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注目を集めるヒューマノイド市場

爆発的普及に向けたヒューマノイド開発の現在地

AIの急速な進化と労働力不足に悩む需要家の要望を受けて、ヒューマノイドへの注目が高まっている。物流・製造領域でユースケース開発・実用化が先行する中、爆発的普及に向けた競争が既に本格化し始めている。

ヒューマノイドとは

2025年1月、ヒューマノイドの時代が来るとの報道が世界中に広がった。NVIDIAのCEOであるJensen Huang氏が、AIを物理世界で動かすPhysical AIというコンセプトと共に「(汎用ロボット=ヒューマノイドの時代は)もうすぐそこまで来ている」1と語ったのである。

さて、そもそもヒューマノイドとは何だろうか。様々な定義が存在しているが、NVIDIAの定義に倣うと、「人間のような形にデザインされており、様々なタスクを学習し実行することが可能な、汎用の二足歩行ロボットである」2とされる。従来の機械(産業機械など)と対比するならば、まず明確な違いは人間のような見た目であることと言えよう。また、高性能なAIがダイナミックに環境認識を行いながら、反復学習によって獲得したスキルを使って、人間のように動きながら与えられたタスクを自律的に実行することができる。

 

何故「今」ヒューマノイドか

このヒューマノイドに「今」注目が集まる理由として、以下の2点が重要となっている。

①需要面

近年、先進国を中心とする労働量不足を背景に、市場からヒューマノイドを求める動きが大きくなりつつある。特に米国では、インフレ進展による人件費高騰が企業の収益を圧迫する中で、中長期的なコスト削減に向けた有力な施策としてヒューマノイドへの期待が高まっている。また、軍事防衛や災害対応、引いては宇宙開発等、人間が行うには安全面のリスクが伴う危険な現場での活動にヒューマノイドを活用したいというプレイヤーもヒューマノイド開発に期待している。

②技術面

近年、AIを始めとするソフトウェアの急速な進化が、実用的なヒューマノイドを作るのに必要な水準に追いついてきたことで、ヒューマノイド開発が一気に加速し始めたと言われている。また、AIをトレーニングするためのトレーニングデータの大量合成技術や、デジタルツインといったシミュレーション技術も急速に開発が進んでいる。更に、ハードウェア側でもセンサー、バッテリー、アクチュエーター等のキーコンポーネントの小型化・高精度化が、人型で人間の様に動きタスクをこなすヒューマノイドの開発を可能にしている。このように、①需要の高まりと②技術の進化が噛み合うタイミングがまさにこの2025年から2030年にかけてであり、この間にヒューマノイドの爆発的な普及が進展すると見られている。

 

ヒューマノイド市場の概要

ヒューマノイド市場規模については様々な予測数値が発表されているが、中でも最近大きな話題となったのが、Morgan Stanleyが発表した「2050年に10億台が展開され、最終販売商品の収益だけでUSD 4.7兆ドル規模に達する」3というものであろう。これは、2024年時点のOEM世界トップ20社の収益合計額の2倍近くになるという衝撃的な数字である。もう少し近い将来までの予測として取り上げられている数字としては、グローバルで2033年までに290億ドル規模というものがある4。この規模をベースに2024年からのCAGRを算出すると、実に年平均34.6%という急成長を実現することになる。GlobalX社の予測する販売台数ベースでは、2026年頃から少しずつ増え始めるもののその増加量は穏やかであり、2030年あたりが市場における普及の変曲点と見られているようである。5

一方で、米国のヒューマノイド開発スタートアップに関わるエキスパートからは、少し違った声を聞く。彼らは口を揃えて、「少なくとも、ユースケース開発で先行するロジスティクス領域や製造業領域に限って言えば、爆発的な普及は2年後=2027年くらいから始まってくる」というのである。彼らによると、ヒューマノイドの市場普及に向けて乗り越えなければならないハードルの中でも重要なものが、ちょうど今から2年程で解決する見込みだというのが根拠である。

 

