2025年12月26日に金融庁金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループ(以下「DWG」という)から、「金融審議会『ディスクロージャーワーキング・グループ』報告」(以下「DWG報告」という)が公表された。DWG報告は、2025年8月以降4回にわたりDWGで検討した結果を報告書として取りまとめたものである。本稿ではDWG報告の概要について解説する。
DWG(令和7事務年度)は、金融担当大臣からの諮問「企業情報の開示のあり方に関する検討、スタートアップ等の資金調達ニーズの高まり、非財務情報の開示の拡充等、情報開示を巡る環境変化を踏まえ、投資判断に資する企業情報の開示のあり方やその実現に向けた環境整備について幅広く検討を行うこと。」1を受けて、企業情報の開示のあり方に関する検討を行うため設置された2。
DWGでは、2025年8月以降4回にわたり、1.有価証券届出書の提出免除基準の見直し、2.特定投資家私募制度の勧誘対象範囲の見直し、3.株式報酬に係る開示規制の見直し、4.虚偽記載に関する責任の範囲の明確化について審議を行い、検討の結果をDWG報告として公表した。DWG報告は、今後の企業情報の開示の方向性を示すものであり、法制度等の見直し3や実務対応に大きな影響を与える4。
DWG報告は、DWGで検討した事項(【図表1】「対応」1~4)について、検討の結果を取りまとめたものである。
※1 セーフハーバー・ルールについて、民事責任は法律改正、行政責任は「企業内容等の開示に関する留意事項について(企業内容等開示ガイドライン)」改正で対応することが予定されている。法律の改正が必要なものについては、2026年の通常国会に法案が提出される見込みである。
※2 2025年8月に開催された第1回DWGでは「有価証券報告書の記載事項の整理」もDWGでの検討事項とされていたが5、DWG報告には含まれていない。この点については、2026年春以降に審議を行う予定とされている。
参考: 金融審議会「ディスクロージャーワーキング・グループ」報告 概要(2025年12月26日)
金融商品取引法上、50名以上の者に対する新規発行有価証券の取得勧誘は「募集」に該当し、発行価額の総額が1億円以上の場合、「有価証券届出書」を提出する必要がある6。有価証券届出書の提出義務を負うことになった場合、継続的に有価証券報告書を提出する必要がある7。
「募集」に該当しない勧誘は「私募」といい、少人数私募、適格機関投資家私募、特定投資家私募がある。「私募」は調達金額の多寡にかかわらず、有価証券届出書の提出が不要とされているが、プロ向けの私募である特定投資家私募の場合、特定証券情報を相手方に提供し、又は公表する必要がある(本稿「3.(2)特定投資家私募制度の見直し」参照)。
DWGでは、投資者保護に留意しつつ、スタートアップ・成長企業への資金供給と更なる成長の促進を図る観点から、資金調達に必要な情報開示に伴うコストも踏まえ、有価証券届出書の提出が免除される発行価額の基準を現行の1億円から引き上げることについて検討が行われた。
検討の結果、DWG報告では、有価証券届出書の提出免除基準を1億円から5億円に引き上げることが適当との考えが示されている(【図表2】参照)。
発行価額の総額が1億円以上5億円未満の範囲の募集については、現行制度上は有価証券届出書が提出されている。提出免除基準を5億円に引き上げた場合、有価証券届出書が提出されなくなるため、DWG報告では、投資者保護の観点から、発行価額の総額が1億円以上5億円未満の範囲の募集について、有価証券通知書制度8の改正により以下のような情報提供の基盤整備を図ることが適当との考えが示されている(【図表2】参照)。
少額募集制度は、現行制度上、発行価額の総額が1億円以上5億円未満の範囲の募集について適用される制度である9(【図表2】参照)。通常の様式の有価証券届出書(企業内容等の開示に関する内閣府令第二号様式)ではなく、連結財務諸表の記載が不要とされるなど簡易な様式による有価証券届出書(企業内容等の開示に関する内閣府令第二号の五様式)の提出が可能とされている。
DWGでは、上記「②提出免除規準の引き上げ」のとおり、有価証券届出書の提出が免除される発行価額の基準を1億円から5億円に引き上げた場合に、少額募集制度を廃止するか、利用可能な募集等の範囲を見直し、5億円以上10億円未満に引き上げた上で存置するかについて検討が行われた。
検討の結果、DWG報告では、少額募集制度を利用できる発行価額の総額を5億円から10億円に引き上げた上で、同制度を存置することが適当との考えが示された。これにより見直し後は、5億円以上10億円未満の資金調達については、非上場会社は少額募集制度の利用による簡易な様式による有価証券届出書の提出が利用可能になる(【図表2】参照)。
参考:金融庁ウェブサイト金融審議会「ディスクロージャーワーキング・グループ」報告の概要(2025年12月26日)
特定投資家10制度は、投資者の属性に応じて行為規制の柔軟化を図ることを目的とする金融商品取引法の制度である。特定投資家私募制度は11、2008年のプロ向け市場12制度の整備に伴い導入され、有価証券届出書に比して簡易な特定証券情報の提供または公表を条件として、開示規制が免除される制度である。その後、特定投資家の範囲の拡大などの制度整備や、特定投資家私募の利便性向上のための解釈の明確化などの取組が進められてきたが、資金調達の事例は極めて少なく、特定投資家による取引は限定的であった。その要因として、特定投資家の裾野が狭いことが指摘され、背景として、特定投資家への移行や継続のための手続が必要となることから、特定投資家への移行ニーズが乏しいことが考えられ、この点課題が識別されていた。
