2025年2月、EU上場企業が続々とCSRDの初年度開示を行う中、欧州委員会はオムニバス法案を公表し、CSRDの簡素化を提案しました。世界で最も先進的なEUのサステナビリティ開示制度の見直しは、CSRD適用対象企業のみならず、サステナビリティ開示の動向全体に大きな影響を及ぼしています。現行のCSRDの内容、オムニバス法案による改訂案の内容(2025年2月26日公表)、現在(2025年10月1日)の検討状況について、日本企業に影響がある内容に限定し、ご紹介します。
CSRD(Corporate Sustainability Reporting Directive)とは、EUにおけるサステナビリティ情報の開示に関する規制です。CSRDは、ESRS(European Sustainability Reporting Standards)に従った環境・社会・ガバナンスの報告と第三者保証を要求しています。目的は、企業のサステナビリティ報告を充実させ、投資家や市民社会などのステークホルダーが比較可能で信頼性の高い情報を入手できるようにすることです。企業のマネジメントレポート内に専用セクションを設けて開示することが求められています。
CSRDは2023年1月5日に発効しました。しかし、2025年2月26日には欧州委員会がオムニバス法案を公表し、CSRDの簡素化を提案しています。
オムニバス法案とは、CSRDを含むEUにおけるサステナビリティ関連規制の簡素化を図る欧州委員会の提案です。目的は、サステナビリティ関連規制の簡素化により、EUの競争力を向上することにあります。本法案は、日本企業を含むCSRDの適用対象企業や適用開始時期、開示内容などに影響を及ぼします。
CSRDの適用対象企業および適用開始時期は、以下の図の通りです。CSRDの特徴は、一定の要件を満たす場合、EU域外の企業にも開示義務が及ぶ点です。日本企業の場合、①EU域内の子会社(「EU子会社」)、➁EU域外企業として日本親会社(「JP親会社」)がCSRDの適用対象となる場合があります。
適用対象企業:EU域内企業の基準に「従業員数1,000名超」が追加され、これに満たない企業はCSRDの対象外とすることが提案されています。EU域外企業については、EU域内連結純売上高要件が従来の€150M超から€450M超へ、EU支店の純売上高要件も€40M超から€50M超へと引き上げる提案となっています。
適用開始時期:NFRD適用外の大会社(EU子会社)の適用開始時期を2年間延期する提案となっています 。
2025年10月1日時点での検討状況
適用対象企業: 今後、欧州委員会・EU理事会・欧州議会の三者協議が行われ、EUでの成立に向けて検討される見込みです。EU域内企業の基準について、EU理事会は「従業員数1,000名超」に加えて「売上高€450M超」を要件に追加し、適用対象をさらに限定する方針です。欧州議会は現在検討中で、10月に方針が固まる見込みです。EUでの成立後、各EU加盟国で現地法制化の手続きに移行します。
適用開始時期:EU子会社の適用開始時期について、提案通り2年間延期となり、2025年4月にEUにて成立しました。現在は各EU加盟国で現地法制化の手続き中です。
ESRSは、CSRDに基づき企業が報告すべきサステナビリティ情報の具体的な開示内容を定めた報告基準です。
2023年7月に欧州委員会で採択され、同年12月にEU官報で公表、2024年1月1日より適用が開始されています。また、2026年6月までにセクター別基準、中小企業向け基準、EU域外企業向け基準の採択が予定されています。EU域外企業向け基準は、NESRS(ESRS for Non-EU Groups)や第三国基準と呼ばれます。
日本親会社を含むEU域外企業は、①NESRS、➁ESRS、➂ESRSと同等とみなされる基準のいずれかに基づいた報告が求められます。ただし、ESRSと同等とみなされる基準はまだ決定されていません。また、NESRSに基づく場合、EU子会社での開示免除規定(会計指令2013/34/EU 19a.(9)および29a.(8)参照)は適用できないことに留意が必要です。
ESRSの構成:ESRSは全部で12の基準から構成されます。横断的基準が2個、環境・社会・ガバナンスのトピック別基準が10個です。
ESRS簡素化:現行のESRSは開示項目も多く、企業の負担が重いとの指摘があり、大幅な簡素化が提案されています。12の基準から構成されることに変更はありませんが、開示するデータポイント数の大幅な削減や各種軽減措置が検討されています。また、セクター別基準の策定を中止する方針も含まれています。なお、オムニバス法案では言及されていませんが、NESRSは基礎となるESRSが改訂予定のため、検討が保留されています。
2025年10月1日時点での状況
2025年7月に欧州委員会の要請に基づきESRSの開発・改訂を担うEFRAG( European Financial Reporting Advisory Group)が公開草案を公表しました。開示必須のデータポイント数を57%削減する案となっており、大幅な簡素化が提案されています。9月29日までコメント募集が行われ、11月末期限で欧州委員会に改定案が提出される予定です。その後、欧州委員会にて再度検討の上、委任法として成立する予定です(EU加盟国での現地法制化は不要)。
CSRDはサステナビリティ情報の信頼性確保のため、財務情報と同様に監査人等の独立した第三者による保証を求めています。適用初年度から限定的保証の取得が義務付けられており、将来的には合理的保証へ水準引き上げも計画されています。
保証水準:将来的な合理的保証への水準引き上げに関する規定の削除が提案されています。
2025年10月1日時点での状況
保証水準:合理的保証への水準引き上げの規定削除については、EU理事会も欧州委員会の提案に賛同している状況です。今後、欧州委員会・EU理事会・欧州議会の三者協議が行われ、EUでの成立に向けて検討される見込みです。EUでの成立後、各EU加盟国で現地法制化の手続きに移行します。
オムニバス法案によるCSRD改訂が進む中、流動的な規制動向を正確に把握し、自社グループへの影響を的確に見極めることが第一歩です。
その際には、CSRDだけでなく、日本のSSBJ開示制度やオーストラリア・アメリカ等の海外子会社に適用される可能性のある現地規制も含め、グローバルに広がる要求を俯瞰的に捉える必要があります。
その上で、「いつ・何を・誰が」対応すべきかを整理した具体的なロードマップを策定し、短期・中期で優先事項を明確化することが求められます。
開示規制対応として一部の部門に任せるのではなく、全社的な統合ガバナンス体制のもとで、経営に結び付いたサステナビリティ情報開示を実現することが、日本企業にとって今まさに必要な対応です。