メインコンテンツに移動する

世界のM&A事情 ~ブラジル~

底堅い成長を続けるブラジル

2025年は日伯外交関係開始より130年の節目の年です。ブラジルは日本から最も遠い国でありながら、農作物、天然資源の輸入、工業品の輸出、日系移民のブラジル社会での活躍、人材交流などにおいて、日本にとって重要な国であり続けています。本稿ではブラジルの基本的な情報を振り返ったうえで、いくつかの業界・ビジネスチャンスと、その留意点に関して紹介します。

ブラジルのマクロ経済環境

ブラジル経済はコロナ禍でネガティブな影響を受けたものの、足元では強い内需を受けて底堅く推移しています。GDPはコロナ禍以降、実質ベースで毎年約2~5%成長しており、今後も人口増加と、それに伴う内需の増加を背景として底堅い成長が見込まれています。産業構造では、他国と比較して相対的に農業分野の割合が高く、輸出も積極的に行われています。特に大豆や食肉関連では世界でもトップクラスの輸出金額を誇ります。主な輸出先は中国・米国ですが、日本にも、トウモロコシや鉄鋼、鶏肉類などを輸出しています。
 

図1:ブラジル実質GDPの推移(百万レアル)
 

データソース:Economist Intelligence Unit
 

図2:GDPの産業別構成割合(2024)

データソース:Instituto Brasileiro de Geografia e Estatística
 

図3:輸出金額の産品別割合(2024)

データソース:Instituto Brasileiro de Geografia e Estatística
 

一方で金利水準はインフレを抑制するために高い水準となっています。2025年8月現在では政策金利は15.00%まで上昇しています。このため、企業にとっての金利支払い負担は高く、この点はブラジル経済の成長においては一つのリスク要因であるといえるでしょう。足元の予測では2026年に10%まで低下する見通しですが、場合によっては、高い金利水準が継続する可能性もあります。
 

図4:政策金利とインフレ率の推移

データソース:Economist Intelligence Unit

こうした中でも、経営者の景気に対する見方はポジティブに推移しています。2024年にデロイトブラジルにて実施した調査では、ブラジルの景気見通しについて「良い」「悪くない」と回答した割合が2023年に比べて増加しており、景況観が改善していることがわかります。また、その他の調査でも、営業利益が改善する見込みであると回答した企業が中南米の中で最も高い国である*1ことが示されており、今後の成長への期待感が増していることが確認できます。

*1 出典:JETRO「2024年度海外進出日系企業実態調査|中南米編」を参考

M&Aマーケットの動向

ブラジルM&Aマーケットの全体像

ブラジルM&A市場は、金利高の影響を受け減少傾向にあるものの、一定の規模感で推移しています。2025年は、米中関係の緊張をはじめとした世界経済の不透明さや、過去最高水準の政策金利を背景に件数は減少してスタートしています。一方、資源関係の企業における大型のディールの割合が増加したことで、金額ベースでは前年同期比+40%の増加となりました*2。件数の減少は、企業がM&Aに慎重になっていることを示しているといえ、買手候補を探す売手にとってはプレッシャーになり、買手企業にとっては交渉上有利になりえる環境ともいえます。

*2 出典:Valor「M&A volume in Brazil jumps 40%, to $29bn, in the first half」を参考
 

図5:買収件数の推移

データソース:LSEG Workspace
 

注目セクター

特に今後成長可能性があるセクターとしては、農業関連や再生可能エネルギー、および消費者向けの事業が考えられます。

農業関連の事業は、GDPや輸出に占める割合が示す通り、ブラジルにとっての重要産業です。関連産業としてアグリテックや農薬・肥料などのインプット関連産業も成長しており、化学品セクターやテクノロジーセクターにも投資機会があります。

再生可能エネルギーに目を移すと、風力発電や太陽光発電で積極的な投資が行われています。ブラジルは国土の特徴として日照がよく、また北東部の沿岸では十分な風が定常的に見込めること等、地理的な条件が整っており、この条件を積極的に利用して再生可能エネルギーの導入が推進され、成長分野となっています。発電・売電だけでなく、蓄電技術の活用なども含めて、日系企業にも裾野の広いビジネス機会があるといえます。

消費者向けでは、特に化粧品、日用品、生活必需品などの分野で大きな市場が存在しています。ブラジルの人口は2億人超であり、少子化が始まりつつあるものの、いまだ全体としては増加傾向にあります。GDPの増加をけん引しているのも内需の増加であり、人口動態に鑑みると長期的に同様の傾向が継続するとみられます。例えば、化粧品は世界第3位、ペット関連用品では世界第2位の市場規模を誇り、今後も成長可能性があると見込まれる注目市場です。併せて、日用品、生活必需品も人口の増加に伴い、安定的な市場拡大が見込まれます。
 

検討すべきポイント

一方で、これらの事業への投資にあたって検討すべきポイントとしては以下が挙げられます。

政策変更リスクの検討:特にブラジルにとって重要な産業(例:農業、エネルギー・インフラ関連等)においては、政策により規制や税制恩典などが設定されている場合があります。現状の政策を前提にすると経済合理性が十分に見込める投資対象であっても、将来的に政策が変更された場合、想定した恩恵が享受できない可能性があり、その場合の対応策などを検討しておくことが重要です。

信頼できるパートナー探し:ブラジル市場への進出にあたっては、独資で行うことも考えられますが、現地の商習慣に詳しく、市場でも認知されたパートナーを探し、出資やアライアンス等を通じて参入することも可能性として検討されるかと思います。当該パートナーが信頼に足る組織かどうか、CxOレベルとの対話や、信用調査、デューデリジェンスなどを通して、自社の経営方針との整合性や、ガバナンス等のリスクなどを検討する必要があります。

税務・労務に関するリスクの検討:デューデリジェンスの中でも、特にブラジルでは税務・労務については注意深く検討する必要があります。ブラジルの税制は非常に複雑であり、企業が税務にかける時間は世界で最も多いといわれています。また、現在の複雑な税制を簡素化する改正が進行中であり、事業にもインパクトがあるため、改正も見据えたビジネスモデルの再検討が必要です。労務面では各企業とも多くの訴訟を抱えているケースがあり、1,000人規模の会社では、60-70件の係争案件があることが通常です。リスクの蓋然性を適切に把握し、対応するためには、税務や労務に詳しい弁護士やコンサルタントなどの専門家の登用を検討することも重要です。

最後に

本稿では、ブラジル経済・M&A市場の動向と、魅力のあるセクター、また投資の際の留意点等について概観してきました。ブラジルは中南米の中でも大きな市場を持ち、成長性もポジティブにとらえられています。一方で、複雑な税制、高金利、労務訴訟のリスクなど、検討すべきポイントは多々あります。こうしたいわゆる「ブラジルコスト」には、適切なデューデリジェンス、買収後統合(PMI)などを通して対応策を検討することで緩和される可能性のあるものも多く存在します。ブラジルでのM&Aを成功させた企業は、市場の特長を生かしながら、リスク範囲を特定し、なるべく早期にコントロールすることに成功していると考えられます。

日本との外交に限らず経済的な関係性も深まっていく中で、民間投資家にとっての機会も多く広がっています。今後も日系企業による事業拡大が期待されます。
 

執筆者

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
ブラジル駐在員
佐々木 友美

このページはお役に立ちましたか?

ご協力ありがとうございました。