ヒューマノイド開発上の課題と解決に向けた動き

そもそも、ヒューマノイド開発上の課題は多く、技術面から安全性、開発・生産コストに到るまで多岐に渡る。まず技術面では、AIを物理世界でコントロールすること自体の難しさに加え、大量のトレーニングデータが必要となるうえ、物理的にロボットが動く場所を確保した上での訓練が必要となる点も大きな制約となる。人間の代替としてヒューマノイドを稼働させることを前提とすれば、製造業やロジスティクス向けでは通常の労働シフトを充電なしに稼働できること、即ち、8‐10時間程度連続稼働できるバッテリー性能と電力効率の具備が期待されているが、現時点では未だその水準に達していないとされている(電池をスワッピングすることでこの課題を乗り越えようとする会社もある)。更に重要なのが、安全性の確立である。特に、人間が居る場所にヒューマノイドを投入し稼働させようとした場合に、そのヒューマノイドが人間を傷つけない安全なものであることが大前提となるが、人型ロボットの安全性基準は現段階ではほとんどの国において未確立な状況である。

現在、これらの課題を解決する動きが急速に進展している。例えば、ISOでは既にヒューマノイドの安全性基準確立に向けた検討が具体的に進められている段階である。6 また、米国のヒューマノイド専門家によると、バッテリーについてもスタートアップによるイノベーションが急進展しており、近いうちに8-10時間の連続稼働に必要な性能を獲得できる可能性があるという。更に、パフォーマンスの改善も急速に進展している。ヒューマノイドがそれぞれのアプリケーションにおける作業人員として「使い物になるレベル」にならなければ導入は進まないと考えられるが、米国でトップクラスのヒューマノイドモデルにおいては、ロジスティクス領域の特定作業において、人間と比較し7割程度のパフォーマンス水準まで来ているとも言われ、近い将来に10割またはそれ以上の水準を達成すべく開発・実証実験が進められている。このような課題解決の動きがちょうど噛み合ってくるタイミングが2年後からであり、そこが爆発的普及の始まりになると考えられている。

一方で、ヒューマノイドの生産コストについても普及の律速となる重要なファクターである。ロジスティクスや製造業向けに開発されている米国製ヒューマノイドの1台あたり生産コストは現時点では少なくともUSD 15万~20万ドル以上と見られているが、特にハードウェアに関しては量産が進むにつれて急速にコストが低下すると見られており、長期的にはイーロン・マスク氏が言うところの「1台あたり(の販売価格)2万~2.5万ドル程度」7は不可能でないという専門家の声も聞かれる。

 

ヒューマノイドのバリューチェーン

ヒューマノイドのバリューチェーンは、大きく4つの塊に分けて表現することが出来る。8

  • ブレーン(脳):人間でいう脳の部分を担当する機能として、AI(ファウンデーションモデル)等のソフトウェアとそれをトレーニングするためのシミュレーション技術、半導体・メモリなどが含まれる。
  • 身体:エネルギーを機械的な動きに変換するために必要なアクチュエーター、外部環境や作業対象を捉えるために必要な各種センサー、バッテリー、外骨格とロボットの表面を作るための金属やプラスチック素材などが含まれる。
  • インテグレーター:脳や身体のパーツを統合して最終製品であるヒューマノイドを作り上げるプレイヤーがここに含まれる。
  • サービス開発:ヒューマノイドを各アプリケーションにおいてユーザーに導入するためには、既存の業務オペレーションや既存のオートメーションシステムとの統合が必要となる。そうした機能を担当するのがここに含まれるSIerやコンサルティング企業等となる。現段階では、インテグレーターが直接ユーザー企業にRaaS(Robotics as a Service)としてヒューマノイドを提供しているケースが多いため、サービス開発領域のプレイヤーの存在感は薄い。しかしながら、今後ヒューマノイドの開発・普及が進展するにつれて重要度が増してくるカテゴリーと考えられている。また、将来的には、他の機械や自動車と同じように、メンテナンス企業や保険サービスなど、様々な周辺サービスもヒューマノイドのバリューチェーンに付加されてくると考えられる。

