2025年3月に公開されたデロイト・グローバル・ヒューマン・キャピタル・トレンド 2025について、日本のプロフェッショナルより読者の皆様に向けてポイントをご紹介します。
2025年3月に公開されたデロイト・グローバル・ヒューマン・キャピタル・トレンド 2025を日本の読者の皆様に向けて、一部和訳1の上お届けいたします。
デロイト・グローバル・ヒューマン・キャピタル・トレンド 2023において、私たちは仕事や労働力に関する従来のあり方・枠組みの境界線が失われつつある中で生じている組織と労働力のマネジメントの変化をご紹介しました。そして、昨年のレポートではさらに本テーマを深堀し、境界のない世界において人間のパフォーマンスを最大限に発揮するためのポイントについて考察しました。今年のレポートは、「Turning tensions into triumphs(対立を力に)」というテーマで、組織と労働者との間に存在する複雑な対立関係を乗り越え、「ビジネスの成果」と「人間の成果」の双方を向上させるための指針をリーダーの皆様へ提示しています。
リーダーはこれまでも、組織と労働者との間の「対立関係」への対応に直面してきました。経営層が迅速な変革を求める一方で労働者は仕事の安定性を重視する、データやアナリティクスによって組織の状況をつまびらかにしようとする取り組みに対して労働者が難色を示す、組織全体に働きかけるために標準化された施策に対して個人が違和感を覚えるなど、多くの組織にとって思い当たる場面があるのではないかと推察します。このような「対立関係」に直面した際、私たちはつい意思決定を遅らせて様子をみるアプローチをとりたくなりますが、変化が激しく不確実性の高い今日においては、意思決定をしないという決定が企業を不利な状況に追い込む結果ともなり得る点に注意すべきです。
対立を乗り越えるということは、必ずしも組織か労働者か、どちらか一方を選ぶということではなく、両者のバランスを見つけること、両者がともに真実であることを理解した上でリーダーが明確なスタンスをとる、ということを意味します。
本レポート作成に向けて実施したグローバルサーベイからは、特に日本のリーダーがこの必要かつ複雑な選択をどのように行うべきかについて、確信を持てていない状況が伺えます。グローバル全体と比して、日本の回答者は、調査において列挙された最新の組織人事テーマについて、「重要性は認識している」ものの、「準備はできていない」と回答しました。特に「人間とテクノロジー(特にAI)間の協働の増加に伴う、従業員への提供価値の再考や、人事関連施策の見直し」、「組織のアジリティや人材の流動性と、労働者の雇用の安定性のバランスを取るための組織設計と組織構造の再考」といったテーマについては「認識している」と「実際に行動ができている」の好意的回答数に顕著なギャップが見られました。この結果から、テクノロジーの導入を通じた仕事や社員のマネジメントのあり方の変革や、将来の事業成長に必要な人材を社内外から確保していくための組織や人材マネジメントの変革に関して、多くの日本企業がまさに今取り組み、そして悩んでいるテーマであることが伺えます。
また、調査項した項目のうち「付加価値のないオペレーショナルな業務の削減と、労働者の個人としての成長、想像力の活用、思考の深化を促すために必要な労働者の工数確保」という項目については、「重要性を認識している」と回答した日本企業の割合が最も高くなっておりました。この結果からは、多くの組織が現状の業務プロセスや働き方に課題を感じ、変革の必要性を理解していることが考えられます。一方で、当該テーマは決して最近掲げられるようになったわけではなく、長年にわたり日本企業におけるチャレンジとして認識されてきました。変革の必要性は理解しているものの、具体的な行動に移せていない組織が多いということはつまり、多くの日本企業が前述の「意思決定を遅らせて様子を見るアプローチ」に陥っている可能性があると思料します。
現状のオペレーションに忙殺され抜本的な改革に着手できていない、ビジネスの目先の結果だけに焦点を当てた場当たり的な施策が多く一貫したストーリーが構築できていない、あるいは変革に伴うリスクや不確実性を恐れ現状維持に傾倒してしまっている、ということが、皆様の組織でも起こっているのではないでしょうか。
組織と労働者の間の「対立関係」を乗り越え、ビジネスと人間の成果のバランスを見つけるために、日本のリーダーは何を意識すべきでしょうか。まずは競合の動きに捕らわれすぎず、自社のスタンスを明確に持つことが重要です。改めて自社の強みと弱み、そして組織文化や組織のために働く多様な労働者の価値観を深く理解する必要があります。競合分析や先行事例の調査を行うことは重要ですが、周りの動向ばかり気にかけていては自社のコアとなる部分やあるべき姿を見失ってしまうリスクがあります。ビジネス上のアウトプットだけでなく、AIの活用、働き方の変革、人材育成などのデータを参照しつつ、自社が進むべき道筋を現状と将来ビジョンの双方に基づいて深く検討し、意思決定のよりどころを持たなければなりません。
そして、策定したビジョン・戦略を具体的なロードマップを落とし込み、実行していく際には、綿密なチェンジマネジメントが不可欠です。従来、多くの日本企業では経営層からの一方的な指示や命令で変革が進められてきた側面があったと思われます。しかし、組織と労働者の間の対立関係が表層化し、両者間で対話を続けることの重要性が増していることを受け、組織は労働者の意見や懸念に耳を傾け、丁寧に説明し、納得感を得ながら変革を進めていくことが肝要となります。つまり、なぜこの変革が必要なのか、どのようなメリットがあるのか、そして個々の労働者にとってどのような影響があるのかを明確に伝え、理解と共感を得ることが求められます。その上で、労働者自身がオーナーシップをもって行動ができるよう、発言権と一定の裁量を与えることが重要です。なぜなら、真の変革は、従業員の主体的な参画によって初めて実現するからです。
本レポートが、日本企業の経営者、リーダーの皆様にとって、これからの時代の組織と人材のマネジメントを考える上での一助となれば幸いです。
脚注 1 各トレンドの詳細については、グローバルレポートをご参照ください。