用対象となるフリーランスは、業務委託の相手方である事業者であって、(i) 個人であって従業員を使用しないもの、または (ii) 法人であって、代表者1名以外に他の役員(理事、取締役、執行役、業務を執行する社員、監事もしくは監査役またはこれらに準ずる者)がなく、かつ、従業員を使用しないもの(特定受託事業者)となります(法2条1項)。簡単にいえば、「従業員を使用しない、個人または役員1名のみの会社4」と整理できるかと存じます。
ただし、個人や役員1名のみの会社が、週労働20時間未満の者や、30日以下の雇用しか見込まれていない者のみを雇用している場合であれば、「従業員を使用しないもの」となり、特定受託事業者に該当します。また、事業に同居親族のみを使用している場合も、「従業員を使用」に該当しません5。
なお、NPO法人や一般社団法人などの非営利団体6、士業7なども、上記に該当すれば、特定受託事業者となり得ます。
一方で、株式会社において、取締役、会計参与、監査役、会計監査人や、いわゆる委任型の執行役員の地位に就く個人に関しては、当該株式会社と個人との関係は、当該株式会社にとっては内部関係にすぎず、当該個人は他の事業者といえないので、フリーランス法の適用はないとされます8。
発注事業者は、「業務委託事業者」(特定受託事業者に業務委託をする事業者)と定義されており(法2条5項)、その主体に特段の限定はありません。
ただし、フリーランス法上のほとんどの規制は、法2条6項に定める「特定業務委託事業者」(業務委託事業者であって、(i) 個人であって従業員を使用するもの、または (ii) 法人であって、二以上の役員があり、または従業員を使用するもの)のみに適用されます。
したがって、個人や役員1名のみの会社で、従業員を使用しない業務委託事業者については、義務が大幅に限定されることになります。
フリーランス法の適用対象取引である「業務委託」とは、事業者が、自らの事業のために、他の事業者に、物品の製造・加工、情報成果物の作成または役務の提供(自らに役務の提供をさせることを含む)を委託することをいいます(法2条3項)。
なお、下請法上の「修理委託」は、フリーランス法では、「役務の提供」の委託の一つとして適用対象となります9。
また、建設業法で規制され、下請法では規制対象とならない、建設工事の発注についても、フリーランス(いわゆる「一人親方」など)に発注する場合はフリーランス法の規制対象となります10。
取引の適正化に関して、業務委託事業者に課せられる義務は、(i) 書面等による取引条件の明示(法3条)、(ii) 報酬支払期日の設定等(法4条)および (iii) 受領拒否、報酬減額、返品等の禁止(法5条)の3点です。
このうち、「(i) 書面等による取引条件の明示」については、個人や役員1名のみの会社を含む全ての業務委託事業者に義務が課せられますが、「(ii) 報酬支払期日の設定等」および「(iii) 受領拒否、報酬減額、返品等の禁止」については、特定業務委託事業者にのみ義務が課せられます。
また、「(iii) 受領拒否、報酬減額、返品等の禁止」については、1か月以上継続して行われる業務委託のみが適用対象となります(施行令1条)。
業務委託事業者は、特定受託事業者に対し業務委託をした場合は、直ちに、特定受託事業者の給付の内容、報酬の額等の定められた事項11を書面または電磁的方法により明示する必要があります。
「電磁的方法」としては、電子メールのほか、受信者を特定し第三者が閲覧できない方法であれば、SNSのメッセージ機能などを用いることも可能です。
特定業務委託事業者は、特定受託事業者への報酬支払日を、当該特定受託事業者からの給付を受領した日から60日以内(自らが第三者から受注した業務(の一部)を特定業務委託事業者に再委託をする場合は、当該第三者から自らへの支払期日から30日以内)に設定し、かつ実際に支払う必要があります。
特定業務委託事業者は、特定受託事業者に対して1か月以上の期間12行う業務委託を行った場合には、以下の①~⑤の行為をしてはならず、また、⑥・⑦の行為によって特定受託事業者の利益を不当に害してはなりません。
① |
特定受託事業者の責めに帰すべき事由なく受領を拒否すること |
---|---|
② |
特定受託事業者の責めに帰すべき事由なく報酬を減額すること |
③ |
特定受託事業者の責めに帰すべき事由なく返品を行うこと |
④ |
通常相場に比べ著しく低い報酬の額を不当に定めること |
⑤ |
正当な理由なく自己の指定する物の購入・役務の利用を強制すること |
⑥ |
自己のために金銭、役務その他の経済上の利益を提供させること |
⑦ |
特定受託事業者の責めに帰すべき事由なく内容を変更させ、またはやり直させること |
就業環境の整備に関して、業務委託事業者に課せられる義務は、(i) 広告等における受託者募集情報の的確表示(法12条)、(ii) 妊娠、出産・育児、介護と業務の両立に対する配慮(法13条)、(iii) ハラスメント対策にかかる体制整備等(法14条)および (iv) 中途解除・不更新の場合の事前予告(法16条)の4点で、いずれも特定業務委託事業者にのみ義務が課せられます。
また、「(ii) 妊娠、出産・育児、介護と業務の両立に対する配慮」および「(iv) 中途解除・不更新の場合の事前予告」については、業務委託のうち6か月以上継続するもの(継続的業務委託)13が主な適用対象となります(施行令3条)。
特定業務委託事業者は、自らまたは他の事業者に委託して、新聞等刊行物やインターネット等による広告等により、特定受託事業者になろうとする者に対して広く勧誘する場合には、業務の内容等について、虚偽表示や誤解を招く表示を行ってはならず、正確かつ最新の情報に保つ必要があります。
