デロイト・グローバル・ヒューマン・キャピタル・トレンド2025は、労働者と組織の間に存在する複雑な対立関係を乗り越え、ビジネスと人間の成果を向上させるための指針をリーダーに提供することを目的としています。
管理職のいない組織の構築を検討すべきでしょうか?
経験の浅いメンバーが担う仕事をAIに置き換えることを検討すべきでしょうか?
オフィスへの出社ルールの導入を検討すべきでしょうか?
最新のAI技術に投資することを検討すべきでしょうか?
それとも…すべきではないのでしょうか?
不確実性が高い状況に直面した時、私たちはつい意思決定を遅らせて様子を見るアプローチを取りたくなるものです。あるいは、目先の結果だけに焦点を当て、課題を必要以上に単純化したり過去の延長線上でしか考えなくなったりすることもあります。
このようなアプローチも理解できます。私たちは境界のない世界に生きており、仕事や労働力に関する従来の指針が失われつつあるからです。一時停止ボタンを押せば、情報収集やアイデアの検証、全体像の把握にたっぷりと時間をかけた上で意思決定ができます。また、業績重視の考え方は、特に経済動向が不安定で、将来の結果を合理的に予測するためのデータが不足している時の有効な手立てとして、過去何十年にもわたって頼りにされてきました。
では、世界が急速に変化し、意思決定をしないという決定が、実際には私たちを不利な立場に追い込むとしたらどうでしょうか?時代遅れの考え方と優柔不断さが、機会の損失と勢いの喪失につながるとしたら?
これらは、あらゆる組織のリーダーが現在直面している根本的な対立です(図1)。今年のデロイト・グローバル・ヒューマン・キャピタル・トレンドの調査(調査方法を参照)は、リーダーたちが様子見のサイクルから抜け出せず、これらの対立をどのように乗り越え、ビジネスと人間の成果のバランスを取るために必要な複雑な選択をどのように行うべきかについて確信を持てないでいることを示唆しています。
急速に変化する今日の労働環境下で、組織が様子見の姿勢から脱却し、成長するための鍵は、リーダーがこれらの質問にどう答えるかにかかっています。
昨年のレポートでは、ビジネスと人間の成果の間に生じている新たな対立に焦点を当て、境界線がなくなりつつある世界において組織がこの対立をどう乗り越え、人間のパフォーマンスを向上させるかを探りました。そして、ビジネスの成果(業績や事業を通した社会へのインパクトなど)と人間の成果(労働者、組織、また彼らが運営するコミュニティのための共有価値の創造)は相互に強化し合うものであり、人間の要素に注目することが組織のパフォーマンスを引き出し、持続させる最も重要な要因の一つであることを強調しました。
今年の調査結果からは、この目標の達成が必ずしも容易ではないことが分かります。今年の調査回答者のうち、人間の持続可能性(組織と関わる全ての人に対して価値を創造する能力)がビジネス戦略の指針として大きな進展を遂げていると答えたのはわずか6%でした。ビジネスと人間の成果のバランスを取ることは難しく、一方の向上を目指す取り組みが、時に他方を犠牲にするように見える場合があります。そして、短期的な結果を生むビジネス成果に過度に依存し、長期的な価値の創出につながる人間の成果を軽視している組織が多いように感じられる時もあります。
しかし、これは二者択一の問題ではなく、両立するべき命題であると私たちは考えます。
今年のレポートでは、ビジネスの成果と人間の成果のバランスを強調するいくつかの具体的な対立を深掘りします。昨年の議論のように、これらの成果は相互に強化し合うものですが、様々な次元で慎重な意思決定が必要です。
例えば、組織が変革していくにあたって、労働者に安心・安定を与えることに重きを置くべきでしょうか、それとも組織としてのスピード感に焦点を当てるべきでしょうか?労働者に働く場所や方法に関する決定権をどこまで与えるべきでしょうか?AIの進歩は仕事の自動化を促し人間の仕事を代替すべきでしょうか、あるいは仕事自体を再定義し補強するために活用されるべきでしょうか?組織は予測可能な確実性を追求することで、人々や組織の成長や革新、新たな領域を探求する可能性を制限しているのではないでしょうか?
