生成AIの登場で権利化活動の高効率化とあわせ新たな価値機能が模索されており、一つの方向性として、従前の法域から伸びゆくデータ・ノウハウ管理の可能性に焦点をあてる。
生成AIの登場以降、業務効率向上を図るため企業内の様々な業務でのトライアル導入・評価がなされている。知財業界においては、特許明細書という比較的構造化されたテキストデータを取り扱うため、生成AI登場以前よりAI適用が取り組まれていた分野でもあり、生成AIを利用した業務特化型AIでの特許関連サービス提供ベンダーがしのぎを削っている状態にある。代表的なAI適用先として、知財部門内での業務比重が高い権利化業務があげられる。また、企業内部においては、汎用AIの性能向上が日進月歩でもあるため、あえて業務特化AIサービスを選択せずに、RAG(Retrieval-Augmented Generation:検索拡張生成)等の技術を用いて業務適用を行う企業も存在している。
図1 知財業務における生成AIの適用業務例
生成AIにて、権利化業務を中心とするオペレーショナル業務の効率化が図られる一方で、オペレーショナル業務に従事していた人的資源のリソーシングが論点になってきている。このリソーシング先として、経営層に向けた技術・知財戦略機能の提供や、事業部門・研究開発部門連携の強化を通じて、経営貢献をいかにして見える形で成果を出せる領域が注目されている。
図2 知財部門の目指すべき方向性
知財部門が生成AIを利用しながら、オペレーショナル業務を圧縮し、戦略立案業務等への役割シフトを迎えつつあることを紹介したが、大きく2つの方向性が考えられる。
【知財部門の方向性仮説①:特許(情報)を駆使した他部門への積極的な関与】
【知財部門の方向性仮説②:データ・ノウハウを組み合わせた知財戦略構築・管理体制構築】
図3 知財部門業務の具体的な役割拡張
前パートでは、特許・実用新案・意匠・商標管理を中心としてきた知的財産部門の役割拡張として、データ・ノウハウを含めた知財戦略・管理体制構築がありうると述べた。というのは、日本における知財部門の多くで、たとえばソフトウェアIPにつき、ソフトウェア特許の取得・管理を実施している一方で、ソフトウェア著作物(著作権)の管理は各事業部任せとなり、知財部では関与していないことが多い。ソフトウェア著作物の管理が各事業部任せである場合、以下課題が生じる可能性が考えられる。
欧米の先進企業では人材・データベース等の観点からソフトウェアIP管理に対する知財部の体制を整備し、ソフトウェアIPの情報管理やその開発コスト負担を行っている事例が確認できる。下記では、ある欧州企業の知財部門での著作権管理・活用事例を紹介する。
【欧州大手企業の知財部門内の著作権管理・活用事例】
欧米では知財部がソフトウェア著作物によるライセンスに関する知見を有していることが一般的であることから、ソフトウェア著作物の適切な価値や標準的なソフトウェア著作物によるライセンス水準を把握しており、適切な価格への反映が可能であると推察される。特に、下記の管理や活用が行われている。
《管理》
《活用》
知財部が関与することで、著作物を含めたソフトウェアIPの適切な管理・活用による利益の向上や、新たなソフトウェアIP開発における既存IPの再利用の実現が可能と考えられる。
図4 ソフトウェアIPの開発・管理・活用を循環させる仕組みイメージ
協業先との共創によってデータやノウハウを扱うことが増えてくると、情報のコンタミリスクが増加することが想定される。特に無形資産を利用した共創活動も知財部門が主導するケースが散見されており、情報のコンタミには十分に留意する必要がある。そもそも情報コンタミは、技術提携先やサプライチェーン関係者、M&A等の協議後に破談した相手方との間で発生しやすく、その要因は契約内容や管理体制の不備などが多くみられる。
図5 情報コンタミ発生原因*1
情報コンタミの発生が訴訟に繋がるケースも存在する。開発/製造委託先の出願が、冒認ではなく有効と認められた判決がみられ、委託元・委託先の企業はいずれも、自社の開発経緯や提供/受領情報の明確化をすることが重要と考えられる。
