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事業性融資推進法が問う―金融機関の創意工夫と実務対応

来春の施行が迫る「事業性融資推進法」は、日本の金融機関と事業者の関係性をより強固にする可能性を秘めている。合同会社デロイト トーマツ(前デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社)が10月に開催したセミナー「事業性融資の展望」には、約100人の金融機関関係者が参加、セミナー終了後には多数の問い合わせや相談が寄せられるなど、関心の高さをうかがわせた。本稿では、新制度の意義、金融機関が直面する課題、そして制度活用を通じたリレーション向上を成功させるための実務対応について解説し、法施行を地域経済活性化と金融機関の創意工夫の好機として捉えるための視点を提供する。

迫る2026年施行と、融資のパラダイムシフト

2026年5月25日の施行が予定されている「事業性融資の推進等に関する法律」(事業性融資推進法)は、日本の金融業界における長年の慣行に一石を投じるものである。同法は、担保や保証に過度に依存せず、事業の将来性に基づく融資(事業性融資)を後押しすることを目的としており、その核心として「企業価値担保権」の創設が盛り込まれた。

この制度化の背景には、従来の融資慣行が抱えていた課題がある。これまでの企業による資金借り入れにおいては、不動産や機械設備などの有形資産を担保として提供し、その担保価値に見合う金額を借り入れるか、あるいは経営者保証に基づいて融資を受けるのが一般的であった。しかし、今日では企業価値の源泉が「モノ」から「サービス」や「デジタル資産」へと移行し、ブランド価値、知的財産、顧客基盤といった無形資産が競争力の要となってきた。従来型の融資では、こうした有形資産に依存しない事業者の成長性や収益性を評価することは一般的に難しく、結果として、有形資産が乏しいスタートアップやデジタル資産を元にビジネスを営む事業者は、資金調達のハードルが高いという課題があった。

この法案の意義について、金融庁への出向経験もあるデロイト トーマツ マネジャーの大久保貴晴は、「金融機関と事業者の関係性を強化することにつながり、金融機関にとっては融資先の事業をより深く理解し、早期の段階から支援を行うインセンティブが生まれます」と語る。

合同会社デロイト トーマツ
ファイナンシャルアドバイザリー Strategy マネジャー 大久保 貴晴

事業性融資と従来型融資の大きな違いは、「融資判断の焦点」と「融資後の関係性」の2点に集約される。従来の融資が過去の財務実績や物的資産の現在価値を重視するのに対し、事業性融資では市場動向や事業計画を含めた事業の将来性(将来キャッシュフロー)を重視して融資判断を行う。

融資後の関係性においては、コベナンツ(財務制限条項:債務者側の義務や制限などの特約条項)等を活用し、事業継続が危うくなる前の段階、すなわち設定された指標に抵触する前段階で、早期に相互コミュニケーションを促す仕組みが法制度に盛り込まれている。このため、企業価値担保権を活用した融資では「コベナンツの設定により、従来型融資よりも事業に関するコミュニケーション機会が向上し、機動的なサポートの実現につながることが期待されます」と、大久保は述べる。 

「企業価値担保権」が切り拓く新たな融資領域

企業価値担保権は、事業性融資を促進することを目的とした制度であり、担保目的財産として、有形資産(機械設備、不動産等)に加え、無形資産(ブランド価値、知的財産、契約資産、顧客基盤など)を含む会社の総財産を包括的に対象とする。これにより、事業全体を担保として融資を行うことが可能となる。

この制度は、金融機関、事業者双方にとっての選択肢を増やし、かつ活用の幅が広いことが注目を集めている。主な活用場面としては、以下が想定される。
 

  • 有形資産に乏しいスタートアップを支援

    企業価値担保権の活用が期待される具体的な局面として、スタートアップ支援が挙げられる。スタートアップは担保となる有形資産が乏しく、これまで金融機関は事業に関わる融資を積極的に行うことは難しい状況にあった。

    大久保は、「企業価値担保権を活用することにより、有望なスタートアップに比較的早い段階からメインバンクとして関わる選択肢を増やすことができます」と語り、スタートアップ側も「資金調達の幅を、エクイティからデットまで広げることができます」と、付け加える。例えば、地元金融グループのファンド出資と組み合わせたAI(人工知能)スタートアップの成長資金や地域の大学発ベンチャーへの資金、ベンチャーキャピタル(VC)と協調した資金調達への対応などが想定される。

  • 事業再生や老舗・地域ブランドの事業承継に活用

    企業価値担保権は、事業再生や事業承継においても活用余地が大きい。例えば、事業再生の場面で、過去数期分の財務諸表では融資の増額が見込めない状況でも、設備投資を行うことで将来的な事業成長が見込まれる場合、企業価値担保権を活用することで融資が可能となり、事業者を救済することができる。スポンサー支援型事業再生ファイナンスでは、経営不振企業にスポンサーが入り、新たな融資を行う際に企業価値担保権を設定し、スポンサーと金融機関による資金供給が可能となる。