これらの問いには正解も不正解もありません。
これらの対立を乗り越えることは、一方を選ぶことではなく、両者のバランスを見つけることを意味します(図1)。総じてどちらか片方に考え方が偏る傾向が見られたとしても、個別の選択レベルでは少しずつスタンスが異なることが多いでしょうし、実際異なるでしょう。また、選択は組織ごとに異なることや、同じ組織内でも部門ごとに異なることがあり、時間と共に進化することも予想されます。
TelstraのWorkforce Experience and Capability担当役員であるNiki Roseは、「私たちは、意思決定にあたって考え方の両極を認識し、評価する必要があります。そして、両方が同時に真実である可能性を理解した上で、対立を乗り越えるということは、結果が不確実な中でも選択する勇気を持つことであると認識すべきです」と語っています。
このように組織としての意思決定の仕組みを理解するにあたって、リーダーにはあえて白黒をつけない柔軟なアプローチが求められます。意思決定を求められる場面が多いリーダーたちは今後、組織が対立を乗り越えていく上で特に重要な役割を果たすことになります。
リーダーであるということは、決定すること、つまり選択をするということであり、経営幹部はしばしば大きなプレッシャーや矛盾に直面します。これらのプレッシャーはリーダーのウェルビーイングに悪影響を及ぼしており、デロイトのWell-being at Work Surveyによると、労働者、管理職、経営幹部のうち10人中4人は、「常に」または「頻繁に」疲労やストレスを感じていると回答しています。1
特に経営幹部は、取締役会やステークホルダーから短期的な財務結果を求められながら、長期的な利益を得るためのリスクを取るよう求められることが多く、そのプレッシャーは想像以上に大きいものです。米国のNational Bureau of Economic Researchの研究は、経済低迷期において困難な意思決定を下すことが、CEOの寿命を平均で1.5年短くする可能性を示唆しています。2
さらに、AIの急速な進化が働き方を変えつつあり、リーダーはチームに対してAIへの信頼を築き、AIを活用しながら働く準備をさせるという難題に直面しています。
リーダーであることの本質は、これまでと変わらず、周囲のメンバーと協力して、あるいは周囲のメンバーを通して、一人一人の力の総和を超える価値を創造することです。つまり、意図を明確にし、リソースを整理し、必要に応じて障害を克服することが求められます。そして、真に優れたリーダーが人間のパフォーマンスの方程式の中心にあるビジネスと人間の成果の両立の重要性を認識している一方で、その2つはしばしば対立するように見え、リーダーはそれらの間で選択をしなければなりません。特に不確実性が高い時期において、リーダーはビジネスの成果にのみ焦点を当てるプレッシャーに直面します。
上記のプレッシャーを考えると、経営幹部が基本に立ち返り、ビジネス成果に力点を置くこと自体は責められません。3 一方で、組織と労働者がAIの加速的な影響を含む絶え間ない変化に直面している現状を踏まえると、リーダーはより長期的な視野を持つべきです。人間のパフォーマンスはビジネスと人間の成果のゼロサム方程式ではなく、労働者と業績を天秤にかけるものではないという考えを受け入れることが重要です。
ビジネスの成果だけを追求するリーダーシップは、リーダーシップとは言えず、もはやアルゴリズムによって代用されていくでしょう。アルゴリズムの実行にはコンピュータが遥かに優れており、AIがCEOを置き換える議論が既に出ています。4
一方で、人間の成果だけを追求するリーダーシップも、リーダーシップとは言えず、それは管理支配や保護にしか過ぎません。このような関係は、一時的には価値があるかもしれませんが、長い目で見ると創造性や成長、柔軟性に欠けています。
だからこそ、人間のパフォーマンスとは、ビジネスと人間の成果の両方のバランスを取ることで成り立つのです。
今後、リーダーは人間のパフォーマンス方程式を活用し、必要な焦点を見つけ(または再発見し)、多くの競合するプレッシャーを緩和、合理化し、これらの対立を潜在的なエネルギー源に変換できます。この方程式を用いて意思決定と意思決定プロセスを改善し、リードする領域が相互に有益な結果をサポートするようにし、人間とAIに関する意思決定の全範囲に正面から取り組むことができるのです。
