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Blue wave conection dots and lines. Abstract technology background. Science background. Big data. 3d rendering. Network connection.

科学立国への新潮流、「DeSci」が加速させるサイエンスの社会実装

「DeSci Japan Summit 2025」イベントレポート

ブロックチェーン技術を活用し、科学研究のあり方を根本から変革する「DeSci(分散型科学)」。この新たな潮流は、日本の研究開発(R&D)が抱える構造的課題を打破し、研究成果の創出とその社会実装を加速させる起爆剤となるポテンシャルを持つ。

2025年5月、デロイト トーマツ コンサルティング合同会社は「DeSci Japan Summit 2025」をDeloitte Tohmatsu Innovation Parkにて開催。DeSciムーブメントを牽引するグローバルリーダーや国内大手企業の研究幹部、大学の産学連携担当者、地方自治体のキーパーソンなど、多彩な領域の第一人者が集結した。

日本のビジネスリーダーが知るべきDeSciの可能性と現実的な課題、そして未来の事業戦略を構築するための重要なインサイトをレポートする。

DeSci革命が日本の研究開発を変える

最初のセッションでは、幻冬舎「あたらしい経済」編集長の設楽悠介氏と、デロイト トーマツ コンサルティング 執行役員の寺園知広が登壇し、DeSciの基本概念と、それが日本のR&Dにもたらす変革の可能性について語った。

設楽氏はDeSciを「ブロックチェーンやWeb3の技術を活用し、既存の科学研究が抱える課題解決を目指すムーブメント」と定義。データを特定の管理主体に依存せず、世界中のコンピュータに分散して記録するブロックチェーン技術を基盤とすることで、「透明性が高く、国境を越えたグローバルな資金調達や共同研究が可能になる」と、その仕組みを解説した。設楽氏は、Web3の代表格である暗号資産の市場が、機関投資家の本格参入によって約3.5兆ドル規模にまで成長している現状を紹介。国境や既存の金融ルールに縛られないWeb3の資金調達機能こそが、DeSciの可能性を支える重要な要素だと指摘した。

幻冬舎「あたらしい経済」編集長の設楽悠介氏(右)とデロイト トーマツ コンサルティング 執行役員の寺園知広

続いて寺園は、日本企業とアカデミアが抱えるR&Dの構造的課題を指摘した。企業は優秀な研究者の確保や、短期的な成果が見えにくい中長期的研究テーマへの大規模投資に困難を抱えている。一方、大学も国際競争力を維持するための研究資金の確保に苦慮している。DeSciは、こうした課題に対する有力な解決策となり得る。実際に海外では、長寿研究を支援する「VitaDAO」や、医療健康データの活用を目指す「AxonDAO」など、多様なDeSciプロジェクトが生まれている。これらのプロジェクトはDAO(分散型自律組織)という新しい組織形態を通じてトークンを発行し、グローバルな資金調達や、コミュニティによる研究成果の管理を実践している。

寺園は、日本でDeSciを社会実装する上では「企業主導型」が先行する可能性が高いと予測。ただし、その立ち上げは法規制、税務、システム開発など論点が多岐にわたる「総合格闘技」であり、入念な戦略設計が不可欠だと述べた。
 

DeSciの先駆者が語るIPファイナンスの未来

2つ目のセッションでは、DeSciの代表的プロジェクト「VitaDAO」の創設期メンバーであるマリア・マリノバ氏(タリオン・イニシアティブ サイエンティフィックディレクター)が登壇。自らの経験に基づき、DeSciが従来のR&Dをいかに変革し得るか、その具体的な姿を示した。

マリノバ氏はまず、現代の科学システムが抱える構造的課題として「イノベーションの停滞」や「研究者のインセンティブ不整合」を指摘。R&D投資額が増加する一方で画期的なブレークスルーが生まれにくく、研究者は本来の研究活動より助成金申請に時間を費やさざるを得ない。生み出された知的財産(IP)の所有権も大学などに帰属し、研究者自身がその恩恵を直接享受しにくい。DeSciは、これらの課題を解決する実践的なフレームワークであると強調した。

タリオン・イニシアティブ サイエンティフィックディレクターのマリア・マリノバ氏

その核心となるのが、VitaDAOが活用する「IP-NFT」と「IPトークン(IPT)」という革新的な仕組みだ。IP-NFTは、大学などからライセンスされたIPの所有権をブロックチェーン上でNFT(非代替性トークン)化したもので、従来の契約書より取引しやすいデジタルの権利証書といえる。さらに、このIP-NFTを細分化したものがIPTである。IPT保有者は、IPそのものの所有権ではなく、研究開発の方向性などを決める投票権(ガバナンス権)を持つ。