 

キープレイヤーの動向

この領域に特徴的なキープレイヤーとその動向を解説していく。

①グローバル大企業:グローバル大企業の中には、ヒューマノイドをいち早く活用することで中期的なオペレーショナルエクセレンス向上を狙うプレイヤーもいれば、将来的に大化けするヒューマノイドという有望市場への新規参入を画策するプレイヤーもいる。HyundaiによるBoston Dynamics買収はその両者を狙ったものと言えるだろう。9

②各国政府:ヒューマノイド開発を支援する主体として大きな役割を果たしているのが政府である。ヒューマノイド開発には多額の資金が必要であり、民間の投資家だけでなく「官」からの強力な支援が得られることが開発企業にとって極めて重要となっている。現在ヒューマノイド開発で圧倒的なトップランナーは米・中の2国であるが、このうち特に中国は国策としてヒューマノイド開発を支援しており、急速な開発進展の原動力となっている。また、あまり公開情報として出ているものは少ないが、ヒューマノイドの防衛領域における活用も検討されていると聞く。こうした文脈も、地政学的な緊張が高まる中で各国政府がヒューマノイドを支援する背景の一つと言えるだろう。

③Big Tech:Big Tech各社もヒューマノイド市場を語る上で欠かすことのできない重要なプレイヤーである。彼らは自社AIを始めとするソフトウェア/ハードウェア事業において、ヒューマノイドを重要な事業機会と位置付け、ヒューマノイド開発をリードする存在となっている。GR00Tと呼ばれるファウンデーションモデルで先行するNVIDIAや、インテグレーターとして自社ヒューマノイド開発を急ぐTeslaが典型例であろう。Amazonは、有力なスタートアップ(インテグレーター)と連携して自社ロジスティクス業務でのヒューマノイド活用検証を進めている。10

④スタートアップ:世界中で多数のスタートアップが、官民投資家やBig Tech等の支援を受けながら、自社開発のヒューマノイドを他社に先駆けて市場浸透させてデファクトモデル化することを目指している。有力なスタートアップはほぼ米・中の2国に集中しており、各国の有力な大企業やBig Techと連携しながらユースケース開発・検証を進めている。

 

ユースケース開発の進展

現在、ヒューマノイドのユースケース開発が進展しているのは特に製造・ロジスティクス領域となっている。実際に、ロジスティクス領域においてごく一部であるが既にヒューマノイドの商用化が始まっており、アイテムのピッキングや持ち運び等、倉庫内で完結する単純作業を中心にヒューマノイドが活用されている。製造業では、特に自動車生産ラインにおけるヒューマノイド活用の検証が各地で進展している。人間の作業員を想定しデザインされた自動車生産ラインへの導入は、ヒューマノイドが「人型」であるという強みが大いに生きるユースケースと言えるだろう。

一方で、この2領域以外での実用化はまだ数年単位で時間がかかるとの見通しが一般的である。例えば、医療・介護用途等は人手不足が深刻であり、ヒューマノイドの導入期待がかなり強い領域の一つと言えるが、人との接触・コミュニケーションが想定される以上、十分な安全性が確立されていることが普及の大前提となってくる。また、具体的にどんなユースケースがキラーアプリケーションになり得るかを現在進行形で開発中という段階であり、爆発的普及までには時間がかかると考えられている。リテール・小売も人手不足が深刻な業界の代表例であり、バックヤードの倉庫業務や在庫管理等はロジスティクス領域の延長線上でヒューマノイド活用が先行してくる可能性がある。一方で、カスタマーフェイシングを含む業務や顧客が居る時間帯の店舗業務などは、安全性確立とキラーユースケース開発が必要となる中で、ヒューマノイドの活用進展・普及には少し時間がかかる見通しのようである。人間が行うのは難しい危険な業務を代替させる目的で、防衛・災害領域への期待も高いが、極めて非構造的な利用環境で稼働させる必要があるという特性から、テスト・トレーニングも容易でなく、実用化難易度が高い領域と言われている。宇宙開発でのヒューマノイド活用も同様の特性が当てはまる。