仕事での人間の能力向上に関して言えば、生産性へのパラノイア(リモートで働く労働者の生産性に対する懸念)9 が増加しています。リーダーの85%が、ハイブリッドワークへの移行により、労働時間の増加に対して労働者の生産性を確信することが難しくなっていると述べています。10 そして、新たな技術や生成AIを使って人間のパフォーマンスを測定し最適化する組織が増えてきている中で、組織はこれらの技術を創造し使用する人間の欠点や不十分さを認識する必要があります。
しかし、ほとんどの組織は人間のパフォーマンスを最適化することはおろか、それを把握するための適切な手段すら持っていません。デロイト・グローバル・ヒューマン・キャピタル・トレンド2024の調査回答者のうち、自分たちの組織が労働者によって創出される価値を極めて効果的に捉えることができていると答えたのはわずか3%でした。産業革命以降、働き方のスケールの拡大と複雑性の増大にも関わらず、私たちは仕事とパフォーマンスを測定するための不完全な枠組みを使ってきました。
例えば、私たちは 「従業員」 という概念を使って、フルタイムで働く人材を一緒くたにして表現してきましたが、これは組織のために価値を創出する全ての労働者のエコシステムを捉えきれてはいません。
また、私たちは 「ジョブ」 という概念を使って、反復可能な一連の機能やタスクを表現してきました。しかし、これでは従来のジョブの枠を超えて実施される今日の仕事の動的な性質が考慮できていません。
私たちは、共通の組織文化の構築に焦点を当て、組織が全体としてどのように運営されるべきかを語ってきましたが、実態としてほとんどの組織は無数のマイクロ・カルチャーによって構成されています。
私たちはこれまで「従業員エンゲージメント」を用いて組織と労働者の関係性を評価してきましたが、本来注目すべきは信頼の度合、つまり労働者にとって意義深い指標であったと言えます。労働者が組織のためにどこまで貢献する意欲があるかを測ることは、組織にとっては意義深いかもしれません。しかし、それが労働者にとって本当に有益な指標であるかどうかは明確ではありません。
そして、私たちは 「生産性」 という概念を用いて労働者の活動を管理してきましたが、望ましい人間やビジネスの成果や、将来的な価値の観点は十分に考慮できていませんでした。
これらの枠組みや評価基準は、本来捉えるべきものの不完全な置き換えであり、かつては一定の効果があったと言えます。組織の主な差別化要因が規模を拡大するための効率性であった時代において、従来の仕事の境界の中で業務の進捗を測り、組織を評価することができました。11 しかし、それらはよりシンプルで、常に仕事の革新が求められないような世界のために設計されており、組織が評価「すべき」ものを測る高度なツールがない時代に、何を評価「できる」かをもとに具現化されたものでした。かつて組織活動を構造化し、推進し、測定する一助となっていた枠組みや指標は、この10年間で生み出された、境界のない世界で新しい価値の実現を促すためのツールや学びの活用を妨げています。
これまで以上に多くのデータや技術、ツールが私たちの手元にある今、私たちは人間のパフォーマンスを測定する方法を再定義し、本来あるべき組織、現在および将来の労働者、そして社会全体の価値創造の姿に近づくための機会を得ています。
意思決定のスキルは、厳しい訓練を通じて磨かれ、練習と改善が可能です。5 私たちはリーダーとして、意思決定プロセスの改善や効果的な判断に求められるスキルの向上にコミットすべきです。意思決定能力の向上に明確な終着点はなく、継続的な理解、学習、改善が求められる領域です。
さらにリーダーは、意思決定を行う際、組織を支える基盤(組織風土、ガバナンス、処遇、各種ツールや施策など)も考慮する必要があります。これらは、遍在的で必要不可欠であるため、見過ごされがちですが、リーダーが何を優先して、どのように行動し、誰に注力すべきかについて、時間をかけて明示的かつ暗黙的なメッセージを伝えます。したがって、私たちはリーダーとして、これらの仕組みに人間のパフォーマンスを推進するような要素を組み込んでいく必要があります。
では、変化が絶えない環境下において、リーダーとして効果的な意思決定をすることは、具体的に何を意味するのでしょうか?そして、可能な限り最良な選択をするために、リーダーは何を意識すべきでしょうか?