この仕組みの画期的な点は、企業の株式を希薄化させることなく、プロジェクト単位でのグローバルな資金調達を可能にする点にある。これにより、投資家は初期段階の研究開発にアクセスでき、患者コミュニティなども含めた多様なステークホルダーが研究に関与する道が開かれる。マリノバ氏の講演は、DeSciが単なる理想論ではなく、R&Dのあり方を根本から変革しうる、極めて実践的なフレームワークであることを強く印象付けた。
 

ディープテック投資の壁を越えるR&D改革とエコシステム形成

続いてのパネルディスカッションでは、日立製作所の熊谷貴禎氏(研究開発グループ システムイノベーションセンタ デジタルエコノミー&コミュニティ研究部 部長)、タリオン・イニシアティブのマリノバ氏が登壇し、「DeSciが変える企業の研究開発現場」をテーマに議論した。デロイト トーマツ コンサルティングの寺園がモデレーターを務めた。

熊谷氏は、ディープテックのような長期的な技術開発における企業の課題を3点挙げた。単年度の業績に連動する「P/L(損益計算書)型投資」による「資金調達」の限界。深い技術知識が求められる「事業判断」の難しさ。そして、1社では社会実装が困難な「エコシステム構築」の課題である。熊谷氏は、従来の閉鎖的・中央集権的なR&Dの課題を乗り越えるため、DeSciが持つ外部からの資金調達、専門家の知見獲得、コミュニティ形成といった機能に大いに期待していると語った。

マリノバ氏は、VitaDAOの事例を基に、DeSciが企業にもたらす具体的なメリットを解説した。IP-NFTなどを活用することで、グローバルな投資家や事業会社から資金を調達できる。実際、VCだけでなくファイザーのような製薬大手もDeSciに関心を示している。また、DAOに所属する多様な専門家から助言を得られる点も大きい。トークンによるインセンティブ設計は、外部の専門家を単なるアドバイザーではなく、プロジェクト成功にコミットする「仲間」に変える力を持つと強調した。

日立製作所の熊谷貴禎氏(左)とマリア・マリノバ氏

議論の後半では、日本企業がDeSciを導入する上での現実的なハードルとして、既存の「法制度・会計制度」との整合性や、新しい取り組みに慎重な日本の大企業の「保守的な文化」が挙げられた。これに対しマリノバ氏は、DeSciは実験段階を終え、大手企業とも連携可能な堅牢なネットワークへと成長していると述べ、「日本で最初の事例をぜひ見たい」とエールを送った。それに応え、熊谷氏は「DeSciの適用を通じて、研究開発のDX、我々自身の変革に挑戦したい」と力強く語った。
 

地方創生DAOで「人・モノ・カネ」の新たな流れを起こす

地方創生には、科学技術の社会実装が不可欠ではないのかーー。4つ目のセッションは、「地方創生に対するDeSciの可能性」をテーマに、神戸市副市長(神戸大学名誉教授、京都大学生存圏研究所特任教授)の黒田慶子氏、京都大学名誉教授(京都大学成長戦略本部特定教授兼生存圏研究所 特任教授)の渡辺隆司氏が登壇し、ゆめ知財事務所代表弁理士の江川祐一郎氏のモデレートのもと、議論が展開された。

黒田氏は、日本の里山が燃料革命以降に放置・荒廃している現状を指摘。その広大な森林を維持・再生するには、公共事業だけでは限界があり、管理そのものをビジネス化する必要があると訴えた。その解決策となりうるのが、渡辺氏が紹介した「ギ酸を用いて木材を温和な環境で溶解し、新素材を生み出す技術」だ。この技術は大規模工場を必要とせず、山間部に小規模な作業所を設けることで、地域の雇用創出や活性化にもつながる。

(右から)京都大学名誉教授の渡辺隆司氏、神戸市副市長の黒田慶子氏、ゆめ知財事務所代表弁理士の江川祐一郎氏

しかし、なぜ有望な技術が社会実装されないのか。黒田氏は行政の専門人材不足や産官学の壁を、江川氏は「地方にも科学技術にも人・モノ・カネが流れてこない」という構造問題を指摘した。

この根深い課題に対し、DeSciは組織や地域を超えて「人・モノ・カネ」の流動化を促す推進力となり得る。セッションでは、多様な関係者がトークンを介して地域の課題解決とビジネス創出を目指す「地方創生DAO」構想が示された。黒田氏が語ったように、社会実装にはロジックだけでなく「熱量」を持つ人々の存在が不可欠だ。DeSciは、まさにその「熱量」を持つ人々を組織の壁を越えてつなぎ、新たな価値創造を加速させるフレームワークとなるだろう。
 