図6 情報コンタミによる訴訟事例*2
情報コンタミの発生により、先に挙げた訴訟リスク・コストの発生も考えられるが、そのほかに事業シェアの低下、レピュテーションの低下などのネガティブな影響が事業に対して及ぶことが考えられる。
図7 情報コンタミにより引き起こされるリスク*1
知的財産部門は、もとより特許権等の出願前の発明を取扱い、かつ出願前に情報漏洩することは、権利取得に大きな影響があるため、厳格な情報管理を求められる部門である。しかしながら、他社からの不正アクセス等による情報漏洩が急増しつつある。情報漏洩は、2020年時点では退職者や現職者の誤操作・ルール不徹底による情報持ち出しが主であったが、2024年にかけてサイバー攻撃や現従業員による金銭目的など、悪意あるルートでの情報漏洩が急増している。
図 8 情報漏洩ルート*3
また、ダークウェブに情報が漏洩するケースも散見される。基本的に専門集団によるハッキングによるものであり、社内情報ガバナンスに加え、ITセキュリティの強化などが有効な対策と考えられる。
図9 ダークウェブへ情報が流れた被害事例(海外)*4
図 10 ダークウェブへ情報が流れた被害事例(国内)*4
情報漏洩によった訴訟事例も確認できる。下記事例は、原告企業が、持ち出しの検知と、漏洩情報が自社の研究成果であることを立証できたため、原告企業の勝訴につながった事例となる。
図11 情報漏洩による訴訟事例*2
特に近年は経済安全保障の観点からも、情報漏洩の抑制が単に企業だけの問題ではなく、国全体の問題として、必要性が高まりつつある。例えば、経済産業省*5では2025年に「技術流出対策ガイダンス(第1版)」や「経済安全保障上の課題への対応(民間ベストプラクティス集)-第2.0版-」を公表、また、企業経営層が自社における自律性・不可欠性確保及びガバナンス強化に係る取組を経営戦略として考え、実行する上での推奨事項を取りまとめている「経済安全保障経営ガイドライン(第1版)」を2026年に公表している。特に、上記ガイドラインにおいて経営者等が認識すべき原則として下記の3つを挙げており、技術漏洩を含む経済安全保障対策をコストでなく、投資と捉える有用性を説いている。
① 自社ビジネスを正確に把握し、リスクシナリオを策定する
② 経済安全保障への対応を単なるコストではなく、投資と捉える
③ マルチステークホルダーとの対話を欠かさない
企業知財部において、新たな知財機能を模索する中で、事業横断での著作権・ノウハウの管理を行うことで、利潤向上に貢献する余地を示した。但し、従前にも増して、情報コンタミや情報漏洩リスクが高くなっていることを踏まえ、知財部門による情報統制も強化されるべきと考える。情報統制に当たっては、企業経営全体の中で、知財リスクを正しくかつ継続的に認識すること、リスクの低減および発生時の対策のための適切な社内体制とルールを、関係各所と協力のうえ構築することが重要であると考える。
図12 知財部門含めた企業がとるべきリスク対策の方向性
上記のような事業部間連携を進めるにあたっては、組織間の明確な責任の所在を明確にするとともに、レポートラインの整備などが必要であるため、企業によっては複数部門が参画するバーチャルな組織構成を採用することも一考である。
脚注1:営業秘密官民フォーラムメールマガジン 第65回米国企業等との取引における情報コンタミネーションリスクへの対策、三菱電機デジタルイノベーション 「技術コンタミネーションとは?」を参照
脚注2:裁判所 https://www.courts.go.jp/index.html(閲覧日:2026/4/1)を参照
脚注3:「企業における営業秘密管理に関する実態調査 2024」 調査実施報告書を参照
脚注4:S2W Weekly Darkwebを参照
脚注5:経済産業省「経済安全保障政策」https://www.meti.go.jp/policy/economy/economic_security/index.html (閲覧日:2026/4/1)を参照