賢明な意思決定をスピーディーに実施するために必要なスキルやプロセスを開発することで、リーダーは人間のパフォーマンスを促進するために必要な、複雑で困難な選択を行う準備が整います。効果的な意思決定を行うために必要な能力開発に取り組むことは、個人のリーダーシップスキルを強化するだけでなく、組織全体のレジリエンス(強靭性)と適応力を強化し、ビジネスと人間の成果の間の対立をうまく乗り越える力を高めます。
私たちの調査によると、今年のトレンドがもたらす課題に対処している組織は、他の組織と比べて優れたビジネス成果を上げています。例えば、労働者の個人的な成長を促し、想像力を解き放ち、深く考える余力を与えることに成功した組織は次のような成果を報告しています。
このような成功を収めるにあたって、リーダーは複数の側面を持つ難しい選択を行い、ビジネスと人間の成果のバランスを取る明確なビジョンと方向性を設定する必要があります。今年のレポートでは、これらの選択に焦点を当て、仕事・労働者・組織・文化の観点から対立を乗り越えることが何を意味するのかについて考察しています。
ここでは、今年のレポートで探求する主要な質問、対立、意思決定の一部について簡単にご紹介します。
労働者が求める安定性を提供しながら、ビジネスが繁栄するために必要なスピード感をどのように担保するか?
主な対立:
ポジティブな人間とビジネスの成果を生み出すために必要な労働者と組織の強い結びつきは、ある程度双方の共通の価値観に基づき形成されます。しかし、仕事のスピードと規模が変化する中、これまで前提としてきた基盤が大きく崩れつつあります。
今日の労働者は、新たなスキルや働き方を身に着け、新たなテクノロジーに適応し、社内外の予期せぬ変化に対応することを求められています。今年の調査結果からは、経営幹部と労働者の間で断絶が生じており、リーダーがよりアジャイルな働き方に備える一方で、労働者は安定性を重視していることが明らかになっています。
組織が新しい働き方のモデルを採用・進化させる能力は、労働者の適応力に大きく依存しています。リーダーは、労働者が切望する安定性(stability)と、組織が必要とするスピード感(agility)のバランス(stability + agility = “stagility”)をどのように取ればいいのでしょうか?
労働者の工数をどのように削減し、新たに生まれた余力をどのように活用するか?
主な対立:
労働者の工数を捻出するにあたって、組織には2つの重要な点が求められます。1つ目は、労働者が自由に使える予定のない時間(slack)をどのように定義し、評価するかについての新たなマインドセットです。2つ目は、不要なタスクやプロセスを削減または合理化し、それを本質的な仕事に置き換えるための新しいメカニズムです。
労働者の工数を見直すための第一歩として、私たちはまず立ち止まって組織にとって最も重要な人間およびビジネスの成果を評価する時間の確保を提案します。組織横断で展開可能かつ全階層で導入できるアプローチをとることで、組織は適切な仕事と成果に集中し、新たに創出された工数を最も効果的な方法で活用し、機会損失を回避できます。
AIの台頭を受けて、労働者への提供価値(Employee Value Proposition)を見直す必要があるか?もし見直す場合、どのように見直すべきか?