当該課題に対応するために、DWGでは「潜在的特定投資家」の新設などについて検討が行われた。
DWG報告では、特定投資家要件を満たすものの、特定投資家になるための移行手続を行っていない者を「潜在的特定投資家」とし、特定投資家私募の相手方の範囲に追加し、特定投資家私募の範囲を拡大することが適当との考えが示された。なお、「潜在的特定投資家」を相手方とする勧誘行為に適用される金融商品取引法上の規制は、開示規制については、特定投資家を相手方とするものと同一(金融商品取引業者の関与や特定証券情報の提供又は公表が必要)とし、行為規制については、一般投資家を相手方とするものと同一(適合性原則等が適用される)とすることが示されている。
企業が、自社及びその子会社の役員・使用人に対し、自社の発行する株券・新株予約権証券を交付する際に行う勧誘行為については、「募集」に該当する場合でも有価証券届出書の提出を免除する特例措置13が存在する。ただし、対象が「株券」の場合は、日本の金融商品取引所に上場されているものに限定されている。
DWGでは、日本の非上場会社や日本市場に上場していない外国の会社が、(日本所在の)役員・使用人に株式報酬を交付する場合、有価証券届出書の提出が必要である点について、こうした不都合を解消し、例えば今後上場を予定している会社を含む非上場会社等についても本特例措置が利用できないか開示制度の見直しの検討が行われた。
検討の結果、DWG報告では、上場・非上場を問わず、株券・新株予約権証券の発行会社やその子会社の役員・使用人に対する勧誘行為については、「募集」に該当しないものとし、有価証券届出書の提出を不要とすることが適当との考えが示された。
有価証券報告書の記述情報(非財務情報)は、近年、開示の拡充・充実が図られている。2022年に公表されたDWG報告の提言を踏まえて、2023年1月に「企業内容等の開示に関する内閣府令」(以下「開示府令」という)が改正され、有価証券報告書の「第2事業の状況」に、「サステナビリティに関する考え方及び取組」の記載項目が追加された14。
法定開示書類である有価証券報告書には、重要な事項について虚偽記載があった場合や開示すべき重要な事項の記載が欠けているなどの場合には、その態様に応じて損害賠償責任の督促、課徴金納付命令、罰則といった規定の適用15がある。そのため、企業が、事後的に虚偽記載等の責任を問われることを恐れ、有価証券報告書での積極的な情報開示を避け、投資判断に有用な情報を提供するべき有価証券報告書の開示内容が、横並びで、定型的なものとなってしまう可能性があるという問題が懸念されたため、2023年1月に開示府令の改正とあわせて、「企業内容等の開示に関する留意事項について(企業内容等開示ガイドライン)」(以下「開示ガイドライン」という)を改正(開示ガイドライン5-16-2を新設)し、将来情報等に係る有価証券報告書等の虚偽記載等の責任についての考え方(いわゆるセーフハーバーの考え方)が明確にされた(【図表3】参照)。
参考:開示ガイドライン5-16-2
その後、金融審議会サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ16(以下「サステナWG」という)において、有価証券報告書での開示の充実と虚偽記載等に対する責任の範囲の明確化のための環境整備として、セ-フハーバーの整備について検討が行われた。
検討の結果、2025年7月にサステナWGより公表された「サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ中間論点整理」(以下「中間論点整理」という)では、サステナビリティ情報には、定性情報、見積り情報、将来情報といった情報が多く含まれ、企業の上流・下流のバリューチェーンから排出される排出量を意味するScope3の温室効果ガス排出量(以下「GHG排出量」という)のように、企業の統制の及ばない第三者から取得した情報の開示も必要になるといった特性や、財務情報と比較すると、相対的に不確実性が高いという特性があることが指摘されている。これを踏まえ、現行の開示ガイドラインを参考に、Scope3GHG排出量に係る定量情報が事後的に誤りであったことが判明したとしても、一定の場合17には、虚偽記載等の責任を負わないことが適当であり、開示ガイドラインの改正によりセーフハーバー・ルールを整備する方針が示された。
中間論点整理を踏まえて、2025年11月26日に金融庁より公表された開示府令等の改正案18(以下「2025年11月公表開示府令等改正案」という)では、開示府令第二号様式記載上の注意(30)」等の改正により、有価証券報告書の「サステナビリティに関する考え方及び取組」に、将来情報やScope3GHG排出量に関する定量情報について、推論過程等に関する記載及びこれらの情報に係る社内の開示手続の記載を求めることが提案されている。さらに、開示ガイドライン(5-16-2)を改正し、Scope3GHG排出量に関する定量情報について、一般に合理的と考えられる範囲で差異が生じる要因や推論過程等、社内の開示手続等に関する記載がされている場合には、虚偽記載等の責任を負うものではないとする考え方を明示することが提案されている。