 

まとめ

労働力不足という需要側の要望、各国政府の期待、Tech企業の新規事業狙い、AIの進化等、多様な要因が相まってヒューマノイドへの注目が高まっている。人型であるが故に、人間が行うあらゆる業務への活用が期待される中で、技術的なハードル、安全性の確立などを解決しながら、爆発的な普及は少なくとも2年後から始まってくる可能性がある。

日本においても、ヒューマノイドはその活用・開発の両面で官民にとって重要な領域と言えるだろう。まず活用に関して言えば、今後、超高齢化の進展による生産人口減少が確実な状況において、製造業や医療・介護現場等を始めとする様々な業界で労働力不足が深刻となる可能性がある中で、ヒューマノイドの積極活用は国全体のGDP規模維持の観点から極めて重要となるだろう。開発面で言えば、そもそもヒューマノイド開発の草分けであった日本であるが、不況による開発予算削減などに苦しみ実用化にこじつけられないままでいたところ、ここ十数年程で米中に圧倒的なスピードで抜き去られてしまった。海外では有力な国産スタートアップを官民で支援するケースや、韓国の様に官民で連合しヒューマノイド領域の競争力強化を狙うケースも見られる。こうした中で、今後日本におけるヒューマノイド開発・活用がどのように進展していくか、注目したい。

 

【出所】(すべて最終閲覧日:2025年6月12日)

1 NVIDIA「CES 2025: AI Advancing at ‘Incredible Pace,’ NVIDIA CEO Says」
https://blogs.nvidia.com/blog/ces-2025-jensen-huang/
2 NVIDIA「What Is a Humanoid Robot?」
https://www.nvidia.com/en-us/glossary/humanoid-robot/
3 CNBC「Morgan Stanley says humanoid robots will be a $5 trillion market by 2050. How to play it」https://www.cnbc.com/2025/04/29/how-to-play-a-5-trillion-market-for-humanoid-robots-by-2050.html
4 market.us「Global Humanoid Robot Market by Component (Hardware, Software), by Motion Type (Biped, Wheel-drive), by Application (Research & Space Exploration, Education & Entertainment, Personal Assistance & Caregiving, Hospitality, Search & Rescue, Others), Region and Companies – Industry Segment Outlook, Market Assessment, Competition Scenario, Trends and Forecast 2024-2033」https://market.us/report/humanoid-robot-market/
5 GlobalX公式「ヒューマノイド(人型ロボット)の台頭」
https://globalxetfs.co.jp/research/the-rise-of-humanoids-explained/index.html
6 TECH BRIEFS「Executive Insights: Humanoid Robots」https://www.techbriefs.com/component/content/article/52810-executive-insights-humanoid-robots
7 Reuters「Elon Musk: 10 billion humanoid robots by 2040 at $20K-$25K each」https://www.reuters.com/technology/elon-musk-10-billion-humanoid-robots-by-2040-20k-25k-each-2024-10-29/
8 Morgan Stanley「The Humanoid 100:Mapping the Humanoid Robot Value Chain」https://advisor.morganstanley.com/john.howard/documents/field/j/jo/john-howard/The_Humanoid_100_-_Mapping_the_Humanoid_Robot_Value_Chain.pdf
9 Boston Dynamics公式「Hyundai Motor Group Completes Acquisition of Boston Dynamics from Softbank」
https://bostondynamics.com/news/hyundai-motor-group-completes-acquisition-of-boston-dynamics-from-softbank/
10 TechCrunch「Amazon begins testing Agility’s Digit robot for warehouse work」https://techcrunch.com/2023/10/18/amazon-begins-testing-agilitys-digit-robot-for-warehouse-work/

執筆
デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社/Deloitte Consulting US San Jose
シニアマネジャー Mina Hammura

監修
デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社
パートナー 斎藤 祐馬
(2025.6.16)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。

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