主な対立:
AIが私たちの仕事とその進め方を変えつつある中、組織は労働者が成長し続けるための方法を考え抜く必要があります。労働者への提供価値(Employee Value Proposition、以下EVP)とは、労働者が組織に惹きつけられ、留まる魅力を言語化したもので、近年ではWorkforce Value PropositionやHuman Value Propositionとも呼ばれます。従来の価値提供の方法に加えて、AIが台頭する新しい仕事の世界に合わせてEVPを見直すことは、人間とビジネス双方の成果を実現するために不可欠だと言えるでしょう。
なぜ今これが喫緊の対応事項として求められているのでしょうか?それは、AIが約束する可能性や未来を実現するには、人間の力が不可欠だからです。テクノロジーが提供する価値は、単に人間の労働を代替することだけではなく、これまで以上に人間と密接に連携し、人間の能力を強化してイノベーションと成長の機会を発見し、補強することにあります。AIが労働者とこれまで以上に密接に連携することで、無意識のうちに労働者が行う仕事やその進め方、さらには労働者のエクスペリエンス全体に対して影響を与えています。
人間と機械のコラボレーションの世界を見据えて更新されたEVPは、これらの変化を考慮に入れ、組織と労働者の間の健全で相互に利益をもたらす関係をサポートできます。
なぜ新入社者がすぐに貢献できないのか?
主な対立:
経験のギャップ、つまり雇用主が要求するレベルと労働者が保有するケイパビリティのレベルの食い違いは、厄介かつ慢性的な問題であると言えます。労働者は十分な経験を保有していない限り仕事を得られない一方で、足掛かりとなる仕事やそれに類する機会が提供されなければ求められている経験を積むことができないのです。
このギャップは以前から存在していましたが、AIがエントリーレベルの仕事を一部担えるようになった点や、リモートワーク主流の働き方によって直接指導や育成を行う機会が減った点、そして仕事の複雑さが増すにつれてより多くの、そしてより多様な経験が求められるようになった点などによってさらに拡大しています。
経験のギャップを埋めることは可能ですが、そのためには労働市場の供給側と需要側の双方が変わる必要があるでしょう。採用先や求職者、教育機関は、募集要項に掲載された経験の要件から本当に組織が求めている能力を読み解き、それらの根本的なニーズにどのように応えていくかをこれまでにないアプローチを含めて検討する必要があります。
仕事や労働力に関連するテクノロジーからより多くの価値を引き出すためにできることは何か?
主な対立:
かつては組織がテクノロジーに投資するかどうか、どのテクノロジーを選択するかの判断は比較的容易でしたが、もはやそうではありません。新たなテクノロジーへの投資判断は、プロセスの一連の流れや効率だけでなく、人間の能力に係る測定が難しい成果、つまり革新や新たな働き方、人間のパフォーマンスや人間の成果なども捉える必要があります。また、テクノロジーの効果を最大化するために必要な追加的な投資や変更も考慮しなければなりません。
日々出現する無数の新たな仕事や労働力に関連するテクノロジーによって、テクノロジーと仕事の在り方が目まぐるしく変化する中、人間とビジネスの成果を実現するために、リーダーには適切なテクノロジーやタイミング、メンバーを特定する価値判断基準の見直しが求められています。
人間のパフォーマンスを引き出すためにどのように動機づけを行うか?
主な対立:
人を動機づける方法について理解することで、組織はパフォーマンスを高め、イノベーションを促し、変化に向けた組織の機運を高めることができます。しかし、私たちが実施した2025年の調査結果によると、個人のやる気や熱意の大きさを認識し、それを活用するための意図的な行動をとっている組織はほとんどないようです。
マーケティングや顧客エンゲージメントの領域では、以前からテクノロジーを活用しながら消費者の特性を分析し、行動を促すような働きかけをすることで驚くべき結果を生み出しています。では、なぜ組織は同じ焦点を労働者に当てようとしないのでしょうか?何が妨げとなっているのでしょうか?
一部の組織は、従業員への提供価値(EVP)を定義することで労働者のやる気や熱意の源泉をとらえることに成功していると感じているかもしれませんが、本当の意味で組織としてのパフォーマンスを上げていくには個人単位、つまり組織におけるメンバー一人一人の状況を理解し、それを踏まえ検討することが必要です。それにより、労働者が必ずしもやりたがらない仕事をしてもらうことを促したり、パフォーマンスや仕事の質を向上させるように動機づけたり、一丸となったチームを作ったりすることができます。
なぜパフォーマンス・マネジメントが機能しないのか?
