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日本の知財金融の推進に向けた施策の提案

米国と中国の事例を参考にして

2026年5月から、事業性融資の推進等に関する法律が施行され、知的財産など無形資産を含む新たな資金調達手段である企業価値担保権によって、中小企業やスタートアップの支援を目的とした知財金融の推進が図られている。本記事では、知財金融において日本よりも先進している米国・中国の事例をもとに、日本が今後取り組むべき施策の方向性を提示する。

1. 知財金融の概要


1.1 知財金融とは

知財金融とは、金融機関が企業の保有する特許・商標・意匠・ノウハウ・ブランドなどの知的財産に着目して事業や経営の支援をする取組である1。本稿では特に、金融機関が企業の知財を担保として融資を提供することを指す。


1.2 知財金融推進の背景

近年、企業価値の中心は土地や建物といった有形資産から、技術やノウハウといった無形資産へと移行してきている1特に、経営資源が限られる中小企業においては、ヒト・モノ・カネといった従来的な資産が潤沢でないことが多く、競争力の源泉は技術やノウハウに集約される。知的財産は、まさにこうした技術やノウハウを具体的に体現するものであり、企業の事業内容や競争力を正確に把握するうえで重要な指標となる2

一方で、従来の土地や建物など有形資産を担保とする融資において、有形資産が乏しいスタートアップや中小企業は資金調達に苦慮してきた。知的財産を含めた企業価値の全体像を判断材料とすることで、従来の融資では対応できなかった資金調達ニーズに応えることが可能となる。知財金融によって、企業の将来構想の実現や経営課題の解決に繋がることが期待されている3


1.3 知財金融における日本の現状

現在の日本においては、知財金融による融資実行は主流ではない。特許庁による知財金融の促進に向けた「中小企業知財金融促進事業」の実施や、知財を含む企業の全資産を担保にできる企業価値担保権の制定等といった、普及に向けた活動は見られる一方で1知財を担保とした融資の件数はごくわずかに留まっている4

日本において、知財金融が推進されない要因としては、大きく分けて2つの論点が一般的に指摘されており、各論点に対する仮説として考えられることは下記が挙げられる。
 

論点Ⅰ.知財の評価・管理に対する融資元の負担が大きい
  • 仮説①:統一的な知財価値評価の基準を作成する必要があるのではないか
  • 背景①:融資元が融資を実行する際に、担保となる知財の価値評価を実施する必要がある。しかし知財価値の不確実性は他の財産と比較して高く、知財の価値評価は専門的な知識が求められる場合が多い。金融機関へのヒアリングより、融資元である金融機関には知財に関する深い知見を持つ人材がおらず、融資判断に資する適正な価値評価の実施は単独で実施することは厳しい。
  • 仮説②:特許価値の調査工数を低減する制度が必要なのではないか
  • 背景②:知財価値は融資実行時だけでなく、その後も定期的に価値評価を実施する必要性がある。融資元で実施する場合は調査に掛かる工数、外部期間へ価値評価を依頼する場合はその費用負担が大きい。

論点Ⅱ.知財の流通性が低く、融資元の貸倒リスクが大きい
  • 仮説①:知財の流通を活性化させ、知財の流動性を高める必要があるのではないか
  • 背景①:日本においては担保元となる知財の流通性は高くなく、貸倒が発生した場合に、担保とした知財を事前の評価額で現金化できる可能性が低い。
  • 仮説②:融資元の貸倒リスクを軽減する制度が必要なのではないか
  • 背景②:知財価値は事業の将来性や市場環境によって価値が大きく左右されるため、不確実性が高い。また、金融機関が知財の内容を十分に把握して貸倒リスクを適切に評価することは困難である。こうした状況では、融資元が単独で貸倒リスクを負担することは過大なリスク負担となる可能性がある。金融機関へのヒアリングより、融資元の貸倒リスク負担が分担されるならば、知財金融に取り組む可能性は高まるということであった。

1.4 日本の知財金融が目指す姿

特許庁の知財金融ポータルサイトでも述べられているように、知財金融によって、まずは「地域金融機関が、中小企業の知恵や工夫を中心とした経営資源を、知財に着目して理解した上で、事業や経営の支援を行うこと2を普及していくことが重要だと考えられる。そして経営資源が乏しい中小機関やスタートアップにおいて知財金融の制度活用が定着し、円滑に資金調達できる環境が整備された結果、経済成長やイノベーション創出が日本において促進されることが目指す姿であると思料される。

本稿では日本よりも知財金融が発達している米国と中国の事例を調査し、日本が知財金融の目指す姿を実現するために参考となる知見を得て、今後の目指すべき方向性を明らかにすることを目的とする。

