2025年の保険業法の一部改正等を通じた保険代理店・保険会社への規制強化による「顧客本位の比較推奨販売」や「特定契約比率規制の動向を踏まえた企業内代理店のあり方」が業界の重要テーマとなっています。本稿では、想定される実務への影響と今後の動向を解説します。
ここ数年、保険業界では保険会社・保険代理店による保険料調整行為事案や保険金不正請求事案といった不祥事件や情報漏えい事案が相次いで発覚している。こうした状況を受け、金融庁は、「損害保険業の構造的課題と競争のあり方に関する有識者会議」(以下「有識者会議」)や金融審議会に設置された「損害保険業等に関する制度等ワーキング・グループ」(以下「ワーキング・グループ」)で議論を重ねた結果、保険金不正請求事案と保険料調整行為事案の再発防止を図り、顧客本位の業務運営を徹底し健全な競争環境を実現する観点から、2025年5月30日に「保険業法の一部を改正する法律」(令和7年法律第54号。以下「改正保険業法」)成立、加えて2025年8月28日に「保険会社向けの総合的な監督指針」(以下「監督指針」)の一部改正を公表・適用してきた。
これまでの改正で手当てされていない有識者会議の報告書で提言された内容や、ワーキング・グループの報告書の内容等を踏まえた監督指針のさらなる改正について、金融庁は引き続き検討を行っていく予定としている。
本稿では、改正保険業法および監督指針の一部改正の内容にも触れながら、今後の規制強化によるステークホルダーのうち主に保険代理店への影響と向かうべき方向性について解説する。
なお、本稿のうち意見にわたる部分は、筆者の見解であり、筆者の所属する組織の見解を示すものではない。
まずは、既に改正・適用済の事項のポイントを整理する。
改正保険業法のポイントは2つ。
① 損害保険代理店・保険会社に対する体制整備義務の強化
② 保険契約の締結等に関する禁止行為について、対象となる行為等の範囲の拡大
監督指針の一部改正のポイントは7つ。
① 損害保険会社による保険代理店に対する指導等の実効性の確保
② 保険代理店等に対する過度な便宜供与の防止
③ 保険代理店等に対する不適切な出向の防止
④ 代理店手数料の算出方法適正化
⑤ 顧客等に関する情報管理態勢の整備
⑥ 政策保有株式の縮減
⑦ 仲立人の媒介手数料の受領方法の見直し
また、金融庁は業界団体とも連携し、生命保険協会は「保険代理店等に対する便宜供与及び出向に関するガイドライン」(2025年9月16日)、日本損害保険協会は「損害保険会社による便宜供与適正化ガイドライン」(2025年9月5日)をそれぞれ策定するとともに、各協会内に通報窓口を設けることを公表している。
なお、2025年9月30日に令和7年保険業法改正に係る政令(案)が公表され、以下の規定の整備が行われるとともにパブリックコメントが実施されている。
① 特定大規模乗合損害保険代理店の業務運営に関する体制整備義務を大規模な乗合代理店である生命保険募集人へ適用
② 保険仲立人の保証金の最低金額等の引下げ
一方で、未だ手当てされていない、特に保険代理店の実務への影響が大きいことが想定される事項は①適切な比較推奨販売の確保と、②特定契約比率規制の見直し、の2つである。
① 乗合代理店における適切な比較推奨販売の確保
② 特定契約比率規制の見直し
本章では、現状未手当である「適切な比較推奨販売の確保」と「特定契約比率規制の見直し」について、保険代理店の形態別に考えうる影響を考察する。
乗合代理店において、実務に影響が大きいのは「比較推奨販売」である。元々現行の保険業法令上、保険募集人等は、保険契約の締結に際し、顧客に保険契約の内容その他保険契約者等に参考となるべき情報を提供する義務が課されている。その際、2以上の所属保険会社等を有する乗合代理店に対して、複数の保険商品を比較する、または特定の保険商品を推奨して販売する比較推奨販売時において、その販売方法に応じた説明を行うことが義務付けられている。
この比較推奨販売について、ワーキング・グループ報告書では「顧客が重視する項目を丁寧かつ明確に把握したうえで、意向に沿って保険商品を選別し、推奨する」ことを求めており、実効性を確保するため、以下のような留意事項を監督指針等で可能な限り明確化を図る必要があると提言している。
比較推奨販売に関しては、特にハ方式1の運用上の恣意性が問題点として指摘され、同方式の改正・厳格化が検討されている。これにより、乗合代理店は、「顧客が重視する項目を丁寧かつ明確に把握したうえで、意向に沿って保険商品を選別し、推奨する」ためのプロセスの手順化が求められることが想定される。つまり、どのように顧客意向を把握し、その意向に沿った商品を自社の取扱商品の中から客観的な基準・理由によって比較した上で絞り込みを実施し、推奨するかを整理することが求められる。加えて、それらの証跡保全や定期的なモニタリングにより比較推奨販売の実施状況の適切性を確認し、必要に応じて改善を図るための体制整備が代理店自身に求められることが想定される。これまでハ方式を用いて比較推奨販売を行っていた代理店のみならず、全ての乗合代理店において相当な業務負担の増大が見込まれる。