主な対立:
私たちが何十年にもわたってパフォーマンス・マネジメント(評価管理)の手法を繰り返し見直してきたにもかかわらず、否定的な見方が今もなお続いていることを考えると、そもそもパフォーマンス・マネジメントは本当に必要なのか、という疑問が浮かびます。
そもそも、私たちはパフォーマンス・マネジメントのプロセスに期待しすぎているのではないでしょうか?多くの場合、私たちは評価制度などを人間のパフォーマンスを引き出す最大の手法としてみなしがちです。しかし、現実には、今日の複雑な仕事の世界で、人間とビジネスの成果(私たちが「人間のパフォーマンス」と呼ぶもの)を促進するために多くの要因が相互作用する必要があり、単一の人事施策だけではその実現が難しいのが現状です。
昇進や報酬などの人事に係る決定を行うにあたって、パフォーマンスの評価は欠かせないですし、常に満足のいく結果や決定方法にはならないかもしれません。しかし、仕組みを何度見直してもビジネスと人間の成果を引き出すという目的が達成されない場合、私たちは評価制度のみに頼らず、日々の業務の中で人間のパフォーマンスを引き出すためのより包括的で長期的なアプローチを検討する必要があります。
管理職は必要か?必要な場合、管理職は何に時間を費やすべきか?
主な対立:
人材のコーチングや育成など、管理職が担ういくつかの重要な役割は、今後もなくなることはないでしょう。むしろ、スキルの寿命が短くなっていることや、AIによる仕事への影響、変化のペースの加速などにより、チームメンバーはこれまで以上にサポートを必要としています。さらに、仕事の在り方が変化している状況を踏まえて、新たな能力の開発も求められています。これらの変化に伴い、管理職は従来の役割に加えて新たな役割も担っていく必要があると言えます。
多くの組織にとって、管理職という役割の撤廃は現実的ではありません。一方で、100年以上にわたって存在してきた管理職の役割を現状の延長線上で維持または強化することも得策ではありません。組織は、第3の道、つまり管理職の役割の抜本的な見直しを検討する必要があります。なぜなら、仕事がますます複雑で不安定になり、人間らしさに依存し、これまで以上にAIとの協働が求められる時代において、従来の管理職の役割はもはや目的に合っていないからです。
将来的に管理職の数が減ることはあるかもしれませんが、その場合彼・彼女らが担う仕事の内容とその進め方は、新しい仕事の在り方に合わせて進化していく必要があります。
組織と労働者の間の対立はこれまでもありましたし、なくなることはないでしょう。むしろ、AIが仕事や労働者に与える影響が加速するにつれて、対立の激化が予想されます。今後、リーダーは人間のパフォーマンス(ビジネスと人間の成果のバランス)を中核に据えた意思決定アプローチを採用する必要があります。
もちろん、これはリーダーだけでは実現できません。組織もまた、パフォーマンスにつながる行動を引き出すための仕組みや指標を再設計する必要がありますし、リーダーがテクノロジーやAIについて学び、その恩恵が受けられるようにする必要があります。そうすることは簡単ではないかもしれませんが、組織とそこに属するメンバーにとって持続可能な未来への道を切り開くきっかけとなるでしょう。
尚、これはマーケティングやブランドのためだけに実施するのではありません。あなたがリーダーとして紡ぐ物語をどう記していくかの問題です。その物語とは、あなたの組織と組織に投資してくれる人々、そこに所属する労働者、そしてあなたが生活し、働く地域社会のために、より大きな成果を推進するための人間のパフォーマンスを発揮する意味を示すものです。
デロイトのグローバル・ヒューマン・キャピタルトレンド2025は、世界93カ国の様々な業種・業界における約10,000人のビジネス・人事リーダーを対象に実施されました。基礎データを形成する広範囲な調査に加えて、今年は労働者、管理職、リーダーそれぞれに特化した調査の視点を反映し、リーダーと管理職の認識と労働者の現実とのギャップを明らかにすることを目指しました。さらに、これらの調査データは、25以上の先進的な組織のリーダーとのインタビューによって補足されています。これらの洞察により、本レポートのトレンドが形作られました。
Endnotes