2. 日本と海外の知財金融制度の違い


2.1 米国と中国の知財金融の概要

米国と中国では知財金融の推進体制や、制度設計がそれぞれ異なっており、下記に示すように整理される。記載されていないその他の違いについては、下記で詳細に紹介する。


米国の知財金融5

  • 知財金融を主導する主体:民間
  • 融資形態:知財等の企業の全資産を担保とした包括担保融資
  • 知財金融の融資対象:ベンチャー~大企業までを対象


中国の知財金融6

  • 知財金融を主導する主体:国家
  • 融資形態:知財を担保とする知財担保融資
  • 知財金融の融資対象:中小企業を対象
    • 知財担保融資額は年々増加傾向にある


2.2 融資元の負担への対処

本節では、知財金融推進に向けた論点の一つである、「知財の評価・管理に対する融資元の負担の大きさ」について、下記仮説を検証する形で、調査およびヒアリングに基づいた各国の事例をまとめる。


仮説Ⅰ-①:統一的な知財価値評価の基準を作成する必要があるのではないか
仮説Ⅰ-②:特許価値の調査工数を低減する制度が必要なのではないか


2.2.1 米国


Ⅰ-①:統一的な知財価値評価の基準について5

  • 米国の包括担保融資においては知財の価値評価を実施しないことが一般的である。したがって、知財価値評価基準も存在しない


Ⅰ-②:知財価値評価の調査工数を低減する制度について

  • 基本的に、包括担保に関して政府からの制度整備や補助などの介入はない5
  • 有識者ヒアリングによると米国の包括担保融資(ベンチャーデット等)においては、事業性の評価は実施されており、知財を保有していると審査が優遇される3といったことから、知財が事業性評価の参考にされていると思料されるが、知財の価値評価に関してはほとんど実施されておらず7、知財価値評価の工数は掛からないことが分かった。

2.2.2 中国


Ⅰ-①:統一的な知財価値評価の基準について

  • 中国では日本と異なり、国が定めた統一的な知財価値評価基準(専利評価ガイドライン)が存在しており、様々な指標(法的価値・技術的価値・経済的価値に関する指標)を基にして、知財価値を算出可能となるようなガイドラインとなっている8
  • しかし有識者ヒアリングによると、金融機関は知財価値評価を実施せず、実際には融資元が専門機関(技術取引所)に委託費を払うことで実施されていることが分かった。


Ⅰ-②:知財価値評価の調査工数を低減する制度について

  • 有識者ヒアリングによると、融資元が技術取引所に価値評価を依頼する際、委託料は発生するが、融資元に対する地方政府による負担軽減のための補助金があることが分かった。

2.2.3 まとめ


仮説Ⅰ-①:統一的な知財価値評価基準について

  • 中国の事例より統一的な知財価値評価基準を作成しても、金融機関が自ら価値評価を実施することは無いことが分かった。


仮説Ⅰ-②:知財価値評価の費用工数低減について

  • 米国では包括担保のため、知財が事業性の評価の参考にされていると思料されるが、知財価値評価をほとんど実施しないスキームであり、中国では融資元が知財価値評価を実施せず、外部機関に委託するスキームとなっていた。

2国と日本の取組を比較すると、融資元の知財価値評価の負担の有無が挙げられる。日本においても金融機関の知財価値評価の負担が軽減されることで、銀行が知財金融に取り組む可能性が高まると考えられる。

また留意点として米国の事例から銀行が知財金融に取り組む上で、銀行自身が知財価値評価を実施しない場合でも、事業性評価の参考とするために一定程度の知財に関する知見は必要であると思料される。


2.3 知財の流通・リスク

本節では、知財金融推進に向けた論点の一つである、「知財の流通性が低く、融資元のリスクが大きい」点について、下記仮説を検証する形で、調査およびヒアリングに基づいた各国の事例をまとめる。
 

仮説Ⅱ-①:知財の流通を活性化させ、知財の流動性を高める必要があるのではないか
仮説Ⅱ-②:融資元のリスクを軽減する制度が必要なのではないか


2.3.1 米国


Ⅱ-①:知財の流通について

  • 民間の流通者が積極的に流通を促進しており、取引実績も存在する5
  • しかし、有識者ヒアリングによると、知財を売却する場合でも安値の取引となるため、包括担保融資において知財流通機関への依存度は高くないことが分かった。


Ⅱ-②:貸倒リスク軽減について5

  • 民間の保険会社が、知財売却での回収金額が未返済額を下回った場合に損失を補填するサービスを提供している7。また、有識者ヒアリング、貸倒リスクが保険会社やブローカーなどさまざまな民間機関によって分散されていることが分かった。

