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世界のM&A事情 ~ベトナム~

大規模な行政改革と経済展望

ベトナム戦争終結(南北統一)50周年を迎えた2025年、ベトナムはドイモイ政策以来とされる国家規模の行政改革を進めています。本稿では、2024年8月に書記長に就任したトー・ラム氏が進める改革の概要と、それがベトナム経済や投資環境に与える影響について解説します。

I. 国家規模での行政改革

1986年に導入されたドイモイ政策により、ベトナムは社会主義体制を維持しながら市場経済を取り入れ、急速な経済成長を遂げた。しかし、その一方で、腐敗の蔓延や非効率な行政機構といった課題も抱えることとなった。これまでも幾度となく改革の試みは行われてきたが、既得権益層による抵抗などにより抜本的な改革には至らなかった。

2024年8月、共産党の最高指導者であり、事実上国家の最高意思決定者である書記長に就任したトー・ラム氏は、ベトナムの政治的安定と経済成長を目指し、強力なリーダーシップの下で抜本的な改革を進めている。その中でも象徴的な取り組みが、汚職撲滅運動と中央省庁および地方行政の再編である。

汚職撲滅運動

ベトナムでは一党制による権力の集中、国営企業と党関係者の癒着や法制度の不透明さ、そして公務員の給与水準の低さなどの要因で、構造的・歴史的に汚職や不正が多い国である。

トー・ラム書記長は故・チョン書記長の反汚職闘争姿勢を踏襲し「Blazing Furnace(燃える炉)運動」という汚職撲滅運動を展開。「例外なし」「安全地帯なし」の原則の下で広範な摘発を行っており、2025年上半期には以下の成果を挙げた:

  • 230の党組織と7,235人の党員の懲戒処分
  • 党中央委員の幹部11名の懲戒処分
  • 約95億VNDの資金と617haの土地の押収

一方で、このような強硬な姿勢は、公務員たちが責任回避的な行動に走る「萎縮効果」を生み、土地取得や建設許可などの許認可手続きが大幅に遅れるという副作用も生じさせた。しかし、トー・ラム書記長は「横領は害だが、浪費(低い生産性)はさらに悪い」とし、行政の大幅な組織再編を実行している。

中央省庁・政府機関の再編

  • 計30の中央政府機関を、計22機関に再編

    • 18の中央省庁を14省庁へ。具体的には、財務省とその下位機関である計画投資省の統合、運輸省と建設省の統合などの再編を実施
    • 4の省相当機関を3機関へ
    • 8の政府直轄機関を5機関へ

地方行政の再編

  • これまでの省・中央直轄市(上位)、郡(中間)・村などの基礎自治体(下位)の3層からなる行政単位から、中間を解消した2層地方政府制度へと移行
  • 省・市の数もこれまでの63から、約半分の34に再編

    • 例えば、経済の中心であるホーチミン市は隣接する旧ビンズオン省、旧バリア・ブンタウ省と合併し、都市圏を拡大し地域全体の競争力強化を狙う
  • 基礎自治体はこれまでの10,035から3,321に再編

これらの再編は、行政サービスの集約による効率化とスリム化による公務員の削減、地方自治体間の連携強化と中央による指導力強化を狙ったものである。中央省庁の再編は2025年2月可決、翌3月より再編開始、地方行政の再編は6月に可決し、7月から新体制へ移行するというスピード感で行われている。2026年1月の第14回共産党大会での再任も見据えた権力基盤の強化という側面もあると思われるが、トー・ラム書記長のリーダーシップの象徴であり、改革をやり遂げる強い決意の表れといえる。

II. ベトナム経済への影響

通常では考えられないようなスピードでの行政再編を実行していることから、役割分担や担当者の変更による業務の遅延、システム連携の遅れなど、一部で実務的な混乱が生じている。また、スリム化により人員削減対象となった公務員の受け皿をどうするかという課題も残る。

ただし長期的な目で見れば、再編による行政効率化や、公務員からの賄賂の要求が減るなど日系企業にとってもビジネス環境の改善に繋がることで、ベトナムがより魅力的な投資対象となる可能性も秘めており、今後の動向が注目される。

 

III. 足元のM&A状況と課題

このような行政改革は、ベトナムの投資環境全体に大きな影響を与える可能性があり、とりわけM&A(企業の合併・買収)分野にも波及効果を及ぼしうる。本稿の後半では、ベトナムにおけるM&A事情を中心に、行政改革がどのような影響をもたらす可能性があるかを考察する。

以下の図は、日系企業による東南アジアのM&A完了案件数の推移を示している。

コロナ禍以降、日系企業による東南アジア企業の買収件数は減少しており、コロナ前の水準には戻っていない。特にベトナムでは、他の東南アジア各国と比較して案件数が大きく減少している。行政改革により、M&Aに際して発生する許認可や承認プロセスが簡素化・迅速化するのであれば、同国における投資環境の向上に繋がるであろう。

またベトナムにおけるM&A では、特有の論点が発生することが少なくない。当社が支援したベトナムM&A案件でも、例えば贈収賄等の不正が主な論点の一つとなっている。ベトナムは構造的・歴史的に不正が多いと述べたが、民間企業においても、日系企業と比べてコンプライアンス意識に大きな乖離が見られる。今後、国のトップレベルから不正が減っていくことで、長期的には国全体での不正に対する意識が変わり、民間企業レベルでもコンプライアンス意識の改善が期待できる。

デューデリジェンス(DD)の段階では、財務や税務だけでなく、贈収賄リスクのチェックも実施することが重要である。

M&A完了後のPMI(買収後統合)フェーズでは、不正防止のためのガバナンス強化や、実際の不正が発覚した時の「有事」対応が必要となる。

デロイト トーマツでは、これらの課題に対応するための支援を提供している。

 

IV. 終わりに

いかがだっただろうか。数十年後に振り返れば、2025年の行政大改革は、ドイモイ政策と並ぶベトナムの歴史的な転換点として評価される可能性がある。果たしてこの改革が成長の起爆剤となり得るか、ベトナムは今、重大な岐路に立っているのかもしれない。

※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。

 

執筆者

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
ベトナム駐在員 井本 健太

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