企業内代理店においては、比較推奨販売に加えて「特定契約比率規制」の見直しが大きく影響し、その内容次第では、存続が困難となる企業内代理店が多く出てくることが予想される。企業内代理店とは、保険業以外の事業を営む企業と人的・資本的に密接な関係を有する保険代理店である。
企業内代理店は、事業会社との近さを活かして保険契約者のニーズを適切に捉えることができるメリットがある一方で、損害保険会社と顧客企業間で立場が不明確なことや実務能力の乏しい保険代理店であってもグループ企業等へ保険募集を行ってさえいれば一定の手数料が得られ存続可能なこと、損害保険会社から企業内代理店に支払われる手数料は、グループ企業にとって保険料の実質的な割引になっているおそれがあること等が課題としてワーキング・グループ報告書で指摘されており、それらへの対応として特定契約比率規制の見直しが提言されている。
特定契約比率規制とは、「保険料の実質的な割引・割戻しの防止」および「損害保険代理店の自立の促進」を目的として、損害保険代理店が、自らと人的又は資本的に密接な関係を有する者(以下、「特定者」)を保険契約者等とする保険契約(以下「特定契約」)の保険募集を制限するもの2で、現在、一部の保険代理店に対し、特定契約比率の計算対象種目等を限定する経過措置が適用されている。
報告書で言及されている具体的な見直しのポイントは以下の通り。
① 経過措置の撤廃
② 「特定者」の範囲の拡大
③ 適用除外の枠組みの新設
特定契約比率規制が上記提言に沿って見直された場合、同一企業グループの契約割合が高い多くの企業内代理店は存続が難しくなると予想される。
また、保険業以外の事業を営む企業が本業ではない保険代理店を持つことのリスク、つまり、法令対応コストやコンプライアンス違反によるレピュテーションリスク、保険リスクマネジメントを自身で対応することによる潜在的なマネジメントコストが発生していることがそもそもの構造的な課題としてある。今後の規制強化に伴い企業内代理店に求められる体制整備は、それらのリスクやコストに見合ったリターンが得られるのかの検討が必要となる。
乗合代理店
一部の乗合代理店では、金融庁の監督指針の一部改正を待たずに先んじて対応に動き始めている。具体的には、顧客本位の業務運営体制の構築および業務品質の継続的な向上に向け「代理店業務品質評価に関する第三者検討会(日本損害保険協会が設置)」が取りまとめた「代理店業務品質に関する評価指針(損害保険代理店向け)」の「自己点検チェックシート」への対応である。自己点検チェックシートは、2026年度からの本格運用に向けて現在トライアル運用が実施されており、各代理店は、自己点検チェックシートのチェック項目を参考とした比較推奨販売フローの見直しや社内規程の策定、体制整備等の対応に追われている。
企業内代理店
ワーキング・グループ報告書の公表や保険業法等の改正により本質的な課題の理解が進んだことで、一部の企業内代理店を持つ企業グループでは、海外展開を行う本業の保険リスクマネジメントを高度化(グローバルプログラムの適用、保険料・補償範囲の最適化等)することを目的として保険代理店事業をブローカーへ売却する動きや他企業内代理店の買収も含めてグループ内の保険代理店事業を強化する動きが出てきている。このような動きは、今後特定契約比率規制の具体的な見直し内容が示されると、一層加速するとみられる。
乗合代理店
今般の一連の規制強化の趣旨は、「保険代理店の自立」であり、大規模代理店については、金融庁や保険会社も注目しており、自力での体制整備も可能だと推測される。一方で、中小規模以下の保険代理店は、特に顧客側(比較推奨販売)と保険会社側(過度な便宜供与)の両面の体制整備を自力で行うのは難易度が高いことが想定され、代申保険会社等によるサポートが必要になる。
企業内代理店
企業内代理店を持つ企業グループは保有する保険代理店事業に関して、規制改正を見据えた経営判断が求められる。取りうる選択肢は大きく以下の3つが考えられるが、その検討にあたっては、各選択肢で生じうる論点、金融庁の規制動向、規制を踏まえた保険会社の対応、他の企業内代理店の統廃合の状況等を先んじて情報収集し、将来的な業界全体の動きを見据えた総合的な判断を進めていく必要がある。
注
1. 保険業法施行規則第 227 条の2第3項第4号ハ「二以上の所属保険会社等が引き受ける保険に係る二以上の比較可能な同種の保険契約の中からロの規定による選別をすることなく、提案契約の提案をしようとする場合当該提案の理由」
2. 取扱保険料に占める特定契約の保険料の割合で計算することとされ、この率が30%を超えれば、速やかに改善するよう損害保険会社による指導が求められる。なお、50%を超えると、実務上は各保険会社の内部規則等に従い、代理店委託契約の解除等の措置が講じられている。
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
保険セクター
パートナー 米田 博雄
シニアコンサルタント 綾田 宏成
(2025.11.19)
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