AIの進展により、SaaS(Software as a Service)の死が叫ばれ、SaaS企業、SIer事業(ITコンサルティング・システム開発)各社の株価は世界的に軒並み下落し、日本のSaaS企業、SIer事業各社にも影響が及んでいる。これまで主にSaaS企業は、ユーザーごとにアカウントベースで権限を割り当てて、アカウントベースで課金を行ってきたが、AIエージェントにより、AI側で処理可能な機能が増えることや、AIが自律的に動くことで、AIが人とSaaSの間に入ってSaaSを活用する形になるため、AIで大量のタスク処理が可能になれば従来必要としていたユーザーアカウント数は減少する形が想定されるなど、従来の課金モデルがそもそも成立しない、あるいは大きく変わると思われていることが要因である。
また、SIer会社の直接の収益モデルは、SaaS企業のように、ユーザーベースの課金ではなく、工数×単価の人月モデルであるが、AIによる自動プログラミングが可能になり、工数の減少に伴う収益の減少が想定されているものと考えられている。
ここでは、特に、SIer事業に与える影響を考える。これまで、海外と比べても、ITエンジニアリソースが不足する日本では、SIer事業各社は、ITエンジニアを抱え、デジタル化、DX化の進展で、堅調な国内需要に対応してきた。堅調な需要に合わせ、SIer事業各社はITエンジニアの確保に注力してきた。
SIer業界は、多重下請構造となっており、大手のシステムインテグレーターが元請となり、プロジェクト・マネジメントを行い、下請として、システム開発会社がプログラミングなどシステム開発を担うのが特徴である。
AIにより、特に影響を受けるのは、プログラミングなどの開発工程であり、開発工数の削減、開発効率化が予想される。開発の二次請け、三次請けを担っている企業の工数が大きく減少する可能性はあるが、一方で、開発を外注している大手SIerにとっては外注コストの削減につながる可能性がある。外注分も含めた総額の収益は減るものの、収益性を高められる可能性があり、大手SIerとしては、開発人員を抱えることはなく、開発工程を自社内に取り込んでいくことが重要になると考えられる。
AIは確率的に一番もっともらしい回答を出すに過ぎず、その点では、正確性、安定性が要求される基幹システムや会計システムの完全な置換までは起こらず、AI駆動によるプログラミングなど、コーディングの分野での大幅な効率化が進展すると考えられる。一方、チェック機能は不可欠であり、また、最終成果物をクライアントに納品するのは、会社であり、人による成果物の担保が必要なことは変わりない。そのため、最終的には、標準化を進めるAIというよりは、人のインプットの差となることから、優秀なエンジニアの確保が引き続き必要となる。
SIer事業者をITコンサルティング事業者、システム開発事業者、またその二次・三次請けのシステム開発事業者を対象として捉えた際に、SIer市場そのものは拡大しており、今後も拡大が見込まれている。先述の”SaaSの死”と呼ばれるトレンドに伴い株価が低迷している企業は存在するが、実際の業績自体は好調な企業も多い。
それらは基幹システムのリプレースや各現場で発生するDXニーズなどが牽引していると見られ、2027年末のSAP ERP 6.0(ECC6.0)の標準保守終了等も控えているため、継続的な成長が見込まれるが、AI ディスラプションにより業界にどのような変化が起きるかは注視していく必要がある。
昨今、業界内では大手SIer企業による二次・三次請け企業の買収による事業規模拡大・人材獲得や、二次・三次請け企業同士におけるサービスの補完・シナジー創出を目的とした企業統合(アプリ領域をメインとする企業によるインフラ領域企業の買収、またその逆など、サービス領域を拡充するM&A等)、またSIerがパートナーとして取り扱ってきたソリューションベンダーを買収する(自社で抱える)といった動きが多く発生している。またSIer市場の拡大に伴い、大手コンサル会社から独立する形で小回りの利く会社が増え、成長性や働きやすさ・仕事内容で人材を惹きつけ、事業を拡大する会社も増えている。また、SIer業界の外からの関心も高く、各業界どの事業会社においても、自社内での継続したDX推進が求められているため、内製のIT部隊を拡大するためにSIer企業を買収する形でIT人材獲得を狙ったり、大手IT企業が自社IT製品の展開も狙ったコンサル事業の立ち上げのために人材獲得を図ったりしている。また、業界の成長性に目を付けたPEファンドが短期的なキャピタルゲインを狙い、短い期間でバリューアップして売却する事例もある。