2.3.2 中国


Ⅱ-①:知財の流通について

  • 中国では貸倒時に知財をオークションにかけて売り出す仕組みが存在しており、オンラインによる知財オークションは増加している9
  • しかし有識者ヒアリングによると、実際に知財オークションにおいて高値で取引される知財はほとんど無く、貸倒リスクの低減に寄与する可能性は低いと考えられることが分かった。


Ⅱ-②:貸倒リスク軽減について9

  • 中国では融資元の貸倒リスクの補償のために、リスク補償基金という政府主導のリスク補償制度(貸倒引当金)が存在する。
  • 広東省では、貸倒時のリスク負担が以下の割合になっている事例もある。
    政府(リスク補償基金):銀行:保険会社:評価会社=44:36:16:4
    (参考:JETRO北京・香港事務所(2025年4月)「中国の知的財産概況」)

2.3.3 まとめ


Ⅱ-①:知財の流通について

  • 2国の事例から知財を流通させる仕組みが存在しても、貸倒が発生した場合に担保とした知財を事前の評価額で現金化できる可能性は低いことが分かった。
  • 知財の流通機能の整備を進めたとしても、日本で知財金融が推進するとは限らないと考えられる。


Ⅱ-②:貸倒リスクの低減について

  • 米国では民間機関を中心に貸倒リスクが分散される仕組みとなっており、中国では政府による融資元への貸倒リスクの補償策が実施されていたことから、融資元が負う貸倒リスクを減らす取組は、知財金融の推進において重要であると考えられる。

3. 今後の展望
 

3.1 海外の制度を踏まえた日本の知財金融の目指す方向性

2国の知財金融の取組による調査から、知財金融を推進する上では下記の取組を実施していくことが有効であると考えられる。


Ⅰ.知財の評価・管理に対する融資元の負担を低減するような制度整備の構築

  • 知財評価・(管理サービス)に対する補助金や無償化等により金融機関の負担と手間を軽減し、一定の実績を積み上げることで知財を担保とする融資の普及を加速していく。
  • 留意点として、融資元(銀行)が知財金融に取り組む上で、融資元自身が知財価値評価を実施しない場合でも、事業性評価の参考とするために一定程度の知財に関する知見は必要であると思料される。


Ⅱ.知財金融における貸倒リスクの低減

  • 融資先企業が貸し倒れた際に、国や地方自治体から融資元へ貸倒引当金を補填する仕組みを整備していく。
  • 負担が増えないような仕組み(外部への業務委託等)を構築しながら、融資実行の前に知的財産デューデリジェンスを実施し、融資先企業の知的財産が融資先事業の競争優位の構築に貢献していることを調査することで、融資元の貸倒リスクを低減していく。

参考

  1. 特許庁(2024年)「特許庁スタートガイドライン(第3版)」
    https://www.jpo.go.jp/support/chusho/document/kinyu-katsuyo/shokai.pdf
  2. 特許庁「知財金融ポータルサイト_知財金融の概要」
    https://chizai-kinyu.go.jp/about/
  3. 金融審議会(2023年)「事業性に着目した融資実務を支える制度のあり方等に関するワーキング・グループ_報告書」
    https://www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/tosin/20230210/01.pdf
  4. 「知財金融(IPファイナンス)の現状‐特許担保の資金調達)」
    https://patent-revenue.iprich.jp/専門家向け/938/
  5. 特許庁(2017年)「諸外国における知財価値の評価に関する調査研究報告書」
    https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/keiei_design/houkokushyo_shyogaikoku.pdf
  6. WIPO「Unlocking IP-backed Financing Series_Country Perspectives China’s Journey」
    https://www.wipo.int/edocs/pubdocs/en/wipo-pub-rn2023-46-en-country-perspectives-china-s-journey.pdf
  7. WIPO eTISC(2024年)「Risks Associated with IP Financing: Can They Be Curbed?」
    https://etisc.wipo.int/system/files/uploaded_documents/IP_Financing_Risks_TISC_08-11-2024%20-%20Mr.%20Peter%20Kaldos.pdf
  8. 「[特許・実用新案・意匠/中国][専利評価ガイドライン]の概要」
    https://www.soei.com/特許・実用新案・意匠/中国「専利評価ガイドラ/
  9. JETRO北京・香港事務所(2025年4月)「中国の知的財産概況」
    https://www.wipo.int/edocs/mdocs/mdocs/ja/wipo_webinar_wjo_2025_3/wipo_webinar_wjo_2025_3_www_643779.pdf

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