    また、地域特産品・伝統工芸品の生産加工業者や旅館など、中小の老舗企業の事業承継の際、ブランド・顧客基盤等の無形資産を含めて企業価値担保権化することによって既存の経営者保証を代替し、円滑な承継を可能にする。他にも、LBOやプロジェクトファイナンス等のストラクチャードファイナンスで全資産担保を設定してきた案件へ企業価値担保権を活用することで、既存の担保設定実務の負担軽減とコスト削減につなげる活用も想定される。

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金融機関が抱える「懸念」と克服すべき課題

企業価値担保権に基づく融資に対し、金融機関からの注目が高まる一方で、実務上の懸念があるのも事実だ。金融機関の戦略全般を支援するデロイト トーマツ パートナーの大仲忠之は、「制度上の具体的な懸念点として、『債権回収の予見可能性が従来の融資に比べて低くなるのではないか』『信用格付けが低い事業者からの申し込みが一定数来る可能性があるのではないか』といった声が寄せられています」と述べる。

合同会社デロイト トーマツ
ファイナンシャルアドバイザリー Strategy パートナー 大仲 忠之

加えて、金融機関は“事業そのものの価値を見る”ための分析・評価手法や融資判断基準の確立に頭を悩ませている。新しい融資形態への移行には、これまで以上に銀行員のコンサルティング能力の向上や、借り手と密接に対話する融資後フォローアップ体制の構築といった難しさも伴う。

こうした点を考慮し、当局である金融庁からは、「『この制度を学び、活用するメリットがあると感じる金融機関や事業者が、最適な案件に活用してくれることを期待したい』というのが基本スタンスであると聞いています」(大久保)。

本制度を効果的に活用し「金融機関の『発想』や『カルチャー』の意識改革のきっかけとして捉えることも、副次的な効果の一つになるかもしれません」と、大久保は話す。これまでの経緯を踏まえると、新しい制度ができるとどうしても引当や保証といった“守りの側面”から検討する金融機関が多いが、そうではなく「営業本部や営業企画といった攻めの部門が、『こういったケースに使えるのではないか』という発想で、活用場面を前向きに想定することにより、これまでとは違う金融機関カルチャーの醸成につながる可能性があります」(大久保)。

事業の将来性を評価することは、事業者との対話を通じて財務諸表以外の情報も含めて総合的に判断する能力を養うことになり、銀行員自身の知識やスキルのレベルアップを図る絶好の機会へとつながる可能性がある。

そして、可能性を持った事業を展開しながらも、これまで資金調達が困難だった企業に新たな資金が行き渡ることによって、地域経済の活性化が期待される。「地域金融機関は、この機会をチャンスと捉え、しっかりとした体制を整備し、新たなビジネスチャンス獲得へとつなげると、地域全体が良い効果を享受できるのではないか」と、大仲は期待を示す。 

融資判断を高度化する「事業性評価」のフローと実務対応

事業性融資に取り組むためには、過去の財務実績に基づく評価から、事業の将来性評価を核とする新しい融資判断フローへの移行が求められる。大仲は、「事業性融資の審査などのオペレーションを根本から見直すことも選択肢の一つ」と訴える。

将来的な事業性に着目して融資判断を行うには、事業者の事業を深く理解することや、それを基にしたKSF(Key Success Factor:重要成功要因)の設定、およびそれが財務数値にどのように落とし込まれるかといった分析が必要となる。

新しい融資判断フローは、以下のステップで進められる。

  • Step 1:事業分析
    事業者が置かれている事業環境(機会と脅威)や、事業者固有の特徴(強み・弱み、組織のケイパビリティ等)を洗い出す。特に、設備投資計画、内部・外部環境分析を通じて、事業のドライバーとなる要素が何かを把握することが求められる。
  • Step 2:将来計画の分析
    事業分析に基づき、事業計画の前提条件や算出ロジックの合理性を評価する。この際、KSFや将来の財務数値を効果的にシミュレーションするための計算シート、アウトプットシート、ダッシュボードといったツールの活用が有効となる。
  • Step 2':融資条件案の作成
    分析結果を踏まえ、融資許容額、返済期間、金利、そしてコベナンツ(財務制限条項)を含む融資条件案を作成する。
  • Step 3:融資判断・モニタリング融資条件案に基づく融資判断を実施する。また、融資後を見据え、期中モニタリング体制を確立する。融資契約に基づくコベナンツ管理に沿って事務的に対処するのではなく、事業性融資を行うに際しては、地域金融機関が日頃培ってきた事業者とのリレーションを生かし、事業者と日常的に業況のコミュニケーションを行い、適切な支援へとつなげていく。

