以前から唱えられていた銀行店舗軽量化のコンセプトが実行フェーズを迎えつつあります。その背景にはデジタルツール等の整備と顧客の受容性という環境が整ったことがあると考えられます。他方、金利のある世界(預金獲得の意義の復活)といった環境変化も重要な観点です。
また顧客ニーズの多様化やリアルチャネルに求められるものが変化する中で、提供サービスの峻別、店舗サイズの小型化や少人数での運用など、軽量化店舗の取り組みも多様化しています。本稿では、昨今の環境変化や顧客接点の考え方の変化を踏まえた、実際の軽量化店舗の取り組みに向けた諸論点を概観します。
銀行はこれまで長く、ブランチインブランチ方式などで店舗数の削減を続けてきたが、足元でその風向きが変わりつつある。今後は店舗数をある程度維持しながら、効率的な運用と店舗ならではの価値提供の両立を図っていく形態として、軽量化店舗が一定割合展開されていくことが想定される。この軽量化店舗は、以前から概念としては存在していたが、口座開設や主要な諸手続きまでデジタルで取引できるようになったこと、また実際にその利用が広く浸透してきたことにより、徐々に実行フェーズを迎えつつあると考える。実際の軽量化店舗の取り組みにあたっては、顧客ニーズの変化を踏まえ、その取り組みの幅が広がってきている。本稿ではリテール向けの店舗を主眼に、昨今の軽量化店舗の取り組みに向けて検討する際の諸論点を紹介する。
なお、本稿では店舗チャネルにおける取り組みを主眼とするが、実際の検討においては、リテール戦略の全体像、またデジタルチャネルなど店舗以外の顧客接点の考え方も踏まえ店舗チャネルの位置づけを整理しておくことも重要な観点と考える。
これまではオンラインバンキングで提供される取引が限定されていたり、その利用者が限定的だったりしたため、事務手続きを行う役割としてのリアルな店舗を広く残す必要があったが、昨今ではeKYC(オンラインでの本人確認)を活用した口座開設に多くの銀行が対応しているなどオンラインバンキングの機能が拡大し、店頭でのタブレット端末等によるセルフでの手続きも普及してきている。
また利用者としてもスマートフォンを含めたオンラインバンキングの利用が世代を超えて拡大しており、デジタルチャネルで手続きすることが広く受け入れられてきており、この傾向は今後も続くことが想定される。
このことから、店舗で一様にフルサービスを提供することの必要性が低下してきており、店舗ごとに異なる役割を持たせ、多様な店舗形態を展開できるようになり、またタブレット等の端末の普及により店舗内での後続手続きが削減されたことで、店舗をコンパクトに設計・運用できるようになって来ていると考えられる(店舗面積や運営人数の観点)
主に利用する金融機関の満足理由として、依然として店舗・ATMが近くに存在することが最大の理由となっている。これは実際に店舗を利用しやすいという利便性に加えて、実際に利用せずとも必要な際にはすぐに利用できるという安心感などへの期待も含まれていると推察する。足元の金利のある世界で預金獲得の重要性が増す環境においては、主に利用する金融機関として満足度を高め、継続して利用してもらうことで、粘着性の高い預金獲得に繋げていくことが考えられる。
(データソース:全国銀行協会「よりよい銀行づくりのためのアンケート」)
よりよい銀行づくりのためのアンケートの結果について | 2024年 | 一般社団法人 全国銀行協会
政府による国民の安定的な資産形成の支援施策などが推進される中、銀行に対して資産運用などのアドバイスの充実を期待する人が一定数存在し、これは世帯年収が高い程、また年齢が若い程より期待される傾向にある。そのようなニーズの受け皿として、店舗での行員による運用相談が想定されるが、その際に資産形成・運用ニーズを持つ人との接点拡大が期待できる場所への出店も検討に値すると考えられる。
(データソース:全国銀行協会「よりよい銀行づくりのためのアンケート」)
よりよい銀行づくりのためのアンケートの結果について | 2024年 | 一般社団法人 全国銀行協会
一定の店舗網が存在することが地域密着型の金融を提供するうえで重要な基盤となる。店舗を通じて地域の企業や住民と密接な関係を構築することで、地域に関する情報が収集でき、地域のニーズに応じた金融サービスを提供することが可能になる。