特定業務委託事業者は、業務委託を行う相手方である特定受託事業者14からの申出に応じて、当該特定受託事業者が妊娠、出産・育児または介護と業務とを両立できるように配慮する努力義務を負います。もっとも、当該業務委託が継続的業務委託の場合は、(努力義務にとどまらず)当該配慮を実施する法的義務を負います。
特定業務委託事業者は、業務委託を行う相手方である特定受託事業者15に対し、当該業務委託に関して、いわゆるセクハラ、マタハラおよびパワハラが生じないよう、適切な措置を講じる必要があります。
特定委託事業者は、継続的業務委託を中途解除または不更新とする場合は、30日前に事前予告を行うとともに、当該特定受託事業者からの請求により、解除・不更新の理由を開示する必要があります。
当局(取引の適正化に関する義務違反については公取委(および中企庁長官)、就業環境の整備に関する義務違反については厚労大臣)は、違反が疑われる業務委託事業者に対して、必要に応じ、報告徴収・立入検査を行い(法11条および20条)、違反を認識したときは勧告(法8条および18条)、さらに正当な理由なく勧告に従わない場合は措置命令およびその公表(法9条および19条)を行うことができます。ただし、ハラスメント対策に係る体制整備等(法14条)に関する違反については、報告徴収に限られ、違反を認識したときに勧告はできるものの、正当な理由なく勧告に従わない場合に措置命令を行うことはできません(公表のみ可能)(法19条3項)。
当局の命令に違反し、または報告徴収・立入検査について拒否や虚偽報告などを行った業務委託事業者には、50万円以下の罰金が科せられ(法24条)、両罰規定も存在します(法25条)。ただし、それらのうち、ハラスメント対策に係る体制整備等に関する違反に基づくものについては、20万円以下の過料となります(法26条)。
フリーランス法では、フリーランスに対して業務を委託する業務委託事業者に対し、独禁法の特別法である下請法に類似した義務が課せられます。そのため、独禁法や下請法とフリーランス法の規制が重複し、いずれの法律にも違反する行為が生じる可能性があります。この場合は、原則としてフリーランス法が優先的に適用されるものとされています。特に、フリーランス法第8条に基づく勧告の対象となった行為と同一の行為について、重ねて独禁法第20条の規定(排除措置命令)および同法第20条の6の規定(課徴金納付命令)が適用されることはないものとされています16。
フリーランスは、業務委託者との間には雇用契約を締結せず、請負契約や準委任契約などの契約に基づいて業務を行うため、一般には、労働者に該当せず、労働基準法等の労働関係法令が適用されません。
しかしながら、労働関係法令の適用に当たっては、契約の形式や名称にかかわらず、個々の働き方の実態に基づいて、「労働者」かどうかが判断されることになるところ、上記のように形式的には雇用契約を締結していないフリーランスであっても、業務委託者との間に使用従属性が認められ、「労働者」と認められることは有り得、その場合には業務委託者と当該フリーランスとの関係には、フリーランス法ではなく、労働関係法令が適用されることになります。
前述のとおりフリーランス法の規制は下請法と類似しており、規制の重複が生じ得ますが、その一方で、下請法では規制対象とならない、発注者の自家利用に向けられた製造・加工、情報成果物作成や役務の外注も、フリーランス法の規制対象となることには注意が必要です。
また、下請法にはなかった「就業環境の整備」に関する義務も導入されました。
したがって、自社からの発注取引に関して、従来どおり下請法を遵守するのみでは、新たな法規制をカバーできないおそれがあります。
また、建設業法で規制され、下請法では規制対象とならない、建設工事の発注についても、フリーランス(いわゆる「一人親方」など)に発注する場合はフリーランス法の規制対象となります。建設業界においてもフリーランス法への対応が求められます。
その他に、フリーランス法では、「フリーランスからフリーランスに対する業務委託」も規制対象となります。たとえば、ギグワーカー仲介プラットフォーム等の運営を行う事業者においては、ギグワークの発注者となるユーザーがフリーランス法3条に規定する書面等による取引条件の明示を適切に遵守できる仕組みを構築する必要があります。
従来の下請法においては、概ね事業部門による営業活動に紐づいた下請取引が規制対象となっていたため、主に事業部門からの発注に絞って下請法遵守対応を行っていた企業も多かったのではないかと思われます。これに対し、フリーランス法では、上記のように、発注者の自家利用に向けられた製造・加工、情報成果物作成や役務の外注も、フリーランス法の規制対象となります。これにより、従来の下請法遵守対応のスコープには入らない、自社の広告宣伝資料作成の外注や、経理・人事など管理部門からの社内業務アウトソースの発注などについても、下請法対応と同様のチェック体制を敷いていく必要が出てくるものと思われます。
こういった点も踏まえ、フリーランスを含む外注業者への発注、検収、支払い等に関するルーティン、システム、社内規程、マニュアル、雛型等の見直しを進めることが考えらえるところです。
また、フリーランスの就業環境の整備のための体制導入も必要です。この点は、従来は自社従業員向けであった、内部通報窓口などを含むコンプライアンスプログラム、あるいは育児介護等の支援制度などといったものを、自社が業務委託しているフリーランスにも一部適用できるよう修正していくことで対応できる部分もあるかと思われます。
以上の点については、関係部署による対応を進めるとともに、自社役職員向けの研修を速やかに実施し、関係者の意識をアップデートしていくことも重要と思われます。
(DT弁護士法人 菅 尋史、吉田 哲)
本ニュースレターは、執筆時点(2024年9月26日)の情報に基づきます。