今後の動きとしては、1つの仮説として、ソフトウェアのAIによる代替が進むことで、ソフトウェア企業の数が減少、またプロセスのオートメーション化が進むことで必要となる運用保守人員の数も減少することから、必要となるSIer企業も減少し、SIerの統廃合が進む可能性がある。
また、課題分析から要件定義、コーディングといった工程の中で、今後下流工程はAIに代替されていく可能性があることから、今後SIer事業者には、より上流工程(戦略・企画)の機能が求められることになると考えられる。顧客ニーズを捉えて企業全体のIT戦略や事業戦略を立案するための最適なITアーキテクチャの設計が可能であることや、ビジネスとITは密接に結びついていることから、各業界の業界知見を保有していることも併せて重要となってくる。よって、これまで大手企業による特定技術を持つAI企業を買収するM&Aなど活発に行われてきたが、今後、資金力のあるソフトウェア企業やSIer企業による上流工程のケイパビリティ獲得のM&Aなども増加していくと想定される。
図表
ただし、M&Aを検討する際には、見極めは慎重に行う必要がある。実際に上流工程の機能を持っていることを謳っていても、実態として二次・三次請けがメインとなっていて、全体を俯瞰したうえでの課題分析やコンサルティングスキルをもつ人材がいないケースもある。また、ITというくくりの中でも、様々なアプリケーション(ERP、DWH、AI等)やインフラストラクチャー(セキュリティ・ネットワーク・サーバー等)と領域は多岐にわたるため、自社とシナジーのある領域でケイパビリティを保有しているかをしっかりと見極める必要がある。実際の市場調査やデューデリジェンスにおいて、売上・利益率等の財務面に加えて、組織のケイパビリティ(対応可能な工程・ソリューション・テンプレートの有無等)や人材のケイパビリティ(スキル・保有資格等)、プライム率・外注率など、多角的な分析が必要である。
また、企業内のIT部門に目を向けると、AIディスラプションにより取り扱うソフトウェア数が減少し、ITの問い合わせ対応や運用保守についても、AIによるオートメーション化が進むことで、IT部門として必要な人員数は減少していくことが考えられる。これは、他の間接業務(経理・人事・総務等)とも同じ動きであり、社内での業務合理化・効率化の推進が必要となる。昨今そのような検討を行う企業は増えているが、改革のケイパビリティを社内で保持していない企業については、ケイパビリティを補完する目的で、外部のコンサルティング会社やアウトソーシングベンダーと協業する、また時には資本提携や人員の移管も含めた形でJVを設立するようなケースが増えており、今後もその傾向は続くと想定される。
海外においても同様の傾向にある。海外は日本と比較してIT人員が社内に内製化されているケースも多いが、例えば欧州においては、西欧の人件費の上昇から、中東欧にSSC(シェアドサービスセンター)を立ち上げる企業も増えてきている。グローバルの業務アウトソーシング拠点として最も活用されているのはインドであるが、欧州においてはポーランドがここ数年で常にTop5に入る位置付けとなっており、ルーマニア・ハンガリー・ブルガリア等の活用も直近のトレンドになってきている。これらの地域にニアショアとしてのSSCを立ち上げ、複数グループ会社の機能を集約しアウトソーシングする形とすることで、コストの削減を図るケースも出てきている。
SSCはITのみならず、経理財務・人事・購買・税務業務等のアウトソーシング先としても活用されているが、IT業務はSSC・アウトソーシングが活用しやすい領域となっており、デロイトのグローバルでの調査では53%の業務がSSC/アウトソーシングされているが、AIの活用により、より多くの業務が外部化できるようになっていくと考えられる。よって、今後は海外子会社も含めて、IT機能をスリム化しコスト削減を図るとともに、コストメリットがあればアウトソーシング拠点の立ち上げ・活用もしながら、余剰となったリソースをより付加価値の高い業務にシフトさせることが、企業価値向上のための施策として求められていくと考えられる。
AIディスラプションは、ソフトウェア利用による継続的な収入に支えられたSaaS企業、デジタル化、DX化需要に支えられたSIer事業各社、また、デジタル化・DX化を推進してきた社内IT部門にも大きく変革を迫るものとなっている。一方、AI利用が進展すればするほど、差別化要素は人材となり、優秀なエンジニアの確保、人的リソースの最適配置が重要になることから、人材戦略についても、今一度検討する必要がある。
合同会社デロイト トーマツ
ファイナンシャルアドバイザリー
テクノロジー・メディア・通信
パートナー 熊谷 圭介
パートナー 谷口 雅俊
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。