このフローは、従来の物的資産の現在価値評価を基準とした判断とは異なり、市場動向や事業計画を反映した動的な評価を可能にするが、同時に金融機関に求められる専門性はこれまでよりも高くなる。

事業継続と成長を支える「緊密な関係」の構築

事業性融資推進法の大きな目的の一つは、事業者と金融機関の「緊密な関係」を構築し、事業の継続・成長を支えることにある。

金融機関は融資後、月次決算書等を定期的に確認し、事業計画との乖離状況を把握することが期中管理の第一歩となる。実績が事業計画を下回った場合、その原因を特定し、改善策を検討する。必要に応じて金融機関がコンサルティング支援や、それに伴う追加融資を行うことも考えられる。大久保は、「状況が悪化してからではなく、予兆の段階で適切かつタイムリーな支援を行うことで、金融機関と事業者の双方にメリットを見出せる可能性が生まれます」と、早期支援の重要性を語る。

こうした高度な関与を不特定多数の融資先に対して行うのは現実問題として難しい。このため大仲は、銀行がどのような顧客と長期的な関係を築きたいのか整理する重要性を認識している。金融機関は、地域の特性や産業の特性を踏まえ、「自身の戦略とターゲット顧客を明確にした上で、この制度の活用を検討することを推奨します」(大仲)。

支援対象とする事業者を明確にし、制度活用ケースを戦略的に絞り込むことで、具体的な準備を効率的に進めることが可能となる。

デロイト トーマツが提供する変革のための統合的支援

事業性融資は活用場面が幅広いゆえに、どこから取り組めばいいか分からない点や、既存の融資実務と異なる発想が必要とされる点が金融機関の悩みの種となっている。既存の業務や考え方に基づくバイアスを排除し、業務プロセスを整理・再構築するためには、外部の知見を取り入れることが有効な手段の一つとなる。

合同会社デロイト トーマツおよびデロイト トーマツ グループは、豊富なプロフェッショナルリソースとノウハウを生かし、定性的・定量的なケイパビリティを提供することで、金融機関をトータルで支援する。攻守両面をカバーする支援メニューは、戦略策定から態勢整備、実務対応、モニタリングまで、End to Endで多岐にわたる。

支援の主要なステップは以下の通りである。

  1. 戦略・方向性策定
    融資対象とする顧客像や案件類型を絞り込み、収益性やリスク許容度の確認、中長期経営計画との整合性確認を行う。
  2. 態勢整備
    企業価値担保権の有効性や制約事項を確認し、事務手続き・業務フローの作成・整備を行う。具体的には、信託スキームや担保権設定方法の設計、融資契約書や各種規定(融資基本規程、担保・保証取扱要領、信用格付・自己査定制度要領など)の改訂や文書化を、人的サポートや体制構築を含め支援する。
  3. 事業性評価のプロセス整理
    事業分析や将来計画分析から適切な融資条件を判断するためのプロセス・枠組みを整備する。これには、KSF/KPI、コベナンツの設定、行内格付の評価方法検討、引当の考え方・計上基準の整理といった審査基準設定の仕組みづくりが含まれる。
  4. 期中モニタリングフレームの構築
    貸し手と借り手の間のコミュニケーションの在り方や、事業を支える金融機関として、お客様の事業進捗の伴走支援のあり方を定義。ツールとしてKSF/KPI、コベナンツのモニタリングプロセスを設計する。また、業績不振時には再生のための計画策定(回収シナリオやデフォルト時の対応プロセスの整備、M&Aプロセスの支援)を行う。

また、融資対象企業の事業計画の見方、債務者格付けへの反映、融資後の顧客へのコンサルティングのための銀行員教育支援に加え、地域金融機関が培ってきた審査・融資等のノウハウの体系化も支援する。

デロイト トーマツ グループは、監査・保証、コンサルテイティブ、税務・法務の領域に、多様なプロフェッショナルを擁している。他のファームがオペレーション構築支援にとどまる傾向にある中、デロイト トーマツ グループでは自己査定・引当や法律、知財領域など広範な支援を提供しており、法と実務の橋渡しを担う強力なパートナーとなり得る。

金利を含む金融機関を取り巻く外部環境が好転していることは間違いなく、今こそ変革に取り組む好機といえる。だからこそ、事業性融資に向き合う金融機関に対し、大仲は「担当部長レベルの判断で事業性融資に踏み切るのは難しく、カルチャーと業務プロセスの変革に向けた経営陣の明確なビジョンと覚悟が求められる事業環境へと変化していると感じます」と、環境変化に対応する必要性を語る。

そして、大久保は「われわれデロイト トーマツとしては、新たな発想と取り組みを志向する金融機関を支援し、金融業界の変革をともに担っていきたいと考えています」と、新制度を契機とした金融業界の進化を力強くサポートする姿勢を示した。

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