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産業活用が進展する空間コンピューティング(Spatial Computing)と注目のスタートアップ

FA Innovative Senses 第21回

空間コンピューティング(Spatial Computing)は、AR(拡張現実)/VR(仮想現実)やデジタルツインを軸に、製造・物流・建設などの産業現場で生産性向上・業務効率化・コスト削減を実現し始めている。本稿では、産業活用が進む背景と先行事例、注目スタートアップの動向、導入のヒントについて解説する。

1. 空間コンピューティングとは

定義

空間コンピューティングとは、デジタル情報を現実の三次元空間と結びつけて扱うコンピューティング技術・サービスのことを指す。カメラやセンサーで場所・形・動きを把握し、その情報に合わせて、デジタルの表示や操作を現実空間の上に重ねることで、人の行動や判断に直接つなげることができる。
 

コンシューマー先行から産業用途へ

空間コンピューティングは、ゲーム・エンタメ等のコンシューマー向け用途で先行的に活用が広がったため、そうした用途を活用領域の中心と見る人も多いのではないか。一方で、ここ数年着実に活用が進展しているのが産業用途である。工場・建設現場・ロジスティクスなど幅広い業界で空間コンピューティング技術のテストや実際の導入が進展し、業務効率や生産性の向上、コスト削減といった成果を出し始めている。
 

三層からなる技術構成

空間コンピューティングの技術構成は、三層に分けて整理できる。第一層は基盤中核技術であり、カメラやセンサー等で取得した情報を統合し、自己位置推定やマッピング等により空間を認識・理解する。第二層は応用概念・モデル層であり、空間理解の結果をデジタルツインや仮想空間基盤などの枠組みに接続して、業務プロセスや体験設計へ落とし込む。第三層はインターフェイス層であり、AR/VRデバイスや各種入出力手段を通じて、現場で直感的に確認・指示・記録できる操作体験を成立させる。これらの層を通じて、従来は画面内で完結していたデジタル情報を、現場や空間の文脈に結びつけて扱うことが可能になる。

2. なぜ今、産業活用が進展しているのか

ここ数年、空間コンピューティングの産業活用に注目が集まっており、その理由は主に技術的な要因と需要サイドの要因を基に説明できる。
 

技術的な進化

まず、近年の技術進化により、体験品質が“現場で問題なく使える水準”に近づいてきている。5G/ Wi‑Fi通信やエッジ計算などの技術進展に伴い、高解像・低遅延で空間コンピューティング技術を活用できるようになった。また、ハンドトラッキングなどの入力技術も精度向上が進んでおり、遠隔支援や現場作業のガイダンスといった領域で、従来のPCやモバイルだけでは難しい業務を補完(場合によっては一部置換)し得る状況が見え始めている。

産業現場の課題とソリューションの適合

次に、産業現場における長年の課題と空間コンピューティングの得意領域が噛み合ってきた点が大きい。例えば、製造現場ではベテラン不足や作業の高度化が進展する中で、教育訓練の効率化・高度化に対する需要が大きくなっている。AR/VRで手順を体験しながら学べる訓練・シミュレーションや、遠隔の専門家が映像を見ながら指示できるリモートアシスト等が代表的な実用ユースケースとして広がりつつある。また、デジタルツイン技術は、これまで難しかった現場のリアルタイムシミュレーションを可能にするなど幅広い用途で活用され、コスト削減や意思決定の迅速化・高度化で成果を出しつつある。

3. 空間コンピューティング活用の先行事例

導入ハードルが相対的に低く、期待できるビジネス価値が大きい業界で先行

ここでは、空間コンピューティング活用における業界ごとの特徴を説明しながら、先行事例を紹介していく。縦軸に空間コンピューティングの導入ハードル、横軸に期待できるビジネス価値を取ったときに、導入ハードルが相対的に低く・ビジネス価値が大きい右下の象限に入る業界は、特に相性が良いといえるだろう。この象限に入る代表的な業界としては、製造業、物流業、建設・不動産業などが挙げられ、これらの業界では実際に空間コンピューティングソリューションがPoCから本番導入へ移行し始めている。 

導入ハードルとビジネス価値の相関を示す空間コンピューティングとの親和性マッピングの分布図

製造業

製造業は、業務の中心が物理空間上にあることから、情報を場所に紐づけることができる空間コンピューティングの価値が活かしやすい領域である。点検/保全、組立、検査など、高度な専門性に基づいた現場判断や手順の遵守が求められる作業について、ARで手順や注意点を現物に重畳するソリューションの開発・導入が先行している。また、熟練工不足が慢性的となっている領域においては、ARを活用した遠隔メンテナンス/リモート支援も即効性の高いソリューションとして注目されている。例えばあるグローバル製造企業では、現場技術者の視界を遠隔の専門家に共有しながら、専門家の指示を受けて検査・修理などの対応ができるARリモート支援を活用し、効率改善を進めている。
 

物流業

物理空間内で人・モノを正しく・早く動かす必要がある物流業も、空間コンピューティングが価値を出せる領域である。倉庫という物理空間をデジタルツイン化することで、実際に人やモノを動かすことなく設備改善や人員配置のシミュレーションができるようになっている。ARデバイス活用によるピッキング作業の効率化なども導入が進展するソリューションの代表例である。とあるグローバルEC事業者においては、倉庫のフルスケール・デジタルツインで新しいフルフィルメントセンター設計を仮想的にテストし、ロジスティクスソリューションの品質向上を狙っているとされる。
 

