車両がコネクテッド時代を迎えてから、「自動車」が顧客や社会に提供する価値は大きな変貌を遂げつつあります。中でも、コネクテッド時代における車両のサイバー空間上のリスクに対する保護の構築や、販売後のOver the Air(OTA)でのアップデートプログラムによる機能更新は、クルマのSoftware Defined Vehicle(SDV)化により自動車の開発から廃棄までの一連の価値体系を大きく変化させています。
デロイト トーマツでは、こうしたSDV化の流れの中で、重要性の高いテーマについて今後シリーズとして発信していきます。第1回ではOTA配信とSUMSの実現を取り巻く課題と解決の糸口についてお伝えします。
解決のヒント(まとめ)
2010年代前半には、一部の新興自動車メーカーが、無線通信を用いたソフトウェア更新(OTA更新)を本格的に打ち出しました。それ以前は、販売後の車載ソフトウェアを変更するには、基本的にはディーラーへの入庫を前提とし、また車両とソフトウェア書き込み装置を有線接続してソフトウェアを更新していました。以降、OTA更新は、入庫対応に伴う負荷やコストを抑えながら、市場投入後の車両に広くソフトウェア更新を適用する手段として注目されるようになりました。
一方、2020年6月に採択され、2022年から車両への適用が順次開始されたUN Regulation No. 156(プログラム等改変システムに係る協定規則 第156号、以下「UN-R156」)においては、自動車メーカーに、ソフトウェア更新を安全かつ確実に実行するための管理体制(Software Update Management System: SUMS)を保有し、またその確実な運用を求めることとなりました。その背景としては、次の点が挙げられます。
このような背景から、2020年代に入り、自動車業界ではOTA更新への対応が、実務レベルの経営課題として急速に重要性を増しています。特にSUMSへの対応は、UN-R156を通じて型式認証制度と結びついているため、対象市場や車種によっては、製造・販売の前提条件となるなど、重要な課題となっています。
ここで、OTA更新の目的に目を向けてみましょう。まず先述の通り、車載ソフトウェアの高度化から、セキュリティをはじめとする性能・品質の維持を目的とした、「修正」の意味合いの強いソフトウェア更新が挙げられるでしょう。またそれとは別に、工場出荷時点で備わっていない「新機能の追加」や「性能向上」をソフトウェア更新によって達成することも、主要な目的の一つとなっています。特に後者については、「既販車に新しい価値を届ける」という点で、いわゆるSoftware Defined Vehicle(SDV)であることの基本的な要件とみなすことができます。
このように、OTA更新は単なる是正措置の手段にとどまらず、販売後にクルマの価値を高め続けるための中核機能となりつつあります。ここでいう価値とは、単なる画面デザインの変更だけではありません。HMIの改善、ナビやコネクテッドサービスの強化、電費や充電制御の最適化、熱管理の改良、ADASの改善、車両診断や保守支援の高度化、個別ユーザーへの機能提供など、販売後も車両を進化させる余地は広く存在します。車両はもはや、工場出荷時点で価値が固定される完成品ではなく、使用期間中に機能や体験を改善しつづけるプロダクトへと変わりつつあります。
一部の新興メーカーでは、このようなソフトウェア更新の実績が蓄積されつつあります。販売後にソフトウェア更新を重ねることで、ソフトウェアのみならず、ユーザー体験そのものを更新していると言えるでしょう。その結果、市場の一部では「車両は購入後にも進化する」という期待が高まりつつあります。つまりOTA更新は、便利な付加機能ではなく、商品競争力そのものになります。車両販売後に、どれだけスムーズに、どれだけ価値のある更新を届けられるかが、ブランド評価や顧客ロイヤルティに直結する時代が到来したとも言えるでしょう。
例えば、米国系OEMでは、不具合を把握した当日に該当ソフトウェアの追加配信を停止し、翌日から修正版の展開を開始した事例があります。また、中国系OEMは、2025年に「海洋」と「王朝」の両シリーズを対象として、合計約200件のソフトウェア更新を実施したと報じられています。これは複数車種・仕様を含む合計件数ですが、年間を通じた更新規模の頻度とスピードを端的に表しています。北欧系OEMも、購入後の車両にOTAで新機能や改善を提供しています。これらは、不具合への迅速な対応から新たな機能・価値の提供まで、OTAを販売後の顧客体験と車両価値を継続的に更新する仕組みとして活用する動きと言えます。
乗用車よりも商用車の方が、OTA更新の価値はさらに明確です。トラック、バス、配送車両などでは、車両停止がそのまま事業損失につながるため、遠隔診断、ログ取得、故障予測、予防保全との組み合わせが重要になります。市場から得られた車両データをもとに診断ロジックや制御ソフトウェアを改善し、必要な更新を非稼働時間帯に安全に配信できれば、突発故障の抑制、計画整備の高度化、稼働率向上につながります。
一部の新興メーカーが着実に実績を積み上げている一方で、既存メーカーのOTA更新の取り組みは、新興メーカーに比べると、実装範囲や運用実績にばらつきがあるように見えます。この状況の背景には、既存メーカーの抱える次のような課題があると考えられます。
特に既存メーカーがOTA更新を車両および事業運営の標準機能として定着させ、安定的に運用するためには、先に挙げた課題のひとつひとつに向き合い、解決していく必要があるでしょう。ただし、レガシーの全てを捨て去り、車載アーキテクチャからアフターサービスまで、すべてを刷新することは現実的ではありません。変化させる対象を効果的に絞り、抜本的なアプローチを限定された範囲から段階的に進めていく方法が現実的でしょう。
E/Eアーキテクチャを採用するモデルでは、車載プラットフォームの企画段階からOTA更新機能を前提条件として織り込むなどの技術的な側面での対応が要されることに加えて、海外の競合他社にも遜色ない配信頻度やスピードを実現しつつも、OTAに伴うリスクを着実に対処するためには下記が解決のヒントになると考えます。
このような標準化され、再現可能で監査可能なプロセスは、更新の安全性、継続性、法規適合性を確保するための基盤です。同時に、ソフトウェアを迅速かつ繰り返し市場へ届ける能力を高め、OTAを法規対応の手段から、顧客体験と車両価値を継続的に向上させる競争力へ転換します。SUMSへの対応はゴールではなく、SDV時代の価値創出に向けた出発点と捉えるべきでしょう。
また、日本で開発された車両が世界各国の市場を走ることが当たり前である現実も織り込む必要があります。上記の体制構築を検討する場合、どこまでを日本本社が担い、どこまでを市場の特性に応じて現地の拠点が担当・関与するのかも、関連する法規などを念頭に設計することが求められます。日本で開発された車両がグローバル市場で展開されることを前提とすれば、OTA更新とSUMS対応は、そもそものソフトウェア開発における品質管理の強化や日本本社と各地域拠点の役割分担まで含めて設計すべきテーマです。今後は、こうした観点から、実装・運用の論点をさらに掘り下げていきます。