2026年3月に公開されたデロイト・グローバル・ヒューマン・キャピタル・トレンド 2026を日本の読者の皆様に向けて、一部和訳1の上お届けいたします。今年のレポートのタイトルは、「From tensions to tipping points: Choosing the human advantage(対立から転換点へ-人間ならではの強みを選び取る-)」です。
昨年のレポートでは、組織と労働者との間に存在する複雑な対立関係に焦点をあてました。本年は、AIや地政学的リスクをはじめとする環境変化への対応がこれまで以上のスピードで求められるなか、リーダーが直面しているのは、組織と人材のあり方そのものが問われる転換点であると捉えています。とりわけ、AIと組織・人材の関係において見落としてはならない意思決定のポイントを解説しています。
これまで企業は、変化への適応手段としてテクノロジーを導入・活用することで、さまざまな危機を乗り越えてきました。現在においても、グローバルの経営陣は、テクノロジー主導の戦略によって危機を克服しようとしています2。しかし、テクノロジーを活用し続けること自体は、もはや差別化要因ではなく、企業経営における前提条件になりつつあります。とりわけテクノロジーの主軸がAIへと移行しつつある現在、差別化の源泉は、人間ならではの強みに移りつつあるといえます。
こうした変化を踏まえ、本レポートでは3つの転換点を提示しています。すなわち、「人と機械(AI)の関係を足し算ではなく掛け算で捉えること」「コスト効率ではなく価値創造へ焦点を置くこと」「計画と実行のスパンが短くなるなかで組織を統合的に編成していくこと」です。これらが示唆するのは、AIを追加的に導入するアドオンとして位置づけるのではなく、企業活動・組織運営の前提条件として組み込むべきであるということです。そのうえで、AIがもたらす力を人が最大限に引き出すことにより、変化や危機を乗り越え、組織の成長へとつなげていくことが求められます。
さらには、組織・人材のあり方についても見直しが必要です。デロイトのグローバル・ヒューマン・キャピタル・トレンド・レポートではこれまでも、組織や仕事の境界が曖昧になりつつあることを指摘してきました。AI時代においてもこの傾向は変わらず、改めて対応の必要性がより高まったといえます。こうした状況下で企業のリーダーに求められるのは、まずビジネスや仕事、プロセスのあり方を再設計することです。さらに、その再設計した仕事・プロセスを実行するために、組織の構造や人材配置、求められるスキルへと具体的に落とし込んでいくことが必要になります。
ビジネスや仕事、プロセスの設計において求められるのは、既存業務を前提に組織や人材要件を当てはめることではありません。むしろ、「どの仕事が価値を生むのか」「人とAIをどのように組み合わせれば成果を最大化できるのか」を起点として、役割、ワークフロー、意思決定のあり方まで含めて再設計することです。従来のように長い計画サイクルを前提に組織を運営することが難しくなるなか、成功の条件は、変化を感知し、迅速に実験し、継続的に適応することへと移行しています。とりわけ重要なのは、AIを単なる効率化の手段として追加するのではなく、人と機械の協働を前提に仕事そのものを再構想することです。これが、これからの競争優位の源泉になります。
そのうえで、再設計した仕事・プロセスを実行するためには、組織の設計と人材要件への落とし込みを進める必要があります。ここで求められるのは、固定的な組織構造や従来型の職務分掌を前提とする発想ではなく、変化する需要に応じて、人・スキル・データ・テクノロジーを動的に組み合わせる発想です。
すなわち、仕事のリデザインによって変化する役割に対応して、社員のリスキリングを進めるとともに、組織横断で機動的に人材を再配置していくことが、これからの日本の組織には必要になると考えられます。その際に重要なのは、効率化そのものを目的とするのではなく、人が担うべき価値を先に定義し、AIの活用によって創出された時間を、より付加価値の高い業務や新たな挑戦へ振り向けることです。人に期待される価値もまた、探求、共感、経験、実行、倫理といった、人間ならではの力へとシフトしていきます。すなわち、ビジネスと仕事のデザイン、組織のデザイン、人材の育成と配置は、個別に扱うべきテーマではなく、一体で構想し直すべき経営課題であるといえます。
また、ここでいう社員のリスキリングは、従来想定されてきたものよりも、より大きなスケールで捉える必要があります。AIはDXとは異なり、より広範な従業員に関わるテーマだからです。加えて、このリスキリングは一時的な対応ではなく、変化に応じて継続的かつ常時求められるものになっていきます。
この継続的なリスキリングの重要性は、日本では見落とされがちなテーマであることが、本レポートの執筆に際して実施したサーベイにおいて示唆されています。例年、サーベイでは特定テーマに対する「重要性の認識」と「実際の実践・準備状況」をそれぞれ調査しております。重要性の認識は、ほとんどすべての項目でグローバルと日本で差がない中、唯一「人材の継続的かつ『常時接続型』の学習・パフォーマンスニーズへの対応」3について、グローバルでは74%が重要性を認識していたのに対し、日本では55%にとどまりました。しかし、ここまで述べてきた通り、人材の継続的なリスキリングは、変化に対応し、人間ならではの強みを伸ばし、競争力の源泉としていくうえで、今後ますます重要になるといえます。
このように、一部に認識差は見られるものの、加速する変化のスピードとAIの普及というグローバルで共通するマクロ環境を踏まえれば、組織・人材の観点で検討すべきテーマそのものについて、日本とグローバルの間に大きな差はなくなりつつあります。本レポートが、日本企業の経営者・リーダーの皆様にとって、AI時代におけるさらなる成長に向けた組織および人材マネジメントを検討する一助となれば幸いです。
脚注
1 各トレンドの詳細については、グローバルレポートをご参照ください
2 Introduction参照
3このテーマに関するレポートについては、日本語版Introduction内のパラグラフ「私たちは、いかにして変化の中でも存在意義をもち続けるか」ならびにグローバルレポートのStaying relevant in a world that won’t sit stillを参照ください