産学連携の閉塞感をDeSciで打ち破る

5つ目のセッションは、「DeSciがもたらす産学連携の発展性を探る」をテーマに、産学連携の最前線で活躍する専門家たちが集結した。登壇者は京都大学の渡邉文隆氏(成長戦略本部 特定准教授)、順天堂大学の奈良環氏(順天堂 GAUDI・エンタープライズ機構 事業化推進戦略室 室長)、東京理科大学の飯野初美氏(産学連携機構 起業支援・地域連携部門 部門長)、キャンパスクリエイトの須藤慎氏(専務取締役 オープンイノベーション推進部プロデューサー)、そして、デロイト トーマツ コンサルティングの山名一史(CGOオフィス スペシャリストリード)が進行役を担った。

まず、産学連携が抱える根深い課題が提示された。資金調達面では、研究の長期化による投資リスク、大学の縦割り構造、失敗を許容しない文化などが障壁となっている。また、大学のIPが有効活用されず「デッドストック」化している問題も深刻だ。

(右から)京都大学の渡邉文隆氏、東京理科大学の飯野初美氏、キャンパスクリエイトの須藤慎氏、デロイト トーマツ コンサルティング スペシャリストリードの山名一史。後方スクリーンがオンラインで参加した順天堂大学の奈良環氏

こうした閉塞感を打破する可能性としてDeSciに期待が寄せられた。DeSciは、アーリーステージの研究に多様なステークホルダーから資金を呼び込むプラットフォームとなる。また、トークンによるインセンティブ設計は、起業支援の新たなモデルや、多様な専門家が参画するコミュニティ形成を後押しする。須藤氏は、DeSciを通じて「マニアックなIP」に対するニーズを発掘したり、IP、ヒト、カネといったリソースをワンストップでつないだりするエコシステムの構築に期待を込めた。

一方で、大学の既存ルールや国の法制度との整合性、Web3技術に不慣れな研究者でも使いやすいインターフェースの必要性など、乗り越えるべきハードルも多い。登壇者からは、小規模なパイロットプロジェクトから始める段階的なアプローチが重要であるとの見解が示された。
 

DeSciを実務で支える、会計・法務・資産評価の視点

DeSciプロジェクトを本格的に始動させるには、実務的な対応が不可欠だ。6つ目のセッションでは、有限責任監査法人トーマツの小笠原啓祐、DT弁護士法人の坂本有毅、デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリーの吉村隆史が、それぞれ会計、法務、資産評価の視点から論点を解説した。

有限責任監査法人トーマツの小笠原啓祐

会計の観点から小笠原は、トークンビジネス特有のサイバー攻撃や価格変動リスクに対応する「内部管理体制の構築」が最も重要だと強調。法務の観点から坂本は、DAOは法的には民法上の「任意組合」と整理されるが、各組合員が無限責任を負うなど活動に制限があるため、法人格を持つ「会社法型DAO」とする必要があると指摘。ただし、その場合は金融商品取引法への対応など、慎重な法務検討が求められるとした。

DT弁護士法人の坂本有毅

では、投資家が惹きつけられるトークンの価値はどこにあるのか。資産評価の専門家である吉村氏がこの本質的な問いに答えた。DeSciで一般的な「ガバナンストークン」は、株式の配当のような直接的な経済的権利(自益権)を持たないことが多い。この制約の中で経済的価値を設計する鍵が「自己トークン買いと償却(Buy and Burn)」だ。DAOが生んだ収益で自らのトークンを市場から買い入れて償却し、希少性を高めることで、トークン保有者に価値を還元する。これは株式会社の自己株式買いと同じ効果を疑似的に実現する巧みな設計といえる。

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリーの吉村隆史

DeSci社会実装へのR&D支援プラットフォーム

最終セッションでは、デロイト トーマツ コンサルティングの江原悠(CGOオフィス プロダクトビジネスマネジャー)が登壇。DeSciの立ち上げ・運営における5つの本質的な課題(透明性、分散化、自動化、オープンな参加、インセンティブ)を整理し、それらを解決するソリューションとして開発中の「DeSci運営基盤」を紹介した。

このプラットフォームは、グローバルなコミュニティ形成、分散型ガバナンス、貢献度の可視化と報酬、セキュアなデータ管理といった機能を備え、企業がDeSciプロジェクトを迅速に立ち上げることを可能にする。基本機能であれば約3ヶ月で導入可能である。

デロイト トーマツ コンサルティングの江原悠

デロイト トーマツ コンサルティング 執行役員の寺園知広

最後に、閉会の挨拶に立った寺園は、本サミットを起点に日本におけるDeSciの火を大きくし、科学立国・研究立国を実現するツールとして発展させていきたいと力強く宣言。まさに2025年が日本の「DeSci元年」となることを予感させ、サミットは幕を閉じた。

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