デロイト トーマツは、2025年11月27日、第三回「半導体市場の展望―地政学変動と日本企業の勝ち筋」と題するセミナーを開催した。本稿は当該セミナーの内容を紹介し、「地政学的競争」の中で生き残るために日本企業が取り組むべき方向性を提示する。セミナーの全容は「デロイト トーマツ、恒例の半導体セミナーを開催―地政学変動と日本企業の勝ち筋」に掲載している。
現在の国際情勢は、第二次世界大戦後の「東西冷戦」、その後の約30年間にわたる「グローバリゼーション」を経て、新たな局面を迎えている。それは「地経学的競争」と呼ぶべき時代であり、かつて一つに統合された世界経済が、米国中心と中国中心の二つの経済圏へと「分離」する圧力を受けている状況である。しかしながら、この「分離」は完全な「分断」を意味せず、多くの国は、大国といかにうまく付き合い続けるかを模索している。この事実は貿易データからも明らかで、例えば日本にとって、中国は最大の貿易相手国であり、米国がそれに続く1。他の多くの国や地域も同様に米中両国へ強く依存しており、その関係性は過去10年でむしろ深まっている。
地政学的な対立が深まる一方で経済的な依存度が高まる背景には、先端技術の存在がある。EV、ドローン、太陽光パネルといった分野では、既に中国系技術が世界標準となりつつあり、AIや量子、バイオといった将来の基幹技術においても、先進国がリードしつつ中国が猛追している。各国が今後の経済成長のためにこれらの新技術を導入しようとすれば、必然的にアメリカと中国への依存度は高まらざるを得ない。これが現在の国際秩序の構造である。
その中でも、AI・半導体分野では米中の戦略が大きく異なる。アメリカが先端半導体とクローズドなエコシステムで技術的な囲い込みを図る一方、中国は半導体サプライチェーンの自立化とオープンな技術標準化を武器に長期戦を構えている。両国の戦略が異なるからこそ、各国は双方に依存する関係を深めていくことになり、安全保障面での対立と経済的な相互依存が両立するこの構造は、今後20~30年という長期間続くと考えられている。
このような状況下で注目すべき地域として、「日本」と「インド」が挙げられる。アジアには欧州のEUのような統合的な枠組みが存在しないため、日本が中心となって多国間連携を主導する役割への期待が高まっている。また、グローバルサウスの連携において、中国と並ぶ大国であるインドの動向は極めて重要となる。米中間の「政冷経熱」という関係は今後も続くと見られるが、米中以外の国々にとっては、二重投資の必要性が生じるなど、むしろ経済が「熱」を帯びる可能性も指摘されている。
日本がこの複雑な情勢で独自の立ち位置を築くには、多国間連携の推進が鍵となる。特に、調整役を得意とする日本企業が、先進国間だけでなく、新興国や場合によっては中国をも含めた企業間の連携を主導する役割を担うことへの期待は大きい。半導体の用途となる最終製品市場では依然として米中企業が大きな存在感を持つため、売り先としての中国との関係を維持し続ける必要があり、市場が単純に中国からインドへシフトすると考えるのは早計だろう。
では、こうした国際情勢を踏まえ、日本企業はどのように勝ち筋を見出すべきか。まず、日本の強みである半導体の「材料」と「製造装置」分野における「戦略的不可欠性」と「戦略的自立性」をさらに強化することが基本戦略となる。日本では、2022年5月、半導体などの国内で安定的な確保が必要な物資のサプライチェーンを強化することなどを目的に「経済安全保障推進法」が成立している2。
政府が現在注力しているのが「先端半導体製造」の国内拠点化だ。熊本(TSMC/JASM)の事例はこれまで国内で作れなかった先端品を製造する「自立性」の向上、北海道のラピダスのプロジェクトは世界で唯一の技術を確立する「不可欠性」の強化を目指すものである。これらの拠点は活気がある一方、人材育成など解決すべき課題も多い。
製造の次に強化すべきは、「装置・材料のサプライチェーン」である。いくら優れた装置や材料を国内で作れても、その原料供給が止まれば意味がない。特にレアアースをはじめとする原料の多くを中国に依存している現状は大きなリスクである。「自国にとって何が本当に足りなくなるのか」を正確に把握し、在庫の積み増しや代替ソースの探索といった対策に加え、地道な分析を通じてリスクを特定していく作業が急務となる。
さらに、日本の技術的優位性を維持するためには、新たな脅威への対抗策が不可欠だ。近年、日本の装置・材料メーカーのシェアは低下傾向にあるが、その背景にはAIを活用した材料開発で中国などが猛追していることがある。日本が長年培ってきたノウハウや経験則が、AIによって短期間で解析され、競争力が失われるリスクは極めて高い。この脅威に対抗するには、日本自身が積極的にAIを活用することが最善策だ。正解を知る日本のメーカーがAIを駆使することで、次の「狙い目」をいち早く見つけ出し、他国を引き離すことが可能になる。
一方で、利益率の観点から見れば、製造分野への注力だけでなく、より付加価値の高い「設計(上流)」や、半導体の価値を最終的に決定づける「アプリケーションやユースケース(下流)」の分野で活路を見出すことも重要である。製品実装やユースケースの創出は、日本の製造能力を活かす上で不可欠な要素となる。
とはいうものの、ユースケースの創出は一朝一夕に実現するものではない。国内で新たな半導体工場が稼働し、大量生産が始まろうとしている今、国や企業にとっては、まずその「売り先」をどう確保するのかが喫緊の課題となっている。複雑な地政学リスクを乗りこなし、自らの強みを再定義しながら、現実的な課題に着実に対処していくことが、これからの日本企業に求められる勝ち筋と言えるだろう。
1 笹川平和財団『日本の輸出入額に占める中国比率、中国の輸出入額に占める日本比率』、2026/2/20アクセス
https://www.spf.org/data-graphs-japan-china-relations/charts/ratio-import-export/
2 内閣府『経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律(経済安全保障推進法)』(令和4年法律第43号)、 2026/2/20アクセスhttps://www.cao.go.jp/keizai_anzen_hosho/suishinhou/suishinhou.html