銀行店舗は老朽化が進んでいるものが多く存在するが、築年数が増すと大規模リニューアル等のコスト上昇や老朽化に伴うリスクも上昇していく。一定期間を越えると建て替えをするよりも継続利用する方がコスト高となるケースも想定される。現状の店舗面積が過大となっている場合、小型化もからめた取り組みの検討余地が考えられる。
特に地方では働き手の減少傾向が続くため、効率的な店舗運営体制を構築し、人員減少に備えておくことが重要である。そのためには、対象店舗に残る業務を踏まえた必要な人員数とケイパビリティを把握し、行員のマルチタスク化・リソース共有などの検討も視野に入ると考えられる。
前章で記載の通り、デジタル活用の浸透を踏まえ店舗についての考え方を見直す意義がある中で、店舗維持のコスト高やリソース制約という環境認識も踏まえ、どのように店舗のコンセプトを見直していくかについて考えていくことになる。
まず軽量化店舗の展開に向けて、一般的に検討が必要となる主要な観点を紹介する。
次に最近の軽量化店舗の打ち手の例とともに、取り組む際の検討観点例を紹介する。
各行の軽量化店舗の取組に当たっては、前章の内部環境における論点への着実な対応(店舗コストの適正化(⑤)と、人的リソースの捻出(⑥))を念頭に、各行・各店舗のおかれた外部環境を踏まえた打ち手の展開を図っていると考えられる。
※本章の()内の数字は、各打ち手例が前章の環境変化①~⑥のどの項目を重視した打ち手かを示す。
打ち手例A:デジタルの利用促進(①)
打ち手例B:提供サービスの取捨選択(③)
打ち手例C:拠点網の維持と窓口営業の効率化(②④)
打ち手例D:地元企業等との店舗の共同運営(④)
本章では軽量化店舗の打ち手例を紹介したが、これらの打ち手は、デジタルでの取引という新たな利便性を顧客に訴求しながら業務量の削減に取り組むもの、顧客のニーズの変化を踏まえて提供するサービスを特化・深化するもの、他社との協働など新たな目的を付加したものなどがある一方、コスト観点でも、不動産コスト適正化を企図するもの、人的リソース捻出を見込むもの等の特徴がある。
よって、顧客へのサービス提供による収益獲得(攻め)と、コスト適正化の効果獲得(守り)のそれぞれの組み合わせや特徴を踏まえながら店舗の新たな類型を整理することに加え、特定の類型を一様に展開するのではなく、銀行の地域における役割等も鑑み、店舗ネットワークを複層的に考えていくことの重要性も高まると考えられる。
本稿では、デジタルの浸透を中心とした足元の環境変化、またそれを踏まえ銀行の店舗形態の多様化における店舗軽量化の動向について紹介したが、これらの取り組みは現状で確立されたコンセプトというよりも、先行して取り組んだ店舗の状況を踏まえて、今後見直しを図っていく段階のものも多いと推察する。
加えて、今般の取り組みも恒久的なものというより、デジタルの動向などの環境変化を注視しながら例えば想定より急速にデジタルの進化や浸透が進んだ際にはサービス提供の仕方や場所・仕様などを柔軟に見直すなど一定の時間軸の範囲内で考えておくことが重要と考える。
また、実際の取り組みにあたってはリソースも時間も要するため、しっかりと体制を組むことも肝心である。
今後の展望としては、銀行のビジネス領域が非金融業へと拡大していく中、銀行店舗の役割は金融業からさらにスコープを広げサービス店舗の一業態のようになっていくことも考えられる。金融業という生業上、現金の取り扱いや口座管理をしっかり行っている信頼感のあるサービス業という一面を残しつつ、地域の課題解決や活性化に向けた幅広いサービスを提供する場として、例えば、人材紹介・マッチング、地域特産品の販売・プロモーション、コミュニティハブとしての起業家支援センター等、金融サービスの提供場所という概念を超え、地域の経済・社会・文化の中核を担う多機能型拠点へと進化するようなアイデアも想定される。これらの取り組みを通じて、店舗というチャネルを活用した新たなサービスを開発していくことで、店舗価値や事業価値を向上させることも考えらえる。
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
銀行・証券セクター
シニアマネジャー 下村 大学
シニアコンサルタント 木下 大介
(2025.6.19)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。