中間論点整理では、非財務情報の開示の拡充が進む中で、サステナビリティ情報以外にも、不確実性が高いと考えられる非財務情報の開示が求められているという背景を踏まえ、セーフハーバー・ルールの効果、適用範囲、内容・適用要件といった各論点について、法律改正も視野に入れて、引き続き検討していくことが望ましいとされた。これを踏まえて、2025年8月以降4回にわたりDWGにおいて検討が行われた(次項「4(2)セーフハーバー・ルールの効果」から「4(5)セーフハーバー・ルールに関するその他の検討事項」参照)。
金融商品取引法上、法定開示書類である有価証券報告書等に虚偽記載等19があった場合、以下のような規定があるが(【図表4】参照)、DWGでは、これらのうちいずれの責任をセーフハーバー・ルールの対象とするか検討が行われた。
DWG報告では、一定の場合には、虚偽記載等に対する民事責任及び行政責任(課徴金納付命令等)については、セーフハーバー・ルールを適用し、責任を負わないとすることが適当とされた。刑事責任については、謙抑的な運用が行われていること、故意犯処罰が原則とされていることを踏まえ、故意による虚偽記載等があれば責任を負うべきという考えから、セーフハーバー・ルールの対象としないことが適当とされた。
参考:金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループ報告概要(2025年12月26日)
現行の開示ガイドラインでは、サステナビリティに関する考え方及び取組や事業等のリスクなどがセーフハーバー・ルールの適用範囲とされている(【図表3】参照)。
DWG報告では、セーフハーバー・ルールが適用される範囲については、不確実性が高く、厳格な正確性を求めることが投資者のニーズや企業負担の観点から必ずしも相当とは言えない情報として、非財務情報のうち、①将来情報、②見積り情報、③統制の及ばない第三者から取得した情報(以下これらを総称して「将来情報等」という)に限定することが適当との考えが示された(【図表5】参照)。ただし、財務諸表に密接に関連する情報は除くとされている。
参考: 金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループ報告概要(2025年12月26日)、サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ第10回事務局説明資料(2025年11月28日)
DWG報告では、明確性・予見可能性を重視する観点から、非財務情報のうちの将来情報等の「合理性が確保されていると認められる場合」にはセーフハーバー・ルールが適用され、虚偽記載等の責任を負わないとすることが適当であるとの考えが示されている。
「合理性が確保されていると認められる場合」としては、以下の事項が真実に基づき開示されていれば、セーフハーバー・ルールが適用され民事責任が免責されるとの具体的な適用要件が示されている(【図表6】参照)。
参考:金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループ報告及び同概要(2025年12月26日)
DWGでは、有価証券報告書の虚偽記載等に係る提出会社の役員等の損害賠償責任や、提出会社及び役員等の発行市場における損害賠償責任に係るセーフハーバー・ルールのあり方について検討が行われた。
DWG報告では、提出会社が責任を負わなければその役員等も責任を負わないとすることが相当であるから、提出会社の役員等の損害賠償責任もセーフハーバー・ルールの対象とすることが適当との考えが示された。また、発行市場における提出会社及び役員等の損害賠償責任、すなわち有価証券届出書の虚偽記載に係る責任については、将来情報等について有価証券報告書と同一の要件の下でセーフハーバー・ルールの対象とすべきとの考えが示されている。
上場会社等は、有価証券報告書の記載内容が金融商品取引法令に基づき適正であることを代表者及び最高財務責任者が確認した旨を記載した確認書を、有価証券報告書と併せて提出する必要がある21。
中間論点整理では、経営者等の有価証券報告書の作成責任の明確化の観点から、経営者等が、有価証券報告書を作成し、開示するための手続を整備していること、その実効性を確認していることを確認書の記載事項として追加することについて検討が行われ、セーフハーバー・ルールの論点と併せて、検討していくことが望ましいとされた。
DWGでは、確認書の記載事項の追加は、経営者の適正な情報開示に向けた意識の向上につながるとともに、セーフハーバー・ルールの要件との接続といった観点のほか、諸外国の制度と比較しても整合性があり、また、企業に過剰な負荷を求めるものではないことから、中間論点整理で示されたとおり、以下の記載を追加することが適当との考えが示された。
DWG報告では、「今後、金融庁を始めとした関係者において、DWG報告の内容を踏まえて必要な対応が進められることが期待される。」とあり、法改正が必要なものについては2026年の通常国会に法案が提出される見込みである。また、第1回DWGで検討事項として示された「有価証券報告書の記載事項の整理」については、DWG報告には含まれておらず、2026年春以降に審議予定とされている。引き続き今後の検討の動向や制度整備の状況を注視していく必要があるだろう。