建設業

建設業において、時々刻々と変化する現場の状況把握や、進捗・出来形の整合の難しさは大きな課題となっているが、これこそがデジタルツイン化による価値が生かしやすい領域である。現場を高精度に可視化することで、設計・計画との差分を早期に検知し、手戻りの抑制や工程管理の精度向上が図られている。とある建設会社がドローンによる測量・データ解析のスタートアップと連携した事例では、ドローンで得られたデータで正確な点群を生成し、最新の作業進捗を正確に把握するとともに、潜在的な危険箇所をデジタルマップ上で逐次確認できるようになったことで現場作業員の安全性向上を実現している。

導入効果は期待できるが導入ハードルが高い領域も

一方で、導入ハードルは高いが、期待できる効果が大きい領域として、スマートシティ、防災・防衛、ヘルスケア・医療などが該当すると考えられる。関係者が多くデータ連携と責任分界が複雑、さらに規制・安全・セキュリティ要件が重いため、空間コンピューティングソリューションを運用まで持ち込む難易度が高いと考えられる。ただ、こうしたなかでも、期待するビジネス価値の大きさから、一部プレイヤーが先行的に検証テストを開始しており、今後の動向が注目される。

4. 注目のスタートアップ

産業活用文脈において、空間コンピューティング領域で注目されているスタートアップを紹介する。
 

Varjo

Varjo¹(本社:フィンランド/総調達金額:$200M以上(2026年2月時点の公開情報をベースに筆者推定))は、超高解像度のXRヘッドセットと設計・訓練・シミュレーション用のソフトウェアプラットフォームを開発・提供しているスタートアップである。プロ用途を前提とした高精細なVR/MR体験を提供できるとしており、高い精度とリアリティが求められる自動車や航空宇宙、医療研究などの産業セクターを主なターゲットとしている。こうしたセクターが実際に抱える課題やユースケースを前提に、顧客企業と共同で設計・開発を行っているという2

XREAL

XREAL3(本社:中国/総調達金額:$433M)4は、軽量ARグラスと空間コンピューティングソリューションを開発するスタートアップである。北米(ロサンゼルス)や日本(東京)などにも拠点を持つ5。資金面では、直近のSeries D($100M)はサプライチェーン・パートナーなどが出資したとされる6。産業用途の文脈では、フルフェイス型VR/MRよりも導入障壁が低いメガネ型の特性を活かし、遠隔支援・トレーニングなどの用途をターゲットとしている7。2026年1月のCESでGoogleとの戦略提携延長を発表し、Android XRエコシステムにおける「リード・ハードウェア・パートナー」として連携強化を進めるとしている8

5. 日本企業にとっての示唆

日本企業が産業活用として空間コンピューティングの導入を検討する際には、次の点を押さえることが重要である。
 

効果の出やすい領域から着手

第一に、効果が出る領域を「現場KPI」から逆算して選ぶべきである。特に遠隔支援、教育・訓練、標準作業の支援など、課題と成果指標が明確で横展開しやすいユースケースからの着手が望ましいと考えられる。運用・コンテンツ更新・権限設計を含む展開可能な型を作った上で他のユースケースにも展開し、導入インパクトを拡大していくことが重要となる。
 

現場への定着まで含めた設計

また、空間コンピューティングについては単なる新規技術の導入ではなく、「人と業務の変革」と捉えることが必要である。現場が使い続ける理由を明確にし、教育・技能体系、監督者の役割、協力会社を含む作業標準化に織り込んでいくことで、導入は現場に定着し、改善活動として自走しやすくなるだろう。
 

最新動向の注視と迅速な検証着手

最後に、新規技術を開発するスタートアップや大手ソリューション開発企業の動向を継続的に注視することも重要となる。他の領域と同様、空間コンピューティングも技術進化・競争環境の変化が速いといわれている。適切なタイミングでパートナー探索や小規模でのテスト導入を行いながら、空間コンピューティング活用による新しい業界標準構築の波に乗り遅れないようにすることが必要となる。

出典

(すべて最終閲覧日:2026年2月17日)

1. Varjo(https://varjo.com/

2. WIRED.jp(日本版)「産業用の空間コンピューティングは「人の眼レベル」を目指す:フィンランドのVarjoが考える“ポジティブな未来”」( https://wired.jp/article/varjo-spatial-computing/

3. XREAL(https://www.xreal.com/us

4. Road to VR 「Google’s Leading AR Glasses Partner XREAL Raises $100M」(https://www.roadtovr.com/google-android-xr-xreal-raises-100m-2026/

5. XREAL「Contact Us」(https://www.xreal.com/de/contact-us

6. Tech in Asia「Chinese smart glasses maker Xreal raises $100m funding」( https://www.techinasia.com/news/chinese-smart-glasses-maker-xreal-raises-100m

7. YouTube「XREAL: 600,000 AR Glasses Shipped and Now Aiming at Enterprise」(https://www.youtube.com/watch?v=TvqNCpMJFbA

8. HelenTech「Google と XREAL が提携延長を発表。Android XR のリードハードウェアパートナーに指名」(https://helentech.jp/news-80479/

執筆者

デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社/Deloitte Consulting US San Jose事業部
Innovation Research Team Head of Research
シニアマネジャー
Mina Hammura

執筆協力者

デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社
事業部 シニアコンサルタント 岸 麻友
インダストリー&ファンクション事業部 コンサルタント 宮本 尚樹
イノベーションソリューション事業部 アナリスト 中平 征志

※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。

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